第二話 ミケガサキの資源事情
いつの事だったか。
―あぁ、そうだ。過去へタイムスリップした時の。
柾木さん達とはぐれる前の会話を不意に思い出していた。
ようやく許可がおり、裏門から長いレッドカーペットが敷かれた廊下を渡って、庭園へと続く通路を通る。
何処も開放的で見晴らしも日当たりも十分な為、光に満ち溢れる様に琥珀色の壁が光り輝いている。光の入り具合によって、黄金色に見えたりした。
感嘆しながら辺りを見回す僕に、柾木さんが誇らしげに言う。
「凄いでしょ?この城の壁全て向こうで言うソーラーパネルの役割を果たしているの。熱を帯びると金色になってエネルギーを生み出す。
一見、色の違う大理石みたいだけど、似て非なる鉱石なのよ。『光金岩』っていう鉱石の一種で、よく採れるらしいわ。そのエネルギーの変換と実用に結構な月日を要したけど、今では数少ない自然エネルギーの一種ってとこね。
城の電力などは殆どこの鉱石で補っているようなものよ。数が少ないが故に高値なんだけど、他国でも城壁は必ずと言ってもこの鉱石が用いられているわ。
何処も電力不足なのよね。けど、城って国の顔じゃない。各国の偉い奴らも来るのだから、そんな中停電なんてしたら威厳に関わるじゃない。
喉から手が出るほど欲しかったのね。大儲けしたわ。ミケガサキは研究費が中々下りなかったから助かったわ〜」
柾木さんはそう言うと、片手で壁を叩く。コツコツと小気味よい音が鳴った。
「こうきんがん…ですか。ミケガサキは鉱業が可能なんですね。鉱山とか見かけませんけど、何処で採掘するんですか?」
「東が鉱山地帯なの。結構盛んなのよ?種類豊富、実用可能。鉱石がミケガサキを支えている様なものね。日頃の研究で、その土地が全て鉱石で構成されているんじゃないかって論文が発表されたわ。
驚くべきは、それを構成している『核』とも呼ぶべき純度の高い巨大な鉱石。自然が長い年月をかけて生み出したとされる天然の魔力魂に近い…もしくはそれ以上の力を秘めたものが、マントルより更に深い場所に存在すると言われているわね。実に興味深いわ。
仮に、その仮説が本当ならば、こうは考えられないかしら?その『核』こそが、この『ミケガサキ』を形成、及び保持しているんじゃないかって。
ミケガサキ特有の魔力に伴う魔術など…それらが全てその『核』によるエネルギーの産物だとしたら…」
興奮の為、恍惚な表情を浮かべて語る柾木さん。
流石は研究者だ。熱意が凄い。
そんな柾木さんの熱意に水を差さないよう、僕は怖ず怖ずと手を挙げた。
「魔力や魔術をその『核』にエネルギーの産物と考えるのは妥当ですが、それについては、どちらかというと『変換』に近いんじゃないですか?」
「『変換』?面白いじゃない。差し支えなければ聞かせてもらえるかしら」
僕の意見に狩人の様にキラリと瞳を光らせ、話の続きを促す柾木さんの要望に応えて話を続けた。
「仮説…ですけど、魔術は『陣』を形成することで、自分の魔力と自然界の魔力を融合させて発動する。
僕等の世界にその『核』はありませんから、当然、使えるはずもない。
えーと、柾木さんの言う通り、『核』のエネルギーは主にミケガサキの形成と保持だと思います。
…そこから漏れたエネルギーの余波が人や自然が持つ魔力をより具現…形作る感じで『変換』しているのではないかなぁと…。ほら、何て言うか…向こうの三嘉ヶ崎だと霊感とか、パワースポットって言われたりするけど、魔力が関連してるというか、そもそもそこにあるものを僕等が感知しなかっただけで、この『核』がよりそれを感じやすくさせる力とかもあるのかな…とか。うん、以上です」
仮に、『核』がミケガサキを形成しているとしよう。それくらいの力があるならば、三嘉ヶ崎の住民をこちらへ転送…なんてことも出来るのだろうか?
