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第五話 暗躍する者


「…生きてる」


パラパラと頭上から砂埃が降り落ち、ぽっかりと空いた大きな穴に優しい月の光が降り注ぐ。


そんな実感がなく、ぽつりと呟いてから、体を起こした。軽く砂埃を払って、辺りを見回した。

辺りは暗く、落ちた場所はどうやら採掘現場とは関係無い様だ。

隣にいた後輩君も身を起こし、キョロキョロと辺りを見回す。


「いや〜、日頃の行いの賜物ですね。感無量です」

「どの口が言うんだ、アズマ後輩。…怪我は?」

「無いです。―先輩は…、何だか乞食に勝るとも劣らない外見になってますが、大丈夫ですか?」


心配されてるのか、けなされてるのか分からないが、取り敢えず自分に都合のいい方の解釈を選ぶ。


「ご心配痛み入るよ。…さて、此処で呑気に話していても始まらない。

此処、採掘現場じゃなくて、動物か何かが作った通路みたいだから、慎重に行こう」


壁を伝って行こうとする僕に、後輩君はキョトンとした表情を浮かべて首を傾げた。


「そうなんですか?よく分かりますね」

「これと言った補強が何もされてない。普通なら、落盤を防ぐための策が講じられてるはずだろう?

しかも、採掘現場にしてはあまりにも暗過ぎる。壁に光る鉱石が埋まってる訳でも無いようだし、現場ならランプや電球の一つや二つ、あったって良いだろうに」

「成程。言われてみればそうですね」


そう素直に頷き、後輩君は僕の後に続く。


「…でも、先輩。こんな暗闇で明かりも無い。どうやって進むんですか?」

「僕は『魔眼』があるから、少しは目が利くけど、主に壁伝いに進むかな。

もしかしたら、本当の採掘場所にも通じてるかも知れないし。

仮に動物が掘ったものだとしても、出口は必ずある。火の無いところに煙は立たずだよ」

「さっきの穴は…違いますね。掘った穴をわざわざ埋める必要ありませんから。―でも、地盤が緩んで穴が空いたってことは、掘ろうとして止めたのかな。…何で?」


うーん、と唸りながら後輩君は歩みを進める。

この後輩、中々聡い。


「―先輩、もし此処が蟻の巣だったりしたら、どうするんですか?巨大な蟻による蟻の為の巣。

さっき、僕等が居た場所は単なる空洞でしたけど、これから行き着く様な所には、蟻の幼虫がわんさかひしめき合い、うごめいていたら…」


後輩君は臨場感たっぷりにそう言って、僕の背中を小突く。

当然の如く、僕は無視る。


すると、期待していた反応が無いことに拗ねた後輩君は暴挙に出た。


「…先輩。暇なんで、何か笑える冗談でも言ってくださいよ」


ツン…と背中を何か鋭利な物で二、三度小突く。

勿論、それは彼が常備しているあの折り畳み式のナイフだ。


「…後輩。笑える冗談を言える様な状態じゃないんだけど。状態が何一つ笑えないんだけど。

そうだなぁ、しりとりでもやろうか。『り』からね。りんご」


「ゴミみたいな田中先輩」


よ、淀みねぇ…。

まるで、常日頃からそう思っているかの様だ。寧ろ、相手が相手なだけに、その可能性は非常に高い。

口調からして、奴は太陽の様にまばゆい笑顔で言ってみせたことだろう。

でも、大丈夫。相手がフレディの化身ともなれば、けなされることは想定内だ。既に心の準備は出来ていたのだよ。

常日頃から鍛えられてきた僕のハートはそう簡単に折れはしない。


―そう自分を励まして、気付く。今の僕、物凄く哀れだと。


ミケガサキに来てからも、僕の扱いがそれなりに酷いのは『リンク』の影響なるものか。


でも、田中、めげないっ!


