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第十五話 開戦宣言

残暑もようやく終わり、秋めいてきていた。紅葉が鮮やかに色付くようになり、空は秋晴れの模様で何処までも蒼く澄み渡っている。

しかし、それもこの国に着いてからというものの、照り付ける陽射しと砂の混じった熱風が容赦なく肌をジリジリと焼いた。


―魔術大国フェラ。

大砂漠に囲まれた常夏の国で、砂漠を囲う十の太陽の影響により年の乾期が最も多く白夜である。

太陽が纏う高エネルギーによって太陽は高温と化し、そのエネルギーを光に変えているが光自体は無温らしい。

つまり、この暑さと熱は全て太陽からなる高エネルギーの余波ということだ。

しかし、その影響は人体に少なからず影響を与えるため、フェラ王国は国全体を薄い膜の様な特殊な結界で覆い、魔術でけして訪れることのなかった夜を生み出した。

―まさに、前代未聞の異業にして偉業である。


「緊張することはありませんよ。各国の要人と言っても、貴方からすれば、全員顔見知りなわけですし…。もっと気を楽にして良いのでは?」

「仮にもミケガサキ出身の魔王が、どう転べば他国の外務大臣に華麗なる転職を遂げられるのか言及されても知らないぞ、リプテン王子…じゃなかった。国王」


見た目は女の子、中身は男という特殊なうら若き王は悠然と微笑んだ。

マフィネス王国特有の灰色の髪と瞳を持つ彼こそ、マフィネス王国の現国王リプテン・ド・マフィネスである。

そんな外見であるが故に、ナンパを仕掛けられては引き攣った笑みを浮かべながら丁重に断っていた。

こうなる事を見越した上で男装を勧めたのだが、外見がそうであることが苦ではないからと普段着のドレスで結果がこれだ。


「まぁ、今回色々と言及されるのは覚悟の上ですが、それは皆様も同じですよ。―お互いに、痛い腹の探り合いは避けたいものですね」


そう溜め息を吐くリプテン国王の手元には、何やら高級感のある便箋が握られており、彼は必ず二分置きにそれを読んでは溜め息を吐くという動作を繰り返している。

その手紙こそ、年に一度の首脳会談開催を知らせる文だった。

毎年、今年は何処国で開催するという順番があるのだが、ミケガサキで首脳会談が開催された時、事の成り行きで同盟も解消された様なものだし、開く意味が無い気もするのだが、流石はフェラ王国。

今年はフェラ王国の主催する順番じゃないと思うのだが、それにも関わらず主催した。

何年も続いてきた伝統ある会議を重んじたのか、単に同盟を解約したことを忘れているのかどちらの可能性は等しくあるが、今年も空気を読まない様だ。

今回フェラ王国へ来ているのは、この首脳会談へ出席するためであり、僕はリプテン王子の護衛兼外務大臣(参謀代わり)を本人から頼まれて此処に居る。

今になって引き受けたことを少し後悔しているが。


「今年はフェラ王国が主催するみたいだけど、治安は全然悪くないぞ?」

「主催会議には騎士隊長と参謀を連れるのが通常だと言うのに、どちらも連れることは出来ませんからね。一人で赴き、言及を受けるのも嫌なので、旅は道連れ世は情けさながらにとばっちりを受ける者が欲しかったんです」

「僕の周りにはこんな奴等しかいないのか…」


根は良いのだろうが、性格に難ありだ。

リプテン王子は物珍しそうに辺りを見回し、感嘆の声を上げる。


「この国の魔術は凄いですね。個々の魔力量が高い為か、資源無しで此処までやり繰り出来るとは…。ほとんど自分達で補っていると言っても過言じゃない」

「魔術大国の名も伊達じゃないってこと。…そう言えば、マフィネスはどんな国だったんだ?」

「あまりよく覚えていませんが…五ヶ国の中で一番の田舎ですよ。自然に囲まれている、それしか取り柄の無い国でしたね。火山があるわけでもないのに、時折灰の雨が降るんです。雪とはまた違った綺麗さがあるのですが、降り終わった後の掃除が大変で。今思えば、あの灰が短命の原因だったんですかね。…成長も抑制させる効果もありましたし」


