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第九話 募る問題


―かくして。


というよりは、前々から色々な要因が重なって、俺の友人は既に指名手配犯になっていたらしい。しかも、国際的な。

『勇者』を輩出した国が、同時に『魔王』を排出したとあっては示しがつかないがための緊急処置と思いきや、どうやらそういうわけではなく、単なる成り行きらしい。

『魔王』という悪役を半ば強制的に背負わされた俺の友人田中優真はその悪名を良いことに、まんまと国家の陰謀とやらの隠蔽に一役買わされているというか、都合の良いように泥を被らされている。

…まぁ、要は手の平の上で躍らされてるってことだ。

そんな十分身勝手な本国が今日未明、ついに本格的に動くという噂が流れた。

昨日の城の占拠を受けて、少しは危惧や畏怖を抱いたのかと思いきや、又もやそういう訳ではなく、田中の盗んだ国家機密の記された内部資料というのが決め手だとか。


「何が書いてあるか分からないんですか?せめて、大まかな事柄だけでも…」

「さぁね…。都市伝説みたいなものだから。城を行き来するあたし等『大商(おおしょう)』でも、所詮は一般人。国家の機密情報なんかにお目通りが叶うわけないだろう?…岸辺、さっきも言ったが、国王が誕生してからというものの、何かがおかしい。あまり深入りしない方が良いぜ。

あと、お前の敬語は気持ち悪い。普通に話せ」


白い湯気立つコーヒーに、渋面を浮かべた俺の顔が映る。それを掻き消す様に一気に飲み干した。


此処はミケガサキ第三十二区。ごく普通の一般的な市民が住まう地区だ。週末は市場で賑わう港区が近いせいか、此処も負けじと定期的に市場を開く。そのせいか、常に活気があり、かなりの賑わいを見せている。

また、こうした商売の盛んな地区だからか、商人を目指す人も多かった。

そんな人々を支援しようと建てられたのが、今いる『バーチェ商会』という商人を後押しする為の商業組合だ。カフェテリアを改装して作ったとはいえ、かなり広い。一階はそのままカフェテリアとして使い、二階が講習会が開かれる講堂や負債・商業カードなどが発行される専用の役所となっている。

こうした商会は、数多くの商人達の集い場所となっているので、常に様々な情報が飛び交っていた。

―ちなみに、商会本部は富裕層にあり、経験を積んだ実力派の『大商』と呼ばれる商人が年に数回、互いの情報を交換するために本部に集うらしい。

大商である彼等は、月に数回、国に武器の補充を任されている為、その都度新しい武器を仕入れては城を行き来する。

目の前に座っている女性も『大商』で、俺の大先輩にあたる人だ。名をカーヴァン・マルチェという。

流石は大商とだけあって、随分と男勝りな性格に加え口調も男性の様に振る舞う彼女だが、結構姐御肌で面倒見が良く、周りからの信頼も厚い。カリスマとは、こういう人のことを言うんだろう。


「…で、例の件はどうっすか?」


声を潜めてそう聞くと、マルチェ先輩は辺りを気にするように注意深く見回してから手の平を突き出す。


「アンタんところの通貨でいう五万だね」

「…うげ。案外高いっすね」


皆が知っている以外の情報…しかも、秘匿とされるもの程情報の価は高く付く。

先程説明した様に、確かに此処では様々な情報は飛び交っているが、全て有料の『商品』なのだ。商人はこうした情報も売り物として扱う。

俺は渋々財布の封印を解き、諭吉四人を召喚した。


「…四万円で」

「アンタの彼女が顔を覗かせてるわよ」


マルチェ先輩は、目敏く財布から凛と澄まし顔で佇む一葉姐さんを指差す。

仕方なく俺は娘を嫁に出す父親の心境になりながら、泣く泣く一葉姐さん二人を先輩に差し出した。

―この世界では、諭吉を含む俺等の世界の通貨は金としての価値を持たないが、一部のマニアには絶大な人気を誇るらしく、かなりの高値で取引される。

マルチェ先輩は諭吉四人と一葉姐さん二人を掴むと、そそくさとカードバインダーと思われるファイルに仕舞った。


「毎度ありィ」


ハートマークが付きそうな程甘ったるい声でそう言うと、腰に提げたポーチから折り畳まれた陣の描いてあるシートを取り出す。広げるとちょうど、設置してある机と同じ大きさだ。