「い、い…インカ帝国っ!」

「苦しんで死なないかな、田中先輩」

「…今すぐ黙ろうか、後輩君」


それを待ってましたと言わんばかりに、嬉々とした表情であろう後輩君は、はしゃぐ。


「先輩、『ん』つきましたね」

「こんな精神的苦痛を強いられるしりとりなんて、誰だって早々に終わらすよ」


フレディといい、後輩君といい、この世界、録な人がいないし、来ない。


「……っ!静かに。止まって」

「え、いきなり止まったりなんかしたら…」


―あぁ、そういえば、突き付けられてたっけ。


ズブッ…と嫌な音を立ててナイフが背中に突き刺さった。


「いったぁぁぁぁっ!!」そんな悲鳴染みた絶叫が、延々と響き渡る。


「あ、手遅れでしたね。ごめんなさい。でも大丈夫です。傷は浅いですよ」


後輩君は素っ惚けた表情を浮かべ、大して悪びれもせずにそんな戯れ言を抜かしてみせた。


そんな時、暗闇の奥から足音が聞こてきた。先程の僕の絶叫を聞き付けて来たのだろう。ランプの仄かな光が僕等を照らす。

黒服を着た男達が訝しげに尋ねてきた。


「―貴様等…、ミケガサキの兵…ではないようだな。何しに来た?」

「あぁ、丁度良かった。絆創膏持ってません?ちょっと大きめの、四角いやつ。この人、すっかり浮かれてて、先の尖った岩肌にぶつかったんです。

僕等、迷子なんですけど、ついでに出口を教えていただけますか?迷っちゃって…」


男達の質問を完全に無視って、後輩君は嘘八百を並べ立てた。


「―後輩君、気をつけて。そいつ等はラグド王国の兵…敵だ」

「そうなんですか?じゃあ…」


ガッと後輩君は僕の首を腕で締め付け、首筋にナイフを肌に食い込ませて言う。


「おい、お前等。道を開けろ。『魔王』がどうなっても良いのか?」


普通、良いだろ。『魔王』なら。


黒服の三人は何やらひそひそと話していたが、その言葉を聞いて蔑む様な目で僕を見た。明ら様に、態とがましい溜め息まで吐く。


「―何だ、唯の『魔王』か」


…あれ?そういう基準?

魔王の脅威云々が無くなるとかじゃなくて、なんか家畜以下に見做されてるっていうか…最早、論外?


一人が無言で後輩君に銃を突き付けた。

手を挙げ、降参のポーズを取る後輩君。


「…威厳ありませんね、先輩は。魔王の脅威より、物騒な世の中の脅威の方が上回ってますよ?

同じ悪役なら手を組めばいいじゃないですか、間怠っこい。

しかも、人質としても機能しないなんて駄目じゃないですか、このポンコツ」

「ポンコツはお前の常識だよ。出会い頭にナイフで刺そうとする君が言える台詞じゃないよね、それ。

魔王なんだからさ、人質にはなれないって、普通に考えて分かるだろ。

―しかし、この魔力…。ラグドの兵か、君達。近年のミケガサキの資源枯渇…。鉱石が減っているのは実らないせいじゃなくて、密輸による減少が原因か」

「あのクソたわけた穴も、こいつ等の仕業ですよね。純度の高い、生活に利用出来る程のレアな鉱石ともなれば、地下に潜るしか手に入れる方法はありませんし、そうするには厳重な警備をかい潜らなくちゃならないですもんね。

でも、この人達、そんな強そうには見えないし、実際強くない。そこで、録に働かない脳みそが珍しくフル回転して、一歩手前の入り口にあたる警備の薄い場所に穴を掘ることにする。

あの場所は、別に物影でも何でもないんで、掘った大穴が普通に見えたんですよね、多分。だから、慌てて埋めたってところですか?

―いくら何でも、この低脳を絵に描いた様な馬鹿の塊でも、そんな愚行は仕出かしませんって」


そう色々な人達に対して失礼な意見を彼は述べた。

そして僕は悟る。


「あのさ、後輩君。僕が皆に見下されるのはさ、君達がそうやって僕をなじるからじゃないかと思うっていうか、絶対にそうだろ」

「何を馬鹿なことを言うんですか!僕がいつ先輩をなじったと言うんです?

今のは全部、田中先輩の誇るべき最大の長所なんですよ?」

「勝負を挑んだ僕が馬鹿だったよ。相手はフレディの化身だぞ、勝てる訳がない」


最初の頃はあまりそういう弄りが無かった気がする。カインとか教官に殴られるとか、皆に馬鹿にされるとか、女神様に命狙われるだけだった…って、結構ヒドイ目にあってるな。

…まぁ、それは自業自得だから良しとしよう。

フレディとかが出て来たあたりだよ、僕弄りに拍車が掛かったのは。


つまり。


―元凶、フレディじゃね?


「気付かなかった!ミケガサキライフを満喫する僕を精神的不幸のどん底に陥れ、ほくそ笑む悪魔は、スゲー身近に居たよ!

しかも、その分身まで来やがった!」

「煩い」


銃で頭を小突かれ、大人しく黙る。

勇者に殺されるのは構わないけど、雑魚はヤダ。


「さっき、お前。俺達が原因でミケガサキの資源が枯渇してるとか言っていただろ?そもそも、お前の国の女神が鉱石を独占したせいで世界中に鉱石が出回らないから、こうして盗っているんだろうが。

だからって、此処の資源の枯渇と関係ないぜ。俺らがこうして盗みに来る前から鉱石なんて殆どねぇシケた鉱山だったからな」

「―何だ、昔からだったのか。独占して流通を避けたのは、もう既に鉱石が無かったからで、それを察させない為の策だとするなら…その、女神様が鉱石を独占し始めたのはいつのこと?」


僕の問いに、三人は顔を見合わせた。


「あ?知らねぇよ」

「…確か、領土争いが徐々に始まった頃じゃなかったか?」

「えっ、そんなんだっけ?二番目の勇者が還って暫く経ったから…じゃなかったか?ちょうど、魔力魂が出回り始めた頃」

「あー、そうだったそうだった。

―やっと魔力魂の物価も下がって、俺達も楽できると思ったのに、お前がその素材を突き止めちまうから、新しい希望も裏ルート、しかも高額でしか手に入らなくなっちまったんじゃねぇか!」


耳元で叫ばれ、キーンと耳が鳴る。

―しかし、魔力魂が出回らなくなったというのは初耳だ。カイン達騎士団や吉田魔王等が手を回したのか。


「まぁ、それは申し訳無いと思うけど…。でも、もし魔力魂という不思議な鉱石の実態が分からないまま、君達がこうやって鉱石を盗み出していることがバレたらさ、君達が言うその『希望』とやらに君達自身がなってたところだよ?