いや、無理か。『核』に役職なんて決めれるはずないし。
僕の話に柾木さんは頻りに頷くと、嬉しそうに腕を組んだ。
「中々良い意見だわ。つまり、エネルギーから生み出されたものではなく、エネルギーによって具現したもの…か。貴方とは、是非一度時間の許す限り議論してみたいわね」
庭園の青々とした緑が日を浴びて輝く。
苦笑を浮かべて茶を濁すと柾木さんから視線を外し、ただぼんやりと初夏に色付く庭を見ていた。
…そして、迷子になったのである。
「まぁ、それはいいんだ。もう過ぎた事だし。どうでもいい。
―あの時、停電が起こったでしょ。あれが故意だか偶然だか分からないけど、それにしても予備電力が作動しないのはおかしい。
つまり、ミケガサキは電力不足…深刻な資源不足という訳だよね」
皿に綺麗に載せられたマドレーヌに手を伸ばしながら言う。しかし、相手は先程から重い溜め息を吐くばかりだ。
「まぁ、それもどうでもいいですけど、何故貴方が此処にいるのですか?しかし、見ないうちに随分ボロくなりましたね。
…とにかく、私の聞き間違いでなければ、国外逃亡を宣言をしたはずでは?此処を避難所にされては私が共犯にされるので出て行くなら早めにお願いしますよ。
…あぁ、今紅茶を入れるので、まだ手を付けないで待ってなさい。そうそう、隣に置いてある缶箱にはクッキーが入ってますが、食べるならどうぞご自由に」
「いやー…、何て言うか、早く出ていけと言う割には至れり尽くせりだよね。
―あぁ、良いって。お茶は僕が入れるから、オズさんは座ってて」
シンプルと言えば聞こえの良い殺風景な部屋。
城で王室の次に広く快適な部屋らしく、日当たりが良好で、室内温度調節設備も整っている申し分ない空間だ。
慣れない手つきで車椅子を動かすオズさんを止め、部屋に設置してある台所に向かう。
―確かに、そう宣言はしたものの、特にこれと言った目的も行き場所も無いので取り敢えずオズさんの所へはた迷惑にも遊びに来たのだ。
さて、来たものの…コンロらしき物は見当たらない。やはり、三嘉ヶ崎とは勝手が違う様だ。
どうするべきか分かりあぐねる僕に、オズさんがやって来た。
「まぁ、分からないのも無理ないでしょうし、貴方の身長じゃ届かないでしょうね。フレディ、そこの棚に赤い容器があるでしょう。それを取って頂けますか?」
これですかね…、とフレディは茶筒を取り出した。
何だか、普通の茶筒より一回りも二回りも大きい。
オズさんはそれを受け取ると、お茶の用意を始めた。
「中には何が入っているのですか…?」
「石ですよ。鉱石。…ほら」
そう言って彼は、茶筒を開く。中には小さな石がぎっくり入っていた。
それを一掴みするとポットの中に入れ、蓋を閉める。それから水で何やら陣を形成した。
時を待たずして、オズさんはティーカップを温めるべくポットを持つと、お湯になっているか分からないそれを注ぐ。
シュンッ…と煙と音が鳴り、熱湯が出た。
「この鉱石は、魔力を感知すると熱を帯びる。石が大きい程熱は高温になる不思議な鉱石の一種というか、そういう特性を持った集まりの石なんですよ。あまりにも小さいから、こうしたまま売られるんです。
まぁ、人体に影響は無いので支障はありませんから、加工する必要も無いのでしょう。
資源不足のミケガサキを支えているのは、確かにこう言った鉱石なんですよね。だから、東の鉱山には兵の動員数や質が城と同等と聞きましたよ」
「へぇ〜。じゃあ、鉱山見学は無理そうだ。絶対、教官とかいそうだもん」
げんなりと言う僕に、オズさんは苦笑ながら自身の足を摩る。
前までは車椅子など使っていなかったということは、『石化』が進んだのか。
「暇なんですね…。これからどうするんです?」
「まぁ、目的みたいのは一応無くはないんだけどね。こっちから動いてどうなるものでもないような…、向こうが来るのが手っ取り早いかなぁって感じで」
「なら、別にミケガサキから出て行かなくとも良いのでは?」
「それが、そうもいかないんだよ。…あまり、見られて気持ちがいいものでもないし。万が一周りが巻き込まれてでもしたら大変だ。それに、『魔王』が征圧してもいない国で普通に過ごしてるのもなぁ…。間抜けじゃない」
「それは今に始まった事じゃないでしょう…?」
フレディが意外だと言わんばかりの小馬鹿にした口調で言う。
オズさんは、そうかと何か分かった様に呟き、静かに微笑んだ。
「―成程…。何となく、分かった気がします。不死になったんでしたっけ、貴方」
「あと不老ね」
「しかし、分かりませんね…。貴方がそこまでして執拗に情けをかけるのか。
―終わりなんて来ないかもしれないんですよ?そして貴方は死なない。
いつか、皆死にますよ。今来ている貴方のご友人も何れは元の世界に還るでしょう。時が経てば、誰も貴方を優真という名前の無害な魔王だと認識しませんよ。魔王は魔王です。そのサイクルをずっと繰り返すんですよ?」
オズさんは、駄々をこねる子供を諭す様な口調で僕に語った。
その物言いが陽一郎さんと同じだから凄く困る。
大体、彼がこういう諭す様な口調になるのは、怒っている時だ。
二三秒沈黙が続き、オズさんは溜め息を吐く。
そして諦めた様に呟いた。
「まぁ、そう決めた以上、こちらが口を出す権利なんて無いのでしょうが…。
