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第二十七話 虚構の作為


「ダグラス隊長」

「はぁ…。トーズか。これはハズレだ」

「ハズレ?あっ…」


今だ良好とは言えぬ視界の中、斧が突き刺さった首を見てみれば、次の瞬間に小さな爆発が巻き起こった。白煙が当たりを包む。


ビョンっと勢いよく何かが飛び出た。そして左右に揺れる。


「道化師…」


それは、バネ仕掛けのピエロの首だった。まるで生きているかの様に、左右に揺れながらピエロは喋る。


『ばぁーか、ばぁーか!ハズレ、ハズレ!』


そして。


『死ねッ』


本日一番大きな大爆発が起きたのだった。


****


「うわわわわっ!な、何?地震?」


屋上へと続く薄暗い階段を上がって行く途中、城が小刻みに揺れた。

慌てて壁にしがみつく。

災厄が来てしまったのかと少し焦った。

次の瞬間、揺れの弾みでポケットから何かが滑り落ちた。

カンッ、カンッ…っと階段を落ちていく。


「あれ、ポケットに何か入れてたっけな…」


頭を掻き、壁にしがみつきながら階段を降るが、さらに一際大きな揺れが来た。


「うわわ…っとぉぉぉぉっぉ、お、お…落ちる!」


お決まりの展開というのだろうか。僕は見事にバランスを崩した。

この階段、結構あるんだよなぁ。死ぬかも。


「まぁ、良いか」

「いやいや、良くないから」


ぽんっと背中に手が添えられた。崩れ掛かった本を本立てが支えるが如く、僕の体は斜めの状態でその場に留まったのである。

目を開ければ、陽一郎さんが立っていた。

そのまま片手で軽々と元の体勢へと戻される。


「危なかった…。ありがとう、陽一郎さん。助かったよ。あぁ、そうだ。箱見なかった?ポケットに入るくらいの小さな箱。さっきの揺れの弾みで落としちゃって」


いえいえと笑いながら陽一郎さんは僕を見る。


「あの箱はね、一種の空間転移装置なんだ。使い捨てのね。万が一の時の為に、一つ優真君のポケットに忍ばせておいたんだよ。

まぁ、そうは言っても、どの箱に転移されるかはランダムに決められるから、今回は運が良かったかな」


良かったねと、陽一郎さんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

しかし、今はそう悠長にしている暇は無い。


女神様によれば、もう直ぐ大規模な災厄が世界を終わらせてしまうのだ。

それが何かは知らないが、今の状況から言えば、三ヶ国による攻撃によるものと仮定した方が良いのかもしれない。

魔術に秀でた国と、武術に秀でた国が攻めてきているのだ。仮に、ミケガサキやミリュニスが乗っ取られた暁には、互いに更なる領土を求めての共食いも大いに有り得る。

マフィネスはどうか知らないが、その二ヵ国の衝突による被害は全滅に等しい結果を伴うと言っても過言ではないだろう。


「陽一郎さん、今のミケガサキの国内状況って…」


どうなっているのかと問おうとした時、またもや激しい揺れに見舞われた。

しかし、何かが衝突したという物理的な揺れではないし、単なる地震という訳でもない。

上手く言葉に表せないが、空気が振動し、膨張する様な…空気自らが軋んで悲鳴を上げている感じ。


そして、僕はこの感覚に覚えがあった。


「…急ごう。陽一郎さん、一つ頼んで良いかな?」


何かにとり憑かれたかの様な僕の覇気のない言葉や態度を義父がどう思い、受け取ったかは分からない。

ただ僕の表情に並々ならぬものを感じとったのか、神妙に頷くと僕に続いて階段を上がった。


****


「はぁっ!」

「くっ…。大人しく捕まっていれば良いものを…」


城から少し離れた場所で爆発が起きた。黒い煙が上がる。結構大きな爆発で、城がぐらりと揺れた。


その隙にアンナさんが変態の束縛を解き、ナイフを弾き飛ばすと、手を捻り上げる。変態は顔を痛みと屈辱に、くしゃりと歪ませた。


「…まさかと思うが、もうすぐそこまで攻めてきてるんじゃないだろうな」


俺の呟きに、赤毛さんは律儀に反応し首を振った。


「いや、それはない。騎士団の皆が食い止めているはずだし、ノーイやノワールが城周辺に幻術を施しているからそう簡単には攻め込まれないだろう」


