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第一話 魔王の出奔


宵の頃。

闇の様に黒い城には、オレンジ色の明かりが灯る。

城の周りには、鬼灯の様な恰好の照明が魔術によって浮かんでいた。

それに引けをを取らない大きな丸い月が煌々と照らしている。

慎ましくも華やかな衣装ドレスを着飾った紳士淑女が、屈強な兵士達が守る表門を潜り、城に吸い込まれて行った。


表門から視線を外すと、近くに設置された仮設の資材置き場に目をやる。


―案の定、雪が物陰から辺りの様子を窺っていた。


軽い目眩を覚えながら、こめかみを押さえると、フレディに問うた。


「今回の夢は、実際に自分が体験しているかの様なリアルさがあったんだよね。思考も言葉も感情も、本当にそう思ってる。

いつもなら、端からだだその光景を傍観しているだけなんだけど…」

「推測ですが…。恐らく、貴方自身が干渉能力を自覚したことが原因ではないでしょうか…?

能力を知る知らないでは、随分違うものですよ…。

今までの予知夢では、聴覚と視覚が自覚していないまま能力を発揮した時の限度だったのでしょうね…。無意識に使うということは、水道の蛇口を半分捻っただけと同じなのです…」


成程、と相づちを打ち、再度辺りの様子を窺う。

そして城の警備に抜かりがないことを確認すると溜め息を吐いた。ぼそりと不満を呟く。


「本当にこんなんで入れるのかな。…暑いし、視界が狭いんだけど」

「我慢して下さいよ…。でなければ、岸辺氏の犠牲が無駄になります…。

あの格好では、一目見て忘れろと言う方が無理ですし…」


そう言って、二人して溜め息を吐いた。


「まぁ、このままじゃ埒が明かない。…行こうか」


挑む様に魔城を見る。

大きな月を背にそびえ立つ城は様になっていた。


木から飛び降り、地面に手をつく。

それに気付いた周囲の目が一気に集まった。素早く門番が駆け寄って来て、剣を構える。しかし、僕の姿を見るや呆れ顔になって剣を降ろした。


「…何だ、熊か」

「オイ、ハチミツ寄…」


寄越せよ、という決まり文句を言おうとしたが、フレディがコットン百パーセントのボディに鳩尾を決めて黙らせる。


「お仕事ご苦労様です。私共、こちらに雇われた臨時雇用員なんですけど…」

「あぁ、はいはい。ご苦労さん。スタッフルームなら城の中庭に設置してあるテントだから」


ご丁寧にどうも、と愛想の良い笑みを浮かべてフレディは門を潜っていく。慌ててその後を追った。


「堂々と表門から入らなくても、裏口から入れば良かったかな」

「向こうは厨房の出入口ですし、高確率であの三人に出くわすでしょう…。

しかし、本当に入れるとは思いませんでした…」


馬鹿ですね…とフレディは呆れて返って溜め息を吐いた。


「―優真様」


暗闇からノワールが息を切らせながら現れた。

突然の来訪者に凍り付く。フレディは浮かべた少し顔が引き攣っていた。


「―優真様、ですわよね?」


ノワールがもう一度僕の名を呼び、そう問う。

僕は苦し紛れの悪あがきを見せた。


「…プレデたんだよ」

「冗談は頭だけにしてもらえます?」


冷静なツッコミが、怪我よりも何よりも痛い。

あまりの精神的ショックに僕は膝から崩れ落ちた。

着ぐるみだから足が曲げられなくて、そのまま地面にのめり込む。


「冗談ですわよ、優真様。そんなに落ち込まないで下さいな」

「結構本気だったと思うのは気のせいかな。…まぁいいか。よく此処だって分かったね」


よっこいせ…と何とか立ち上がって、ノワールに尋ねると、ノワールは不思議そうに首を傾げた。


「貴方の契約者ですから、当然じゃありませんか」


そんな夫を知り尽くした妻の様な台詞をノワールは笑顔で言ってみせる。


