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第二十九話 不可能な選択


闇市の入り口は、ぽっかりと底無しの大口を開けて待ち構えていた。

辺りの瓦礫が白いせいもあり、それはより一層顕著なものとなる。一度入ったら二度と出られないような…そう、魔窟だ。


ふと、チビ達の事が頭を過ぎった。こんなことになってあいつ等は大丈夫だろうか。

今はまだ面倒を見る暇はないが、彼等には今安心させてくれる人がいないのだ。孤児の中では最年長のリーナやキーナは不在。

俺も此処で世話になってまだ一ヶ月と経たないが、あの二人の存在がどれ程チビ達に安心感を与えていたかよく分かっている。二人の存在が子供達を支えていたのは確かなことだった。


「しかし、こうも白黒だと気が狂いそうになるな…。いつからだか知らねぇが、音も聞こえなくなってる。ホントに大丈夫なのか?元に戻るんだろうな」


闇市の細い路地を通って奥へと進む。相変わらず、路地の壁には横たわる老人やら浮浪者がもたれ掛かったり、地面に寝転んでいた。踏まない様注意を払いながら辺りの様子を確認する。此処は闇市。しかもこんな状況となれば何が起こってもおかしくない。いつもは寝転んでいるこいつらが、金銭目当てで襲って来ても不思議じゃないだろう。


「そんなの私が知るわけないじゃない〜。まぁ、主様がこっちに具現している以上、当然と言えば当然の結果よねぇ。主様を軸に『歪み』が生じてるのよ。簡単に言えば死にかけてるの。病原菌に例えると分かりやすいかしら」

「それ、大丈夫って言えるのか?」

「知らないってば。まぁ、唯の例えだから安心なさいな。世界に死はないもの。…本当の事を言えば、主様はこっちに干渉しちゃ駄目なのよ。主様はこの世界の裏側…言わば、影の世界の住民だもの」

「ってことは、こっちの世界にもその、主様みたいなのがいるのか?」


俺の問いにヴァルベルは驚いた様に目を見張った。

案外、鋭いじゃないと感嘆の声を上げる。


「じゃないと均衡が取れないわよ。勇者一人がいても倒す相手がいなけりゃ無意味でしょ?それと同じね」

「でも、魔王一人がいるなら、ある意味成り立つぜ?」

「そんな面白味のない世界、つまらないじゃない。早々ボケるわ〜」


ヴァルベルの意見に、俺も同意の頷きを返す。

ゲームで言えば、最強になり過ぎて倒す相手がいないようなものだ。確かにつまらない。


「でも、最初はそうだったわね〜。だから、一度『リセット』されたの」


淡々とヴァルベルは言う。俺は慌てて足元を見る。


「した、じゃなくて?」

「えぇ。何にせよ、つまらないじゃない。やることも無いし。だから異論は無かったわ。まぁ、あったとしても口を挟む暇も無かったし」

「…つまりは、奇襲?」

「そうなるかしらね。でも結果オーライよ。住み処は狭まったけど文句はないわ」


寛大過ぎるぞ、お前等の精神。


「本当に良いのかよ」

「おかげでこんなに面白い世界になったじゃない。坊や達人間は増え続けるし堕としがいがあるわ」

「止めれ」

「新しい見世物も出来たし、何より今回もそれに干渉出来る権限まで手に入れたわ。でも、結果が一定なのはつまらないわね。まぁ、人間同士の醜い争いのやり取りくらいかしら、本当に楽しいのは」


見世物とは、勇者と魔王のことだろうか。こいつ等にとって、彼等の命懸けの戦いも全て唯の見世物。

そう思うと何だか複雑な気分になった。

そんな俺の心情も知らず、ヴァルベルは喋り続ける。


「でも、一人くらい世界を滅ぼしてくれても良いわよね。あぁ、でも結果としては私達の二の舞ね。でも、一人くらい世界を滅ぼしてくれても良いのに」

「別に、お前等を楽しませる為のルールじゃねぇんだぞ」

「えぇ、勿論よ。そんなに偉くないわ、私達。でも、こうなった以上、楽しまないと損でしょ?けど、いつかは飽きがくるわよね。というか、こうも同じ結果だと飽きるわ」

「……っ。お前なっ!」

「だからね、主様は今回、満足してるのよ。何故なら同じ結果にはならないから」


ヴァルベルの言わんとする事を理解し、即座に否定する。


「田中が世界を滅ぼすと思ってるのか?あいつはそんな奴じゃねぇ。現に、今だってミケガサキの為に戦ってるんだし…」

「えぇ、そうね。確かにそう。だから、世界を滅ぼすという結末は望めないかもしれないわ」


でも、それでも同じ結果にはならないわとヴァルベルは嬉しそうに笑う。


「だってあの子は、ルールを変えたんですもの。覆しちゃったのよ、世界の法則を」


覆すって、奴は一体何をどう変えたと言うのだろう。つか、そんな簡単に変えてしまって大丈夫なのか?