「…さて、それはどうでしょうかね」


赤毛さんの返答に、変態は嘲笑を浮かべる。


「人は無理でしょうが、他なら可能ですからね…」


急に城壁の影が伸びる。そして、それは形を成して浮かび上がった。


「死霊…」


たった一言変態が呟く。

死霊ということは、つまり幽霊なのか。

そいつは、俺が思っている様な幽霊ではなく、幽霊と死神を足して二で割った様な外見である。影から出て来たというだけでちゃんと人型の実体を持っていた。しかし、やはり彼は幽霊なのだ。フードから零れる白髪から覗く肌や黒衣から覗く顔や腕に血の気はなく、目を背けたくなるほど青白い。触れれば、きっと冷たいのだろう。

ほんの一瞬、残像の様に冷たくなった早苗の姿が思い起こされた。頭を振って残像を追い出す。

そうしていると、雪が袖を引っ張った。


「あの、岸辺君。何が起きてるのかな?そこに誰かいるの?」

「雪には見えてないのか?何か、死霊とかいう奴がいるんだ」


死霊は俺達を一瞥すると、変態への元へと歩み寄る。そして、腕一本分の距離まで寄ると、ボロボロの黒衣から何かを取り出した。


変態の目の色が変わる。

金髪さんの拘束を、子供とは思えない様な力で振りほどこうともがく。

死霊が取り出したのは、博物館に展示されている様な見事な装飾品五点だった。施された装飾は実に見事なものだが、そんな装飾に負けず劣らず存在感を示している一際大きな宝石に目が行く。

ガーネット…いや、ルビーだろうか。色は血潮の様に赤く、見る者を虜にするような魔性を放っている様に思えてならない。

視界の端、物影で姉の看病に励んでいるフィートも、息をすることも忘れて見入っている様だ。


「…交渉の手間が省けました。それは我々の者だ!返せっ!」


変態が声を荒げ、吠えた。


「それは、我が国の、国王夫妻様の遺品だ!さぁ、返せっ!」

「嫌ですね…。我が主、影の王のご命令ですから…」


なら、何故見せたのか。

この死霊、聡明な顔立ちをしているのだが、ぼーっとしているので一体何を考えているのか分からない。

第一、見方なのだろうか。


「フレディ、優真は一緒じゃないのか?」

「フレ…!?」


死霊のフレディは、俺の反応にやれやれと言わんばかりの盛大な溜め息を吐く。


「初めまして、我が主のご友人…。とは言っても、既に会ったことはあるのですがね…」

「そ、そうなのか?それは悪い。岸辺太郎だ、改めてよろしく頼む」

「まぁ、社交辞令として名乗っておきましょうか…。私、フレディと申します…」


フレディはもう一度溜め息を吐く。そして、変態を見据えた。


「ざっと国内を見てきましたが、あなた国の民の姿が見えませんでした…。一体何を企んでいるのです…?貴方にとっては、復讐こそ全て。他力本願で終わらせるはずがない…」

「さぁ?そう焦らずとも直に来ますよ。あぁ、一つ訂正させて下さい。『貴方にとっては』と君は言いましたが、それは大きな間違いだ。復讐は我々マフィネス王国国民の悲願です」


今度は変態がフレディを見据えた。

フレディは、ほぅ…と呟くと興味が逸れたのか黙ってしまう。


「だからって…」


屋上の入口の方から声がした。見れば、田中が貧血なのか青い顔で肩で息をしながら立っている。余程急いで来たのか、汗だくだ。


「何も、全員巻き込むことはないだろうに…」

「女神だけを殺せと?罪の無い国民は巻き込むなと言うのですか?」


変態の答えに、田中はゆるゆると力無く首を振る。


「僕が言っているのは、君達の事だよ」


田中の答えに、変態は不快な表情を浮かべて黙る。


「マフィネス王国の王妃様は子宝に恵まれる事はなかった。…何故なら、彼女は子を身篭れない体だったから。君達は、国王様と第一王妃様でない王妃様…もしくは、その内縁の子だろう」

「なっ…。アリかよ、そんなの」

「異例措置だが、マフィネス王国は一夫多妻制をとっている。寿命が短命の上、そう体の強い種族ではないらしい」


アンナさんが感慨深そうに答えた。いつの間にか変態の拘束を解いてしまっているが、変態は反撃する様子も逃げ出す様子もない。

田中はもう一度先程の言葉を呟く。


「だからって、いくら何でも、心中はないだろう」


話についていけない。田中は何を言っているんだ。

心中?誰が?変態がか?