「そんなことノーイさん辺りが聞いてたら泣くよ、絶対」

「ですわね…。―だから、私達だけの内緒ですわ」


全てを見通した様に、意地悪な笑みを浮かべてノワールは言う。


「契約者が故に、貴方の思考が手に取る様に分かりましてよ?」

「困ったなぁ。居場所も分かるし、思考も読める。迷惑とか、掛かるよね?向こうも馬鹿じゃないし…」


それはどうでしょう、そんな同音異語をノワールとフレディが口を揃えて言う。溜め息まで吐いた。


「優真様は何か、勘違いされてませんか?」


虚を突かれた様にたじろぐ僕に、ノワールは微笑む。


「知った上で止めに来たとしたら…、どうでしょう?」

「困る」


即答。

だって、それ以外に無いから。


「そうですわよね。あぁ、そんなに訝しがらなくても大丈夫ですわ。何もしませんもの」

「良かった」

「…良かった、ですか。私の思考を読んだ上での発言ですの?それは。

例え、吉田雪が死ぬことになろうと助けはしないと言う意味での『何もしない』ですのよ?寧ろ…、死んじゃえ〜、みたいな心境に限りなく近いですわ」

「それは…笑えないな」


ノワールは何かを諦めた様な、遠い眼差しになって言う。


「――好きですか?」


空白が生じた。沈黙というより、空白。

今度は僕が溜め息を吐く番だった。


「好きだよ、二人とも」


ノワールは微笑んだ。

困った様にも、安堵した様にも僕には見えた。

勿論、全て気のせいかもしれない。


「意地悪ですのね、優真様は」

「ノワールだって意地悪じゃないか」

「それが『死の夜』の性分でしてよ?」

「そうかな?」


首を傾げる僕に、くすりとノワールは笑った。

くるりと振り返って、透き通った目で見つめる。


「見送りにきましてよ。

きっと、お別れなんて言う間もありませんから。皆様には私が説得しておきますわ」

「…ありがとう。んじゃ、行ってきます」

「えぇ、行ってらっしゃい」

「案外、すぐ帰るかもしれませんがね…」


いつもの口調でフレディが横槍を挟んだ。


「優真様、これからどうなさるおつもりで?」


ふと思いついた様に、ノワールが尋ねる。


「そうだなぁ…。取り合えず、ボーイにでも紛れて、機を待つとするよ」

「そのなりで?」

「駄目かな?」

「些か、無理がありますわよ。どうせバレるんです。大人しく影に隠れていればよろしいのでは?」


それもそうだね、と素直に同意した。


「ああ、そうだ」

「?」

「その衣装、とっても似合ってるよ。可愛い」


にっこり笑って、それだけ言うと、影に身を投じる。


誰もいなくなった裏庭に、ノワールは一人、惚けていた。夜風が彼女の火照った頬を冷ましていく。


「もう…。てっきり、スルーされると思いましたわ。本当に意地悪ですのね、優真様…」


袖や胸元の白のレースは金糸で縁取られ、黒のベルベットのドレスには赤いルビーのネックレスが揺れる。


「姫様、また一人でこんな所に。…どうかされましたか?」


ノワールの姿が見えなくなったことを心配したノーイが息を切らしながら走ってきた。

ノワールは顔の火照りを見られないよう、ノーイから顔を背けて小さく溜め息を吐く。


「貴方は、本当に乙女心が分かっていませんわね」


訳も分からずノーイは首を傾げて、素直にすみませんと謝った。


****


「若輩者ですが、新たな王として精進して参ります」


―かくして、新たな王の演説が始まった。

照明は王に注がれ、辺りは薄暗くなる。

数人のボーイ達は客の間をすり抜け、空いたグラスを回収して回り、招待された国民達は王の演説に耳を傾けた。


「うぅ…。ノワールは途中からいなくなっちゃうし、岸辺君は来ないし。ううん、来れないんだっけ」


雪は辺りを見回し重々しい溜め息を吐くと、オレンジジュースが注がれたグラスを手に取り、一気に飲み干した。

