第十一話 志想に準じる者
「『ビィーネの業炎』!!」
『氷槍ッ!』
『魔眼』が輝き、陣が目の前に形成される。紅蓮の業火が大蛇の様にうごめき、吉田魔王様を襲った。
しかし、吉田魔王様は自らの魔力で形成した氷の槍を振り回し、ビィーネの業炎を食い止めた。シュゥゥゥ…と槍から煙が上がるが、けして溶けてはいない。
辺りは凄まじい熱気に包まれ、無数の火の粉が舞う。今や、森林の四分の一程が炎に包まれていた。
「あーあ…。どうせ責任を取る羽目になるのはこちらなんですけどね、派手にやるのは構わないんですが…自然の方の配慮がもう少しあっても良いのではないかと思うんですよ…」
「―先程から鎌で木を切り倒している奴が言える台詞ですか、それ」
フレディを中心にした半径三メートルにある木々は皆切り株となっており、切り倒された胴の部分は矢倉の様に互いに重なり合い、向こうとこちらを隔てる壁と化している。
「貴方が大人しく切り殺されれば、これ以上の木々が無駄に切り倒されることはありませんよ…」
「丁重にお断りさせていただきます。こちらも、貴方達が死体を引き渡してくれるなら大人しく撤退しましょう。…正直、死体なんてどうでもいいし、戦う気もありません。殺す気も殺される気もないのんですよね。進んで戦いに行ったとしても、あの人達に何かあったら姫様に怒られるのは私なんですよ?だから、此処は戦ってる振りで場を凌ぎませんか?どうせ、向こうからは見えないんですし…」
「良いですね…。退屈は大敵ですが、最近は多忙で休む暇が無かったんですよ。ですが、流石に無音というのは怪しまれますから、適当に声でも出しますか…」
………………………。
「行くぞー」
「ていやー…」
「そ〜れ」
「覚悟ー…」
そんなまるで覇気の無い棒読みの掛け声が丸太で隔たれた木の壁から聞こえてくる。戦っていないことは火を見るよりも明らかだ。
「ガキのチャンバラじゃないんだからさ…」
『ノーイめ。ヘタレたな』
忌ま忌ましそうに吉田魔王様は舌打ちする。まぁ、これに関しては心中お察ししてやらないこともない。
僕もそろそろ停戦を請い願いたいところだが、怒りに我を忘れ過ぎている今の吉田魔王様じゃ聞く耳を持たないだろう。
―それ以前に、元はと言えば、勝手に死体を持って来たフレディが悪いんだし、こうして僕等が対立するのはお門違いなのではないだろうか?
「う〜む…。解せぬ」
『それはこちらの台詞だ。何故そうまでして私の研究の邪魔をする?』
「…日頃の行いの悪さじゃない?」
『…………………。』
「…………………。」
暫し流れる気まずい沈黙。
吉田魔王様本人もそれは気にしているらしい。いや、別に今回はそういう事で研究を邪魔してる訳じゃないんだけど。
今更それを言っても白々しく聞こえるだけだろうから止めておく。
『…確かに、端から見れば先祖代々からそう言った非道な行いをしてきたかもしれない。だが、山があれば登りに行く登山家、船があれば略奪する海賊、食べ物があれば調理する主婦しかり、我等研究者も未知の生物があれば研究し、解体するのが定めだ』
「…取り敢えず、熱意だけはよく伝わったかな」
例えが少しズレているのは言わない方が身のためだ。とにかく、今分かった事は吉田魔王様は例の死体を解剖するつもりだという事。そしてそれを容認するのは少し躊躇われた。
「―どちらにせよ、食われるかバラされるかなんだよな。…我が身内ながら、運が無い」
『成る程。死霊は死体を糧にするからな。―だが優真よ。部下の、ただ野心を満たすだけの行為と、私の世界に希望を与えるかもしれない行為。どちらがより良いかは目に見えているではないか』
「僕からしてみれば、どちらも野心に準じた行為でしょうが」
『それが何だと言うのだ。研究者の私からしてみれば魔王とはいえ、中身に詰まっているものは夢と希望だぞ!?お前達は異世界の来訪者なのだから、こちらには無い未知の細胞を持っている可能性もあるだろうが!』
「皆同じだ、このマッドサイエンティストめ!吉田魔王様の中身には野心しか詰まってないのか!?」
『研究者の浪漫を根本から否定するんじゃないっ!』
怒りに任せてヒュッと吉田魔王様が何かを投げ出す。よく見れば、特大スーパーボール程の大きさの透明な硝子玉だ。中に何か液体が入っている。至近距離から投げられた上に、全身筋肉痛なのが祟って避けきれないが、爆弾等の類ではないと判断した。ならばあれは一体何なのだろうか。
右腕に当たった時、それはまるでシャボン玉が弾けたかの様に簡単に割れ、中に入っていた液体がかかる。油の様に少し粘ついていて服に吸収されずに表面に付いていた。
「…普通に冷たいな」
『酸だとでも思ったのか?いくら私でも、仲間に酸をぶっかける様な事はしないぞ。―それは、私が特殊に魔力と化合した薬液でな。詳しい経緯は省かせてもらうが、こうしてある信号を出すとだな…』
そう言って吉田魔王様は指を鳴らした。
――パンッ!
