七 河原で焼肉
高校を卒業してからというもの、月日の過ぎ去るのがどんどんはやくなっている気がする。
人間の体感時間の折り返し地点は十七歳くらいだと聞いたこともある。
てことは俺もう折り返し地点過ぎてんじゃん。
同じように年がら年中遊びほうけていたとしても、これから過ごす六年は、小学校の六年間よりも圧倒的に短く感じるわけだ。
思えばあのころは明日までが長かったもんなあ。週末までの時間を考えると、月曜日の破壊力がすさまじかった。いまの比じゃなかった。
まあいまの俺は毎日が日曜日だけどな。
そういえば、つい最近母が言っていた。
「あんた毎日のほほんと生きてるけど、二十歳からの十年ははやいわよー。あっという間よ。でも三十歳からの十年はそれ以上に光の速さで過ぎていくんだからね。私にとっては三十路なんて昨日みたいなもんよ。え、四十歳から? は? あんたなに言ってんの?」
当時の母の形相も相まって、思い返すと恐ろしい台詞だ。
人はみな、矢のごとく過ぎ行く光陰によって無様に翻弄される哀れな生き物である。
つまり、なにが言いたいかというと、今日俺がこの数時間を使って勉強しようがバーべキューしようが、人生全体を通して見たら大した違いはないってことだ。
大局を見ることは大事だ。
現在、俺は河原へ向かう車の後部座席にいる。
車内にはほかに女性が二人。俺の右に座っているのが栗色ショートヘアのマリさん、運転手を務めているのが巻き髪ロングヘアのミナさんだ。
ミナさんは二十代前半くらいで、ドレープシャツにレギパンというラフな格好だった。
近くの河原だと聞いたはずだが、車は走り出すといきなり高速に乗った。
目的地まで三十分ほどかかるらしい。
高速を使っての三十分ははたして近くと言ってもいいのだろうか。という野暮なつっこみはしない。なんせタダだからな。小さいことで文句は言わない。
「嶋本くんってなにしてる人?」
「浪人してる人」
「浪人? もしかして医学部狙い?」
「あー白衣とかめっちゃ似合いそう」
「うん絶対似合う」
勝手に盛り上がるお二人。
残念ながら、医学部ではなく工学部だ。実験で白衣は着るかもしれないが。
そう伝えると、まるで示し合わせたように盛り下がるお二人。
「工学部ってロボットとかつくるの?」
「いや、俺は機械系じゃなくてバケガクのほう。オーヨーカガク」
「へー」
「ふーん」
さらに盛り下がるお二人。
あなどるなご両人、化学系は男所帯な工学部の中でも女子比率の高いすばらしい学科なんだぞ! 行ったことないけど! と力説しようかと思ったが、空気を読んでやめておいた。
河原に着くと、ちょうどバーべキューがはじまったところだった。
大学生くらいの男女が数十人ほど橋の下に集まっている。
どういう集会なのかとマリさんに聞いてみたが、なぜかはぐらかされてしまった。
「ほんとに俺混ざってもいいの?」
「全然オッケー!」
ならいいか。
人数が人数だけにコンロも複数設置されている。
好きなところへどうぞとのことだったので、もっとも川に近い場所にあるコンロを選び、手前のレジャーシートに座った。マリさんたちも同じシートに座る。
コンロでは、よく日焼けしたツンツン頭の男が慣れた手つきで黙々と食材を焼いている。
ミナさんが持ってきてくれた缶ビールを飲んでいると、焼きあがった野菜や肉や焼きそばがつぎつぎと運ばれてきた。
どのコンロでも焼き係は主に男だったが、俺にトングやうちわが渡される気配はない。
ひたすら飲み食いするだけのかんたんなお仕事。要はお客様待遇だ。
マリさんとミナさん、同じコンロを囲む人々と適度に雑談をしながら飲食を楽しむ。
我が家では両親も妹もそれほど肉を好んで食べない。
俺が成長期を過ぎてからは肉類が食卓に上がる頻度は激減した。だからこんな機会にこそしっかり補給しておかねばならないのだ。タダだし。
「嶋本くんは実家?」
「実家。追い出されそうだけど」
「あはは。追い出されたらうちおいで? 一人暮らしだから。家事とかやってくれれば家賃いらないし」
「家事はむり。やったことない」
「そーなんだ。部屋散らかってるタイプ?」
「うん散らかってる」
主に健康器具的なものがあちこちに。
酔ってくねくねしている短大生が胸の谷間を見せてくれたので、ありがたくガン見させてもらう。
密着率三十パーセントくらいになったところで、マリさんが短大生を引き剥がしていった。おさわりは禁止らしい。危なかった。
バーベキューも終盤になると、プチシュークリームの早食い競争なるものがはじまった。女子限定で。
恥じらいながらも、わりとみんな本気で挑んでいる。
なんとなく女子限定の意味がわかった。
楽しそうだなあと眺めていると、ある人物が目に止まった。
橋桁の真下でレジャーチェアにふんぞりかえっている、この場のボスらしき中年男だ。
白いスーツにサングラスをかけ、言っちゃ悪いけど趣味のよろしくないゴールドなアクセサリーをじゃらじゃらとつけている。
いかにもアレなかんじの人物で、存在に気づいてからもできるだけ見ないようにしていたのだが。
そのボスがこれ見よがしにやたらと分厚い財布のファスナーを開き、早食い競争の勝者への賞金を取り出した。
周りでは男たちが太っ腹だとボスをもてはやしている。
その光景を見た瞬間、一気に気分も居心地も悪くなった。
なんだこれ。シュークリーム食っただけで金がもらえるのか?
おかしいだろ。
てかなんだよあの財布。俺なんてここしばらく万札触ってすらいないってのに。ふざけんな。
というのは建前で、本音を言うと一枚くらい俺も欲しいです。