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第十三話 引き分け

今回はひたすら戦闘。


一難募ってまた一難。

募るばかりで去る気配が全く無い問題を解決するのは最早困難を極める。

一旦、カイン達と別れると影の世界へ戻り思考を巡らす。


「―しかし、あのゼリーさんが突然意識不明とは、些か腑に落ちないな」

「仮病じゃないんですか…?」

「仮病で意識吹っ飛ばせるってどんな御業だよ」


思索に耽っていると、地鳴りにも似た重い音が響く。空間が悲鳴を上げるように震え、たった一人の例外を除き死霊達がざわざわと騒ぎ立て、影の世界を空気の抜けた風船の様に辺りを行き交っていた。


「全く…。勝利後の球技場じゃないんですから…。そのまま郊外にでも飛んでいく気なんですかね…」

「無理矢理圧縮させようとしてるから空間が軋んでるんだ。しかし、この無限とも言える影の世界を圧縮させようなんて凄いな」


そんな危機感に欠ける会話を交えながら僕等は軋む空間を見上げる。


『…こんな悪趣味な手段を講じるのは奴しかいない』


幾重にも重なった重苦しい声。この影の世界を統べる知恵の悪魔の声だ。この影の世界に住まう者達は知恵の悪魔を大総統と呼び親しんでいる。


『―…ファウスト』


忌ま忌ましげに、首謀者の名が呟かれた。


「大総統の知り合い?」

「ファウスト様は大総統と同じ悪魔ですよ…。ファウスト様は『暗然の書』にその身を宿した方で、本当は人を堕落させる魅惑の悪魔なんですが…。その力の強さ故に鮮紅の悪魔の通り名の方が有名ですかね…」

「鮮紅の、悪魔か…」

「この世界の歴史に名の残る数多の戦いにそれとなく出没し、多くの兵の首を狩り取り両者を全滅させたそうです…。そりゃ、真っ赤にもなりますよね…」


はっきり言って、あの方の方が力は上ですよ…とフレディはいつもの様にやる気なく溜め息を吐く。


「同じ類の者同士、和解は無理そうかい?」

『それこそ、まさかだな。同じ類だからこそ利益で争う。我々の間では同族殺し等珍しく無い。時には契約者を巡って争う事もある。だから契約者に如何に手早く本契約を結ばさせるかが肝だな。仮契約なら、他の人間でも契約者を殺して主になろうとすり輩までいるくらいだ。大抵は死霊や眷属と共に行動し、自分に合った契約者を探すのが常だが、ファウストは昔から一人だな。その分、力の配分を行う必要が無いから当然強くもなる』

「大総統より力の強い悪魔なら、此処も赤点の答案用紙の様にグチャグチャに丸められてしまうのかな」

「鼻をかんだ後のティッシュの方が分かりやすくありません…?―しかし、書に身を宿しているのですから単身で此処に手出しするのは不可能なはずです…」


そうなると、仮にしろ本にしろ誰かと契約したということになる。


「契約者じゃなくて、悪魔自体の意思で此処を襲う可能性ってある?」

「全く無いわけじゃありませんが…。あの方なら契約主を意のままに操る事も可能でしょうが、我々が過度な悪事を働いた時にしかこんな事はしなかったはずですよ…」

「ってことは、その契約主の方の意思か。うーん、嫌な予感しかしないな」


嫌な予感もする上に、大総統より強いなら勝てないよなとか思いながら地上へ向かった。


…………………………………………………………。


「チェストっ!」


身の危険を感じ、直ぐさま地を蹴って後ろに飛び退さる。次の瞬間、ザクッと光の剣が先程自分の立っていた場所に突き刺さった。


「田中先輩、百円あげますから大人しく刺されて下さいよ」


屈託の無い笑みを浮かべて僕と対峙する勇者であり若き臨時国王である東裕也は地面に突き刺した『勇者の剣』を引き抜き、構える。


「生憎、モグラ叩かれ役は職務じゃないんでね。断らせてもらうよ」


僕も自身の影から漆黒の杖を取り出すと構えた。

先程の東後輩の一撃は僕を本気で仕留める為の容赦無いもので、間違いなく殺す気なのだと確信する。

単に気が変わったのか、プログラムの一部と化した事による『イベント』が起きているのか、どちらの可能性も等しくあるが、果たしてどちらの影響か。


隙を見せない様に慎重に辺りを見回す。足元には砂や石が転がっており、中には金属の欠片が覗いていた。どうやら、東部の鉱山地帯の一角の様だ。人気が無いという事は、鉱山地帯の中でも特にめぼしいものが無い場所なのだろう。

