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第三話 事の重要度


風の無い夜が続く、人寂れた暗い街がある。

そこは、格段見晴らしが良いと言うわけでも無く、むしろスモッグの様な黒い霧が何処からか立ち込め、視界を遮ることが多い。


暗い、月光に見守られた闇の中にひっそりと溶け込む寂れた街。しかし、時折大層愉快な笑い声が聞こえることがある。


闇に栄える市街。


―いつしか人々は、そこを『闇市』と呼んだ。


それが『闇市』の由来だと誰かは言う。


『闇市』には、同じ性質の者達が集い、生計を立てる為に市場を開く。

基本的に何でもアリな市場なので、盗品、違法薬物ドラッグ、臓器、時には人間等が売られていた。

それが大盛況し、今も変わらぬ闇市場が存在する。


無法地帯『闇市』。

全てに通ずる『扉』の街。


……………………………。

…………………………。


月が静かに街を煌々と照らす。

その光を遮る様に立ち込めるスモッグの様な黒い霧が今日は一段と濃い。


不意に、月の光が陰る。

何かが横切ったのだ。


月を横切る黒い影は、多少よろけながらも素早い動きで屋根を伝って行く。ほどけかけた包帯が風になびいた。

その後を追うように、二つの影が拮抗しながら屋根を伝って行く。


「……………。」


そんな影達の様子を、とある屋上から覗く者がいた。

小さな吐息は白く、夜風に紛れて掻き消える。

長く美しい赤い髪をツインテールに結んだ凛々しい顔立ちの少女で、ライフルを構え、スコープを覗いていた。

漆黒のライフルは漂う黒霧に同化して完全に暗闇の一部と化していた。


スコープは先頭を行く影を捉えている。


そして、引き金を引いた。


「……ッ!?」


弾は標的の右肩を貫く。

発砲音無き襲撃に、影の動きが止まった。後ろから二つの影が追い付く。


「影の王、何をやって…」


先頭を行く影に、後から追い付いた黒い鎌を携えた一方影は、ほんの一瞬だけ動きを止めた。その僅かな隙を突いて、二発目が右足を撃ち抜く。

血が飛び散る小さな音だけが響き、足を撃ち抜かれた影はそのままバランスを崩し、屋根を転げ落ちて行った。


「フレディ!?」


右肩を押さえながら影はその後を追う。

そうはさせじと、もう一つの影が弾を連射するが、標的にかすり傷を与えるだけだ。


「……ッ下手くそ!」


スコープから様子を窺っていた少女はそう静かに毒づいた。

再度標的に焦点を合わせ、引き金を引く。無音のまま弾は発射された。

そして、標的の右足の太股に貫通する。

標的はバランスを崩し、後ろによろけた。続けざまに影の撃った弾が心臓を貫いく。

影は真っ逆さまに屋根から落ちて行った。残った影は体から白い光を放ちながら輪郭が徐々にぼやけていき、やがて消えた。

少女はそれを見届けると、ライフルを専用のポーチに仕舞うと肩にしょい込み、周りに飛んだ三つの空薬莢を拾う。

暗闇に落ちて行った影を追う様に立ち上がる。


「―ちょっと待った。深追いは良くないよ、ミカちゃん」


突然の掛け声に、少女は驚くこともなく平然と振り返った。そして冷ややかに相手を見下す。


「ミカちゃんと呼ばれては困ります。ミカです。ミカ・エバン。いい加減直してもらえませんか、勇者様」


ミカの発言を無視して、勇者は誰に言うわけでもなく呟いた。


「ラグド王国第二騎士団隊長にして、殺し屋だっけ。依頼、達成したでしょ?なら、深追いはしない方が身の為だと思うなぁ」

「―いえ、貴方達に依頼されたのは魔王の…」

「死なないの、分かってるのに?」


その言葉に、ミカは押し黙る。

そして沈黙の果てに一言。


「ご忠告、感謝いたします」


そして、ライフルをもう一度背負い直すと、屋根から飛び降りる。

そのまま軽やかに着地すると、闇に溶ける様にして路地裏に消えた。


あーあ…、と困った様に勇者、東裕也は嘆息する。


「ゼリアも、ああいう班行動とか苦手そうな思慮に欠ける猪突猛進な奴とよく組ませたよね。完全に外面に騙されてるよ…」


今となってはもうどうにもならない事を一人愚痴って、裕也もまたアンの後を追うことにした。


****


「――フレディ、だっけ?