「もう手遅れですよ」


変態の一言を無視し、田中は話を続けた。


「その歳で一国を担うというのはやはり君にとって重荷だったんだね。だから君は『リーナ』を生み出した」

「田中、冗談は止せよ。逆だ、逆。リーナがこいつを生み出したんだろ?」

「違わないよ、岸辺。確かに、常に表に出ていたのは『リーナ』だったからね。そう思うのも無理はないよ。でも違う。

この人の名前は、リプテン・ド・マフィネス王子。勝手ながらにリプテン王子と呼ぼうか。たまたま女の子の体を生まれ持って来ただけの、れっきとした男性だ」


淡々と語る田中に、変態…いや、リプテン王子は舌を巻いた。

確かに、彼に限らず皆が知らない事実をこうもよく知ってるものだと感心する。まるで当事者の様な口ぶりだ。一体何処で知ったのだろう。キーナにでも聞いたのか。いや、キーナがそんな大事なこと漏らすはずがない。

そもそも、田中はこんなにも饒舌だっただろうか。

いや、確かに田中にも田中なりの意見があるが、奴がそれを公の場で公表することはなかった。ただ、誰かの意見にそれを付け足す様な、縁の下の力持ちだったはず。


答えは実に簡単で、田中は田中なりに成長しているという結論なんだ。

環境の変化というやつも大いにあるだろうが、田中自身が変わろうという意思を今此処で示している。


何だか、少し淋しい様な、誇らしい様な気がする。

陽一郎さんじゃないが、これが親の心境というやつなんだろう。


「まぁ、『リーナ』が生まれたのは女性の体を生まれ持ったことも影響しているのかもしれないけど。

そう生まれた君だが、やはり男性であることは変わり無いし、周囲も既知のことだったと思う。既知だったが、親や国民はそれを快く思っていなかった。

マフィネスが亡国になり、姉である以前に、女性であるキーナが王座を継ぐことになると、君は影武者にななった。しかし今度は君がそれを快く思わなかったのだろう」


待て、田中。矛盾してる。お前はさっき自分で、荷が重過ぎたから『リーナ』を生み出したと言ってたじゃないか。


視線で田中に訴える。しかし、こっちの事など最初からいなかったかのように少しも見ていなかった。


「本来、国政を行うのは王位継承者…つまり、キーナであるはずが、男性である君にその役目が回ってきた」


「意識的男女差別…ジェンダーってやつか?」

「その、じぇん何とかっていうのは?」


赤毛さんが首を傾げながら問う。


「何て言うか、女は家事、男は仕事みたいな社会意識っていうのか?男性だからこう、女性だからこうって無意識に性別がそうだからって決め付けている様なことを言ったような気がする…」


俺の答えに、赤毛さんは納得した様に頷く。

正直なところ、俺はよく分かってない。保健の授業などいつも居眠りの連続で、まともに聞いた試しがないからだ。


「まぁ、岸辺の言った通りかな。別に良し悪しではないんだけど。

とにかく、リプテン王子が政治を行う事になった。しかし、唯の政治じゃない。何たって、彼が政治を行う時、マフィネス王国は既に亡国とされていたからね。だから、怒り狂う国民達をどうにか先導しなければならない。怒り狂う彼等の前では復讐以外の如何なる意見も聞く耳を持たなかっただろう。しかし、例え復讐を決め込んだところで良い案は浮かばない。当然、国民には早くしろだの何だのと非難の浴びるだろうし、意見したところで却下されただろう。だが、そうもたもたしてもいられない。何故なら、もっと民を上手く纏めるリーダーが民衆の間で生まれてしまうからね。生き残った王家としての誇りプライドや自尊心…。だが、自分が政治に不向きなのは重々承知しているだろう。様々な事がのしかかり、君は精神的に追い詰められた。

結果、第二の人格を作り、事態から目を背ける逃避に走ったんだ」


故意に作れるものではないけど、それくらい君は追い詰められていたと田中は呟く。


「新しく生まれた第二の人格『リーナ』は、あくまで影武者だった。それに争いを好まない至って温和な性格だしね。

そんな不甲斐ない王に政治は任せられないと立ち上がったのがキーナだ。もしくは、民衆の支持があったのかもしれない。

今回の事は、キーナとリーダー格の国民代表考案の事で、それを知った『リーナ』は僕等に助けを求めた。しかし、慕っていた実の姉に激しく糾弾された『リーナ』の感情は、ずっと眠っていた君本来の人格を呼び起こしたんだ。

