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明朝6時に  作者: 一華
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セカイを描く

 大学生は夜更かしする生き物だ、と比呂士が言ったのはいつだっただろうか。

 午前四時四十五分、晶の部屋は絵の具のチューブやパステルが散乱していた。

 絵画制作というには程遠い、自分の好き勝手に絵を描く時間。

 深夜に行われるそれを晶たちは「お絵かき大会」と呼んでいた。


「あのさ晶さん」

 絵筆を動かしながら康介が声をかける。

「なあに?」

 パステルを持つ手を止めることはなく、晶が応じる。

「俺の絵、どうやったらもっと良くなるかなあ?」

「何、どうしたの?」

 晶が顔を上げる。

「比呂さんがさ、『お前の絵、すげえけど好きじゃない』って言うんだよ。何か俺悔しくて」

 康介の筆を持つ手に力が入る。

「どう思う?」という康介の問いに晶は首をかしげた。

「ほんとに比呂さんがそんなこと言ったの?」

「うん。この前のコンペのやつ、出品前に見てもらったらそう言われた」

 少し拗ねたような表情をつくる康介に、晶は思わず笑ってしまった。

「晶さん?」

「ごめんごめん。比呂さんがあんまり捻くれてるから可笑しくて」

「捻くれてる?」

「うん。比呂さん、こーすけ君の絵、大好きなんだよ」

「嘘でしょ。俺割と毎回作品貶されてるんだけど」

「嘘じゃないよ。あたしの前では比呂さん、いつもこーすけ君の絵、褒めてるもん」

 晶がからからと笑いながら「きっと愛情の裏返しってやつだね」と言って康介を見ると、康介はぽかんと口を開けたままだった。

「本当に?」

「嘘言ってどうするの」

 晶がまた笑う。

「…そっか」

 柔らかく柔らかく、康介が笑った。


「こーすけ君はほんとに比呂さんが好きだねえ」

 康介の嬉しそうな表情に、ついからかってしまいたくなって晶はそう言った。


「…うん、すきだよ」

 先ほどまでとは違う、低めの声で康介は答えた。

「比呂さんはさ、俺の憧れなんだと思う。自由奔放なとことか、作品にも滲み出ててさ。ほんと良いなあって思うよ」

 壁のコルクボードに貼られた一枚の写真に目を遣る。

 コルクボードの中央に貼られたそれは、晶と康介と比呂士の三人で撮った唯一の写真だった。


「こーすけ君、あたしその色好きかも」

「…ほんと?」

 手にしていたスケッチブックをテーブルに置き、康介は晶の方を見た。晶も自分のスケッチブックを抱え、楽しそうに話し出した。

「うん、何ていうか、こーすけ君の色って感じがする」

「俺の色?」

「そう。上手く言えないんだけど、どこまでも透きとおった水みたいな色、かなあ」

「あたし好きだよ」と晶が続けたところで、康介は骨ばった手で晶の頭を優しく撫でた。

「ありがとう、晶さん」

「どういたしまして」

 頭の上がじんわりと温かい。晶は顔を上げ、笑顔を見せた。


「もうこんな時間だ。…こーすけ君寝ないで大丈夫?」

「いや、今いい感じだからもう少しだけ。晶さん寝てていいよ」

「…わかった。じゃあ何かあったら起こしてね」

 ローテーブルのすぐ隣にあるベッドに横になると、すぐに睡魔が襲ってきた。

「おやすみ、こーすけ君」

「…おやすみ、晶さん」

 午前七時三十分、晶が目を覚ますと康介の姿はもう無かった。いつものようにきちんと片づけられた画材の上に乗せられたメモには『帰ります。康介 AM6:00』とだけあった。

 付き合い始めてから何度目か解らない、午前六時のメッセージだった。


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