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第十六話 平和の礎


『一週間か…』


電話越しから吉田さんの唸り声が聞こえてくる。


波乱の首脳会談を終え、解散となり、事が事だけに各自危機迫る険呑な表情やら精神的な疲労困憊の表情で帰国して行った。

リプテン王子もショックが拭いきれないのか、僕の護衛を断って一人で帰って行った。

現時刻は夜の一時を回ったところ。今や寝食をする為だけの家に一時、帰宅すると、ソファーに寝転がり吉田さんに電話を掛ける。

―流石に、一週間後に戦争が始まるからとは言いづらく、事の内容は伏せ、緊急事態につき一週間でケリを着けたいと交渉している最中だ。予想通り、返事は芳しくない。


「出来れば一週間以内が望ましいけど、流石に無理?」

『核がどの様な仕組みで、あの膨大な情報を操作しているのか私もよく分からない。一週間以内は難しいが、こちらから操作出来るのは間違いないから何とかなるだろう。

…今も会社のパソコンをググっているが、流石に俺も歳だな。至近距離から小さい字が見えにくい。老眼だ』

「ググるって…。立派なハッキングじゃないの、それ」

『あぁ、立派な犯罪だな』


ドーンという効果音が付きそうなほど立派な態度だ。これは開き直っていると解釈しても良いのだろうか。


「自分から無理言っといてなんだけど、大丈夫なの?」

『それは旧友がやっているからな。捕まるとしたら奴だろう。…太郎には言うなよ』

「キー先まで巻き込んだのか」

『ハッキングは得意分野らしいから大丈夫だろう』


まさに友人を出しに火中の栗を拾わせると言ったところか。流石は隠れたヘタレ吉田さん。悪知恵だけは働くようだ。


キー先とは、岸辺のお父さん。岸辺は母方の姓で、父は紀井野という。

本名、紀井野義鷹は僕達の通う三嘉ヶ崎高校の理科教師である。よって紀井野先生、略してキー先だ。


「そう言えば、吉田さん。こちらの『核』から情報を引き出すってことは可能だったりする?」

『『核』の在りかさえ分かれば可能だと思うが…。そちらの世界にパソコンはあるのか?』

「いや、無いかな」

『…まぁ、魔術が盛んなんだ。不可能ではないと思うぞ』


曖昧に相槌を打って、思索に耽る。


今回、東後輩は『リンク』を利用して三嘉ヶ崎の住民を虐殺しようとしている。領土戦争が始まったら、城へ続く地区の全てが戦火に呑まれるだろう。


『…東裕也の事で何かあったか?』


控え目な吉田さんの発言に思考を遮断すると頭を振った。


「それが…」


言いかけて、口を閉ざす。


『どうした?』

「…いや、何でもない。手間の掛かる後輩だよ、彼は」


後は世間話やらなんらやと適応な話に落ち着き、互いに進展があったら連絡すると告げて通話を終了する。


「……………。」


携帯をポケットにしまうと壁にもたれ掛かり、爪を噛む。

東後輩が『リンク』を知ったのは恐らく、つい最近。ゼリーさんが教えたと推測するのが妥当か。

仮に、ゼリーさんが『核』から情報を手に入れたとしよう。だとすれば、ゼリーさんは何の為にその情報が必要だったのかが謎だ。

そして、その情報が何故『核』にあると分かったか、そしてそれをどうやって引用したのか。

一旦、浮かび上がった疑問は次々と湧き出て来る一方だ。


―調べる必要がある。


そう判断し、小さく溜め息を吐いた。…杞憂だと良いのだが、念には念をだ。詰めが甘いと後で後悔するのは、目に見えているのだから。


携帯の電話帳を開き、カ行から『岸辺太郎』の登録画面を開くと通話ボタンを押す。

時間が時間なだけに中々出ず、コール音が虚しく部屋に木霊する。