「随分複雑な陣っすね」

「固有結界なんだから当たり前だろ?」


マルチェ先輩はシートを机の上に広げると、水の入ったコップをシートにぶちまけた。

すると、陣がより鮮明に浮かび上がり、淡く青白い光を発する。


「…だけっすか?」

「―結界はもう張られてるよ。多分な。魔力の無いあたし等商人に、結界が見えるわけないだろ」


マルチェ先輩曰く、情報を扱う商人は皆、このお手軽固有結界シートを持っているらしい。少しの魔力に反応し、約十分間だけ固有結界を張ってくれる便利な代物だが、ただ接触不可というだけで相手から姿がまる見えであり、尚且つ身を守る程の強度は無いため、情報提供の時にしか使えないとか。

ちなみに、シートを広げた範囲内でしか効果がないらしく、俺等は少し身を乗り出して会話する。


「先輩も、魔力ないんすか?…てっきり、俺みたいな魔力の素質っつーのかな。そういうのがない向こうの住民だけが魔力の有無に関係がない『商人』の役職になると思ってたんっすけど」

「同じことさ。魔力が無いから商人なんだ。向こうの世界の住民だけに関わらず、基本的に魔力の無い者の大半が商人になるね。最近は魔力無しでも騎士になれるらしが、こっちの方が性に合ってる。

…で、『魔王』の件だが」


マルチェ先輩は急に声を潜めた。

固有結界が張ってあるなら音が漏れる心配は無いだろうに。恐らく、職業柄そういう癖が付いたに違いない。


「これは『魔王』に関する直接的な情報じゃないが、中々興味深い話だ。―昨日、城に襲撃があっただろ?その時盗まれたのが国家の機密情報というのは、既にアンタも知ってると思う。だが、城の…いや、ミケガサキ王国の連中等も知らない『ある物』が盗まれたらしい」

「機密情報より重要なんすか?」

「…いや、人によっちゃ、無価値に等しい。大半がそうだろうな。まぁ、昔は違っただろうが。ククッ…」


随分思わせぶりな口調でマルチェ先輩は喋ってから、興奮した自分を諌める様に樽のジョッキに入った酒を一気に飲み干す。


「―…死体だそうだ」


そう呟き、ガンッとジョッキを乱暴にを机に叩き付けた。入っていた酒が数滴零れる。

俺は思いも寄らぬ内容と、先輩のただならぬ剣呑な雰囲気に言葉を失う。暫く間放心状態に陥ってた。頭を振って意識を元に戻す。それでもまだショックが拭えないまま、震える声で一言だけ発した。


「…誰、の?」


マルチェ先輩は猫の様に目をぎらつかせ、口が裂けるかと思う程の笑みを浮かべると、先程の俺の口調を真似て答える。


「―元、魔王」


****


―かくして、城襲撃から得たモノは何か?


僕は自問する。

間違っても、夢と希望、仲間との熱い友情ではあるまい。


此処は、大総統こと知恵の悪魔が統べる影の世界。

辺りには何も無く、静寂と闇に包まれている。


「今のところ取り敢えず、影の王は魔術しか取り柄が無い様ですね…。馬鹿の一つ覚えだとしても…いえ、これ以上の追及は止しましょう…。馬鹿が何か一つ覚えていただけでも上出来なのですから…。

―私とした事が…。高望みはいけませんね。しかし、これならまだ猿の方が賢明なのでは…?いえ、それこそ愚問。比べるまでもない…。猿の方が賢明に決まっていますね…」


フレディはハッと鼻で笑った。城襲撃以来、ずっとこんな調子である。

人が全身筋肉痛で動けないのを良いことに言いたい放題だ。

『予想外の収穫』に、彼は非常に上機嫌なのである。こちらとしては、非常に迷惑な話だ。感謝こそされ、蔑まれる所以は無いはず。まぁ、それこそ高望みというやつなのかもしれない。最初から期待などしていないが。

―今回の城襲撃の目的は、魔術を抜きにした僕の戦闘能力を測る為でもあった。

カインか教官のどちらかと武術で勝負し、何処までやり合えるか。確かに、結果からしてフレディの言い分も尤もである。…但し、魔術しか取り柄が無いという点においてだけだ。その他は真っ平御免被る。

