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第八話 真意の争点

刃と刃が交わる短い金属音が絶え間無く続く。風に乗って聞こえて来るのは、双方の息遣いのみ。


対等だと優真は言った。

条件的には確かに対等かもしれない。だが、魔術ならともかく、単に剣技の実力で言えばアンナの方が遥かに上だ。

だが、優真の太刀筋は悪くない。入隊したての新人兵より断然上手かった。武道を嗜んでいたのか、動きも中々良い。しかし、元々が華奢な身体つきであり、日々鍛えていない為、力も剣技も女騎士であるアンナの方が勝っている。それは如何に書の力で補おうともそう簡単に埋まるものではない。ただ、瞬発力や力量が少しばかりマシになったというだけだ。だから、どの点においてもこの勝負はアンナに分があった。


―それでも、やはりアンナにとって、目の前に立ちはだかる青年は強敵であった。


優真の肩を狙った一撃を片方の剣で弾く。そのまま、もう一方の剣で既に負傷している脇腹を狙うが、それより先に鳩尾を狙った彼の鋭い蹴りが来る。しかし、蹴りが入るその直前にアンナは素早く剣から手を離すとその足を掴み、砲丸投げの様に投げ飛ばした。

一方、投げ飛ばされた優真は、そのまま城壁に頭から突っ込んだ。土埃が舞う。


「―中々良い動きだ。しかし、鍛練不足が悔やまれるな。私が女性だからか知らないが、何やら躊躇していると見た。…手加減抜きで構わんぞ。私は例え相手が味方でも容赦はしない」


返事は無い。パラパラと、ひび割れ凹んだ城壁の欠片が降り注ぐ。土埃はまだ濛々と立ち込み、様子が全く窺えなかった。


「…流石、教官。敵わないな。まぁ、そもそも剣技で敵うはずないの、分かってたけど。せめて剣の一本くらい弾きたかったよ」


まるで失敗談を語る様な口調だが、何処か楽しげに。やがて晴れた土埃の中で、壁にもたれ掛かりながら優真は頭を掻いた。


「僕がもし、世界征服を企んだとして、その同志を募るなら真っ先に教官を誘うだろうね」

「仮にしろ、その誘いには乗れんな。少なくとも、私に負ける様な弱小な魔王の誘いなどには。誰しも強者に惹かれるものだ。――そうか…。決めたぞ、優真」

「ん?」

「貴様が勝ったら、潔く此処は退こう。しかし、私が勝ったら…」

「勝ったら?」


優真は不穏な空気に頬を引き攣らせながらも、好奇心ながらに先を促した。


「『魔王』の名に恥じないよう私自らが鍛え直してやろう。一人で世界征服が出来るレベルまでな。貴様は中々筋が良い。鍛えていけば、いつかは私をも凌ぐ程になるだろう」

「…流石は『教官』だね。何だかんだで乗り気じゃないか。矛盾してない?」

「誘いに乗るつもりはないが、だからと言って協力してはいけない訳ではないだろう?」


―無敵だ。


この人には一生掛かっても勝てそうにないなと優真は確信する。


「…まぁ、鍛えてもらえるのは有り難いけど、負ける訳にはいかないんだよ」


再度、影から杖を取り出し立ち上がった。その拍子に頬を伝って血が数滴、滴り落ちる。それを手で拭って杖を構えた。


「―行くぞッ!」


アンナが掛け声を上げると共に、瞬時に優真の眼前に迫る。二刀の曲刀を構え、身体を高速回転させた。まるで台風の様に激しく回りながらも時折剣を突き出し絶え間無く攻撃を繰り出して来る。剣が電気を帯びている為、静電気の様な小さな雷が渦の中で光っていた。


「くっ…」


杖でガードを試みるが、あまりの力強い剣撃の連鎖に手が痺れてしまい、上手く力が入らない。弾き飛ばされるのも時間の問題だろう。


「仕方ない…。腕一本くらいで済むならまだマシな方か…」


優真はアンナから少し距離を取ると杖を片手に持つ。肩幅に足を開くと眼前に迫る剣撃の嵐を凝視し、拳に魔力を集中させ勢いよく突き出した。低く唸る様な風音と腕が千切れる様な鋭い痛み。そして確かな手応えがあった。


「っがぁ…!」


優真の打撃を受けたアンナは勢いよく吹っ飛んだ。地面を何度かバウンドし、擦れる様にして止まる。白銀の鎧は打撃により、一部が粉々に砕けていた。

優真は困った様に、倒れて動かないアンナと黒焦げになった自身の右腕を見比べる。魔武器化した右腕は、肉の焼けた異様な臭いと煙りが立ち上っていた。魔武器化していなければ、手を突っ込んだ瞬間に跳ね飛んでいたに違いない。どうすべきか暫く悩み、声だけ掛ける。