諦めかけて耳から携帯からを離し、通話終了ボタンを押そうとしたその時、激しいノイズと共に通話中の文字が表示された。


「…もしもし、岸辺?ちょっと折り入って頼みがあるんだけど…」


返事は無い。

訝しく思い、耳をそばだてるが、相変わらず酷いノイズ音が邪魔をして何も聞き取れない。

電波の悪い場所にでもいるのだろうか。


『あっ、田中先輩ですか?』


不意にノイズ音が取り除かれ、クリアな音声が携帯の受話器から聞こえて来る。

その声に全身に鳥肌が立つのを感じた。悪寒が走る。


「東後輩…」


半ば放心状態のまま、そう呟くと面白そうに彼は笑った。


『岸辺先輩の携帯に掛けたのに、何で僕が出るのか信じられないって感じですね』

「―岸辺は?」


僕の問いを無視して、お構いなしに東後輩は勝手に話を進める。


『吉田先輩もいますよ。気絶してますけど。岸辺先輩はまだ大丈夫なんで、声聞きます?』


瞬間、ザクリという何かを断つ音。そして岸辺の凄まじい絶叫が大音量で聞こえて来る。


「目には目を、歯には歯をってことわざがあるだろ?だから、これはその仕返しと取っていいのか」

『勿論。その為の仕打ちですよ。貴方への復讐の序章ってところですかね』


暫しの沈黙。


「東後輩、」

『田中先輩、』


同じタイミングで、互いの名前を口にする。


「「次は無いと思え」」


そして同じ言葉を呟き、通話を終了する。気怠い疲労感に襲われるが、それどころではない。

『魔眼』で『瞬間移動の陣』を形成すると、城付近まで一気に飛ぶ。

東後輩が居るとするなら、そこしか思いつかなかった。城へと続く道はこの時間になると最も人気が無い。

いくら成人とはいえ、この時間に雪ちゃんや岸辺が外を出歩くとは考えにくい。首脳会談で決定した領土戦争について説明するために召集されたのだろうか。


様々な思考が頭の中で渦巻く。

城の表門に到着した瞬間、近くの森の茂みの奥の方に小さく明かりが灯っているのが見えた。

表門の見張りがいないところを見ると、先程の騒ぎを聞き付け、駆け寄ったのかもしれない。…それとも、東後輩が呼んだのか。

物影に身を潜めて様子を窺うと、そのすぐ側を担架に乗せられた岸辺達が通り抜け、表門を潜って行った。


命は無事の様だ。…少なくとも、今回までは。

安堵の息を吐くと共に、肩の力を抜く。

―再度人気が無くなったのを確認し、二人が奇襲を受けたと思われる場所に足を踏み入れる。

茂みに広がる真新しい血痕に触れると、べっとりと血が付着した。


「次は無いと思え、か…」


あれは、『次はお前もろとも必ず殺す』という宣戦布告だ。

なら、自分は如何なる意味を持ってそう言ったのだろう。

かの問題児の起こそうとする蛮行を阻止する意味か、はたまた、彼と同じ意味合いだったのか。

否、きっとどちらの意味も含んでいた。


救いたいと、止めたいと一様に思っている。

…だからこそ、腹を据えねばならない。

手に付いた血を眺める。

本来、此処に付くべきは自分の黒い血だったはずだ。

これから始まる領土戦争。戦場に流れる血はけして他者のものであってはならない。


―全ての責任は僕にある。


自責の念からくる苛々を溜め息と共に外に吐き出す。変に気が高ぶってしまい、このままでは一睡も出来そうにない。

気分転換に今夜は歩いて帰ろうという結論に至り、踵を返すと歩き出した。

星も月も分厚い雲に覆い隠され、富裕層が集う一番金が掛かったであろう地区でなければ街灯など中々お目に掛かれるものではない。進むにつれ、街灯が少なくなっていく道中を僅かな光を頼りに俯きながら前へ進む。


