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第十話 気掛かりなもの


港区が近いせいか、時折、風に乗って海の匂いが漂って来る。

品物を積んだ荷馬車が行き交い、木箱に溢れんばかりに積まれた色とりどり果物や、吊り下げられた大魚の干物が目を楽しませてくれる。

石畳の道の脇には西洋風の建物が建ち並び、煙突からは白い煙が上がっていた。


ミケガサキ第三十二区。

商業の盛んな地区で、『商会』と呼ばれる商業組合の支部が置かれている。商人達は大きな荷馬車に宝石や食べ物などを積んでいて、すれ違う度に色々な匂いが鼻をかすめた。


「三十一区とはまた違う雰囲気だね。向こうは静かな活気があったけど、こっちは凄く賑やかだ」

「流石は、支部が置かれるだけありますね…。品揃えが豊富です…」

「確かに、見てて飽きないな。折角来たんだ、後でジュースでも買おうか」

「それなら、向こうで売ってるのがオススメですよ。美味しい上に、スープからジュースまで種類も豊富で結構評判なんです…」

「だぁぁぁっ!此処で買えよ、此処で!」


極力前を見ることを避けてきた僕等の視線が、再び前に戻る。フレディが、岸辺が荷馬車と言い張って譲らないそれを冷ややかに見て、鼻で笑った。

各商人達の荷馬車が停められた道の脇。その影に隠れる様に岸辺の荷馬車もそこに停められている。当の本人はそこで一服しており、僕等を見た瞬間顔をしかめ、自分の荷馬車を隠す様に前へ出たのだった。

岸辺の荷馬車はとてもそう呼べる様な立派な代物ものではなく、馬車と言っても肝心の馬が見当たらない。大きな木箱に車輪をくっつけただけの手押し車と言った方が的確だ。しかも底があまり深くないし、積まれた商品もごく僅か。見た目的にも、ラッパを片手に、ラーメンを売り出していてもおかしくない光景だ。


「我々が貴方から得ようとしているのは情報です…。飲食をしに来たのではありません…」

「屋台じゃねーし!」

「―お言葉ですが、一度、眼球を煮沸洗浄した方が良いのでは?何処からどう見ても、立ち食い蕎麦屋じゃないですか…。それに、一見様お断りなのでしょう?だから私はあの店を勧めたまでですよ…」

「だ・か・ら!荷馬車だって言ってるだろ!それに、俺はお前等が自分達だけで物事を解決しようってのが気に入らないだけで、友達ってこういう時、頼りにするものなんじゃ…」

「―影の王、私はカフェオレが良いです」

「じゃあ、僕は当店オススメのホットバニラしよう」


「聞けッ!」


それはこっちの台詞だと内心毒づきながら、このままでは話が先に進まないので此処に来た趣旨を明かす事にした。


「―岸辺も言った通り、友達ってこういう時に頼るものなんだろ?だからこうして出向いたんじゃないか」


僕等が今日、情報を買い求めに来たのには訳がある。キッカケは、数時間前の吉田さんとの電話によるものだ。


………………………。


『――度合いによっては、『バグ』を完全に解消出来ないかもしれない。俺も開発研究部の一員だったが、どう修復しているのかは知らないんだ。だから、取り敢えずそちらの世界の要…『コア』を探してほしい』

「前から気になってたけど、『核』って一体…」


柾木さんも一目置いていた『核』という存在。仮説では、このミケガサキの保持・形成を担う、言わばこの世界の要。

吉田さんは受話器の向こうで静かに息を吐く。


『そちらの『コア』は、ミケガサキの『プログラム化』の保持・運用などをしている。まぁ、つまりは、膨大なデータが記録されたメモリーカードってところだな。主な役割は…、そちらの世界の住民をデータに置き換え、ゲームの筋書き通りに動かすとかだったな。そして、その効果はお前達も例外ではない』

「つまり、僕達もこの世界に居る以上は、こちらの世界の住民と見なされるってこと?」

『そういうことだ。完全に『プログラム化』するまでの速度は人によりけりだが最短一年、プログラム化しないまま寿命を迎えて死ぬ奴もいる。仮にプログラム化しても、一定の条件が満たなければ勝手に行動することはない。あくまでも、一般プレイヤーの場合だが…。プログラムの一部として書き換えられた奴らは、普段は普通に行動するから自分がそうなった事に当分は気付いていないだろう。一定の条件が何らかの形で満たされた時、プログラムは発動する。