乾いた音。しかし、その音は随分大きい。少し遅れて砂埃が舞った。右腕は焼き切れる様な痛みが走り、巻き起こった爆風が体を吹っ飛ばす。そのまま後ろに組まれた木の壁に衝突した。上から木が降って来る。
『爆発する。―いわば、液体型爆弾という訳だ』
「ほほぅ。仲間にかける酸は無くて、爆弾は有ると?」
「生きてますか、影の王。右腕、もげてますよ…」
フレディがもげた右腕をちらつかせる。
「そんなハンカチ落としたみたいに言わないでくれ。その右腕、傷口につけたらくっついてくれる機能でもあったっけ?」
「心配せずとも、また生えてきますよ…」
「あ、そう。生えるんだ。…僕はいつから哺乳類から両生類に変わったんだ」
そんな僕の呟きをよそに、フレディはもげた右腕を手羽先でも食べるかの様に咀嚼していく。骨が砕ける音が燃え盛る木々に負けじと響いた。
「「食った…」」
そんな同音異語をノーイさんと僕は呆然と呟く。フレディはちらりとこちらを見ると、鼻を鳴らした。
「薪が無ければ火は燃えないのと同じで、私も食べなければ戦えませんよ…」
そう言いながら、フレディはまたこちらを、正確には崩れ落ちた木々に敷かれた僕の足を見る。膝下は完全に敷かれている為か、既に感覚が無い。
「引っ張り出すのは、面倒だと思いませんか…?」
ギラリとフレディの持つ漆黒の鎌が鈍い光を放つ。
「待て。切ったら崩れてくるだろ?止めよう」
「仕方がありませんね…」
ザンッ!
敷かれた膝下を切断したと思われる鈍い音が鼓膜を震わせた。
「何処が仕方がないんだ?何処が!?」
フレディは涼しい顔で僕の発言を無視し、宿主のいなくなった膝下に乗った木々を蹴り飛ばす。派手な音を立てて木々は転がり落ちて行った。既に潰れてミンチになったそれを躊躇いもなく口に運び、もう片方をつまみ上げると、近くの木に燃え盛る火の中に放る。
暫くじっと見つめていたが急に鎌を柄の部分を火の中に入れ、投げ入れた膝下の部位を救出した。
「ふむ…。焼いたらどんな味がするのかと思いましたが、熱くて食べられません…。少し冷ますとしましょう…」
その様子をしげしげと観察していた吉田魔王様が驚愕の表情で一言呟く。
『その姿でも、感覚や味覚があるというのか』
「どうでも良いよ、その感想っ!」
「あんまり叫ぶと出血多量で死ぬと思いますよ?」
まあまあと宥めるノーイさんに従い、口を閉じる。
―が、既に大量の血が流れ出ており、自分の血の海に浸かっているのが現状だ。体温が著しく低下し、歯の根が合わない。
そんな僕をよそに、戦闘が始まった様だ。
ドが付く程派手な音が森林に響き渡る。対資源枯渇用に作られ守られているこの森林が使えなくなるのは、最早時間の問題だ。
息を吐き、肩の力を抜く。重い瞼を閉じると、現実逃避に勤しむ事にした。
****
「―そう言えば、貴方、研究者でしたね…」
態とらしいその言い草に、眉を潜める。しかし、死霊フレディは気にした風も無く言葉を続けた。
「貴方なら、『核』の在りかを知っているのでは…?」
『―何故、そう思う?』
「勝手ながらに、肯定と取らせていただきます…。影の王から聞いた話ですが、柾木研究員に『核』の存在を教えたのは貴方でしょう…?」
『何の事だか、分からないな』
此処からは影の王の仮説ですが…とフレディは淡々と語り出した。
「貴方と柾木研究員、あともう一人いたそうですが、生憎名前を忘れました…。貴方達は魔力魂…いや、感情エネルギーを媒体とした爆弾を使って、マフィネスを滅ぼしたそうですが…、本当は『核』を見付けたかったんじゃありませんか?一国を壊滅させる程の威力です…。それをあのミケガサキが保有する鉱山にぶつけたかった。少なくとも貴方は…違いますか?」
『しかし、そんな事をすれば核とやらも破壊してしまうのではないか?』
「―貴方の専攻が何なのか知りませんが、研究者たるもの、気になるのでしょう?ミケガサキ…もしくは、この世界全土を保持しているかもしれない膨大なエネルギーの塊。感情エネルギーより遥かに秀でたエネルギー物質。それを解明するのが先代の、そして今は貴方の悲願だ」
私は思わず拍手する。出来ることなら口笛も吹いてやりたいが、生憎出来ない。