行く当てが無いなら、知り合いを紹介しましょう。恐らく、匿ってくれると思いますよ。まぁ、相当こき使われると思いますがね。
…彼女、男嫌いですが、貴方なら大丈夫でしょう」
その保障が一体何処から沸いて来るのか疑問である。
対して、オズさんは会って話せば分かりますと微笑んだ。車椅子を操作し、ペンと紙を取って来ると地図を書き込んだ。
その紙を手渡されるが、地形が分からない為フレディに渡す。
「つくづく縁があるんだと実感しますね…」
溜め息混じり言うフレディに、見ても分かりはしない地図を覗き込む。
「何処なの?」
「『闇市』ですよ…」
「またか」
いい加減うんざりだと言わんばかりの僕に、オズさんは宥める様に苦笑しながら手をひらひらと振った。
「まあまあそう言わずに。是非会って来ると良いですよ」
スッ…と静かにティーカップが前に差し出された。
頭を下げて礼を言うと、一口啜った。…美味しい。
「――三番目の勇者に」
まさかの倒置法。
「むぐッ…!?げほっ、ごほっ!」
「おや、大丈夫ですか?」
思わぬ人物の発表に、飲んだ紅茶にむせる。
大丈夫も何も、アナタがそうさせたんでしょうがと内心思いつつ、質問する。
「何で、オズさんが三番目の勇者を知ってるのさ…。というか、まだ此処にいるってことは、三番目も魔王倒してないのか」
オズさんは静かに首を横に振って、ティーカップを持つと優雅に紅茶を飲む。
「それは…、女神様が『召喚』しましたし、私も立ち会いましたからね。
―そして、彼女は魔王を倒しましたよ」
「へぇ〜、立ち会えたんだ…って、えええっ!?倒した?」素っ頓狂な声を上げる僕にオズさんはえぇ、と何処か物憂げに頷く。
「何故か彼女だけは還れなかったみたいなんですよ。原因は分かりませんし、無責任な話ですが、そうなった以上どうにも…。手の施しようがありません。
だからまぁ、勇者は勇者ですし、勿論待遇は良いですよ。取り敢えず大金を贈呈して、良ければ騎士指導官にでもなってもらおうとしたんですけど、お断りになされて…」
「いやいや、それで騎士指導官なんて向こうの手の平で躍らされてるっていうか、都合良すぎでしょ」
「ですよねぇ。それから色々ありましたし、ちょっとこちらからは干渉しにくくなっちゃったんですよ。
まぁ、そこら辺は聞けば分かると思いますが。
年に二、三度、文のやり取りがあるかないかです。
正直なところ、様子を見てきてもらえると助かると言うのが本音ですね。彼女に頼まれた物も届なければなりませんが、私の足じゃとても指定された期限に間に合いそうにもない。私が女神様の側近から外されたことをまだ知らないと思うんですよ。ついでと言っては何ですが、そう伝えてもらえると助かります」
まぁ、そこまで言うなら仕方がない。なんだか行く方向にさりげなく誘導されてる気もするが。
持って来るよう頼まれた品物が書かれた手紙とその代金を受け取り、礼を言って影に潜む。
魔王が『闇市』にいても不思議じゃないし。
あとは、知り合いに出くわさないよう気をつければ良いか。
そんな言い訳染みたことを考え、苦笑する。
「しかし、魔王を倒したのに『還れない』なんて有り得るかな?一種の『バグ』による影響か…。もしくは実は魔王が生きてた、とか?
何にせよ、会いに行くしかないよね」
「その前に買い物ですが…。まぁ、誰にも会わないことを願いますよ…」
……………………………。
…………………………。
「ふぅ、行きましたか。…これでよろしいですか、陽一郎」
溜め息を吐きながら、振り返る。
そこには、自分と瓜二つの人物が立っていた。
「うん、どうもありがとうね。助かったよ。さて、僕もそろそろ行こうかな」彼は携帯を取り出すと、何やら操作した後、画面を一瞥し、ポケットにしまう。
「しかしまぁ、よく抜け出せましたね?そしてよく此処に来ると分かりましたね」
「抜け出すのは簡単だったよ。部屋に入って来た奴を即座に気絶させれば良いだけだ。優真君のことも、親なんだから分かって当然さ」
そんな見え透いた嘘を平然と彼は言ってみせた。
「はぁ…。しかし、城が一時的であれ、停電になるとは。炭鉱資源も尽きつつあるのでしょうか。
―女神様が知ったら、容赦無く他国に攻め入ったでしょうね」
何となく想像が出来て頭を抱える。まぁ、彼女亡き今、そんな心配は不要なのだが。
「そんな混乱があったから、僕は隙を突いて抜け出せたんたけど。
―資源の枯渇ねぇ…。僕が勇者だった頃は、まだそんなに深刻じゃなかったじゃないか」
「いや、問題視はされてましたよ。いつからだか分かりませんが、ある時、急にそうなりまして…。作物じゃありませんが、どうにも実りが悪いんですよ」
「此処の資源って、確か…自然にある魔力が固まった物だったかな。伐採とか、汚染でもした?」
「無意味ですよ。仮にそうだったとしても、早過ぎます。
…だから、いつからか、何か些細な異変が起こっていたのでしょうね。それが此処まで深刻化した。
―全く、今必要なのは『魔王』を倒す『勇者』ではなく、世界を救う『勇者』なんですが…」
その呟きに、陽一郎氏は律儀に反応した。紅茶を一口啜ると、複雑な表情で薄く笑みを浮かべる。
「―世界を救う勇者、ね…」




