第四話 遭難前夜の大暴走
―ミケガサキ東部。鉱山地帯。
「鉱山っていうから、工事現場の様なものを想像してたけど…。これ、全部廃船とか?」
「鉱山地帯はもう少し先ですよ…。此処はその入口のようなものです…。
久々に来ましたが、また数が増えましたね…」
資源枯渇問題をどうにかするべく、人目を忍んで鉱山地帯に足を運んでいた。
辺り一面に広がる様々な形をした貴金属が月の光を浴びてキラキラと輝く。
見渡す限りそんな光景が広がって、果てが無い様にさえ思えた。
「…これ、金とか銅じゃない?あっ、銀もある」
「だから鉱山地帯なんですよ…。地場の特殊な魔力の影響か知りませんが、此処にあるモノは全て何らかの鉱石に変わるんです…」
「なら、資源が枯渇するはずないじゃん」
そんな僕の発言に、フレディは嘆息し、冷静に問い質す。
「金や銀をどう活かして生活しろと言うのです…?」
「あっ、そっか。フェラみたいに金色の生活するわけにはいかないもんね。
しかも石油じゃないから、お金にはなっても生活には活かせないか」
「確かに…、鉱石地帯で、この様な資源は無数にありますし、中には生活を支える石油の様な資源も勿論あります…。しかし、それらの生活を支える様な資源は生産日数が極めて遅いのですよ…。それでも、昔は取れていましたが…。まぁ、何れにせよ消費資源であり、永久には無いものです…。
採れなくなったのも、もしかしたらこの土地の魔力が低下したせいかもしれませんね…」
「つまり、寿命が来たと?」
「―にしては、早過ぎますが…。木でも千年は生きますからね…。大地の寿命など、早々終わるではありませんよ…。まして、汚染されている訳でもなければ、地盤が緩い訳でもないのですから…」
成程、と相槌を打ちながら辺りを見回した。
所々金属が覗く廃船の山々が連なるばかりで、他には何もない。
夜空に浮かぶ満月の清らかな光が、鎮魂歌を唱えるように役目を終えた廃船に降り注いでいる。
それはそれで、寂しい光景だった。
「しかし、人が居ないね。仮にも鉱石地帯の入り口なんでしょ?警備の一人や二人、居ても良いと思うんだけど…」
「此処で戦闘行為を行う馬鹿は居ません…。確かに、此処は貴金属しか無いように思われますが、私達が踏んでいる砂利の一つ一つが種類の違う鉱石なんですよ…。
魔力に反応して爆発を引き起こす鉱石もありますし、常に危険と隣り合わせなのです…。もし、何らかの原因で爆発が一度起ころうものなら、同じ種類の鉱石もその魔力なり、火力に反応し、芋づる式に爆発を引き起こして、忽ちさら地に還るでしょう…」
「誰もそんな天気予報みたいな回答は求めてないんだよ。そんな大事なこと、あっさり言わないで…」
ピッ…と何かが掠り、頬に浅い切り傷が刻まれる。
煙を上げながら弾は廃船を穿ち、止まった。
「―影の王…。貴方以上の馬鹿がこの世には存在したんですね…」
「君は今までどれ程僕を見下していたのかが分かるコメントをありがとう」
しみじみと感嘆しているフレディに、僕は頬を引き攣らせながら言う。
―確かに、これだけ多くの廃船が破棄された場所だ。身を隠すには十分だし、今夜は風も無い。
狙撃の好条件を全て満たしているだろう。
「此処は、二手に分かれた方が良さそうですね…」
神妙な顔付きでフレディは辺りを見回してから、そう呟いた。
「そうなの?」
「えぇ…。私の肉体及び、精神的ストレスと負担が緩和されますから…」
「あははっ。面目無いですね、田中先輩は」
「面目なんて元から無いから凹みませんよーだ…って、何を君はナチュラルに会話に交ざってるんだい?東後輩君」