懐かしむというよりは、思い付いたことを並べ立てている様な何とも素っ気ない口調だった。


「…王子、今何歳?」

「レディーに歳を聞くのは失礼ですよ」


答える気は無いらしい。

普段働かせない脳みそをフル回転させて考える。

そもそも、マフィネスが滅んだのが明真さんが勇者の頃だから今から十数年も前のこと。リプテン王子やキーナはその頃子供だったのは間違いないだろう。

そこから割り出される結論は…。


僕より年上だということ。


「勝った…」


身長が、という意味で。


「―おや、良いところに馬車が来ましたね」


そんな中、街中をシンデレラの馬車に負けず劣らずな黄金の馬車がこちらへ爆走してくる。

馬車と言っても、馬ではなく魔術による自動運転だ。

瞬間、繰り出された強烈なドロップキックが背中に炸裂する。


「!!?」


地面に倒れることさえ許さないのか、爆走中の馬車は更にそのスピードを上げて全力で僕を吹っ飛ばす。

僕は二転三転と地面を転がりながら近くの建物にぶつかってようやく止まった。

馬車から迎えに上がったと思われる使いの者が血相変えて出て来ると、王子はそれを制して僕の元へ駆け寄り、胸倉を掴むとにこやかに微笑んだ。

だが、それとは裏腹に目が笑っていない。


「嫌ですねぇ、そんな身を呈して馬車を止めに掛からなくとも、ちゃんと止まってくれますよ。…立てますか?立てますよね?つか、立てよ、オイ」


などと、チンピラ並みの口調で脅しに掛かって来る。

僕は首がもげるかと思うほど頷くと、王子は舌打ちするとともに颯爽と馬車へ乗り込んで行った。

もう二度と怒らすまいと心に誓って、急いでその後を追い掛ける。

馬車内で聞いた話によれば、数十年ぶりに五ヶ国のそうそうたる面子が揃って出席とのこと。

てっきり、ラグドは参加しないものと勝手に思っていたのでこれには舌を巻くばかりだ。


「何事も無く、無事に終わると良いのですがね…」


リプテン王子はラグドの参加に難色を表し、物憂げにそびえ立つ金色の王宮を見ていた。


―首脳会談。

ミケガサキからは、国王代行人として東裕也が来るはずだ。

ゼリアから国王の座を奪い彼が何を企んでいるかは知らないが、本当に危惧すべきはラグドではなく、むしろミケガサキなのかもしれない。


****


「―今回は、わざわざ集まっていただき…」


フェラ王国ソエム現国王がそんな冒頭句を述べる。

フェラ王国には珍しい石像の様に険しい表情の国王として有名だが、本当に真面目で厳格な国王のようだ。その傍らには、参謀のメアリさんと騎士隊長のノイズさんが立っている。


首脳会談の会場として招かれた一室は豪華だが派手過ぎず、品のある空間で、何となく裁判所を彷彿とさせた。

大理石の机は大きな円を組む様になっていて、円の真ん中にはフェラの紋章であるライオンがパネルに映されている。

机が円形ということで、各国の要人達を一望するにすることはたやすい。


ミケガサキは、国王代行である東後輩と何故か教官とカインが座っている。

ミリュニスは国王の吉田魔王様に、参謀のノワール、騎士隊長のノーイさんが、ラグドはジュリア女王陛下に、参謀の陽一郎さん。そして騎士隊長の………名前の知らない人がいた。

何はともあれ、全員顔見知りである。


「挨拶はいらないわ。早く本題に進みましょ?開かなくてもいい会談を開いて、一体何を企んでいるのかしら?」

「…五ヶ国同盟を今一度結びたい」


ソエム国王の言葉に周りがざわつく。


「…五ヶ国同盟が結ばれると何かデメリットでもあるの?」

「私も詳しくは知りませんが、同盟を結ぶということはその国の領土を侵害はすることは出来ません。

つまりは、領土争いに終止符を打つという形になりますが…」


歯切れ悪くリプテン王子は言い淀む。

ソエム国王に最初に異議を唱えたのは教官だった。


「―失礼ながら、ソエム国王。資源枯渇問題を抱えたまま同盟を結ぶというのは…」


成程。資源確保の為の領土争いだったのだから、それを締結されるということは資源枯渇気味のどの国にも大打撃を与える事となるだろう。


「分かっている。これは資源枯渇問題を解決する為の同盟だ。それなら…」

「私は反対。群れるのは嫌いだし、平和も嫌い。正直、資源問題なんてどうでも良いの。領土を手に入れれば済むだけの話だし」


ジュリア女王は退屈そうに頬杖をつき、騎士隊長の男の方は既に熟睡している。


「どんな魂胆か知りませんが、所詮は付け焼き刃。他国に恩を売るのが狙いなんじゃありません?」


そう言ったのは東後輩。

ミケガサキのダークホースが遂に動き出した。


「そんなことは…」

「数ヶ月も前にミケガサキを襲っておいて、よく同盟を結ぶなんて提案が出来ますよね。どの国もお互いを出し抜くのに必死なのに、そんな同盟なんて結ばれては正直迷惑なんですよ」

「…そんなことはありませんよ、ミケガサキの若き国王代理。何処も出し抜こうだなんて考えてない。疑心は破滅しか生みません」


リプテン王子だから言える言葉だ。彼等の復讐心は結局犠牲しか生まなかった。そして、それで彼等の心が癒えることも無い。

本来同席するはずのキーナも、今は精神が壊れ欠け、『退行』…いわゆる幼児返りを引き起こしている。


「仲良しこよしで事態は解決するほど甘くないのが、分からないんですか?

