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第十四話 魔剣


どのゲームも大抵は『勇者』は村に代々伝わる勇者の剣を手にするか、女神から授かるかして旅に出る。

対して『魔王』は、強力な家臣や魔術を用いて勇者一行に苦戦を強いらせたりするのが主流だ。

―要するに、大抵の勇者は剣術に秀で、大抵の魔王は魔術に秀でる。

それは此処も同じで、基本的に歴代の勇者並びに魔王は剣術、もしくは魔術に秀でた…所謂、天賦の才を持っていたらしい。

中には才能は並大抵でも両方を器用に熟す者や、魔術に秀でた勇者、逆に剣術に秀でた魔王も居たのだそうだ。


「『勇者の剣』など特殊プレイヤーの戦闘補助アイテムは持ち手に合わせて自動でカスタマイズされますから、仮に魔術に秀でた勇者ならば杖みたいになりますね…」


突然、魔王に敵意を抱く様になった後輩にして現国王、東勇者の奇襲を受け、結果は引き分け。

それから別の勇者達と死闘を繰り広げ、幾日かけて快癒した僕等は来るべき戦闘に備える為、『勇者の剣』と同等の力を持つ『魔王の剣』を手にするべく、先の見えない真っ暗な洞窟をランプを片手にゆっくりと慎重に進んで行く。

此処は、何処にも属さず、雲の様に各地を転々とする『幽玄の洞窟』。闇市と同等の謎に包まれた空間らしい。勿論、中には魔王専用の戦闘補助アイテムが眠っている。

一説によると、その補助アイテムの力でこの『幽玄の洞窟』は移動しているのではないかと囁かれていた。


「『魔王の剣』を手に入れたら、東後輩を止められると思う?」

「まだ諦めてなかったんですか…」


呆れた様にフレディは言い、僕はただ苦笑する。


「そう出来たら楽なんだけどね」


首を傾げるフレディに、幾日か前のあの戦闘を思い返しながら、分かった事を伝えた。


****


ドアの無い玄関口に影が伸びる。やがて『勇者の剣』を携えた東後輩が入って来た。

もぬけの殻となったそれなりに広さのある二階建ての廃ビルを一瞥し、臆すること無く前へ進んで行く。

床に付いた斑点状の血痕に従い、一階に僕が居ない事を悟ると、二階へと続くに錆びかけた鉄の階段を上がる。


―此処までは計算通り。本番は此処からだ。


元何らかの小会社であった廃ビルの構造は、主に一階がエントランスと応接室。二階は社長室と会社員専用の仕事スペースと言ったところか。

中には机などの備品がまだ残っていた。

内部の構造はあまり複雑では無い。大方、元々経営ギリギリの小会社が経営を維持費を求め、一攫千金目当てに此処を占拠する賭けに出たが負け、結局金が無く倒産したのだろう。

欲を出したが為の結果だ。いや、どちらにせよ倒産したであろうから、死期を早めただけか。


まぁ、そんな野暮な考察はさておき、東後輩の姿が見えた。口許にニヒルな笑みを浮かべ血痕を辿る姿にはぞっとする。


その時、ブォン…と重々しい機械の稼動が響く。


「体温感知システム搭載した即席レーザートラップ…」


―トラップ?作動。


壁や天井に仕込んだ小型の機械から豪雨の様な数のレーザーが東後輩目掛けて放たれた。

東後輩は咄嗟にその場から横に飛び退き、ガラス張りのドアを突き破って隣接された社長室に身を潜める。腕や足に深々と突き刺さったガラスを無理矢理引き抜くと、辺りの様子を注意深く窺っていた。

