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第十九話 変わりつつあるもの


ミケガサキ第三区。

城の姿が目と鼻の先に見える富裕層の一区である。

しかし、この第三区は少し特殊な環境の地区なのだ。此処は誰もが出ることも入ることも禁止されている。


『国家管轄監視地区』。一般的には、絶対禁区とも呼ばれている。

国の容認した他国の住民、または特殊な事情で裁く事の出来ない罪人等、手に余る者達の留置所として設けられた地区で、この地区の住民は腕に自身の魔力を探知し、居場所を特定する発信機の役割を請け負ったタトゥーが彫られ、万が一住民が地区から出るようなことがあれば、容赦なくその命を奪う。

しかしその一方的で、普通に暮らしてさえいれば、贅沢三昧なる裕福な暮らしが約束されるのだ。


―この地区で暮らす住民達は、何も好き好んで犯罪を犯した訳ではない。

彼等は他の者と感覚や価値観が少しズレているだけ。それ故の、無垢なる悪意無き咎人なのである。

…だからこそ、この地区は何処よりも平和で、何処よりも狂気が渦巻いているのだ。


「―此処が第三地区…」


そんな禁止地区に足を踏み入れた少女が一人呟く。

長い赤毛をツインテールに結び、程よくフリルの付いたゴスロリを着ていた。

しかし、その背にはライフル銃、腰には拳銃の収まったホルダーと、服装とはミスマッチな代物を持っていた。


彼女の名はミカ・エバン。ラグド王国の第一騎士隊長であり、暗殺者であり、狙撃の名手としてその名を知ら占めている。

現在はミケガサキ王国元国王に魔王暗殺を依頼されていた。

しかし、今回は別件で動いている。


―四日後に迫る領土戦争。魔術無しで城へ至るには、必ずこの第三区を通らなければならない。ラグドはともかく、他国が此処を通るのは危険が高い。


「ラグド王国元第一騎士隊長アンネ・ドルイド、並びに元副隊長フィート・アイネス…」


ミカが今第一騎士隊長の座に着いているのも、この二人がラグドの騎士で無くなったからある。

何でも、毒を食らったとかなんとかで右手と両足が動かないのが理由だとか。

副長であり、空間変異の能力者フィート・アイネスはその介護をする為に共にミケガサキに寝返った様だが、それはつまり空間変異能力者をミケガサキが保有していると言っても過言ではない。

今回の領土戦争にこの二人を加担されては裕也の計画に狂いが生じる。それだけは何としてでも避けなければ…。

実力はアンネ・ドルイドの方が上だが、右手と両足が使えないというハンデを考えればこちらの方が優勢。まずは射撃で車椅子のタイヤを狙い、バランスを崩したところで頭を撃ち抜く。接近戦を得意とするアンネにとっては、この奇襲は防ぎ様が無いはずだ。