その問いに、僕の背後に息を潜めて立っていた東後輩君は、頭の後ろで手を組んだ姿勢のまま、無言でにっこりと笑った。
そのまま、腕を勢い良く振り下ろす。
組んでいたと思った両手には、鉈の柄の部分がしっかりと握られていて、月の光を浴びて鈍く輝いていた。
反射的ぬ素早く横に飛び退くと、ガッ…と鈍い音を立てて、空を切った鉈は地面に突き刺さる。
東後輩君は、よっこらしょ…と掛け声を上げながら鉈を地面から引き抜くと、残念そうに頭を掻く。
そして、失敗に終わった実験の予想を口にした。
「…あれ?避けられちゃった。二等分する予定だったのに。
―田中先輩は、聞くところによると、死なないらしいですね。つまり、細胞の活性化による自己再生能力…いわば治癒能力が非常に高いということになる。
二等分すれば、先輩は二人に増えるんじゃないかと思うんですけど、…どうですか?」
「量産可能だったの!?僕って!まさに百パーセント田中っ!うわっ、何かカッコイイ!」
新たに浮上した可能性に戦慄する僕を、フレディが冷静に嗜めた。
「冷静に考えて下さい、影の王…。量産は無理ですし、これ以上馬鹿が増えるのは私が嫌です…。いくら単細胞に限りなく近い馬鹿な貴方でも、一応は多細胞生物なんですから、そんな事は出来ません…。
まさに、冥土イン田中になりますよ…?」
「フレディ…。嗜めるふりして、物凄くけなしてない?」
嘆息しながらそう言うと、フレディは驚いて目を見張った。
「心外ですね…。私は、97パーセントの加虐心と、2パーセントの優しさ、1パーセントの忠義心で構成されているのですよ…?影の王に対してのみ…」
「最悪の配分じゃないか!少なっ!僕に対する良心、少なっ!」
というか、2パーセントの優しさって、何だろう?数値からして全然優しくないよね。
あれかな、2パーセントだけでも優しさを盛り込んであげた優しさ?
「―因みに、影の王が如何なる汚名や冤罪を被り、処罰を受けようとも、社会ではそういうこともありますから、貴方の社会勉強の為に私は心を鬼にして見て見ぬふりをします…。
これも、立派な王になってほしいという私の願い…。一種の優しさですよ…」
「そんな優しさ、いらないよ。心を鬼にというか、まんま鬼だ。完全に見捨ててるじゃないか」
「嫌ですね…。流石に、瀬戸際になったら助けますよ…」
「そんな生死の境さ迷わなきゃ駄目なの!?」
「まぁ、それは置いておくとして…。そちらの相手は頼みましたよ…」
それだけ言うと、フレディはズズッ…と影に溶け込んで行く。
ふぅ…と溜め息を吐いて、肩の力を抜いた。
後輩君は、指差す様に鉈を僕の目の前に突き出す。
「―手加減、しませんから」
僕はそれを鼻で笑う。
「人生の大先輩である僕が、八つ下の君に負けるとでも?」
「先輩、何も持ってないじゃありませんか。この場では魔術も使えない。
この場合、僕に歩も勝ち目もありますから、負ける気全然無いんですけど…」
それを言われると、正直、言い返せない。頷きさえする。
しかし、こんな僕にも、弱小なプライドが存在するのだ。
平然を装って僕は言う。
「確かに殺傷力の高い武器は無い。しかし、何故かポケットにはハサミが入っている。
…これが、何を意味するか君には分かるかい?」
「うーんと、そうですねー…。先輩が日頃から常備しているのはカッターですから、誰かが勝手に入れ替えたってことですか?」
「やっぱ、そうか〜…。あの悪童共、すり替えたな。…というか、何で知ってるの?常ににカッター持ってること」
「壁に耳あり障子に目ありですよ、先輩。…で、答えは?」
「君の髪を切ることは出来るさ。髪型完成予想図は、ザビエル!