その時には、既に復讐計画は実行段階に入っており、君が口出せる状況ではなかったんだろ?」


田中は一歩前へ歩み出た。誰も何も言わない。

固唾を呑んで見守るという以前に、既に放心状態の俺や雪、金髪少年と猫モドキと違い、赤毛さんやアンナさんは剣の柄に手を伸ばしいつでも動ける体勢に入っていた。


「君は、上辺だけの復讐を語っている。

…以上が僕の仮説だけど、違う?違わないのなら、僕は君に謝らなくちゃ。最初に言ったよね、何で全員巻き込んだのかって。

でもそれは間違いだ。君もリーナ同様止めたかった。今此処にいるのは、せめてもの償い…。僕らに危険を知らせに来たんじゃないの?」


迷子に名前を尋ねる様に田中は優しく言う。

対して、リプテン王子はほんの一瞬安らかな笑みを浮かべたが、気を引きめるかの様に鼻で笑った。


「仮に、貴方の言った事が全て真実だとしましょう。しかし、私が此処に来て貴方方に危険を知らせようとしたところで、誰がはいそうですかと素直に受け入れます?ミケガサキの他にも二ヵ国いるんですよ?」

「だから此処に集めたんでしょうが。

まぁ、ミリュニスの魔城のことなんてとっくのとうに調べてるから、既に集めたミケガサキ国民に、陽一郎さんやフェラ王子と言った各国の主要メンバーを連れて来て移動するつもりだった。そして、偶然にやってきた僕等の内の一人を闇討ちだかなんだかして人質った後、城を動かせと要求する。そして直ぐさま各国に連絡し、各国の兵をミケガサキから離れさせるっていう筋書きだったってところかな」


田中は満足そうに言って一息つく。

ぐぅの音も出ないのか、リプテン王子は唇を噛み締めたままだ。


「影の王、これはどうします…?」


それまで黙っていたフレディが田中に『国宝』を差し出すと、田中はおっかなびっくりといった風に指先で摘んで受け取った。

『国宝』をまじまじと見つめた後、少し唸りながら考え込んでいる様で、何度か空を仰ぐ。


「マズイな、ちょっと長く喋り過ぎた…」


あちゃーと言うように額を軽く叩くと、田中は床に陣を形成する。此処の床全面の巨大な陣だ。

頭を掻きながら、田中は溜め息を吐く。よく見れば、顔色は悪いし、汗まで浮かんでいる。


「おい、大丈夫かよ。具合悪そうだな…」

「まっ、ね。ちょっと思いの外事態が進んでたみたいでさ。正直、僕も防ぎきれるかわかんない」


田中はそう呟いて淡々と作業に取り掛かる。

何かの魔法陣を何十にも重ねていた。


「一体、何の…」


話だと問おうとした時、異変に気付く。

誰も何も言わない。何の音も聞こえない。

時が止まったかの様な、現状に場違いな静寂がミケガサキを包んでいた。


見れば、赤毛さん達は息を呑んで空を仰いでいる。


「ついに、来た様ですね…」


リプテン王子が引き攣った笑みを浮かべて言った。


突如、生暖かい風が頬を撫でる。ぞわりと鳥肌が立った。


これは、予兆だ。とんでもない不吉の前触れ。


廃れた本能が機能し、そう告げる。これは虫の知らせなのだ、今すぐ逃げろと警鐘を鳴らす。


しかし、何処に?逃げるったって、敵はまだ姿さえ現していないじゃないか。


本能と理性が葛藤を繰り広げる。何だか無性に誰かに縋りたくなって、辺りを見回した。

皆、魅入られた様に空を仰いでいる。


空を仰ぐのが怖い。

見てはいけないのだ。見たらきっと動けなくなる。


矮小で臆病な自分が、頑なにその単純な動作を拒む。逃げ出したいと、発狂してしまうと喚き散らす。


「はぁ…」


大きく息を吐き、思考全てを外へ追い出した。


空を仰ぐ。


同時に、花火が上がったかの様に空が輝いた。


赤い光が、俺達を照らす。あんなにも着実にゆっくりと侵食していた夕闇はあっという間に光に支配されてしまった。

その光が徐々に収まり、敵が姿を現す。


紅い彗星が、歪な軌道を描きながらこちらへ向かってきていた。

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