――いた。


目敏くアンネを見付けると物陰に潜んで様子を窺う。標的は丁度向かいの家から出て来たところだった。


「姉様、準備出来ましたよっ!」

「そうか、戸締まりはしっかりな」

「はいっ!」


ミカは辺りを見回し、高い建物を探すと、近くに建っていたやや古びた煉瓦作りのマンションに足を踏み入れた。どうやら長いこと使われていない様で、人気は無い。

無駄に窓の多い広々としたエントランスを見回し、直ぐさま埃を被った非常階段から屋上へ向かう。

屋上は空中庭園になっていて、手入れされていない庭園の植物は伸び放題で柵を覆っていた。

スコープの反射をこの緑が覆ってくれる。これなら外から見ても居場が割れる事はないだろう。


「まぁ、この距離ならスコープは要らないわね」


ライフルを下ろすと、安全装置を外し、息を整え構える。アンネの頭に照準を合わせると引き金を引く指に力を込めた。

瞬間、アンネの瞳がこちらを見据える。


「なっ…。気付かれた!?」


気配は完全消したはず。いや、相手は第一騎士隊長。幾度もの死線を越えてラグドの頂点に立った女だ。

こんな子供だましにも等しい隠れ簑を見破れないはずがない。

―戦場で鍛え抜かれた野生の勘が働いたか。


「化け物っ…!」


ミカは舌打ちと共にそう吐き捨てると、再度照準を定め、引き金を絞る。

発砲音は発射音抑制器サプレッサーによって、静かに発砲。

しかし、信じ難い光景が目の前で繰り広げられた。

アンネはミカが発砲した直前、素早く車椅子ごと体を傾け、椅子のタイヤの部分で綱渡りでもするかの様に器用にバランス良く回転させて体勢を整えた。その頭のすぐ脇を弾丸が高速で擦り抜け、地面を穿つ。


「そ、狙撃っ!?」

「…来るぞ」

「は、はいっ!」


ミカはアンネの予期せぬ動きに暫く硬直していたが、直ぐさま我に返ると立て続けに三発撃つ。

だが、一発目の狙撃で奇襲に気付いたフィートがミカが動揺している僅かな間に即座に結界技術を応用した防御壁を構成し、弾丸を防ぐ。


「ふぅ〜…。姉様、お怪我はないですか?ラグドの追っ手、いえ、刺客でしょうか!?」

「大丈夫だ。狙撃となると…ミカか」


そう呟くと、アンネはフィートに命令する。


「フィート、『ギゼル』に連絡を。応援を頼んでくれ」

「…ほぇ?姉様、まさかとは思いますが…」

「あぁ、私は応戦するぞ。ハンデはデカいが、負ける気がしない」


アンネは緑生い茂るマンションの屋上を見て、不敵に笑った。

相手がこちらの様子を窺っているのを確認すると、身を乗り出す様に体をやや前に突き出し、重心を前に傾ける。

すると、車椅子は前にゆっくりと発進し、徐々にそのスピードを上げていく。

やがては自転車と同じくらいのスピードで、アンネはマンションの中へと突っ込んで行った。


「もうっ、姉様ったら…。そんな体で無茶しないでほしいんですが。…仕方ありませんっ!ギゼルさんを呼んで来るしかなさそうですねっ!」


フィートはいつもの癖で、戦場へ赴く姉を敬礼で見送ると、踵を返しギゼルの下へ向かう。


一方、ミカと言えば、標的を撃ち損じた事に悔しげに爪を噛んでいた。

しかし、焦りや油断は禁物である。反省も後悔も全てが終わったその後で。

気持ちを落ち着ける為、深呼吸を一つ。標的をアンネ・ドルイドからフィート・アイネスに移し、照準を合わせる。

背中を向けた相手の心臓を狙い、引き金を絞ろうとした時だ。

泡立つ様な殺気を感じ、素早く後ろへ飛ぶ。直後、先程ミカが居た場所に剣先が突き出ていた。


「伸縮自在の剣…。報告では折れたということだったけど、いつの間に…」


ズズッ…という鈍い音と共に剣が縮んでいく。

恐らく、入り口から伸ばしたのだろう。車椅子では階段は登れないのだから。


「…手応えがない。やはり、距離があり過ぎるか。だが、あちらからでは狙撃も不可能だろうな」


アンネは元のサイズに戻った剣を眺め、天井を見上げて呟く。

分厚い壁を隔ててでは、アンネの剣もミカの狙撃も通用しない。


――接近するしかない。


ミカは素早くライフルを背負い、散らばった空薬莢を回収すると、扉を静かに開き、そっと中へ潜入すると階段を足音をたてずに降りていく。腰に下げたホルダーから拳銃を抜くと安全装置を外し、構えた。