これで暫く君は表立つことは出来なくなり、僕の身は安泰となる」
シャキシャキとハサミを開閉し音を鳴らす僕に、後輩君は髪を一房摘んで困った様に僕を見る。
「それは…、うん、効果的ですね。でも、素人にザビエルは難しいと思いますよ」
「二歩譲って、文明開花にしてみる?」
「―散切り頭ですか?平成のこの世にそれはちょっと…。それを回避するには、やはり先輩を倒すしかないんでしょうか」
彼は鉈を放り捨てると、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。
一歩、静かに歩み寄り、僕との距離を縮める。
「いや、君達がこの場から去ってくれるなら、直ちに止めるよ」
右手でハサミを持ち、左手に咄嗟に拾った拳程の大きさの何かの鉱石を握る。
キィィーーンッ…………。
刹那、金属同士がぶつかり合う様な高い音が響く。
それを合図に、両者は駆け出した。
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「…裕也の奴、どういうつもり?撃てないじゃない。全く、殺す気あるのかしら」
狙撃用のスコープから事の成り行きを見ていたミカはそう毒づいた。
彼女が苛つく理由はただ一つ。
標的の前に裕也が立っているのだ。
ミカは彼等から少し離れた廃船の中でライフルを構え様子を窺っていた。
地面に弾を当ててはいけないのは会話を聞いて理解したので、成るべく同じ目線の位置なるよう場所を変えたのだ。
最初の一発はその確認。
狙いは外れたが、地面は当たっていない。
弾を込め直し、再度二発を撃とうとしたところで、何を考えているのか裕也が標的を庇うように立った。
―しかし、彼は私が移動した事を知らない。ならば仕方の無いことか。前回の貸しもあることだし、今回は大目に見てやってもいい。
スコープを覗けば、二人は何やら親しげに話していた。
私にはそう見えるし、そう思える。
東裕也という男は、かの魔王と何か関わりがあるのだろう。私と話す時の、あの素っ気なさが無かった。
別に嫉妬している訳では無い。断じて違う。
対等に扱われないから、悔しいだけだ。
―だから、魔王を討ち取ろう。死なないなら何度だって殺してやる。
…そうすれば、少しは対等に見てくれるだろうか。
少しは、あんな風に接し、話してくれるだろうか?
「いや〜、青春ですね…」
甲高い金属音が鳴り響く。辺りの金属と共鳴するかの様だ。
「くっ…!」
咄嗟にライフルの両端を持ち、前に突き出した。
軽い火花が上がり、漆黒の鎌がライフルに食い込む。
ピシッ…とライフルにヒビが入った。
「貴女の影からずっと思考を覗いてみましたが…。行動の割に、案外乙女ですね…。まぁ、女性ですし、当たり前と言えばそうなのですが…」
「煩いっ…!」
持っていたライフルを捨て、腰に巻いたポーチから拳銃を引き抜くと、続け様に撃った。
「そんな物理攻撃が今の私に効くとお思いで…?」
暗闇の中に黒いマントを被った髑髏が浮かぶ。
喋る度に、歯がカチカチと鳴った。
「っ………!」
「?」
その姿を見たまま微動だにしない私を、死霊は不思議そうに覗き込んだ。
「きゃああああああああっ!!」
ポケットから手榴弾を取り出し、安全ピンを外す。
そして、投げた。
「あっ…。此処でそんな物を投げたら取り返しのつかない事に…」
そんな忠告が耳に入る事も無く、投げられた手榴弾は廃船の外へと飛び出す。
地を揺らす程の爆発が起こった。
爆風が燃え、熱を帯びた廃船の山々を崩して行く。
そして、燃え上がる廃船は山から崩れ落ち、地に転がった。
そして。
とある鉱石がその火力に反応して爆ぜた。
小さな爆発が起こる。しかし、それだけでは済まなかった。
芋づる式に、それらの鉱石が爆発を起こし、グラグラと地面が揺れる。
「わわわっ!爆発っ…!?」
「何処ぞの馬鹿がやらかした様ですね。さて、どうします?」
「どうしますって…逃げるしか無いよね」
「じゃあ、そうしましょう」
こくりと頷いて鉱山地帯の腹部目指して駆ける。
半ば、助からないなと諦めながら。
後ろから来る爆風に背中を押されて、ロケットブースターの様に少し浮かんで前に急発進する。
ピシッ…と地面に亀裂が入る様な微かな音がして、地面に大きな穴が空いた。
鉱山地帯と言うし、資源枯渇に伴う活発により採掘により下が空洞化していてもおかしくない。寧ろ、自然だ。
だが、何故今か?
…まぁ、空洞化していたなら、これ程の爆発だ。穴は空く。
でも、このタイミングで、その位置か?
そんな起こってしまった以上、もうどうしようもないことを空中で嘆いてみる。
爆風で浮いた体では、どう抵抗を試みようと無駄で、吸い込まれる様に僕等は奈落の底へと落ちて行った。
―助からないな。
そんな諦めが、ついに確信に変わった瞬間である。