だが、それを本人は自分の意思で行動していると錯覚…もしくは、誤認しているだけで、本当は刷り込まれた筋書きを実行しているだけだ』

「質が悪いな…。それ、何とかならない?」


『プログラム化』と言ったか。僕等は『データ化』と呼んでいたが、根本的にはそう大差無い様だ。だが、その効果は予想以上に大きい。

げんなりと言う僕に、吉田さんは受話器の向こうで苦笑する。


『それこそ『バグ』だな。―だが、情報源である『核』を見つけ、プログラム化を停止させればそういう事も無くなるだろう。

でもな、今のミケガサキは完全なるデータ上に成り立ってる世界なんだ。ゲームの世界とそう大差ないだろう。そして、このプログラム化もけして意味が無い訳ではなく、ミケガサキに送られた住民達を元の世界へ送還する緊急強制送還システムという訳だ』

「成程ね。しかし、大元である『核』を壊す…あるいは、『プログラム化』を停止させれば、ミケガサキが機能しなくなるか…」


恐らく、プログラム化した住民達も機能が停止…つまりは死ぬということだ。

しみじみと呟く僕に、吉田さんは更に言葉を重ねた。


『それだけじゃない。仮に大元である『核』を壊した場合、『リンク』で繋がっている限り、向こうの世界の滅びはこちらの世界の滅びになるだろうな』

「えっ。ミケガサキ自体が『リンク』で繋がってたの!?」

『いや、対象は人間のみだったんだが…。『リンク』が肥大しているんだ。恐らくは、これも『バグ』による影響だろう。とにかく、まずは大元である『核』を見付けるほかない。こちらも何か策が無いか調べてみる。何か進展があったら、互いに連絡しよう』


そこで電話は切れた。ポケットにしまうと、静かにうなだれる。電話をした事を少し後悔した。じわじわと不安が押し寄せる。

―もし、僕が既にプログラムの一部として組み込まれてしまっているなら、僕のやっている事は正しいのだろうか?…自信が無い。


「心配ありませんよ…。『プログラム化』は緊急強制送還システムなんでしょう…?特殊プレイヤーは適応されませんよ」

「『バグ』がただでさえ悪化してるんだ。…でも、確かに考えていても仕方が無い。『核』の情報でも探しに行くとするか」


………………………。


「…という訳なんだ」

「いや、全然分かんねーし。『バグ』に『核』、『プログラム化』?何が何だかチンプンカンプンなんだけど…」


ボリボリと岸辺は頭を掻きむしる。確かに、岸辺達には今まで何の説明もしていないから当然の反応と言えよう。

―何より、一回説明して全て理解出来るほど岸辺は頭が良くない。


「つまるところ、『核』の情報が欲しいんだ。場所じゃなくても構わない。些細なので十分だ」

「んなもん、俺が知るかよっ!…それに、知ってたって誰がお前なんかに教えるか。ゼッコーだ、他当たれ」

「困りましたねぇ…。情報の商品化しかり、客のニーズに応えてこそ商人でしょう?それだから何時まで経っても人力車なんですよ…」

「うるせぇ!荷馬車だっつーの!」

「だったら、馬は何処です…?そろそろ現実を見なさい…」


哀れむ様な口調でフレディは岸辺の肩を叩く。岸辺は暫く唸っていたが、急に鼻を鳴らしてフレディを見下す。


「そこまで言うんだったら見せてやらなくも…」

「―フレディ、カフェオレ買ってきたよ」

「ありがとうございます、影の王…」

「だから、聞けぇッ!」


ホットバニラを啜りながら鬱陶しいと言わんばかりに岸辺を見ると、溜め息を吐いた。ポケットを探り、ある物を取り出す。


「な、何だよ…」

「フレディの言う通り、客のニーズに応えてこそ商人だというなら、」


バーンッ!と500円を叩きつける。


「これで『友情』を買収するっ!」

「安い『友情』ですね…」


笑いを精一杯噛み殺してフレディが言う。岸辺は暫く絶句していたが、やがて拳を震わせ500円を叩き返した。


「馬鹿野郎っ!プライスレスじゃ、ボケェ!」

「く、クク…。500円でも良いんじゃないですか?客の要望ニーズが、その値段なんですから…。それに応えてこそ、商人ですよ…」


腹を抱え涙ぐむフレディに岸辺が何か言おうと口を開く。だが、それより先に僕が喋った。


「―まぁ、冗談は此処までにして。多分、『核』の存在なんて、ミケガサキ王国の上層部しか知らないと思う。『大商』なら多少は掴んでるんじゃないかと踏んだんだけど、交渉出来る?」