それが流通して、君達の家族や親戚、友達が何も知らずに使うんだ。…可哀相だろう。そんなこと、あってはならないよ」


その言葉に、三人とも何も言わなくなった。何だかしんみりとしている。


「土地は痩せてるし、資源は底を尽きそうだし…。最近はなぁ、何か変なんだよな。…色々、潮時なのかもな」


ぼんやりと呟くラグド兵をよそに、東後輩がこそっと耳打ちする。


「何か、ネガティブスイッチ入っちゃったみたいだけど、どうします?」

「…色々と面倒だから、道聞いてトンズラしよっか。―で、お三方。此処を出るには何処をどう行けば良いのかな?」

「あぁ、それなら此処を真っ直ぐ行けば、梯子が下げてあるからそれを使え」

「うん、ありがとう。三人とも気をつけてね。それじゃあ、僕等は先を急ぐとするよ」


暗闇に慣れたせいもあり、随分見えるようになった。

小走りで出口に急ぐ。僕等が此処に来たのが既に夜更け。そろそろ夜が明ける頃だ。出来ることなら、それまでには戻りたい。


程なくして梯子が見付かり、東後輩を先に行かせた。


「上りましたよー」


ひょこっと顔を覗かせて言う東後輩に頷き返し、僕も梯子に手を掛けた。


―その時。


洞窟内が少し揺れた。気付かないのも無理はない本当にごく僅かな揺れだった。

それが、波の様に一定のリズムを刻んで揺れるのだ。


「…………?」


大地が揺れ、空気が振動する。地面が揺れるその些細な時だけ、微弱な魔力を感じた。


―何かが、まるで呼応するかの様に魔力を放ってる?


急に足を止めた僕に、東後輩が訝しげに声をかけた。


「…どうしたんですか、先輩」

「いや、何でもない。今、上るから」

「そうですか」


地上出ると同時に日が昇る。暁天の空は何処までも赤く色付いていた。

長いこと暗い所に居たせいか、光が目に滲みる。


「夜通しの先輩への嫌がらせになっちゃいましたね。我ながら、無駄な時間を費やしてしまいました」

「そう思うなら、今後一切やらないでくれ。そこまでして何で僕を困らせることに徹するんだか…。まぁ、良いけど。

僕としては、君が有意義に過ごしてくれるなら、それで良いかな」

「…有意義、ですか。確かに、此処ならそう過ごせそうです」


僕はうんと頷き、笑った。


「―先輩、僕は『革命』を起こすつもりなんです。…三嘉ヶ崎に。…だから、今後も先輩には容赦無く迷惑を掛けますね」


ちょっとした沈黙の後に、再度頷く。


「…そっか。考えあっての事なら良いんだ、別に」


―この時の僕は、それが大いなる誤解であることにまだ気付かない。


「影の王、ご無事で何より…。貴方がさ迷っている間に『勇者』が召喚された様ですよ…。どうします…?」


影が喋った。このぼそぼそとした口調はフレディか。

ちょっと考え、背伸びをしながら答える。


「召喚されたばかりなら暫くは大丈夫かな。うん、放置。今日はとりあえず帰ろう」


くるりと踵を返し、帰ろうとする僕を東後輩が呼び止めた。


「――田中先輩」

「ん?」


振り返らず、足を止める。赤々と夕焼けより鮮明に色付いた空が目に映った。

障害物が何一つ無い大地から見る空は、何処までも広い。


「魔王なんですから、少しくらい悪事を働いた方が良いんじゃないですか?

人助けや国のために奮起するのは別に良いですけど、そんな魔王なんて誰も殺したがらないですよ。呼び込むのは構いませんが、そこのところはちゃんとおが屑みたいな頭を使ってなんとかしないと…」

「―分かってる。分かってるよ。おが屑を含めて余計なお世話だ」


彼の助言を遮り、静かに再度歩み出す。

また新たな産声を上げた世界を背にして。

まるで、逃げるかの様に。目を背けるかの様に。


「…これ、絶対僕のせいにされるよね、そうだよね。こんな事仕出かす『馬鹿』は、僕くらいしかいないと思われるよね。絶対。

カイン達が来る前にずらからないとヤバいな…」


そんなことを呟きながら、僕はその場を辞したのであった。

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