エントランスが徐々に見え始める。

硝子の無い窓から昼の日差しが薄暗いエントランスを照らす。光に埃が映り、まるで光の粒子の様に辺りを舞う。

何とも幻想的な風景がそこにあった。

そして、その先には…。


「―久しいですね、第一騎士隊長アンネ・ドルイド」

「やはりお前か、ミカ・エバン」


違いの口調は、その眼差しは酷く淡々としたものだった。

片や銃を構え、片や剣を構える。


「…第一騎士隊長になったんだろう?昇格、おめでとう」

「えぇ、貴女が抜けたお陰で。祝辞は結構です」

「相変わらず、つれないな」

「…貴女は変わりましたね」


ミカの言葉にアンネは驚いた様に目を瞬かせ、ふっ…と口元を綻ばす。


「あぁ、変わったな」

「貴女の事は、羨ましくもあり、妬ましくもあった。…尊敬さえしていた」

「光栄だ」


ミカはもう一度同じ言葉を繰り返す。


貴女は変わりましたねと。

「変わるさ。悲願が叶ったのだから。妹の為を言い訳に、我が身を血に染めなくていい。一度は捨てたはずの幸福ものを得る事が出来た。

…お前は違う様だが。だが、満更そういう訳でも無いらしい」

「おっしゃっている意味が分かりません」


訝しげに言うミカに、アンネは首を振って否定する。


「お前が分からなくても、私には分かる。お前は」


アンネは一度言葉を切り、しっかりとミカを見た。


「―女になった」

「……元から女ですが?」


大真面目に言うアンネの眉間に一発噛ましてやりたかったが、アンネの次の言葉に一気に意欲が削がれる。


「『恋』をしている、という意味だ」


恋。恋、だと?

元ラグド王国第一騎士隊長の口から、恋などという単語を聞くことになるとは。


ミカは唖然とし、手にしていた拳銃を危うく落とすところだった。

そんなミカの反応を図星と取ったのか、アンネは悪戯な笑みを浮かべる。


「…だろう?」

「な、何をふざけた事を…」


恋などと、女としての幸せを築く事など、とうの昔に諦めている。この手でそれを抱えるには、あまりにも血に濡れ過ぎた。

体が火照る。羞恥と屈辱に涙が出そうだ。

知らず、ミカは叫んでいた。


「私はっ!武人としての誇りを持っているっ!お前と一緒にするなぁぁぁ!」


引き金に力を込めると連射した。

アンネは手にした剣で銃弾を弾くが、片腕というハンデは彼女の予想以上に不利なもので、何発か弾が彼女の肌を掠めてはかすり傷を作っていく。

銃弾が足を穿ち、肉を貫くが、神経の遮断されたアンネの今の両足に痛覚というものは存在しないに等しかった。


「くっ…!」


鍛練を止めた体は鉛の様に重く、脳の発信する伝達に体が追い付かない。

銃弾を全て撃ち尽くしたミカが弾倉を変えようとした隙を狙い、剣を伸ばす。

しかし、それはミカにとって計算の内だった様で、剣が拳銃を射る直前まで引き付け、即座に拳銃を放り捨てると、体勢を低くし、突進してきた。

ミカのフリルで覆われた袖口から鈍い銀色の光を放つナイフが滑り落ち、彼女の手に収まる。

ミカにはアンネの剣の欠点が分かっていた。

それは、一度伸長させると戻すのに時間が掛かり、尚且つ剣撃は一方通行でしかない。その一撃を避けさえすれば、今のアンネには勝てるのだ。

完全に不意を突かれたアンネが急いで剣を戻すが、間に合わない。


―その距離、僅か一メートル。


「はぁぁぁっ!」


ナイフが、アンネの姿を映し、捉える。


キンッ!