発掘調査の為に建てたと思われるやや風化した廃屋がそのまま残っていた。中には、それを支援し独占を目論んでいたであろう廃ビルまである。


「…国王になったみたいだけど、国務を果たさなくて良いのかい?」

「魔王討伐に勝る国務は無いと思いますけど。―ファウスト」


東後輩の掛け声と共に、彼の影から黒のドレスを纏った赤髪の女性が現れる。

きめ細かい肌の胸元が露わになったドレスは、黒のレースと上質な絹が素材の様で、上品なイメージだ。後ろでお団子に束ねられた赤髪と耳元のピアスが良く映えていた。


「やはり貴女でしたか、ファウスト様…」


やれやれと頭を抱えながらフレディが一歩前へ出る。勿論、その手には漆黒の鎌が握られていた。


「久しぶりですね、ディスビア。…そして、お初にお目に掛かります。影の王。―私、『暗然の書』の主にして魅惑の悪魔ファウストと申します。鮮血の悪魔、とも呼ばれますが…」


ドレスの裾を摘み、コルセットにより極限まで細くなった腰を折り曲げ、ファウストが恭しく一礼すると、すかさずフレディが口を挟んだ。


「魅惑の悪魔の名が掠れているのも、貴女がお歳を召されているせいでは…?千年以上生きている年増…いえ、ババアに魅惑の二文字は似合いませんものね…。コルセットが無ければ、余分な贅肉が隠せませんか?良ければ私が切り取って差し上げますよ…。―あと、私の名はディスビアでは無く、フレディです…」


その言葉にファウストの目がすっ…と細められ、灼熱色の瞳には怒気が篭る。いつの間にか手にした扇を口に当て、彼女はにっこりと笑った。


「…やはり、類は友を呼ぶのですね。総括する者が愚かなら、その主や部下も愚かの様です。此処は涙を呑んで躾を行う必要がありますね」

「望むところです…。傲慢で自分勝手なババアには、引導を渡すのが若者の使命ですから…。影の王、そちらの相手は頼みましたよ…」


その言葉に東後輩は笑いながら剣を構えて、そういう事でと戦闘体勢に入る。

火花を散らす双方は、最早話し合いという平和的解消が無意味であると体言していた。まさに一触即発という言葉が似つかわしいこの現状。

どいつもこいつも血気盛ん過ぎるから事が肥大する一方なんだと冷静に悟った瞬間だ。『瀉血しゃけつ』という医療法があり、病人の血を少しばかり抜くと何だか良く分からんが良いらしい。誰でも良いから血気盛んなこいつ等に致死量の瀉血を行ってくれる心優しい人はいないのだろうかと切実に思う。


先制したのはファウストだった。地を蹴ると瞬く間にその体が宙へ浮く。

そのまま片方の手を突き出すと、手の平から黒い火の玉が弾丸の様なスピードで僕等の下へと降ってきた。

フレディは持っていた鎌で向かって来る火の玉を一刀両断すると、ファウストの下へとバネの様に跳んで行く。

僕は杖でドーム状の防御壁シールドを張り場を凌ごうとするが、すかさず東後輩が勇者の剣で攻撃してくる。むかつくことに、どうやらファウストは東後輩に当てない様に上手くコントロールして撃っているらしい。

流石に魔術用のシールド故に、威力の高い火の玉に加え斬撃に堪えられる程の力は無い。魔術を解くと、火の玉が容赦無く降り注ぐ中を走り抜け、近くの廃ビルに転がり込んだ。窓ガラスのなくなった窓から顔を出し、向かって来る東勇者に数十にも増幅させた魔弾の陣を食らわせる。

東後輩は即座に片膝を付くと地面に勇者の剣を突き立てた。シールド状の結界が彼を覆い、襲って来る数千もの魔弾の嵐を防いだ。

向こうが足止めを食らっている内に『魔眼』で廃ビル全体に固有結界を形成させる。応急処置でしかないが、あの火の玉が止まない限り、外での戦闘は不可能。元よりこの戦いは勝ち目が無い。