空になったグラスを片手にハンドバッグの留め金を外すと、携帯を取り出し操作する。

受信BOXを開き、何十回と目を通した本文に目を通した。


「はぁ…。何度見たって、内容は変わらないのに。

も〜、突然ノワールは何処か行っちゃうし、岸辺君は来れないし、皆は働いてるし…」


水色と白のコントラストのドレスを摘み、セットされた髪を触る。

貸衣装だが、来賓に劣らず手間の掛かったドレスだ。


―褒めてほしいって言うわけじゃないけど、久々に着飾ったのだから、見てほしかったのに。

しかし、装飾面でどうしても見劣りしてしまうのだ。

雪は手持ちの何の装飾も施されていない金のブレスネットとネックレスに、鏝で巻いて下ろした黒髪から覗く、花の形に加工してある小さなサファイアの耳飾りだけである。

母の形見と肌身離さず持ち歩き、こうした公の場で付けるのは今回が初めてだった。

化粧は薄めで上品に仕上げたのだが、来賓にはどの面においても劣る。


―うぅ…。やっぱり、皆来なくて正解かも…。明らかに浮いてるよね、私。


小さく溜め息を吐くと、ちらりとテーブルに置かれた豪華かつ豪勢な食事の数々を見る。

暫く彼女は思い悩んだ後、それを払拭する様に拳を握った。



「こうなったら、自棄よ、自棄ッ!食べて忘れましょ」


そう意気込んで、皿に豪快に料理を盛り付けるとフォークを突き立てた時だ。


再び演説台にゼリアが立って、注意を引くように手を叩く。周囲の目がゼリアに注がれた。

雪も一人で話も聞かず食べているわけには行かなかったので、仕方なくゼリアに視線を寄越す。


「…皆様。今宵の宴もそろそろ終いとさせていただきたく、最後に重大なお知らせを皆様にお聞かせしたく存じます」


あぁ、そうだ。

新しい勇者の。それが目的で来たんだった。


そうぼんやりと雪は思う。

ゼリアは何のつもりで私を呼んだのだろう?


「この国に」誰かがカーテンの向こうから現れる。


「新たな勇者が」


現れたのは、小さな男の子だった。口元に笑みを浮かべたままゼリアの隣に黙って立つ。


「誕生しました」


周囲の好奇な視線が、王からその隣に立つ小さな勇者に注がれる。


「一国に勇者が二人…。何故だと思われますか?」


話の風向きが変わる。

背中がぞくりと凍る様な薄気味悪さを雪は感じた。


「―残念なことに、ある勇者は魔王の手により堕落しました。彼女は今、そうなったが故に『勇者』の力を失っているのです」


ゼリアはそう言うなり、冷たい眼差しで雪を見た。つられて周囲の視線も雪に移る。


「哀れな勇者を、救済しようではありませんか。彼女に非はありません。…悪いのは全て『魔王』なのですから」


ゼリアは隣に立つ狂気を瞳に秘めた勇者を見た。勇者は先程からずっと雪を見ている。

まるで、新しい玩具に目を輝かせる子供の様だ。


そして、彼は軽く地を蹴り跳躍し、私の前に降り立った。


「――ごめんね、雪ちゃん」


その目が、口調が優真君にとてもよく似ていて、彼の名を呼ぼうと口が開く。

それを遮る様に勇者の持っていたナイフの刃が銀色の軌道を描いて首を薙いだ。


どさっと、首が跳ね飛んで床に転がる。


誰もが目を瞑ったり腰を抜かし、最悪の状況を空想した。


「ふぅ〜…、間一髪かな?」


その一言で、彼等の空想は空想で終わった。

いつの間にか、雪と勇者の間に着ぐるみを着た魔王がボーイが持っていた銀色のお盆で防ぐように立っている。手に持つお盆は斜め半分に断ち切られていた。


体勢はナイフで断ち切った時の姿勢のまま、勇者は視線だけ跳ね飛んでいった熊の首に向け、戻す。

勇者はナイフを構えると、恍惚に近い嬉々とした表情を浮かべた。


……………………………。

…………………………。


「貴方があの(留年で有名な)田中優真ですか?