しかし、突如飛来した銃弾により、ミカの手からナイフが弾かれた。


「え…?」

「なっ…!」


二人の表情が驚愕に見開かれる。


「姉様っ、出来る限り伏せて下さいっ!」


窓からフィートが転がる様に飛び込んで来て、ミカの前に立ちはだかると防御壁を作り上げる。

その直後、ガガガッと耳障りな音がして、ミカ達の頭上を何かが擦り抜けた。


「ざ、斬撃っ!?」


有り得ないと言わんばかりの表情を浮かべるミカの言葉を嘲笑うかの様に、鈍い音を立て、マンションが倒壊する。

落ちて来るまばらの大きさの煉瓦を何とか避けながらミカは『瞬間移動の陣』を形成すると、その場を辞した。


…………………………………………………………。


「はぁ…、危なかったですねぇ〜」


完全に倒壊したマンションと、防御壁を解き安堵の溜め息を吐く姉妹を交互に見ながらおっとりした顔立ちの青年がそう声を掛ける。そう言う割には、全く緊張感に欠ける口調だ。

彼も、第三区とはいえ、富裕層の住民なので、貴族の様な品の良い紫の服を着、手には何故かノコギリを持っていた。


「ギゼル、わざわざすまないな」


アンネがそう微笑みかけると、ギゼルは照れ臭そうに笑った。締まりのない顔が更にだらける。三編みにした長い亜麻色の髪が風に揺れた。


「いえいえ、妻の為ならマンションを倒壊させるくらい造作もないですよ」

「そうではないんだが…。まぁ、いい。そう言えば、さっきの狙撃もお前がやったのか?」

「狙撃?いえ、銃はからっきし駄目ですね」

「…そうか」

「いいえ、姉様!よくありませんっ!そんな体で戦うなんて言語道断ですっ!」


フィートの言葉にアンネはむっとして反発する。


「私は…」

「姉様は良くても、お腹の子にはよくありませんっ!」

「そ、それはそうだが…」


返答に詰まるアンネを余所に、ギゼルは嬉しそうに微笑む。


「男の子ですかねぇ〜、女の子ですかねぇ〜。両生類ですかねぇ〜」

「ギゼルさん、姉様は一応哺乳類ですよ?」

「一応とは何だ、一応とは」

「えへ。病院に行ったら、お弁当を食べましょうよ。先程捌いた鶏を揚げて来ました。素材にこだわって、新鮮な内に捌いたから美味しいですよ〜」

「過程はいいから、素直に唐揚げとだけ言ってくれないか?」

「駄目ですっ!受診が先ですよっ!」


そんな噛み合ってるのか合わないのか良く分からない会話をしながら三人は病院へ向かっていく。


「…でも、あともうちょっと近かったら斬るところでした」


まじまじとノコギリを見つめながらギゼルは呟いた。


「鶏の唐揚げですか?」

「…いや、どう考えても違うだろう。ギゼル、また今度刃を研いでほしいのだが」

「分かりました〜。じゃあ、病院に行ったら…」

「家に帰ってから、だ」


そんな彼等の後ろ姿をミケガサキ城の屋根から双眼鏡で確認すると、陽一郎は笑みを零し、ライフル銃をしまいに掛かった。


「若者の青春に幸あれってね。まぁ、そんな歳じゃないだろうけどさ」


そう呟くと携帯を取り出し、電話を掛ける。


「…もしもし、優真君?あぁ、無事だよ。まだ気は抜けないけど。色々と戦力潰しに忙しいみたいだから、向こうも暫くはこちらに手を出して来ないんじゃないかな。

―あと、これは悪い知らせだ。カイン君達が刺されてしまったよ。でも、全然ピンピンしてたね。まぁ、一応用心しておいてほしい」


それだけ報告して通話を終えると、屋根の窪みに入って側に落ちていた空薬莢を指で弾く。薬莢は急な斜面を転がる様に落ちていき、やがて見えなくなった。


「…さて、そろそろ僕も動くとするかな」


よっこらせと立ち上がり、空中に手を踊らせ魔法陣を形成させていく。

辺りを良く見れば、至る所に何やら陣の一部と思わしき文字の羅列や五芒星が描かれていた。


「領土戦争までに完成すれば良いんだけど。流石に国全体の式となると間に合うかどうか…」


そんなことを苦笑混じりに呟きながら、日が傾き、夜の帳が陣を隠すまで、陽一郎は断片的に描かれた陣を繋げていった。


―領土戦争まであと三日。

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