『中々良い読みだ。だが、些か暴論だな。研究のためなら、全てを犠牲にしても構わないとでも思っているのか』
「貴方の日頃の行いを評価した上で、疑う余地など何処にありますか…。貴方なら、やりかねない」
ふん、と皮肉げに笑ってみせる。その様をフレディはただ観察していた。
殺意は無い。だが、どちらにも敵意がある。互いに、この場から退けるのであれば武器を交えるしか手段は無いようだ。
片手に槍を持ち帰ると相手も鎌を握る手に力が篭る。
親指を噛むと、どろりとした黒い血が流れる。悪魔と契約した者とはまた違う、魔族特有の血。
そのまま手を踊らせ、空中に陣を形成する。空中に含まれ漂う魔力が血に含まれた魔力に反応・結合し、魔法陣を描いた。陣から人形から召喚される。
「黒魔術ですか…」
『此処に一本の髪の毛がある。これを人形に食わせると…』
人形はたちまち姿形を変えて優真の姿になった。
『主の命がおしくば、例の死体を渡せ』
「言っておきますが、我が主は死んでも何度でも蘇りますから効果ありませんよ?」
『案外酷いな…』
「そうそう。皆、随分酷い事をするね」
シュッ…と何かが視界に入る。咄嗟に槍で防ぐと、それは爆破した。
…………………………。
「唯の爆弾…ではありませんね…。何ですか、あれ…」
「聖水爆弾だよ。魔族や君達にはそれなりに効果があるんじゃないかな。仮に君達に効かなくても、吉田魔王様には効果あったみたいだね」
陽一郎は気絶し、地面に倒れ伏した吉田魔王様を一瞥すると軽く一蹴り入れた。吉田魔王様は低く呻く。
いつ鎮火したのか気付かなかったが、火はいつの間にか消え、煙が辺りを覆う。
「―あの、退いても良いでしょうか?」
「あぁ、はいはい。うん、大丈夫だよ。皆によろしくね」
バツが悪そうに怖ず怖ずと声をかけたノーイは、ほっとした様に胸を撫で下ろすと一礼し、竜に転じると主を背に乗せて城に戻って行く。それを見送った後、フレディが口を開く。
「貴方も死体目当てですか…?」
「ははは、違うよ。ちょっと苦戦してたみたいだから来てみただけ。殺すことより生かす方が難しいもの。出来れば助言の一つや二つしていきたいんだけど、『核』について何も知らないんだ。国の情勢ならいくらでも教えてあげれるんだけどね」
「そうですか…。まぁ、収穫が無かったわけじゃないから良いんですけど…。何かあったら頼らせていただきます…」
陽一郎は静かに頷くと、空気に溶ける様にして姿を消した。
****
「―そんな事がありましたよ…」
やはり淡々とフレディは語る。軽く頷くと爪を噛む。目が覚めた時、腕や足は元通りになっていた。
「そう。結局、吉田魔王様は、動機以外否定しなかったね。あの人が一枚噛んでいるのは間違いないか。一体、何を企んでいるのやら…」
「案外、すんなりと受け入れるんですね…」
「素直に落胆していないのかと言えば良いじゃないか。―『リンク』も人によっては様々で、陽一郎とオズさん、早苗ちゃんとフィートみたいに外見や内面がとてもそっくりな場合と、裕也…いや、東後輩と君の様に内面はそっくりでも外見が異なる場合もある。
吉田魔王様達は前者に当て嵌まるでしょ?だから僕はあの人が人を犠牲にして生み出した『魔力魂』の研究者だと分かった時から、向こうの吉田さんも似たような過ちを犯してるんじゃないかと言い方が悪いけど、疑ってたんだよ。…何の根拠も無く」
溜め息を一つ吐き、両手で顔を覆う。
「では、今後どうなさるおつもりで…?」
「だから信じるよ」
はい?とフレディが目を丸くして驚く。
「疑いは晴れただろ?吉田魔王様共々黒でした。でもそれは過去の話だ。今は、此処を救う為に知恵を貸してくれてる。人は誰だって間違うさ。でも、そこからはい上がってくるのも人なんだよ。だから、僕は…」
「信じる、ですか…。彼、貴方が思っている程のいい人とは限りませんよ?」
「その可能性も勿論ある。だから、もし僕が間違った道を進んでいたのなら皆で止めてほしいな」
「貴方がそれを素直に受け入れるとは思えませんがね…」
辟易したようにフレディは重い溜め息を吐いた。そして小さく呟く。
「―信じることがそもそもの間違いだと言っても、貴方は聞き入れないでしょうから…」