(なんだ、聞いてたより小さくないですね)僕、三嘉校三年、東裕也です。(同学年ですけど、一応)敬意を表して田中先輩とお呼びしますね」


ナイフを構えて戦闘体勢を一向に崩さないそいつは、嬉々とした表情を崩さずに自己紹介を始めた。

そんな言葉の節々に呟かれた嫌味に呆れを通り越して感嘆する。


「はぁ…。なんか、フレディみたいな奴が来たね。つか、内面そっくりそのままお前だな」


後ろに控えているフレディに皮肉っぽく言ってやるとフレディは心外だと言わんばかりに答える。


「失敬な…。彼は根っからのサディストの様ですが、私は蔑ろにするのは影の王だけですよ…」

「失敬なのはお前だよ。何さらりととんでもないこと暴露してるの」


溜め息を一つ。

実際、髪の色や身長に差異はあるものの、雰囲気や顔付き、その思考も何処となく似ている。

僕を蔑ろにするところとか、僕を蔑ろにするところとか。


恐らく、これもまた早苗ちゃん…いや、フィートと同じ現象。つまり、『バグ』によるものだ。

この生意気な後輩君がミケガサキに来ても、ミケガサキ版後輩君であるフレディは消滅していない。


思い耽るその隙を狙って、慇懃無礼な後輩君は素早くナイフを腰だめに構えると地を蹴って突進する。

正直、至近距離でその一撃は避けようがない。

現状を認知するより早く、反射的に膝を肩幅に曲げ体勢を低くし、突っ込んできたナイフを握る利き手の手首を掴むと引き寄せる。

勿論、相手はその予期せぬ行動に体勢を崩す訳で。

そのまま倒れ込んで来る後輩君の鳩尾にアッパーを決め込んだ。


ぽすんっ…とショボい音が小さく鳴る。


「いっ…」

「あの〜、田中先輩?」

「いったぁぁぁぁぁっ!」


骨がミシッて!

細胞が謀反起こしてるよ!今なら豆腐の角にぶつかって死ねる気がする!


飛び上がった挙げ句、バランスを崩して床を転げ回る僕に、フレディが前に立ちはだかり…。


――蹴った。


実に無慈悲な一撃である。


「いぎゃーーーーっ!」

「あっ、すみません、影の王…。サッカーボールみたいに踏んで止めるつもりだったんですけど、つい…」

「どちらにしても、殺す気か!?」冗談じゃない。あんな見た目からして革張りに見えるけど剛金並に固い靴で踏まれたら、ただでさえ脆くなってる骨が粉砕する。


「まさか…。死ぬ気なのは貴方の方でしょう…?

あの一撃、着ぐるみじゃなきゃ気絶させられたでしょうが、あれじゃ、綿が全ての打撃ダメージを吸収して敵は無傷、今の貴方には打撃の反動ダメージが付与される結果を招くだけですよ…」

「そういう大事なことは早く言ってくれ。出来れば事を起こす前に」


くそ…、盲点だった。

クッション代わりに衝撃を吸収するだと…?万能じゃないか…。恐るべし…。侮るべからず、綿っ!


やれやれと言わんばかりのフレディを尻目に、僕は軋む体を何とか動かして着ぐるみから羽化する。側にあったテーブルを支えに立ち上がった。

演説台に立っていたミケガサキ国王ゼリアことゼリーさんと目が合う。

大勢の来賓の前にも関わらず、かつて見たことの無い仏頂面を浮かべていた。

おもむろに拳銃を取り出すと、挨拶代わりに一発発砲する。


「うわっ!ちょっと…」


すかさずフレディが前に出て鎌で魔弾を立つ。


「…何故、此処に居る?」

順序、逆じゃね?

この人は本当に頭良いのかと疑問に思ってしまう。

それを顔に出さないよう努め、平然と答えた。


「勿論、雪ちゃん殺害の阻止に。…そこの、後輩君にも会っておきたかったし。あと、一報入れようかと、こうして馳せ参じたまでだよ」

「ほぅ…。わざわざ死にに来たか。そんな体で一体何が出来るというのか」


眉を寄せてゼリーさんは僕を見下す。


「やろうと思えば何でも出来るさ。…因みに、雪ちゃんが力を失っているのは一時的なもので、本人の自信喪失が原因じゃないかな。何にせよ、失った訳じゃなく、抑制しているだけだ。

―あと、『式典』はもう開かない方が良い。『勇者』はこれから何人と、上限も無く現れるのだから。

まぁ、そんな訳で僕も暫くは姿を眩まそうとかと思ってね」


視線を外し、ぼりぼりと頭を掻く。包帯によって蒸れた頭皮が微妙に痒い。


「…それを許すと思ったか?」


ゼリーさんの口調に怒気が篭る。カチャリと魔弾が装填された。

今度は僕が奴を見下す。


国王おまえ如きに捕まるか、馬鹿」


その一言に、短い発砲音が数発響くと同時に照明が落ちた。

周囲は完全にパニックに陥り、怒号や悲鳴が上がる。


そんな中、かの勇者だけは猫の様にじっと暗闇の中を見つめていた。

空気は張り詰めているが、こういうのも悪くない。

互いに笑みを浮かべ、二つの視線が交わる。


「影の王、行きますよ…」

「あぁ、分かってる」


フレディに先を促され、視線を外さぬまま、闇に溶ける様にして姿を消した。

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