…じゃあ、どちらが正しいか白黒つけましょうよ」


静まり返った空間に、こほんっと東後輩の咳ばらいが響く。


「ミケガサキとラグドは、一方的に領土略奪戦争を開戦することを勝手に決めちゃいますね。ラグドの方は異論ありますか?」

「別に無いわよ。っていうか、無差別に、例えばミケガサキを襲うかもしれないけど良いわけ〜?」

「あはは、捻り潰しますよ」


そんな宣戦布告に、面白そうにジュリア女王はペルシャの様な笑みを浮かべて再度頬杖をついた。

勝手に話がどんどん醜悪な方向へ展開されていく。

しかし、それを制する者はいない。

手を出してはいけない様なただならぬ雰囲気が部屋に充満していた。


『…残りの国はどうしろと?』


此処で空気を読まない吉田魔王の呟きに、東後輩は首を捻る。


「はっきり言って僕等は好き勝手にドンパチやりたいだけですし。ミリュニスは…まぁ、ラグドに僕等がやられない限りは大丈夫じゃない?僕はミリュニスに手を出すつもりはないから、心配しなくて良いと思うけど」


他の国は別ね、と嫌なプレッシャーを掛ける東後輩の発言に部屋の緊張がさらに増す。


「フェラの資源枯渇問題を解決する方法が巧を成したなら、僕達は即座に止めますよ」

「絶対的な確率で成功するわけじゃないっ!―それならば、此処は互いに手を取り合いっ…」

「『夜の魔術』と同じ原理なんでしょ?そんなものは所詮まやかしじゃないですか。貴方がやろうとしている行為は、現実逃避だ。問題と向き合う気のない最低な行為でしかないっ!」


珍しく声を荒げる東後輩の言い分に、ソエム国王は黙りこくった。


『しかし、領土を奪ったところで何の意味がある?』

「ラグドと同じですよ。戦いたいから始める。僕の悲願への第一歩…」


東後輩が僕を凝視する。

その時、脳裏にかつて彼が語った野望が蘇ってきた。


―先輩、僕『革命』を起こすつもりなんです。…三嘉ヶ崎に。


革命。国家や政府を倒し、国家権力を奪い取り、根本的に変革すること。

まだ勇者として日が浅い一高校生が、現国王を強制的に退け、君臨して行う『革命』。それは『リンク』を利用した三嘉ヶ崎への虐殺という名の復讐だ。そしてその対象は僕も含まれていることだろう。

戦争を始め、ミケガサキを他国に襲わせるのが真の目的か。

恐らく、今のところミリュニスとマフィネス以外の二ヶ国はミケガサキの領土を真っ先に手に入れようと仕掛けてくるはずだ。『精神操作マインドコントロール』とまではいかないものの、そう挑発しているのが、この馬鹿な僕でも分かる。


「くくくっ…」


思わず肩を震わす。やがて堪えきれなくなり、声を上げて笑った。つられた様に東後輩も笑う。


「…田中先輩は、どうします?」

「―乗った」


間髪入れず平然と返す僕に教官とカインが異議を申し立てようと身を乗り出す。―が、僕からほとばしる怒気と殺気に口を閉ざした。


「フェラやマフィネスはどうします?―まだ色々と諦めていないなら、こうしましょうか」


今回の領土争いの勝利決定の領土を指定し、勝利領土はランクSの城のみ。

勝利決定領土とは、その名の通り勝利を決定させる領土である。

つまり、相手の国のその領土を一番先に略奪した国が勝者となるのだ。

恐らく、棒倒しをイメージしてもらえば分かりやすいとか思う。

今回の勝利決定領土は城。他国に城を占拠されるということは、即ちその国の終わりを意味する。

未来永劫、占拠された国の一部として機能することを余儀なくされるのだ。

領土の大きさは力の強さに比例する。この五ヶ国は領土争いによって肥大し、束ねられ生き残った強豪国。

―だが、一国を潰して領土を狙ったところで、いずれ資源は枯渇する。


『核』を早く見付けて、全体的なプログラムを上書きするしか手は無く、また、仮にプログラムを上書き出来たとしても直ぐに自然が元通りに復活するということは多分不可能だろう。


しかし、一旦動き出してしまった戦争を止めることは東後輩が革命なる復讐を諦めるか遂げるまで収束しそうにない。

善は急げ、そして急がば回れという。

だが今回は後者は適応出来そうにない。―何故なら、安全なルートが何処にも存在しないからだ。

まさに綱渡り状態である。


「いきなりはアレですし、一週間後ということで、異論ありませんか?」


沈黙を肯定と取ったのか、東後輩は満足そうに頷く。


「…それじゃあ、『戦争』を始めましょう」



―領土戦争開戦まで、あと七日。

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