移動した時に負傷した脇腹からは血がボタボタと流れ止むことを知らず、歯を食いしばりながら僕は壁にもたれ掛かった。背中が酷く痛む。どうやら背中も負傷しているらしい。

ヌルッとした感触と共に僕は地面に腰を落ち着ける。荒れた息を整え、視線を上へ向け、フレディの様子を窺う。苦戦しているのが容易に見て取れた。

最早、勝敗は明白。戦って確かめるまでも無い。


「…なんて、弱腰になってる場合じゃないだろ。田中優真」


目の前に伸びる影に語りかける。これも昔からの癖だった。喝入れに両頬を叩くと立ち上がった。

火の玉の雨が止んだのを確認し、廃ビルを覆う固有結界を解く。そろそろ魔弾の切れる頃だと、急ぎ足で次の策を講じる為に動き出した。


「―形勢逆転といこうじゃないか、諸君」


持ち前のセコさとセコさとセコさを遺憾無く発揮し、無理矢理にでも生存ルートを解放してやる。

魔力で武器が作れるのなら、恐らく何とかなる…はずだ。


****


「…あれ程の大口を叩いて起きながら、このていたらく。情けない限りですね。先の威勢は何処に行ったんですか、ディスビア」


扇で優雅に扇ぎながらファウストは負傷したフレディを見た。


「だから…、ディスビアじゃなくて、フレディですよ…。流石はババア…。痴呆の症が出ていますね…」

「黙りなさい、若造が。貴方では私の相手は勤まりません。影の王でやっと互角だというのに…。まだ挑もうというのですか?」

「貴女を此処で止めておかなければ、また我が主を殺されかねないので…。―まぁ、今回ばかりは阻止させてもらいましたけど…。全く、何人の契約者を殺せば気が済むのか…」


憂鬱そうにフレディが溜め息を吐くと、ファウストは目を細めて笑った。


「…あの者達は契約者として相応しくありません。それは貴方達も分かっていた事でしょう?別に、貴方達がやることを私が代行したまで。非難される謂われはありませんよ。

それに、今回の契約者を手に掛けるつもりもありません。彼には素質がありますから」

「何にせよ、我々の事に口を出されては困る…。正直、貴女が居ては色々とやりずらい。口減らしに、貴女には死んで頂きたいのですよ…」


再度、鎌を持つ手に力を込める。ファウストも迎え撃つ様に開いた扇をパチンッと閉じた。

互いの距離は三メートルほど。フレディの間合いに、彼女はまだ入っていない。

溜め息を吐くと、鎌に魔力を込める。すると、柄の部分が変形し、新たな刃が生まれた。


「魔鎌『首狩り』…」


くるくると手慣らしに高速回転させると、足を開くと体勢を低くし構え直す。


「―それは、槍術の構えの様ですね。…何千もの首を狩ってきたこの私の首を、貴方が取る?出来るものなら…」


パチンッと再度扇が開かれた。


「やって御覧なさいなッ!」


悪鬼の様な形相。その掛け声と共に熱風にも似た彼女の気迫が伝わって来る。ビリビリと辺りの空気が振動した。

ファウストが持っていた扇をこちらに向けて振るうと、空気は見えない刃となってフレディを襲う。

この攻撃はさっきも食らった。鎌を回転させて弾き返していたが、突如発生した竜巻に巻き込まれてこの様だ。

仕組みが分からない以上、突っ込んでは負けだ理性が告げる。此処は出来る限り場を凌ぎ、相手の隙を窺うべきだと。


「クククッ…」

「どうしたのです?気でもふれましたか?」


片手で顔を覆い、失笑するフレディに、ファウストは平然と首を傾げて問う。

対してフレディは涙を拭いながら言った。


「自分はつくづく臆病者だと思いまして…。そして、私は今、自分でも愚かと思う程のとても無謀な賭けに出ようとしている…。―貴女の言う通り、やはり主に似たのでしょうか…」