あの子が帰って来たら、ちゃんと礼を言わなきゃ駄目よ」


訳も分からないまま目をしばたかせ、はぁ…、と曖昧な返事を返した。


目の前には、三番目の元勇者を名乗る勝ち気な女性が立っていて、出会い頭開口一番にそう言ったのだ。


彼女は、飯野紅葉というらしい。


どうやら此処は、彼女の家の様だ。流石は勇者と言ったところか。

この家も、簡素な造りではあるが、闇市で一番安全な建物であることは間違いない。広さも申し分無く、一人暮らしなのか疑わしい程だ。


昨夜の事の顛末が結局どうなり、此処へ行き着いたか知らないが、彼女の話から察するに、影の王が自力で行き着いた様だ。

そんな私の思考を見透かしたのか知らないが、唐突に紅葉は話し出す。


「あの子が屋根を突き破って落ちてきた時は本当に困ったわ。粗大ゴミの日は、一昨日だったし」

「アレは生ゴミですから、燃えるゴミで良いんじゃないですか…?」

「あっ、それもそうね。産業廃棄物じゃないもの。

…困った事に、近くに工場があるからそういうのを家の前に破棄する奴が結構いてね?今回もそれかと思ったんだけど…。

闇市だし、何の不思議じゃないもの。人間スクラップ」

「確かに、人間のクズの様な男ですが、イジメ甲斐があって楽しいですよ…」

「うん。中々使いやすいから、今もパシらせ中なの」


そんな噛み合っているのか微妙な会話だが、意気投合しているのは確かだ。

当人からすれば、これ程恐ろしい会話は無いだろう。


「―しかし、良いのですか…?我々を招いて…。男嫌いと聞きましたが…」

「確かに男も嫌いだし、この国も嫌いよ。でも、必要だし、子供は好きね」


物憂げに、しかし何処か懐かしむ様に彼女は遠くを見る。

その視線の先には、硝子で作られた大部屋があり、床は人工芝になっている。

中には、滑り台等の遊具が設立してあり、数人の子供達が遊んでいた。

皆、表情こそ明るいが、手足等が一部欠陥している。思わず目を背けたくなる程痛々しい姿が彼等の半生の壮絶さを物語っていた。


「―成程、孤児院でしたか…。広い訳です…」

「両目を潰された子、手足を切り落とされた子、精神的ショックで声が出ない子…。皆、親から捨てられたか、逃げ出して来たかのどちらかね。そして、奴隷商に捕まって、クズに売り渡される。

―私は、そう言った子供を引き取ったり、買ったりしてメンタルケアというか、ヒーリング?まぁ、そんなのをやってるわ。…だから何となくね、ほっとけなかったのよ。何だか他人事じゃないみたいで。

―あの子は、昔の私に近くてちょっと遠い」


それが先程の問いに対する答えだと理解するまでに、相当な時間を要した。


「昔の貴女と言うと、貴女がまだ現役の勇者の頃ですか…?」

「正確には、勇者を終えてから。唐突な話だけど、強姦されたのよ」


引き攣った笑みの様なものを浮かべて紅葉は語る。


……………………………。


勇者と言われても、所詮は唯の異世界から呼ばれた人間でしかなく。

魔王もまた、同じ境遇の人間でしかない。

私達はただ、『特殊能力』という不思議な力を持ち、勇者として救う義務と魔王として滅ぼす権力を持った中学生でしかなかった。

勿論、そんな平々凡々と暮らしてきた中学生に戦闘経験なんてあるわけが無い。

―まぁ、私は昔からやんちゃしてたから全くないわけじゃなかったけど。

…スケバンって知ってる?私、それだったの。黒のセーラー服に、赤いリボンを結んで、同じ黒のロングスカート履いて、竹刀振り回して。あっ、子分も引き連れて歩いてたわね。…当時の三嘉ヶ崎じゃ、ちょっと名の通った悪だったわ。

まぁ、正直なところ、ちやほやされたかったのよ。誰かに。勉強は無理だから暴力ならって感じかしら?


だから。

だから、初めて『勇者』なんて正義の大役を任された事が嬉しくて。


「何も悪くない肩書きだけの『魔王』を殺してはい、お終い。拍子抜けするくらい呆気なかったわ」


『魔王』は、真面目を絵に描いた様な奴で、可哀相なくらいガタガタ震えてた。


―あぁ、どうしてこいつが『魔王』なんだろう。


そう心底思ったの。

彼、三嘉ヶ崎じゃ、ちょっと有名な天才くんで、親が何処かの有名な大学を卒業して仕事の関係で越して来た所謂、転校生って奴で、将来有望な子だった。

でも、そんな将来有望な子が『魔王』だった。


一瞬でケリが着いたわ。

ただ、剣を突き刺すだけで事は済んだ。


「しかし、貴女は還れなかった…?」

「えぇ」

「そして、その…強姦に…?」

「――えぇ。親の七光りってやつを狙ったんでしょうね。蛙の子は蛙。勇者の子は勇者って感じで。

そう、女神が命令したらしくて。まんまと身篭ったわよ」

「―その子は…」


どうなったのですか…?

その声を遮って、はつらつとした声が聞こえてきた。


「ボス、ただいま〜!

