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エクスカリバー

 はい、ここに座れば良いんですね。ふーん、警察の取り調べ室って、ドラマで見た通り殺風景なんですね。はいはい、余計なことですね。


 ええ、エクスカリバーのことですね? 


 そうです、間違いなくボクのものです。

 ボクは1週間前、ナイフを購入しました。ナイフと言っても小振りな包丁、つまりペディナイフと言うヤツです。ボクはこのナイフにエクスカリバーと言う名前を付けました。


 刑事さんは、ボクが何故、ナイフにそんな名前を付ける必要があるのかと思っていますね。そう思われるのは当然です。これはボクの秘密なのですが、刑事さんはボクの人生には無関係な人なので話してしまいましょう。


 ボクは2ヶ月前に失恋をしました。彼女は笑顔の素敵な女性で、彼女と初めて会ったのは5年前、大学2年の夏のことでした。友人の家に遊びに行った時に友人から紹介されたのです。


 その時のことを詳しくですか? 


 友人の部屋で話をしていた時、突然部屋のドアが開かれたのです。そして、そこにはボク達と同じくらいの年齢の女性が立っていました。友人に姉妹がいない事は既に聞かされていましたから、彼女は友人の姉でも妹でも無い事は確実です。家族でも無い女性がノックもしないで部屋のドアを開くっていう場合、どの様なわけが有るんでしょうか?

 彼女がドアを開きながら、友人の名前を呼び捨てにしていたのです。ボクの脳は混乱しました。いったいどういう事なのでしょう?


 あつ、はいはい。ボクの疑問はどうでもいいから話を進めるのですね。わかりました。


 呼び捨てにされた友人は、別に驚く訳でもなく、実に平然と彼女を部屋に招き入れたのです。いいえ、招き入れたと言うのは間違いです。彼女は友人の許可を得ること無く、部屋の中に入って来たのです。ボクには理解できない事態です。だって、許可も無く彼女が部屋に入って来たんですよ。


 は、はい。ボクの驚きはわかってもらえたのですね。良かったです。ええ、わかりました、話を進めます。


 その時、友人がボクに彼女を紹介したのです。

「こいつ、幼なじみのユミ。昔から俺の家に入り浸っているんだ」

 成る程! とボクは思いました。幼馴染で、いつもこの家に入り浸っているならば家族と同様の存在なわけなのでしょうね。しかし、幼馴染だろうと、まるで自分の家の様に行動するというのはいかがなものでしょうか? そこは、やはり節度ある行動をとるべきだと思うのですが……。


 ええ、ええ、ボクの意見や感想はいりませんか。はい、わかりました。話を進めます。


 彼女は身長が165センチくらいだったしょうか? 大学生だそうですが、黒髪のショートヘアーでした。色白で目が大きくて、スタイルも抜群でした。

 スタイルが抜群というのは、バストとヒップは大きいのですが、決して大き過ぎる事は無くて、そのくせウエストはキュッと締まっているのです。


 ああ、ボクのスタイルに関する考察も不要ですか。わかりました。


 ボクは一目で彼女の虜になってしまいました。ボクの人生。人生って言ってもその時には、まだ20年くらいのものですが、その中でこれほどの女性を見た事がありませんでした。


 あっ、いいえ、生身の女性での話です。グラビアや映画やテレビでなら見た事は有りますよ。ボクだって男ですから、あの、あれです。ちょっとエッチな本とか映画とか、えっと、そんなたぐいのヤツくらい見た事が有りますから……。


 ああ、関係有りませんか? ああ、そうですね。でも、ボクが普通の男子であった事をわかって欲しかったものですから……。わかってもらえましたか。よかったです。はいはい、話の続きですね。


 ボクが彼女の虜になっているにも関わらず、2ヶ月前に友人と彼女の結婚式の招待状が届いたのです。何が何だかわからなくて、ボクは自分の部屋に閉じこもりました。どうやら失恋しちゃったみたいです。そのせいで引きこもりってヤツになっちゃったみたいですね。ボクの気持、刑事さんにわかりますか?


 えっ、ボクと彼女が付き合っていたのかって?


 付き合ってなんかいませんよ。

 当たり前じゃないですか。彼女は美人なのですよ。スタイルだってそこいらのモデルよりずっと良いんですよ。ボクみたいな男が彼女と付き合っているはずが無いでしょう? 少し考えたらわかりそうなものでしょう? シッカリして下さいよ。


 あっ、怒ってしまいました? スミマセン。そんなつもりでは有りません。本当にすみません。ああ、許してもらえますか。ありがとうございます。


 はっ、はい? えっと、付き合って無いのなら失恋じゃないって? そんなことで引きこもりにはならないだろうと言うのですか?


 なんであなたにそんなことがわかるのですか? ボクにとっては立派な失恋ですよ! だって、虜になる程好きになった女性が、自分以外の人と結婚するんですよ! これを失恋と呼ばずになんて呼ぶんですか!