「出来なくはないけど高額なんだよ。お前のせいで五万円損失してんだからな。これ以上の出費はマジで勘弁だぞ。仕入れ出来なくなるっつーの」

「そうだろうと思って、ちゃんと策は打っていたよ。―これを渡せば大丈夫」


城から強奪してきた資料を岸辺に渡すと、案の定岸辺は目を丸くしておっかなびっくりにそれを受け取る。


「これって、もしかして国家の機密情報か?…マジ?」

「マジ。結構、重役だよ。頑張ってくれ」

「まっ、期待はしませんが…」

「覚えてろ。いつか絶対目に物を見せてやんよ」


怒りに拳を震わせていた岸辺は、ふと思い付いた様に手を叩く。


「―『大商』の先輩から聞いたんだが、お前等が城から元魔王の死体を持ってったってのは、マジなわけ?どーすんだよ?」

「あぁ、それか。それは…」


フレディに聞いてくれ。

その言葉は呆気なく突如巻き起こった爆風に消える。


「影の王…。目と鼻と口を閉じ、息を止めて下さい…」

「死ねってか!?ごほっ、げほっ…」


白煙が辺りを覆う。酷い刺激臭が鼻を刺し、思わず咳き込んだ。涙が溢れて止まらない目を何度も擦る。近くにいた岸辺も当然被害に遭い、もがき苦しみながら地面にのた打ち回って咳き込んでいた。


『―やはり、死体を盗んだのはお前だったか、ゆう…げほっ、ごほっ!がはっ!』

「何で仕掛けた本人がダメージ食らってるんだよ、吉田魔王様…けほっ!」

『いや、げほっ!怒りに我を忘れ過ぎ…ごほっ!』


げほっ、ごほっ、けほっ…………………………。


互いにそろそろ喋る余裕さえ無くなって、後はひたすら咳き込む音だけが響く。


「こいつ等…、揃いも揃って馬鹿ですね…。類が類だけに、馬鹿という友しか呼べないんでしょうか…」


『器』を捨て、骸骨の姿になったフレディは影から顔を出し、そんな光景を呆れながら見つめていた。

やれやれ…と溜め息を吐き影から出ると、周囲を見回す。


「風が無いところを見ると『固有結界』が張ってある様ですね…。さて、どうしたものか…」

「移動するぞ…けほっ!」


僕は咳き込みながらも掠れた声でそれだけ言うと、『魔眼』を発動した。形成するは、『瞬間移動の陣』。

シュンッと一瞬にして景色が変わり、視界を覆っていた白煙や鼻を刺す刺激臭も無くなった。ただ、先程の事で感覚が麻痺し、鼻が利かなくなっている。

どうやら僕等が飛んだ場所は何処かの森林の様だ。青々と茂る木の葉のざわめきと涙でろくに見えない視界でそう判断する。


「どうやら此処は、ミケガサキ南部にある森林地帯ですね…。資源枯渇に伴い、最低限の予備資源確保のため用意された材木専用の森林ですよ…」

「それはまた随分飛んだな…」

「えぇ、わざわざ此処まで追い付いてくるなんて…。ご足労様です…」


フレディが上を見上げるにつられて、僕も上を見た。僕等の頭上には、大きな黒い竜が翼を広げて旋回していた。勿論、その背には吉田魔王様が乗っている。

突如、黒い竜が高度を上げたかと思うと、口から火の玉が飛び出した。 凄まじい熱気と熱風が同時に起こり、頭上を飛んで行った火の玉は森を焼き払う。


「これじゃ、どっちが『魔王』だか分かったもんじゃないな」

「一つ分かっている事は、この森林の炎上被害は全て貴方の責任になるということですね…」


そこへ、吉田魔王様が姿を現す。手には先端が髑髏の黒い杖。髑髏の口には赤い宝石が嵌め込まれていた。


「『魔力魂』か」

『―優真。出来ればお前とは争いたくは無い。大人しく例の死体を渡して貰えれば、私も此処は退こう』

「渡す気は無いと言ったら…?」


すると、吉田魔王様の金色の瞳が赤く光る。耳が尖り始め、後ろで結っていた髪紐が外れて艶やかな黒髪が広がった。更に、頭のこめかみの部分から闘牛の様な二本の角が生える。


「あれが『魔族』の真の姿ですよ、影の王…」


思わず言葉を失う僕に、フレディが耳打ちする。

吉田魔王様は残忍な笑みを浮かべた。ちらりと、尖った歯が覗く。


『―渡す気が無いのなら、力ずくで奪うまでだ』

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