うつ伏せに寝転がり、辺りに散らばった資料の内、手短にあった一枚を手に取った。一瞥した後、溜め息を吐き、また手放す。紙はヒラヒラと舞いながら別の場所へとまた散らばった。先程からその繰り返し。


「何かめぼしい収穫はありましたか…?」

「正直、あり過ぎて困る。それに伴う疑問も多いし。―それにしても、吉田魔王様。『彼』の死体なんかよく手に入れたよな。その研究心は最早感服に値するよ」


フレディが城の襲撃で持ち帰った『予想外の収穫』。確かにそれは、そう言うに相応しい代物だった。

―何故ならそれは、二番目の『魔王』の死体だったのだから。

フレディ曰く、死後数時間で時間停止の魔術を施したが為に保存状態が非常に良く、死因箇所からの腐敗もない。血が抜かれているのは残念だが、臓器は全て揃っている様だから安心したとのこと。

城から押収…というよりは強奪だが、思わぬ拾い物をしたものだと我ながら感嘆せざるおえない。


「貴方なんかに褒められても、クオーカード五百円分の喜びしかありませんよ…」

「逆にどんな喜びだよ、それ…」


そんな僕の返答を完全に無視スルーし、フレディは淡々と語る。


「異世界の、しかも『魔王』なる者の身体となれば、研究者たるもの、一度は解剖してみたくなるものなのかもしれませんね…。大方、闇市で手に入れたのでしょう…。『魔王』の死体など、どう弔えば良いか誰も分かりませんし…」


僕は時に、つくづく思うことがある。

―この世界の住民は鬼畜かと。


そして確信する。

―鬼畜だと。


「弔いに戸惑う癖に、血を抜いて闇市に売り飛ばす事は出来るんだな」

「触らぬ神に何とやらですよ…。障ってますがね…。私達も常々、彼等の人畜非道な行いとその精神には手を叩いてばかりです…」

「思いっ切り賞賛してるじゃないか」


何と無く溜め息を一つ。

話が変わるが、死霊は死体…此処では主に臓器を食べるらしい。

フレディがこんなに浮かれているのも、久々のご馳走にありつけるからだ。

―しかし、知恵の悪魔の眷属等もそうだが、死霊達の姿は骸骨だ。『器』も基本的には中身が空っぽである。胃などの消化器官が無い彼等が食事を通してどの様にエネルギーを得るというのだろうか。

それについて問うと、意外にもあっさりした答えが返ってくる。


「私達死霊にとって、食べるという行為は無意味ですよ…。所詮は生前の習慣をなぞっただけの自己満足です…。エネルギーなど得られません…。

―何と申しましょうか…。我々は味を楽しむ訳では無く、人を喰らうという背徳行為を行う事によって得られる高揚感、それに酔いしれるのが堪らなくて食べている気がします…」

「あの死体も、何れは食べられるのか」


感慨深く呟くと、フレディはちらりと僕に視線向けて、また正面を向く。


「やはり、抵抗がありますか…?『叔父』が、…正確にはその臓物が食われるというのは…」

「複雑な心境ではある」


フレディは何も言わない。暫しの沈黙の後、仕方なく話題を提供してみる。


「…他は知らないけど、『魔王』プレイヤーと『勇者』プレイヤーにはそれぞれ別々に共通点があった」


国家機密の内部情報に記された、両プレイヤーの個人情報。そこに記された別々の共通点こそが、勇者と魔王を決める決定的な条件なのだと確信する。

思えば、酷く単純明快なものだ。それを知ったところで、どうにも出来ないのだが。だからと言って動かない訳にもいかない。


「…それを踏まえた上で、『バグ』が僕等の想像以上に悪化してることも分かった」

「どうします…?」

「―取り敢えず、専門家に協力を願おうかな。このまま放置してたら録な事にならないだろうし」


携帯を取り出すと、電波があるのを確認し、ボタンを操作する。ディスプレイに表示された時刻は午前十一時。今日は休日だから自宅に居るに違いない。


呼び出し音が数回鳴り、ようやく相手が電話に出た。


『…もしもし。どうした?電話してくるなんて、珍しいな。少し声変わりしたんじゃないか?』


相変わらず、渋い声だなとかどうでもいいことを思いながら返答する。


「―まぁ、ちょっと聞きたい事があって。吉田さんなら知ってるでしょ?ゲーム『勇者撲滅』の『バグ』の直し方」

出来れば次回からはギャグ要素を入れたいなとは思っています。

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