社長室は物置の様な狭さで必要最低限しか置けないほどの空間だ。此処には窓も無く、すぐ隣の空間にはレーザーが構えている。逃げ場などない。

トラップ?は此処へおびき出す為のもの。そして、この次に続くトラップこそ、勝負の命運を決める重要なものだ。

再度、ブォン…という音と共に四方八方からレーザーが襲った。進路も退路も無い状況で東後輩がする行動は限られる。

案の定、彼は僕の思惑通りの行動に出た。『勇者の剣』を床に突き刺し、発生したドーム状のシールドでレーザーを防ぐ。

すると、すかさずピピッ…と別の機械の稼動音がなった。


―トラップ?作動。


「なっ…」


驚きに目を見張る東後輩を尻目に、『目隠しの陣』の上に設置した地雷が作動し、轟音と共に床が崩れ落ちる。

足場の無くなった東後輩はそのまま真っ逆さまに落ちて行き、その手から勇者の剣が離れた。

その隙を突いて身を潜めてた天井裏から飛びだし、床に強かに背中を打ち付けた東後輩に杖の柄の部分を首に当てがう。


「酷いじゃないですか、田中先輩…」

「酷いのはどっちだよ」


半ば呆れつつも、二の句を都合と口を開いた時だ。

地の底から沸き上がる様な音がし、地面が揺れる。


「地震、ですかね…?」


確かめる様に、そう問い掛ける東後輩に対し、僕は内心それを否定する。


―魔力の振動波だ。


それを裏付ける様に、杖の先端に浮かぶ赤い玉が魔力を感知し、僅かに光った。

震源地ともいうべき大元の場所は此処から多少なりとも離れていることは間違いない。加えて、この反応ということは、それなりに深い場所の様だ。


―恐らく、これが『核』の魔力。


唇を噛み締め、明後日の方向を睨む。程なくして地震は収まった。しかし、次の瞬間、別の魔力の衝撃波が廃ビルを襲う。


「この魔力は…!」

「ファウスト…」


同じタイミングで、それぞれ思い思いの事を呟く。


ピシッ…と亀裂の入る音が周りから聞こえてきた。

ただでさえ年月が経ち、老朽化した建物に、先程の地雷による振動と今回の衝撃が加われば崩れない訳がない。

本来なら、魔術を駆使して何とか出来たのだが、即席トラップ制作という慣れない作業に魔力をかなり消耗してしまったので不可能である。

我ながら、使えない奴だ。

今更何を後悔し懺悔したところで後の祭り。溜め息と共に、廃ビルは倒壊した。


それから、単になる気まぐれで助けたのか、ただ単に状勢を優位にするが為の見せしめ要員として瓦礫の山から引っ張り出してきたのか定かではないが、結果的に助けらる形となった。

…願わくば、それが本人の良心によるものだと思いたい。


「―あの時感知したファウストの魔力なんだけどさ。僕は、彼女に出会う前に一度、同じ魔力の痕跡を感じたことがある。それも、つい最近」

「まさか、とは思いますが…」


フレディにしては珍しく青ざめた表情を浮かべて、そして諦めと納得の入り混じった声色と共に溜め息を一つ。


「まぁ、あの方は魅惑の悪魔ですし、生気を吸って意識不明に陥らせる事など造作もないでしょうね…」

「此処で諦めて放っておいたりなんかしたら、後で絶対取り返しの着かない事になる」

「確かに…。全く、とんだダークホースがいたものです…」


二人して溜め息を吐きながら前へ進む。先は見えないものの、敵がいない分進むのは楽だ。

何でも、水が無い上に低酸素だから生き物が住む環境として適してさない為、此処には何もいない。仮にいたとしても、糧となるべき生物がいないのでやがて餓死するだろう。


「研究者や探検家なんかが来たがりそうなものだけどな」

「来たくても来れないと言うのが本音でしょうね…。この洞窟が一カ所の場所に留まることは滅多にありませんから…」


まぁ、僕等は影を伝うことが出来るから、例えこの洞窟が何処にあろうといつでも訪れる事が可能だ。


「そう言えば、『勇者の剣』って皆言ってるけど、名前とか無いの?」

「勿論ありますよ…。剣名を言うより、『勇者の剣』と呼んでいた方がありがたみがあるとかでそう呼ばれているんです…」


本当は皆、名前を忘れているだけなのではないかと思うのだが。


程なくして四時間が経とうという時、突如フレディが後ろから背中を回し蹴ってから感嘆の声を上げる。僕はといえば、突然の奇襲に声を上げる間もなく地面に突っ伏した。


「影の王、あれを見てください…」

「人のことを蹴っておいて何を平然とあれを見てください、だよ」

「貴方が邪魔でよく見えなかったものですから、仕方なく…」


悪びれるどころか開き直りやがった死霊の言い分に、溜まりに溜まったストレスを溜め息で一掃する。

痛む背中を摩りながら立ち上がり、ランプを掲げると前方に目を凝らす。…確かに、岩影に隠れて奥へと続いているのであろう道があった。驚くべきは、その周辺に髑髏しゃれこうべが広がって居たのだ。

滅多に人が足を踏み入れられる場所ではないが、彼等もしくは彼女等は千載一遇のチャンスを掴んだ世にも幸運な人達に違いない。


「損傷していない白骨死体が一つ、白骨死体が二つ、三つ、四つ、五つ…。あぁ、数えきれません…。あ、これは少し損傷していますね…。それでも、とても一度に食べ切れそうにない量です…」

「そこなのかっ!?」


僕の言葉などまるで耳に入っていないと言うように、恍惚としながらフレディは髑髏に近付き、ガリガリと骨を食べはじめた。影からそれを覗いていた他の死霊までも死体にたかる蝿の如く影から飛び出し、骨を咀嚼し始める。