ほら、優真兄ちゃんもっ!」

「えーと…、ただいまです」


ドタドタとこちらへ走って来る音が聞こえ、勢いよくドアが開いた。

麦色の癖のある髪の少年が紅葉に抱き着く。


「ボス、ちゃんとお使い行ってきたよっ!」

「偉いわね。さぁ、ルーイ。お客様にご挨拶は?」


紅葉の言葉に、ルーイ少年は私に向き直るとはにかみながら名乗った。


「ルーイです!はじめまして」

「えぇ、はじめまして…。フレディと申します…。以後よろしくお願いしますね…」

「はいっ!」

「もう遊びに行って良いわよ。用があったら呼ぶかもしれないけど」


分かりました、と元気よく返事をして、ルーイ少年は硝子部屋に駆けて行く。


「あの子が、例の子ですか…?」


ボスって何でしょう?と聞くのは何と無く躊躇われたので、それだけを聞く。


「えぇ。でも、見ての通り勇者の素質は皆無よ。

これで用無し決定になったから、大金貰って追い払われたわ」

「すみません…」


自嘲気味に笑う紅葉に、影の王が申し訳なさそうに謝った。


「貴方のせいじゃないんだから、そんな恐縮しないでよ。…気持ちは分からなくないけどね」


苦笑して紅葉は弁解するように手を振る。

何と無く気まずくなった空気を変える為、一つ咳ばらいをしてみた。


「影の王、昨夜の事の顛末は結局どうなったのですか…?」

「あー、アレね。勇者なら無事に還ったよ。…まぁ、後輩君はまだいるけど」


ポリポリとうなじを掻きながら影の王は疲れた様に微笑んだ。


「―では、昨夜の奇襲は、東勇者によるもので?」

「そこら辺はちょっと違うかな。ゼリーさん、ラグドの殺し屋を雇ったみたいでね。昨日の奇襲はその子。猪突猛進…いや、果敢と言うべきかな。中々しつこい性格なんだろうね。あの後も追いかけられたよ。

威嚇したら、気絶た時は焦ったよ。後輩君が来て引き取ってくれたけど。

…次回はこうはいかないだろうね」


貴方のやる気次第で十分、いけると思います。


事の顛末が分かったところで、話を元に戻した。


「―しかし、還れなかったにせよ、貴女が『勇者』という事実は変わらないでしょう…?それなら、新たに『勇者』を召喚する必要も無いのでは…?」

「そのことなんだけど、どうにも、力の方は対になってるみたいでね。魔王が死ねば力は徐々に衰えるみたいなのよ。私も、殆ど失いつつあるし」

「あれ?じゃあ何で陽一郎さんはそうなってないんだろう?『バグ』かな」


影の王は唸りながら首を捻る。

確かに、魔王を倒して力が衰えるならば、陽一郎氏の力はとっくに無くなっていても良いはずだ。


「でも前に『特典』が云々言ってたから、それかな?」

「『特典』、ですか…」

「魔王討伐、いわばゲームクリア報酬?でも、違う気がする。…紅葉さんは『特典』…何か特殊な事があったりしたんですか?」

「『特典』ねぇ…。いや、これと言った事は特に無いわ。

―それより、貴方達の言う『バグ』。それは何なの?」

「そのまんまです。ゲーム上の欠陥みたいなもので、本来プログラムされていた内容と異なる事が起こったりします」

「『バグ』、ね…」


紅葉は少し考え込む様に腕を組み、頬杖をつく。

そして、ふと思い付いたのであろう疑問を口にした。


「その『バグ』って、故意に起こせるの?それとも、偶然の産物?」

「どちらもでしょうか…。此処は元々ある世界ですし、ゲームの様なプログラムされた仮想世界ではないので…。そもそも、『バグ』なんて現象は、昔はありませんでしたから…。

仮に、故意に起こすとしても不可能じゃありませんし、実際、我々も起こしましたね…。何らかの代償は伴いますが…」

「寧ろ、自然の『バグ』の方が珍しいよね。

―少なくとも、此処に『召喚』された三嘉ヶ崎の住民…特に、『特殊能力』さえあればこちらからでも改ざん出来ると思う」

「『バグ』って言うのは、君の言う通り、プログラムの欠陥ってことだとする。

プログラムは、要はデータな訳よね?…で、このミケガサキは元から存在する世界。三嘉ヶ崎と似通ってるのは関係あるのか分からないけど、『バグ』が発生してるってことは、データ化…つまり、簡単に変えられる様になってる。

そして、私達を此処へ『召喚』させたゲームソフト『勇者撲滅』。

そうなると、三嘉ヶ崎に黒幕…言い換えるなら『魔王』がいるのかしらね?」


内容とは裏腹に、軽い口調で紅葉は呟く。


「偉く他人事の様に振る舞うんですね…」

「他人事だもの。還れないし、還りたくないし。

―この国は嫌いだけど、必要としているし、そういう人は他にも沢山いるわ。元居るミケガサキの住民も、召喚された三嘉ヶ崎の住民も。

…だから、貴方達みたいな『勇者』は大歓迎よ」影の王と互いに目をしばたかせる。

礼を言うべきか、大いなる誤解を訂正すべきか迷って口を開きかけた時だ。


「―『バグ』が何であれ、今はまだそんなに深刻じゃないみたいだし、資源枯渇問題を何とかしてもらえると助かるわ。

別に手段や方法は問わないわよ。解決すれば後は野となれ山となれね」


そんな、本音という暴論が暴露された。


さらに。


「…出来ないのなら、国に売り飛ばすまでよ」

「あっ、はい。やります。やらせていただきます」


声色を低くし脅す紅葉に、影の王は顔を青くしながら承諾したのだった。

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