 あっ、はいはい、わかっています。大丈夫です。それほど興奮していませんから。はい、大丈夫です。お水、いただきます。


 えっと、エクスカリバーを購入してからですね?


 エクスカリバー用の置き台を作りましたよ。やはりエクスカリバーですからね。岩に刺さっていないと感じが出ないじゃないですか。エクスカリバーと一緒に買ってきた紙粘土で岩を作って色を塗りました。

 そうそう、その写真のヤツです。良く出来ているでしょう。岩の質感と銀色に輝くエクスカリバー。素敵でしょう。我ながらよく出来ていると思います。


 はぁ、わかりませんか? ああ、どうでもいいのですか。話の続きですね。はい。


 その日から6日間、ボクは彼女の幸せを祈りました。毎日毎日、一生懸命祈りましたよ。おかげでエクスカリバーもあんなに細くなってしまいました。


 なんで祈るとエクスカリバーが細くなるのかって?


 決まっているじゃないですか。祈るときは精神を集中させなくてはいけません。そうしないと祈りが届きませんからね。

 精神を集中させるには刃物を砥ぐのが一番です。砥石と刃先の角度と力加減、これは大切です。これさえ上手くいけば、砥石と刃先の触れ合う時にとても素敵な響きが生まれます。この響きがボクの祈りを届けてくれるのです。

 ボクは毎日毎日祈りました。毎日毎日エクスカリバーを砥ぎながら祈りました。寝ている時以外ですから、6日間で100時間位ですかね。おかげでエクスカリバーもナイフ、いえ、短剣らしくなりましたよ。


 なんで友人の結婚式にエクスカリバーを持って行ったかですか?


 それは、ボクがどれほど彼女の幸せを祈ったかを知って欲しいからですよ。刑事さんだって、自分のやった努力は認めてほしいでしょう?

 えっ、あなたは結婚式場にエクスカリバーを持って行かないのですか? ああ、あなたは彼女の幸せを祈っていませんからね。それは仕方の無いことです。


 そうじゃない? 結婚式場に刃物を持って行くこと自体がいけないのですか? 結婚式で切る物はだめなのですか?


 でも、食事用にナイフとフォークが出ていましたよ。ナイフは肉や魚を切る為のものですよね。それと、友人と彼女も、うれしそうにナイフでケーキを切っていましたよ。あのナイフはボクのエクスカリバーよりも長くて立派でした。しかし、ボクのエクスカリバーはボクの祈りが滲み込んでいますから、一緒にされては困ります。ボクのエクスカリバーはすでに聖剣の域に達していますから。


 はあ、食事用とケーキカット用は別なのですか? 世間のルールは難しいですね。

 彼女が刺された事ですか? 彼女が刺されたことに関するボクの考察を話せばいいのですね。


 そうですね、ボクには彼女が刺される意味がわかりません。だって、ボクを虜にするほどの素敵な女性ですよ。こう見えても、ボクの人生でボクを虜にした女性は彼女だけですから。

 えっと、あくまでも生身の女性で、と言う話ですけれどもね。それは、アニメやゲームの中には幾人も居ましたよ。正直言って、ある女性フィギアを抱いて寝た夜も有ります。


 ええ、ええ、どうでもいいのですね。そうですか。はい。エクスカリバーで、ですか? エクスカリバーで彼女、または友人を刺そうと思って持って行ったのではないか、そう思っているのですね。


 そんなはず無いじゃありませんか。ボクのエクスカリバーは既に聖剣ですよ。聖剣はそんな事に使うものではありませんよ。聖剣とは魔王を倒すために存在するものです。


 はあ、聖剣の説明は不要ですか。わかっているという事ですか? ああ、興味無いですか。知る必要も無いし、知りたくも無いですか。……残念です。


 はい、ボクは友人には興味ないですからね。ボクの興味は彼女の幸せだけですから、ボクには友人や彼女を刺す理由が有りません。その上エクスカリバーは聖剣ですから、友人や彼女を刺す為にエクスカリバーを持って結婚式場に行ったのでは無い事は明白です。


 はあ、あなたはボクが友人や彼女を恨んでいたと思っているわけですか? 彼女がボクではなく友人と結婚するからですか? 彼女と友人が結婚すると、なぜボクが友人や彼女を恨むのでしょうか?


 はいはい、ボクが失恋をしたからですね。


 でも、ボクが失恋をしたのはボクの問題です。友人と彼女には全く関係の無いことですよね。全く関係の無い友人や彼女をボクが恨む事はあり得ないです。ボクはそれほど理不尽な人間ではありませんよ。


 はい、わかってもらえましたか。はいはい、大丈夫です。一人で帰れます。



「おい、頭痛薬と胃薬有ったよな」

「先輩、大丈夫ですか? 彼は参考人ですけど、この後、犯人の取り調べも有るんですよ」

「まさか、犯人もあんな勘違い野郎じゃ無いだろうな」

「犯人は女ですが、そっちもかなりの勘違い女らしいですよ」

「はあ、勘弁してくれよ」


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