「…世界の運命は、あの子の気分次第でいくらでも変わるわね」

「尚悪いわっ!」


あら。と意外そうにヴァルベルは言う。明らかに俺の言葉の続きを待っていた。


「何を仕出かすか分かったもんじゃねぇぞ。街の外に出れば変なモンスターが蔓延ってるかもしれねぇし、モンスターを倒せば金が手に入るかもしれない。モンスターを倒すたび、経験値とかいうのが表示されて、レベルアップしてしまうかもしれない。……良いな。寧ろ良い。凄く良い」

「まぁ、出来なくもないでしょうね。どうでも良いけど、さっさと仮想現実から戻ってきなさいよ〜」


そんなこんな言っている内に、いつの間にか仮住まいに着いていた。

物音はしない。当然か、音が無いのだから。しかし、声くらい聞こえても良いだろう。もしかしたら、奥で泣いているのかもしれないな。

立て付けの悪いドアを一旦外し、中に入る。やはり声は聞こえて来ない。寝ているのだろうか。


「おーい、チビ共ー。いるかー?」

「…きし兄?」


きし兄?きし兄ちゃんだ、きし兄ちゃんが還ってきたと、屋根裏部屋へと続く腐りかけた梯子から半ベソをかいたチビ達がわらわらと降りて周りを囲んだ。

聞けば、辺りが突然真っ暗になったから怖くて皆で集まって毛布を被っていたのだと言う。

まぁ、実際は辺りが暗くなったわけではなく、色が失われたのだが。何せ、このボロ屋には鏡が無い。辺りは黒く、視界が悪い上に、こいつらはまだ幼い。

そうは思っても、説明の仕様が無いので黙っておく。


「おうおう、皆無事か?」

「うん、大丈夫だよ」

「キーナ姉ちゃん達は?雪ちゃんは来てないの?」

「あと、田中…」


おいおい、目上の人を敬えと言おうとしたが、田中なので仕方が無いと放っておく。

年下相手にこの扱いだ。明らかに付け足されてたぞ、お前。


「…田中は、田中なんだな?あいつ、一応魔王なんだぜ?」


「「「うっそだぁ!」」」


三人は同時に叫んで、口々に言う。


「すげー弱そう。俺達にイジメられて雪ちゃんに助け求めてたぜ?」


イジメたのか。


「僕達と同じくらい細いし」


流石の田中も、お前等よりは太いぞ。


「チビだし…」


身長はお前等より勝ってるがな。


「「「馬鹿そうっ!」」」


純粋無垢な子供の口から放たれる毒素に、脱力する。そして頭を抱えた。

最後についてはフォローの仕様が無い。確かに、馬鹿だ。


田中、一体お前何をした?年下にボロクソ言われてるぞ。

とにもかくにも、元気そうだと安堵の息を漏らす。


「…良いか、お前等。よく聞けよ。俺はちょっと急な用事があってな。此処に戻って来るのは多分時間が掛かると思う。それまで大人しく待っとけよ?」

「きし兄、絶対戻って来るよな?」

「おう」

「キーナ姉ちゃん達も戻って来るよね?」

「当然だ」

「友達、また来てくれる?」

「あたりめーよ。田中も連れて来てやるから、好きなだけボコれ」


喜ぶ三人に見送られながら家を後にする。するとそこには、呆れ顔のヴァルベルが立っていた。


「坊やねぇ、叶いもしない約束するもんじゃないわよ〜。男が廃るわ〜」


それについては言及せず、ヴァルベルに問う。


「つぅか、お前。いつからいなくなってたんだよ」

「貴方がこの家のドアを外した時ね。用が済んだならさっさと戻るわよ」

「も、戻るって何処にだよ!?」

「武器なら私が仕入れておいたから安心なさいな。今は移動する時間も惜しいわ」


早口にそう言って、ヴァルベルは指を鳴らす。

パキンッ…と乾いた音が鳴ったかと思うと、影が押し寄せてきた。

抵抗も空しく、あっという間に飲み込まれてしまう。


辺りは冷たく真っ暗だ。

ヴァルベルに手を引っ張られながら暗い海を漂う。

此処が主様とかいう奴の統治する世界なのだろうか。


「此処は入口ね。此処より最も深い場所こそが私達の居場所なのよ。…もう着くわ。さぁ、行くわよ」


影から顔を出す。プールサイドに上がるかの様にはい出た。


「…き、岸辺君っ!?」


顔を上げると、驚いた顔の雪がいる。大剣を構え、数十人と対峙していた。

どうやら、とんでもない場所に出てしまったらしい。


「はいはい、一旦休止〜。アンタ達、武器はいかがかしら?」


ヴァルベルが手を叩いて、スカートの裾を持ち上げるとバラバラと見たことも無い形の武器が落ちる。

敵の兵からどよめきが上がった。