「…めて、……やッ!」


不意に聞こえた悲鳴に顔を上げた。

五歩先にある街灯。そこに女性を押し付ける様にして若い男二人が立ち塞がっている。

一人は金髪の真っ黒に日焼けしており、季節を全く考慮していないワイシャツからは鍛え抜かれた二の腕の筋肉が露出していた。

もう一人は鉄橋の下でラップでも踊っていそうな目深にフードを被った男で、迷彩柄のジャンパーを着ている。


――『勇者』。


直感的にそうだと悟る。

今まで伊達に勇者と対峙してきたわけではない。

殺され続けて幾星霜というほどではないが、勇者アレルギーとでも言おうか、おかげで軽い拒絶反応が出る様になった。

二人はまだこちらの様子に気付いた気配は無い。引き返すなら今だ。


「良いじゃね〜かよ。これでも俺等『勇者』様なんだぜ?」

「『魔王』を倒すって責務をわざわざ負ってやってんだ。後に『魔王』を倒す『勇者』に抱かれるなんて光栄だろ?」


色々と卑猥な言葉を並べ立て、二人は吐息が掛かりそうなくらい顔を近付け女性に詰め寄る。そして、無理矢理脱がそうと掴み掛かった。女性の顔が怯えと恐怖に引き攣る。

男二人の卑下た笑い声が頭に響き、頭痛を誘発する。知らず唇を噛み締めた。数滴血が滴り落ちる。乾いたはずの手の平にはぬめりとした感触。

見れば、鬱血するかと思うほど強く握られ、白くなった拳に自らの爪が食い込んで出血を促していた。

何度目かの溜め息を吐くと影から杖を取り出し、気配を消して二人に近寄る。


「…ん?……ッお前、もしかして、まお…ガッ!」


何の気配を察知したのか、勢い良く振り返り、一目見ただけで僕の正体を見破ると金髪の男が叫ぶ。

しかし、彼が全て言い切る前に後頭部を素早く杖で強打し、昏倒させる。

残りの一人を仕留めようと杖を振りかざすが、相手は体勢を低くすると横に跳んだ。シュッとその頭上を杖が掠める。

魔術なのか特殊能力による効果かは分からないが、とにかくスピードに特化しているらしい。


「ちっ…、覚えてやがれよ!」


ジャンパー男はポケットから素早くナイフを放ると、僕が杖で弾いている間に連れを担いで去って行く。

追撃は早々に諦め、杖を下ろした時だ。

ヒュンッ…と何かが横を通り過ぎる。


「えっ…」


瞬間、遠くから肉を断つ鈍い音と短い断末魔が上がった。

すると、次は前方から物凄い勢いで何かが横を通り過ぎて行く。通り過ぎて行った何かに付着していた液体が頬に撥ねた。

早鐘を打つ心臓とは対照的に、ゆっくりと頬に付いた液体を拭う。秋の冷たい夜風が、むせ返るような血の臭いを運んで来る。

街灯は不穏を表す様に点滅を繰り返し、闇のベールの向こうからは延々と歪な咀嚼音が絶え間無く続いていた。

側で立ちすくんでいた女性は甲高い悲鳴を上げると、腰を抜かしたのか這うようにして去って行った。


「助けてあげたのに、彼女は礼の一つも述べないのですね…。これだから最近の若者は…」


フレディはそんなジジ臭い台詞を吐きながら、血が滴る両刃の鎌を影にしまう。全くと言っていいほど、直立不動の状態で惚けている僕を不審に思ったのか、首を傾げて傍らに立つ。

