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お兄ちゃんとドライブ 上

「大学の後、お兄ちゃんとドライブでも行ってきたら? 運転の練習も兼ねて」


 今朝、母の唐突な思いつきにより、午後の予定が決まった。

 同乗者が兄というのは微妙だけれど、先月免許を取得したばかりなので、運転の練習はできるときにしておきたい。

 しかも母は「これでごはん食べてきなさい。街へ行くなら、ついでに服とか買ってきてもいいし」と言って臨時のおこづかいまでくれた。

 今夜は父と母の二人だけで外食をする予定らしいので、こどもたちの夕食作りを放棄したいんだろう。

 そんなわけで、私は渋々兄をドライブに誘うことにした。


 通常月曜日には三限まで講義がある。けれど今日は教授が出張のため午後から休講だそうだ。

 まだ所属サークルも決めていない私は、友達と学食でランチを済ませると、久々にまっすぐ家に帰った。


 兄の部屋の前でドアをノックする。

 中から聞こえたのは気の抜けた返事。


「なにしてんの」


 ドアを開けると、兄はベッドの上でバランスボールに乗っかって遊んでいた。

 私と目が合ったとたんバランスボールから下りようとして失敗し、頭から床に落っこちる。

 落ちたときステッパーに激しく腰をぶつけた。うわあ痛そう。

 無言で床にうずくまる兄。痛みで声が出ないらしい。


「ほんとになにしてんの」

「見てないで助けろよ」

「むりだよ」


 涙目になっている兄を見て、自然と大きなため息がこぼれる。


「今日は出かけないんだ」

「月曜は休館日だからな」


 得意そうな顔。図書館の休館日を知ってる俺カッコイイとか思ってそうな顔。

 我が兄ながら、なんてあほなんだろう。

 こっちは今日の予定を聞いてるってのに。


「あのさー、これから運転の練習したいんだけど、まだ一人じゃ怖いから隣乗ってくれない?」

「いやだ」

「なんで。どうせひまなんでしょ」

「俺勉強するし」

「しないくせによく言うよ」

「いや、今日はやってたんだって。午前中だけで二ページも進んだ。最高記録」


 見ろ、とまた得意そうな顔で数学の問題集を見せつけてくる。

 二ページ進んだというのは本当だった。

 勉強となると極端に集中力の落ちる兄にしては上出来だ。

 うん、上出来。情けないけどこれが現実。


「お母さんがさー、ここんとこお兄ちゃんかなりストレス溜まってるんじゃないかって心配してたよ。だからちょっと山のほうにでも行ってみようよ。きれいな空気吸えばお兄ちゃんもすこしは気分転換になるだろうし、私は車の練習できるし一石二鳥でしょ」

「やだよ。おまえ運転へたそうだし」

「へただから練習するんでしょうが」

「俺はまだ死にたくない」


 ずるずるとベッドにはいあがり、うつぶせになってふて寝する兄。

 打った腰がまだ痛むっぽい。

 さすってあげようとしたら、触るなと威嚇された。むかつく。


「ほんとに行かないの? 残念だなあ。つきあってくれたら残りの借金チャラにしてあげようかと思ったのになあ」

「よし、行こう」


 兄がうれしそうにベッドから飛び降りた。

 まったくこいつは。




 我が家の粗大ゴミこと兄は、どうしようもないダメ人間だ。

 どのへんがダメかというと、まずやるべきことをやらない。

 そのうえ面倒くさがりで、確固たる主体性がなく周りに流されやすい。


 具体的にいうと、受験生のくせにこっちがびっくりするほど勉強しない。

 勉強しないならせめてバイトでもしたらいいのに頑として働かない。

 誘われるとだれにでもほいほいくっついていく。

 遊びには時間を忘れて夢中になる。

 そうなると家に帰ってこない。

 ケータイもつながらない。

 とにかく頭が悪い。

 言動が幼稚。


 唯一の救いは、やるべきではないこともやらないところ。

 暴力をふるうようなことはないし、様々な年齢制限をはじめ社会のルールはばかみたいにきちっと守る。だからいまのところ家族以外には迷惑をかけていないようだ。

 そうでもなければ両親はとうの昔に兄を見限っていると思う。


 兄という人間のもっとも厄介な点は、外見だけがむだに良いことだ。

 どこにいてもなにをしていても異様に目立つ。興味本位でかまいたがる人間(主に女性)が出てくるのもしかたがない。

 ところが、いまの兄の肩書きはただの浪人、頭の中身と財布は常時すっからかんだ。なにかを期待して近づく人間(特に女性)は大概出会って二日目には離れていく。

 本性がばれるまで三日とかからないんだろう。それか長時間いっしょにいると気疲れするとか。


 兄自身も経験上そのへんの事情はよくわきまえていて、頭は悪いくせにへんに悟ったような面がある。むりに自分を取りつくろうこともない。

 傍から見ているとちょっと憐れでもある。まあ自業自得なんだけど。


 そんな兄が、私が大学に通いはじめてからなぜか毎日図書館で過ごすようになった。

 一応受験生らしく勉強道具っぽいものを持っていっているようだ。が、勉強ぎらいな兄が向こうでおとなしく試験対策に取り組んでいるとは思えない。


 兄は昔からろくに机に向かったことがなかった。

 二回も受験に失敗したとはいえ、人間そうかんたんに変わるものではないと思う。

 たぶん、このあいだ父にさんざん脅されたせいで、生活態度を改める必要があると感じたんだろう。

 だけどあの兄のことだから、ひと月も経たずにまたもとの自堕落な生活にもどるに違いない。父も母も私もみんなそう思っている。

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