「…悪いね」

「いや、楽しかった。互いにすべき事をした結果だ。謝る必要はない」


骨が折れたのか、アンナは倒れたままそう言った。


「でも、教官。最後のは態とでしょう?」

「態と、か…。ふふっ、随分と酷い事を言う。正直、予想外だったし、防御(ガード)も不可能だな。魔術無しで此処までとは…。我ながら、油断した」

「油断しなかったら、教官が勝ってたよ。…多分」


アンナは少し微笑んでから瞳に映る青空を見た。


「…ありがとう。しかし、何と擁護しようが私の負けだ。約束通り、『私は』此処は退こう。―だが、城を護る騎士の一人として、貴様を先に行かせる訳には行かない。だから、救援を呼ばせてもらうぞ」

「うわっ、狡いな、そういうの。―でも、どうやって呼ぶのさ。皆戦ってるし、固有結界も張ってあるから外部からの侵入はまず無理だ」

「確かに外部からの侵入は無理だろうな。だが、可能な方法が一つある」


アンナは何やら手を動かし地面に何かを描いた。優真の顔色が変わる。何かを言おうとしているが、驚きのあまり声が出ず、ぱくぱくと口を開閉させていた。深い溜め息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻すと硬い声で呟く。


「―…成程。それは計算外だった」

「だろうな。…『召喚』」


してやったりというようにアンナは小さく微笑んだ。まばゆい光が二人を包む。やがてその光が消えた時、アンナの隣には召喚された人物が立っていた。

赤い髪に、ミケガサキ特有の白銀の鎧。精悍な顔立ちをした彼は、腰に大剣を携えて呆れ顔で優真を見ている。優真も安堵と失念が混じった表情を浮かべた。


「何だ、カインか…」

「悪かったな、俺で。―アンナ、無事か?」

「大丈夫だ。見た目程酷くない」


カインは安堵の息を吐き、顔を緩める。しかし、次に優真を見た時には完全に敵を見る目つきになっていた。そして剣を引き抜くと構える。


「流石に連戦はキツいな。右腕、おじゃんだし」


優真も深い溜め息を吐き、杖を構え直す。

向かって来るカインに、アンナ程の素早さは無い。だが、その大剣に一度当たれば腕や足の一本、簡単に断ち切れるだろう。此処は持久戦に持ち込み、相手が疲れた隙を突きたいが、そんな余裕など微塵もないと優真は分かっていた。

片腕だけで受け流すのは不可能故、避けるしかない。しかし、先の戦いで体力は殆ど残っていないので、いつまでもつかが問題だ。


「―行くぞ」


その声と共に、カインの持つ大剣が勢い良く燃え上がった。


「…どいつもこいつも、剣に何かを纏わせないと気が済まないのか?」

「抜かせ」


無造作に振られる剣撃は、こちらが先に動いてしまえば問題ない。問題は、あの剣が纏う炎がどう作用するか。

大剣から発せられる熱気のせいか、辺りの温度は高まり、結界内は蒸し風呂の様になっていた。


「お得意の魔術は使わないのか?」

「ご心配なく。使わなくても倒せる」


カインの剣を握る手に力が篭ると同時に剣の纏う炎の威力が上がる。それを地面に突き立てた。すると、そこから地面がひび割れ盛り上がる。その裂け目からマグマが流れ、時折吹き出していた。


「成程…。カインは武術より、魔術か」


優真は焼ける様な足場を眺め、意外そうに呟く。魔武器化した足でもそれなりに熱い。さらに、先程強く頭をぶつけたせいか少し意識が朦朧とし、身体が重く感じる。

その隙を突いてカインが一気に跳躍した。後ろに避けようとして、背を焼く様なあまりの熱気一度振り向けば、炎の軌道がそのまま空中で燃え上がっている。

後ろだけでない。周りを見渡せば炎が優真を囲う様に燃えていた。その様はまるで炎の鳥篭だ。

行き場を無くし立ち止まる優真の喉元に大剣の切っ先が突き付けられた。


「…無造作に振っていた訳じゃないのか」

「この剣の纏う炎は、風を受けた場所に燃え移る。魔力から発生した炎は、空気中に混じる魔力を糧にするから暫く消えないぞ」

「―困ったな」

「降参するなら、今すぐ死霊に送還命令を出せ。そうすれば追撃はしない」

「それは…、見逃がすって意味?」

「仮にお前を捕まえて城に突き出したところで、一生投獄されるだけだ。今回の件はともかく、昨夜の一件はお前じゃないのは、俺等が一番分かってる。

―だが、俺らも国家に属する側の人間だ。何であろうと国王の意見には従うしかない。良くも悪くも、俺達がしてやれるのは此処までだ」

「…ありがとう。十分だよ」


カインは溜め息を吐くと剣を下ろした。


「一つだけ言っておく。俺等も自分の身一つ守るのに手一杯な状況だ。―だから、お前の友人ってことで岸辺や雪に万が一、火の粉が降り懸かった時、情けない話だが、守れない可能性が高い」