「アンタ、どっちの味方だ…?」

「あら、『商人』はどちらの味方でもないわ。でも、今回はちょっとばかし協力してほしいのよ。武器はタダであげるから」


はぁ!?と抗議の声を上げようとしたが、素早くヴァルベルに足を踏まれた。


「いづっ…!」

「一体、何を企んでいる?」

「別に〜。貴方達、ラグド兵よね?魔王の首に興味無い?」

「「「はぁっ!?」」」


俺とラグド兵達が一斉に同じ言葉を発した。

ヴァルベルは俺を睨んで黙らせると、兵達に武器を蹴り飛ばした。ラグド兵達は恐る恐るといった風に武器を手に取る。


「おい、正気かよ…?」

「当たり前よ。事態を何も知らない坊やは黙ってなさい」

「もしかして、田中に何かあったのか?」


ヴァルベルは答えなかったが、それは肯定を示している。

俺は、同じくまだ事態を把握してない雪と目を見合わせた。


「ちょーっとばかし、呑まれてるのよね〜。陽ちゃんじゃないけど、ほぼ征圧してると言っても過言じゃないわよ。今は陽ちゃんが抑えてくれてるけど、あのままじゃマズイわね」

「それは、仮に俺達が田中を攻撃して、収まる問題なのか?」

「収まる、じゃなくて収める問題よ。手傷を負えば、主様の中に溜まったエネルギーが治癒の方に変換される。今回は干渉能力が仇となったわね」

「それは何でですか?」


雪がヴァルベルに問う。ヴァルベルは雪を一瞥すると淡々と答えた。


「干渉能力によって、自分とは別の意思が千人頭の中でひしめき合っているの。自分もその存在に気付いているし、向こうもそれが分かってるから乗っ取ろうと必死なわけ。貴女が今、とても疲れていたとしましょう。頭の中がみっしりと詰まり、耳元では千人の怒号や悲鳴が叫ばれている…。貴女は堪えられる?発狂するでしょうね。千人の内、たった一人にでも気を許せば、精神が殺されるわ」


ヴァルベルはヒールの高い靴で地面、正確には影を軽く叩いた。蟻地獄に堕ちる様にして地面に散らばった武器が影に吸い込まれ、代わりに小さな蝙蝠が二羽出て来る。マスコット人形の様なデフォルメされた蝙蝠だった。


「アンタ達、この大量の武器を兵達にばらまいてちょうだい。一斉に攻撃するわよ。…後は、前に言った事を実行して」


ギェーと悲鳴なのか了承の雄叫びなのかは知らないが…いや、そもそも蝙蝠は鳴かない気がするが、恐らくは前者の悲鳴だろう。

慌ただしく羽をぱたつかせると、影の中に入って行った。

「ヴァルベル、俺らはどうすれば?」

「好きになさい。行きたいなら止めはしないわ。でもね、きっと後悔する。

…友達が目の前で何度も殺されるその光景を見て、坊やは正気を保てるかしら?」

「そ、それは…」


無理だ。


「無理で良いのよ。平気だったなら坊や達の神経を疑うわ。坊や達はそれで良いの」胸の内を見透かした様に平然とヴァルベルは言った。俺は視線を落とす。


「坊や達は良くやったわ。ただ、今回は出る幕では無いというだけよ。まぁ、そう気を落とさないでって〜」

「私は…、私は、何もしてません…」

「俺だって何もしてねぇよ」


軽快に笑っていたヴァルベルだったが、俺らのこの発言にボソッと、


辛気臭いガキ共ね…っと、忌ま忌ましそうに呟く。そして呆れた顔で言うのだ。


「あのね、坊や達。何しに此処に来たの?友人が心配で、わざわざ戻れないかもしれない危険を冒してまで此処に来たんでしょ。

何もしてないなんて嘘よ。坊や達は、たかが一人の友人為に此処ミケガサキまで来た。

…それだけで、もう十分だわ。十分過ぎてお釣りが出ちゃうくらいにね」


ぽんぽんとヴァルベルが俺等の頭を軽く叩く。


「だ・か・ら、次は主様が頑張る番なの。そこまでしてくれた友人達に報いる為にね。

歯痒いかもしれないけど、今は信じて待ちなさいよ?」

「あぁ…。大丈夫だよな?」


俺の問いに、ヴァルベルは少し表情を曇らせた。質問には答えず、未だに真っ黒な空を見上げる。

そして、静かに笑う。


「きっと大丈夫よ。信じましょう」


現状を知らない俺等は、その答えにただ頷くしかなかった。

更新遅くなりました、すみません。今回の『五ヶ国領土侵略編』、一応あと二話で終了予定で、次の章に突入させるつもりです!

拙い文ですが、今後ともご愛読していただけたら幸いです。

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