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八 河原で親密

 冗談はさておき。

 どうも状況がへんだ。だれかに聞いてみよう。


 早食い競争に沸いているギャラリーを見回し、ターゲットを探す。

 前方に、風でスカートがめくれないよう片手で押さえながら、所在なさげに突っ立っている女の子を発見した。

 ターゲット・ロックオン。


「ちょっといい?」


 さりげなく女の子を捕まえ、人気のない橋脚の裏手へと連れて行く。

 彼女は目を丸くしていたが、素直についてきてくれた。


「これなんの集まりかわかる? 俺急に連れてこられたからよくわかってないんだ」


 周囲に人がいないことを確認してから尋ねると、不安そうな表情で女の子が首を横に振った。

 

「私も今日はじめて来たとこだから。呼んでくれた友達はよく来てるみたいなんだけど」

「こういうのよくやってるんだ」

「みたい。週末にやることが多いんだって。私は週末にバイト入ってるから誘われても断ってたんだけど、今週は特別に平日にやるからおいでって言われて」

「なんだろうね。どっかの大学のイベントサークル?」

「わかんない。友達は向こうで忙しそうだし、来たのはいいけどやることなくって」


 私けっこう人見知りだから、と彼女は困ったように笑った。

 会話の流れで互いにかるく自己紹介をし合う。

 彼女は俺と同い年の大学生でミサキさんというそうだ。後姿はおとなっぽかったが、前から見ると意外と童顔だった。

 直前になって誘われたのか、川辺を歩くには少々不向きな高めのピンヒールをはいている。


「嶋本くんも友達に呼ばれたの?」

「いや、駅前で座ってたら、バーベキューするから来ないかって誘われた」

「え、知らない人に?」

「そう」

「それで、ついて来ちゃったの?」

「うん」


 ミサキさんが目を見張る。

 橋脚の後ろで歓声が上がった。


 あたりはだいぶ薄暗くなってきている。

 数メートル先には大きな川が横たわっており、その流れに沿って風が吹き抜けていく。

 春といえどまだ夜風は冷たい。風はアルコールで火照った身体からたやすく熱を奪っていった。


「寒いね」

「ごめん、もどろうか」

「ううん。人多いの苦手。飲み過ぎちゃったから、酔い覚ましにもちょうどいいし」

「けっこう飲むほう?」

「そういうわけじゃないんだけど、今日はとくにやることもないし、気づいたらーってかんじで」


 あはは、と彼女は両手で顔をあおぐ。たしかに、足下がややおぼつかないかんじだ。

 アルコールが入っているのはこっちも同じだが。とりあえず、橋脚に背をあずけて座りこむ。

 そうして世間話をつづけるうちに、俺とミサキさんの家がわりと近い位置にあることが発覚した。

 最寄り駅が同じだった。花時計のあるあの駅だ。しかも、彼女は妹と同じ女子大に通っているのだという。


 偶然ですね。あ、いま魚が跳ねましたね。ところで、今夜は月がきれいですね。

 とかなんとか言い合っているうちに、なんとなくいい雰囲気になってしまった。

 暗がりに酔っ払った男女二人というこのシチュエーション。当然といえば当然の成り行きだった。


 後ろは後ろで妙な空気だし、このまま二人で抜け出してしまおうか。

 俺の提案にミサキさんは満更でもなさそうだった。どうせ帰る方向同じだしな。


 仮にここで抜けるとして、マリさんたちにはひとことくらい礼を言っておくべきか。

 いや待てよ、ここから電車の駅まではかなり遠かったはずだ。俺一人なら徒歩でも平気だが、ミサキさんは靴が長距離向きじゃない。

 タクシー代足りるか? 距離的にワンコインじゃ済まないし、困ったな。


 等々悩んでいると、タイミング良く助け船がやってきた。もちろん川からではない。


「なにしてんだ?」


 橋脚の影からツンツン頭がひょっこりと現れる。あんまはっちゃけすぎんなよー的な呆れ顔を浮かべている。

 なんだ、風紀委員の巡回か?


 心配しなくとも、おさわり禁止のローカルルールは守ってるさ。二人でちょっとばかり将棋崩しをね、崩したのはそこらにあった石だけどもね。

 という弁解はせずに、だれか車出してくれないかなーという下心満載で、正直にそろそろ帰りたい旨を申告してみる。

 するとツンツン頭は快く了承してくれた。ツンツンしてるくせに話がわかっていいやつだ。


「マリと来たんだっけ」

「そう」

「そっちのあんたは?」

「私はチアキと。岩田チアキ」

「わかった、呼んでくるわ」


 ここで待ってろ、と言い残してツンツン頭は橋脚の向こうに消えていった。




 結局、帰りはマリさんが車で送ってくれた。

 ミナさんはもう運転できない身体になってしまっているらしく、もともとこの車もマリさんの所有物なのだとか。

 バーベキューの後は場所を変えてボーリングやらカラオケやらのイベントがあるようで、彼女は気前よくそっちにも誘ってくれたが、俺は断ることにした。

 勉強のこともあるし、先ほど感じた得体の知れない居心地の悪さが拭いきれなかったせいもある。金銭的な大問題もある。


 ミサキさんはというと、話し合いの結果、友人と帰ることになった。

 俺の中ではミサキさんといっしょに帰る方向で話が進んでいたので、残念といえば残念だ。が、いまさらいってもしかたがない。

 彼女だって初対面の男女と車に乗るよりは、気心の知れた友人と帰るほうが安心だろう。

 家が近いようだし、縁があればまた会えるかもしれない。


 そう、縁があれば。




 駅前のロータリーで、マリさんに礼を述べて車を降りる。

 午後八時。帰宅ラッシュの終盤。駅は人々で賑わっている。

 その雑踏を背に車のドアを閉めたとき、真後ろから周囲の雑音をかき消すような高い声が聞こえた。


「嶋本さん?」


 驚いて振り返ると、最近縁のありすぎるあの子がたたずんでいた。

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