第七話 勇者VS教官
「剣はどうした?勇者殿」
女とは思えないハスキーボイスがまた強そうなこと。
へっ、どうせ声変わりしても低くないですよーだ!
「剣無しじゃ駄目ですか?ぶ…」
「ほぅ…。私相手に剣無しか…。余程腕に自信があるようだな。…潰す」
待って、というか聞いて。僕の話を聞いて下さーい。
確かに腕…というか、指には自信あるよ?
一秒で五十回ボタン連打が出来る様になったくらいにね。此処じゃ役に立たないけどっ!
「いけー!教官、勇者を潰せー!」
教官しかお前ら応援してないのは何故?
実は君ら、魔王の手先なのか?
此処の住民達は何故か勇者を目の敵にしたがるな。
そういう風になってるのか?そういう世界なのかい、此処は!?
「仕方がない。唯一覚えている『召喚』で…」
「絶対、『召喚』でアレだけは出すなよ!」
ちゃんとした使い方教えてから物を言って下さい。
無理です、絶対無理。
「どうらや、秘策があるみたいだが…私の前で『召喚』を使う間など与えんっ!
いざ、参る!」
いやいや、こっちが参ります。止めて下さい。
「って、早!人とは思えない早さじゃないかっ!反則だ!法定速度を守れっ!それでも教官か!?」
暴走族も真っ青な早さ。
あっちの三嘉ヶ崎ではさぞ重宝されることだろう。
「何を訳の分からないことを言っている?隙だらけだぞっ!」
「ちなみに、教官は速度強化の魔法陣を足に刻み込んでるから時間稼ぎしても無駄だぞ」
いや、知らないよっ!魔方陣って消えるものだったの?時間で?
「じゃ、召喚って、僕が帰れって命令したら、いなくなるっ!?」
これでも必死に避けています。
今更だけど、あれ、本物だからね。切れ味よさそうだから。絶対切れるから。
「もちろん。召喚主の命令は絶対だ」
「あー!でも、吉田様、帰らな、そうだな!止めとく!」
「「「「吉田様?」」」」
そこにいた兵たち全員が首を傾げた。
「ちょこまかちょこまかと鬱陶しい!」
足元に魔法陣が浮かび上がる。
そこからツタが生えてきた。
「おわわっ…ってギャーーー!!ちょっと、待って!おりゃっ!」
鳩尾目掛けた僕の拳はあっさりと分厚い剣でガードされる。
ガキンッ…という鈍い音が響き、教官が五十メートル程を一歩で退いた。
この剣、カインのより一周り大きくて分厚い様だ。正直、痛い。
「…良い拳だな。しかし、この大剣クレイモアには通じん!」
ツタが絡み付いて身動きがとれない。
うーん、仕方がない!奴を召喚する!
「出でよ、安田ぁ!!」
「僕っ!?」
いやいや、テキトーに言っただけだから。青ざめないでー。
テキトーに円らしきものを描き、これまたテキトーに何かを描く。
うわっ、幼稚園生の方が上手いな、こりゃ。んでもって、血をえいっと…。
…さてさて何が出るかな?
流石に魔王召喚したら本気で僕の命無くなりそうなんで、別のを描いてみた。
これなら一安心だろう。まぁ、吉田様召喚してみるのも一興だけど。
魔法陣が白く光り出す。
おっ、何か良い感じだな。
今回は大丈夫っぽ……。
「む…。またお前…」
「退場ッ!!」
つーか、お前かーいっ!
見て無い見て無い…。僕は何も見ていない。
僕は何も『召喚』してない。
魔王なんて居なかった。僕は何も見なかった!!
「勇者様、今、何を召喚したんだ?」
「いや、何も見えなかった…。もしかしたら目眩しだったのかも…」
「なるほど…」
よーし、誰も見ていないっ。
カインが顔面押さえてるけど、気にしないっ!
教官が固まってるのも…気にします。
見えた?きゃっ、恥ずかしい!
何てボケてる暇は無いっ。
「ええいっ、こうなりゃ自棄だ!出て来れるもんなら出て来い!」
だって、直ぐそこまで教官来てるんですもの。
何か凄く怖いんですもの。
足を懸命に動かし、唯の五芒星を描き、血を垂らす。
円?そんなもの時間が無い!
五芒星に血が垂れる。
赤いはずの僕の血は、何故か真っ黒だった。
さっきのもそうだったのかな?覚えてないけど。
血は何故か溢れ出てくる。
そして五芒星を染め上げた。
それは生き物の様に一歩も五芒星の外へと漏れていない。
ぞくりを背筋が凍る。
冷や汗が流れた。
何か、生理的に無理。
えっ、僕の血って黒かったっけ?
あれかな、水分不足による…。
あー、何『召喚』する気なんだ?僕。
足元で、ぼうっ…と陣が黒く輝く。
あっ、ヤバい感じだな。
うん、決めた。ここは潔く。
「降参しまーす」
僕がそう言うのと、教官が掴みかかって来るのはどちらが早かったか。
正確に言えば、僕がそう言って、魔法陣が消滅するのと、彼女が足で魔方陣をもみ消すの…だろう。
同時だったかもしれない。
辺りの兵達の歓声が聞こえてくる。
横目で見ると、カインが静かに剣から手を離しているところだった。
どうやら、僕が思うよりとてつもないものだったらしい。
いやー、危ない危ない。巻き込むところだった。
きっと、血が黒かったのは気のせいだ。
教官が泣きそうなのも、きっと気のせい。
意識が薄れていくのも、きっと気のせい。
全部、気のせいだったんだ。
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「いいなー。父様、また召喚されたんだ?」
「一瞬で還されたが…。にしても、お前の血を飲んで生還した勇者はアレが初じゃないか?
前の勇者でさえ、アレで死んだというのに…」
くすりと『死の夜』は微笑む。
そして魔王の傍へ行き、子供の様に抱きついた。
「今回の勇者は案外『適性』があったのかも…。
それにね、前の勇者は死んだわけじゃないのよ?私、気に入っちゃったから。
彼女はね、深ーい眠りについたの。王子様のキスでも起きないくらいの、深い深淵へと誘われて…。もし目を覚ますとしたら、精神なんて壊れちゃってるよ。
眠り姫の見る夢は、昔から悪夢と決まってるんだから…」
「ならば、目覚めたら迎えを寄越さないとな。確か、新しい器が欲しかったのだろう?」
不敵に笑う魔王とは異なり、『死の夜』は幼子の様な無垢な笑みを浮かべた。
「まぁ、素敵!早速、新しいドレスを繕うわ!
…そうね、次は深淵の様に黒く、血の似合う服が良いわね。
この服は可愛いけど、上品ではないもの。この器もそろそろ飽きたわ。勇者様の好みは何かしらね?」