ガリガリと骨を噛む音が洞窟に反響する。普通の人なら失神してもおかしくない光景だ。


「…いや、別に食べちゃいけないとは言わないけど。何でこんなところに沢山骨が転がってんのかと根本的に考えればさ、この先が如何に危険かが窺い知れるよね」

「ということは、中にもまだ沢山の食事が眠っているのでしょうか…。影の王、是非とも逝ってきて下さい…」

「行くけど逝かないから!そのつもり無いから!皆、何かあったら駆け付けてくれるか?」


希薄となった願いだか、頼まない訳にはいかない。


「えぇ…。何か起こった後に必ず…」

「起きた直後に頼む!」

「誰しも、殺人を未然に防げはしないのです…」


それなりに格好良い台詞を物憂げに言うフレディだが、骨を煙草に見立てて煙を吐く仕草からふざけているのが容易に見て取れる。


「直後に来れば間に合うから!」

「自分の事なんですから、自分で解決して下さいよ…」


正論で返され、言葉に詰まる。これ以上の悪あがきは無駄と判断し、意を決して奥へと進んで行った。

どんなトラップが仕掛けてあるのかとおっかなびっくりにドクロードを進むが、予想に反し何も起こらない。いや、十分ありがたいことだ。

もし、最初に入った誰かがトラップを仕掛けたとするなら、あの髑髏の数から見て全て作動したのかもしれない。それとも、幾許かの年月が経ったことによりトラップが老朽化して作動しなくなったのか。

しかし、どちらにしてもトラップが作動したという痕跡が見当たらない。

やはり幽玄の洞窟だけあって、外敵から『魔王の剣』を守る守護者的な役割の魔獣でも住み着いているのだろうか。

…の割には、白骨死体に損傷は見られなかった。中には多少損傷している死体があったそうだが、どうにも獣にやられたとは考えにくい。

そんなこんなを考えている内に、恐らくは『魔王の剣』と思われる長剣を見付けた。


「………胡散臭いな」


何かの液体の溜まった大きな空洞の中に、市販で売っているのと同じ様な長剣が沈んでいた。唯一の違いをあげるとするなら、剣から発せられる嫌な雰囲気とでも言おうか。もし、そんな雰囲気が無かったら直ぐさま踵を返して帰っていただろう。

何にせよ、目標達成。幸い手を伸ばして届く距離だ。袖を捲り、腕を伸ばして液体に突っ込む。ドロリと生暖かい。変な色に淀んでいて気持ちが悪く、鳥肌が止まらない。まさに不快の一言に尽きる。


「うぅ…、気持ち悪い…」


唸りながら懸命に腕を伸ばし、柄の部分を掴むと、引き上げた。


「…どう見ても、唯の長剣ロングソードなんだけど」


手始めに、ありったけの魔力を込める。これは自分の魔力を武器に馴染ませる為の結構重要な過程だ。

物は使い込めば使い込むほど手に馴染む。逆に、新品などの馴染みの薄い物は馴染むまで使いにくかったりするのと同じで、魔力の質や量によって力が左右する魔武器などは、この慣らしが無いと突然の魔力に対応する事が出来ないのだそうだ。ちなみに、相性が良い場合は直ぐに使い熟せるらしい。


「カスタマイズは、扱う者の魔力に最大限に合わせる為のものですから、素人でも直ぐに扱えるのです…」


だそうだ。


「…って、いつの間に居たんだ」

「貴方が気持ち悪いと発言する三秒前からでしょうか…。ククッ、思わず突き落としたくなりましたよ…。我ながらよく耐えたものです…」


そう悪意を呟き、陰険な表情で薄く微笑むフレディに心から脱帽する。


程なくして剣が熱を帯び、刀身に魔力が纏った証に蛍火の様にうっすらと赤黒く光った。魔力を纏うことによって発生した風が洞窟に反響し、まるで巨人が唸り声を上げている様に聞こえる。

留まることなく熱量はどんどん上がっていき、耳鳴りに似た甲高い音が響く。その音がピークに達した時、剣は溶ける様にして黒い光の玉となった。


「此処から持ち主の意思で形が形成されるのですが、今から武器を慎重し慣らすのは大変でしょう…。影の王、杖を出して下さい…」


言われた通りに影から杖を取り出すと、光の玉は自ら進んで杖に溶け込んで行った。

瞬間、杖が光と熱を帯び、瞬く間に変化して行く。剣に変わったかと思えば、元の杖の形に戻ったりと目まぐるしい。

やがて、光のベールが弾け、新しくなったであろう杖が空中に浮かんでいた。


「―これが、『魔王』の武器…」


見たところ、特にこれと言った変化は無い。嬉しいのだか悲しいのだか何だか複雑な気持ちだ。それでも、使い慣れた杖はやはり手に馴染み、安心感に満たされる。


「影の王、剣をイメージしてみて下さい…」


言われたままに剣のイメージを浮かべる。すると、杖が粒子化し、漆黒の剣に転じた。


「―それこそ、『魔王の剣』…」


フレディは一旦言葉を切手から二の句を継ぐ。


「魔剣『チョップスティック』…!!」


思わず、手にした杖をへし折りたくなるような素敵な名前が延々と洞窟内に木霊した。

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