三 図書館で勉強
大願成就のためには、いついかなるときも基本をおろそかにしてはならない。
マークシート形式の問題で回答につまったとき、鉛筆を転がして答えを導き出すという基本技がある。
どの高さ、どの角度から鉛筆を転がせば正答率が上がるか。五角鉛筆と六角鉛筆を交互に試しつつ、根気よく研究に勤しむこと小一時間。
五角は使えないやつだということが判明した。そしていい加減鉛筆を転がす作業にも飽きてきた。
てか四択なんだから四角鉛筆じゃないと意味ないか。今度買ってこよう。
今日は不覚にも家に折り紙を忘れてきてしまったので、問題集とは戦えない。まことに遺憾です。
手すさびに問題集をパラパラめくっていると、百年戦争という語句が目についた。いい機会なので、戦いについて真剣に考えてみることにする。
折り紙の恐竜と問題集を戦わせるには、紙相撲方式が手っ取り早い。お互い紙だからな。だが、紙といえど敵は束になってかかってくるヘビー級だ。戦うには丈夫な土俵がいる。
段ボールを土俵にするのはどうだろう。ミカン箱の再利用で地球にやさしい。二枚重ねで強度も安心。
ルーズリーフにせっせと対戦模様を描いていると、隣で算数ドリルに取り組んでいた女子小学生から「それむりだよー。恐竜負けちゃうよ」と小声でダメ出しされた。
「まじで? どのへんが?」
「最初から本を横にしてたら、絶対倒れないじゃん」
「あーたしかになー。ぬかったわ」
「お兄さんイケメンだけどバカっぽいね-。朝からぜんっぜん勉強してないしさー」
こいつ、小学生のくせに洞察力あるな。が、その点では俺も負けてはいない。
彼女はさっきから二桁同士のかけ算でつまづいている。たぶん筆算が苦手なんだろう。
「俺くらいになると勉強なんかしなくたって人生なんとでもなるんだよ。それにこう見えて算数はわりと得意なんだぜ。小三のころは筆算の嶋本と呼ばれてたくらいだからな」
「ほんと? この問題わかる? 筆算なんだけど」
「当然!」
「教えて!」
「まかせろ」
女子小学生とこそこそ会話をしながらかけ算を解いていると、予告どおり石井さんが登場した。
昨日、「館内では静かに」と念を押しておいた甲斐もあり、今日の石井さんは非常におとなしい。
ほっとしたのもつかの間、彼女は空いている通路をいっぱいまで使って派手なパントマイムをはじめた。緊張のせいか手足がプルプルと震えている。
それが外で食べようという合図なのだと気づくまで一分強。
結果、やはり学習室の利用者たちから無言のお咎めをくらった。
てかなんで毎回俺だけにらまれるんだよ。
四月も半ばにさしかかった土曜日。世間一般の多くの人々にとっては休日である。
俺は毎日が日曜日だけどな。日に日に曜日感覚がなくなっていく、という恐ろしい病気と背中合わせの毎日だ。
休館日だけはしっかりと把握しておこう。
本日石井さんが手にしているのはランチバッグではなくコンビニのビニール袋だった。
寝坊したため、手作りはあきらめて既製品を買ってきたそうだ。
ふだんウォータークーラーの水で空きっ腹をごまかすことの多い身には、昼にコンビニ食なんて夢のような話である。
しかもタダときた。なにかの罠だろうか。
美人局の可能性もまだ消えてはいないが、空腹には勝てない。
いつでも逃げられるよう多少周囲を警戒しながら、ありがたくグラタンコロッケパンをいただく。
グラタンコロッケパンといえば、グラタンは小麦粉、コロッケも小麦粉、そしてパンも小麦後だ。どんんだけ小麦粉好きなんだよってくらい小麦粉のかたまりである。
昨日の物体Xといい、石井さんのこだわりがうかがえる一品だ。
石井さんはちまちまとタマゴサンドを食べている。
ドングリを頬張るリスのようで愛らしい。勉強尽くしで荒んだ心が癒やされていく。
ハムスターでも飼おうかなと思いつつその姿を眺めていると、彼女ははにかんだような笑顔でこちらを見た。
「さっき中ですごく楽しそうでしたけど、なにしてたんですか」
あれ、俺この子に受験生だって言ったよな。
受験生が図書館の学習室ですることといったらひとつしかないだろうが。
「ふつうに勉強だよ」
「どんな勉強ですか?」
「今日はかけ算を」
基本は大事だから。