防御を止め、再度体勢を低くすると、バネの様にフレディは前へ跳ぶ。


「―愚かな」


ファウストは冷ややかに、向かって来るフレディを見下すと、手を前に突き出した。そこから生まれた無数の火の玉がフレディを襲うが、彼は構わず突進する。


…と思いきや。


「はッ…!」


持っていた鎌を前にぶん投げた。


「なっ…!?」


ファウストが彼の思いもよらない行動に怯んだのもつかの間。直ぐさま、向かって来る鎌を避ける。

そのほんの一瞬の間だけ彼女の攻撃が止み、意識が鎌の方へと向かったその僅かな隙をフレディは見逃さなかった。

一気に距離を詰めると神業の様な速さで空間に自分の魔力と空中に含まれる魔力を結合し、陣を形成する。


「『ビィーネの業炎』ッ!」


至近距離から放たれた魔術を回避する術など、いくら力の強いファウストでも持ち合わせているはずが無かった。


「ギャアアアアッ!!」


魔術は彼女の顔面に直撃し、この世のものとは思えない断末魔を上げ、ファウストは地面に落下して行く。

フレディはその様を静かに見届け、そして自分も地面に降り立った。側に落ちていた自身の鎌を手に取り、ファウストの首に刃を当てがう。


「―その刃、退けて貰えると助かるんですけど」


ズル…と何かが引きずられる音が次第に大きくなり、やがて、少し距離を置いたところで止まる。

残念ながら、背中に降ってきた掛け声は待っていた人のものでは無い。


「なに、ちゃっかり敗北してるんですか?馬鹿…」


溜め息を吐きながら振り向くと、血だらけになった双方の主の姿があった。

どちらもギリギリの勝利、ギリギリの敗北と言った紙一重の勝敗なのが見て取れる。…人の事を言えた義理ではないが。


「あはは。面目ない…」


それから影の王は弱々しくごめん、と呟いた。


「此処は『引き分け』ということで、お開きにしませんか?その方がほら、双方の為ですよ。多分。

次は容赦無くぶっ殺です、田中先輩。だから手加減なんてしないで下さいね」


そう言い残し、東勇者が指を鳴らすと、ファウスト共々瞬時に姿を消してしまった。


「無事ですか…?」

「…死なない程度には。見た目ほど酷くないかな。『勇者の剣』にしてやられたよ」


片手で顔を覆いながら影の王は失笑する。


「では貴方が回復次第、我々も『魔王の剣』を取りに行きましょう…」


その提案に、影の王は小さく溜め息を吐き何か言おうとしたが、面倒になったらしく一言だけ呟いた。


「―全く…。早く言えよ」陣を形成する。


「『ビィーネの業炎』ッ!」


至近距離から放たれた魔術を回避する術など、いくら力の強いファウストでも持ち合わせているはずが無かった。


「ギャアアアアッ!!」


魔術は彼女の顔面に直撃し、この世のものとは思えない断末魔を上げ、ファウストは地面に落下して行く。

フレディはその様を静かに見届け、そして自分も地面に降り立った。側に落ちていた自身の鎌を手に取り、ファウストの首に刃を当てがう。


「―その刃、退けて貰えると助かるんですけど」


ズル…と何かが引きずられる音が次第に大きくなり、やがて、少し距離を置いたところで止まる。

残念ながら、背中に降ってきた掛け声は待っていた人のものでは無い。


「なに、ちゃっかり敗北してるんですか?馬鹿…」


溜め息を吐きながら振り向くと、血だらけになった双方の主の姿があった。

どちらもギリギリの勝利、ギリギリの敗北と言った紙一重の勝敗なのが見て取れる。…人の事を言えた義理ではないが。


「あはは。面目ない…」


それから影の王は弱々しくごめん、と呟いた。


「此処は『引き分け』ということで、お開きにしませんか?その方がほら、双方の為ですよ。多分。

次は容赦無くぶっ殺です、田中先輩。だから手加減なんてしないで下さいね」


そう言い残し、東勇者が指を鳴らすと、ファウスト共々瞬時に姿を消してしまった。


「無事ですか…?」

「…死なない程度には。見た目ほど酷くないかな。『勇者の剣』にしてやられたよ」


片手で顔を覆いながら影の王は失笑する。


「では貴方が回復次第、我々も『魔王の剣』を取りに行きましょう…」


その提案に、影の王は小さく溜め息を吐き何か言おうとしたが、面倒になったらしく一言だけ呟いた。


「―全く…。早く言えし」

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