「雪ちゃんも岸辺も大丈夫だよ。僕の友達だし、雪ちゃんはあの由香子さんの側で数年仕えてたくらいだからね。岸辺だって絶大な人脈というか人望がある。あの二人なら心配いらないさ」

「なら良いんだか…」


頭を掻いて曖昧に了承するカインに、優真は笑った。ふと、その影が揺れる。影から現れたのは漆黒の鎌を携えた白髪の死霊、フレディだった。


「―お待たせ致しました、影の王…」

「随分、遅かったね。これでも食い止めてたつもりなんだけど。効果無かったか」


―食い止める?

カインはその言葉に首を傾げた。一体、何を食い止めていたと言うのだろうか。

そんなカインの様子に気付くこともなく、二人は会話を進める。


「いえ、予想外の掘り出し物を発見したもので…。持ち運ぶのに苦労したんです…。効果はかなりあったと思います…」

「なら良かった。―では、目的も無事達成したことだし、退くとするか」


優真は左手で指を鳴らす。すると、溶ける様にして固有結界は無くなった。そのまま軽く地を蹴るだけで、無重力になったように身体は宙に浮かんだ。その周りに城を襲っていた死霊達が集まる。


「―射れ」

「!!」


ゼリアの声と共に、再度固有結界が張られた。魔弾の陣を形成した兵達が一斉に魔弾を放つ。

しかし、優真は焦る様子もなく、『魔眼』で陣を形成した。固有結界が優真達を包む様に張られる。魔弾は全て結界に当たり弾かれた。ゼリアが渋面を浮かべて舌打ちする。


「小賢しい真似を…。だが、弾いたところで此処から出られはしない」

「なら、壊せば良いだけの事だ」


その言葉は自信に満ちていた。いや、確信しているのかもしれない。

優真は結界に触れると静かに目を閉じる。すると、ピシリと小さな音が鳴った。それは徐々に連鎖していき最後には硝子が割れるような乾いた音を立てて、砕ける。そしてそれらの欠片は地面に落ちる前に黒の粒子と化して消えた。

ゼリアが目を見開きながら有り得ないと小さく呟く。優真はそれを見、満足そうに笑みを浮かべた。


「―それが、特殊プレイヤーによる特殊能力か…」

「………………。」


優真は何も言わず、ゼリアを見る。結局、誰とも何の言葉を交わす指を鳴らすと何処かへ姿を眩ました。


―こうして、魔王率いる死霊達の謎の襲撃は一先ず幕を閉じたのだった。

後から分かったことだが、城から国の機密情報等が記された内部資料盗まれていたとのこと。

一体、魔王が何の目的で城に攻め入り、それを手にする必要があったのか、その真意は未だ不明である。


****


ミケガサキ城地下室。


「お父様、どうなさいましたの?先程から落ち着きがありませんわよ」

『―いや、何でもない…。被験体が見当たらなくてな。無くなる訳がないんだか…』


薄暗い実験場として利用している地下室を右往左往する吉田魔王様に、ノワールは目を瞬かせた。


「被験体…ですの?」


目の前に陳列するフラスコにホルマリン漬けされ入れられた生物を見てから、そう問う。


『被験体と言っても、もう死んでいるがな。ホルマリン漬けにはしていないが。ただ、ちょっと調べてみたくて手に入れたんだ。皆には言うなよ?絶対に内緒だ』

「そういう勝手を働くから怒られるんじゃありませんか。良ければ探すの手伝いますわよ」

『いや、大丈夫だ。無くなって困る物ではないが、誰かに見付かるのは困る。だからこのままでいい。

…そう言えば、優真が城を占拠しに来たそうじゃないか。結局、どうなったんだ?』


資料とおぼしき紙の束を漁りながら吉田魔王様が問うと、ノワールは頬に手を当てて答えた。


「皆様の話では、固有結界を破って逃げたそうですわ。…他には、国の機密情報が記された内部資料が盗まれたとかですわね。でも、そんなものを盗んでどうするのでしょうね、優真様は」

『さぁな。だが、被験体を盗んだ犯人は分かった』

「優真様…ですの?仮にそうだとして、何故?」

『死体は『器』になる。他にも何か目的があるのかもしれないが』


ノワールは暫く黙り、それから重い口を開く。


「お父様は、どうなさるおつもりで?」


吉田魔王様はノワールに近付くと優しく微笑み、安心させる様に頭を撫でた。

結局、彼は何も答えないまま別の作業に取り掛かり、ノワールは不穏な胸のざわめきを感じながら、作業に没頭する父を、ただ見守るしかなかった。

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