そして、視線を目の前に広がる闇に移して言う。


「ああいう輩も、少なくないですよ…。勇者というのは意外でしたが、それを除けばよくある事です…」

「……ははっ、死んだ」

「…………。」



また視線を僕の方に向けると、フレディは困った様に溜め息を吐く。


「…心中、お察ししますよ…」


そのまま暫く乾いた声で笑う僕を傍らで黙って見届けていた。


「―僕は、僕はあんな奴等をのさばらせる為にこの道を選んだ訳じゃ、そんなはずじゃなかったんだ…」

「えぇ、そうでしょうとも…。しかし、最初の頃の貴方然り、此処を単なるゲームの模擬世界、精巧なバーチャルワールドとしか思っていない輩も当然いるんです…。ゲームの中なら何をしたって、現実で処罰が下されるわけないのですから…。殺人、強盗、強姦、誘拐…。その大半は、此処ミケガサキに召喚されたプレイヤー達です…」

「三嘉ヶ崎では、そんな事件なんて滅多に起きなかった」

「特殊プレイヤー以外は条件を満たせば簡単に還れます。彼等にとってこの世界は、擬似体験場に過ぎないのです…。しかし、それがストレスや欲のはけ口となって、彼等の現実での暮らしはさぞ満たされたことでしょう…。その繰り返しですよ…」


特に悲観するわけでもなく、淡々とフレディは語る。フレディ達闇の住民は、この世界の住民であってそうではない。

例えこの世界が滅ぼうとも彼等の認識的には、数ある住家の一つが潰れただけで終わるのだ。


「この世界は、言わば、向こうの三嘉ヶ崎の平和の礎…。零から一が、戦争から英雄が生まれるのと同じ様に、犠牲なくして平和が築かれることはないのですよ…」


犠牲上に成り立つ平和があるというのならば、今度の戦争は僕等に何を約束するのだろうか。

恒久ではない平和、そして何も約束されない戦争だ。けして誰も救われない。


殺される為に生きる世界に価値はあるのか。生かされる為に殺す世界は?一体、その先に何があるというのだ。


「こんな不毛なゲームは早々に終わらすべきなんだ」

「…どうやってですか?」

「わかんない」

「簡単ですよ…。貴方が変えれば良いんです…。『核』の力を持ってして、望むままに…」


フレディにしては珍しく前向きな発言だが、それこそ謎である。

口ぶりからして、吉田さんが作るプログラム改変ソフト以外の他の方法を彼は知っているのだろうか。

それを問おうとした時、フレディは唐突に話を変えた。


「東勇者は『リンク』を利用して復讐を狙っているのでしょう…?何故、『核』を利用しないんでしょうか…」


言われて気付く。

―確かに、この世界をプログラム化させている『核』を使えば、プログラム化している住民らを操れば、復讐は手っ取り早く遂げられる。

復讐を遂げる手段として、何故戦争でならなければならないのか。

彼は『核』の存在を知らない?


「そんな馬鹿な…」


しかし、それが正しければ全て納得がいく。


「影の王…。今度の領土戦争は何か大きな陰謀が渦巻いていると考えていいでしょう…。もしかしたら、東勇者はそれに気付かず、相手の都合の良いように躍らされているだけかもしれませんね…」

「じゃ、じゃあ、それが終われば東後輩は…」

「ジ・エンド。恐らく殺されるでしょう…」


がっくりと項垂れる僕に、フレディは言葉を続けた。


「ですから、今度の領土戦争…。貴方が全て制してしまいなさい…」

「全てって…。そんな簡単に言わないでくれ。例え、『沈黙の書』総出で向かっても、出来るかどうか…」

「出来る出来ないではありません…。やるかやらないかです…。力が不足しているのなら、鍛えればいい…。貴方は東勇者を救いたいのですか、それとも殺したいのですか…」

「全てとは言わない。でも、東後輩に限らず、救えるのなら救いたい。その為に契約したんだ。…でも、鍛えるって言ったって、どうやって?」


フレディは満足そうに微笑んで答える。…何だか、嫌な予感しかしない。


「それは勿論、我々とのデス・バトルですよ…。貴方は幾度殺したところでしなないし、我々は、貴方と大総統が死なない限り、死はありませんから…」


―領土戦争まで、あと六日。

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