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第二十三話 報復の行進


ゴォォォォ………と、盛大な炎が上がった。


「な、何が起こった…?」


珍しく、隊長が狼狽した様に声を上げる。

隊長が呆気に取られ、支えを失った巨大鏡が砂中に埋もれて行く。

目の前…と言うには少し距離があり過ぎるが、エビに起こっている事態を十分見ることが出来た。

僕等の視線の先には、巨大な炎の塊があった。勿論、それがあのエビ…カリスの姿だ。

その深紅の炎に包まれ燃え盛る姿は、地平線に沈む太陽の様だ。

それが徐々にだが、本当に沈んで行っているのだから余計にそれを連想させた。きっと、インドらへんの砂漠の太陽がこんな感じの色だろうかと密かに思う。


最も、奴が沈んだところで月の様に現在進行形で沈んでいる僕等が浮かび上がる訳ではない。

しかし、エビの奴、巨体の癖に沈むの遅いな。

膝まで砂に浸かっている隊長に対し、今だコケたままの僕は、落ち武者の様に首だけが地上に出る事を許されていた。一応、隊長に引っ張りだされた右腕も健在だ。

…まぁ、どちらも、そろそろ終わりを迎えてきているが。


『…やったか?』

「取り敢えずは、丸焼きにしてみたよ。香ばしい香りがしないのが残念だ」


通信機越しから吉田魔王様が小さく笑った。

…そういや、カリスって美味しいのかな?


彼の報告曰く、城今、壁が見えはじめているそうだ。救助はもう暫くかかるらしい。


「はぁ…、隊長の剣が折れててくれて助かったよ」


ひとまず通信を終えて溜め息を吐いた。

砂が発する熱がジリジリと肌を焼いていく。

もし、感覚を遮断していなければ大変な事になっていただろう。


「こっちにもあるか分からないけど、僕の世界に砂風呂っていうのがあるんだけどさ」


興味を引かれたのか、隊長が視線を僕に寄越す。


「入ったこと無いから、一度は入ってみたいなとか思ったんだよ」

「どうだ?人生初の砂風呂というやつは?」


からかう様に隊長は笑って僕を見た。気にせず、げんなりとして溜め息を吐く。

「一生入りたくないかな」


多分、今の僕は頭から湯気が上がっているだろう。


「…ふっ。足さえ埋まっていなければ、お前を殺す事など容易いのだがな。

下で首を洗って待っていろよ?」

「ははっ…」


笑えない冗談だ。


意識が朦朧とし、砂中に沈んだ僕の半身は既に感覚がない。

体重が軽いからなのか知らないが、沈むスピードがやけにゆっくりだ。

このままじゃ、下の空間に行く前に窒息するのではないかと本気で思う。


「…まぁ、お手柔らかにね」


まだ完全に埋まりきっていない右腕を差し出す。

隊長は呆れた様に笑ってから手を握ろうとその手を伸ばした時だ。


隊長の姿が掻き消えた。

まるで電車が通った様に風圧で髪がふわりと揺れる。真っ赤な何かが一本、飛行機雲の様に真っ直ぐ伸びていた。


ビシャッ…と頬に生暖かいものがこびり付く。

真っ白になった思考とは裏腹に腕は勝手に動き、頬に付いた液体を拭った。


血だ。


「…は?」


漏れた声と共に頭の中で警鐘が鳴る。

視線が赤い何かを追って、そして隊長の姿を捉えた。


サソリの尻尾が、隊長を貫いている。


彼女の鎧の一部は完全に尾の侵入を許し、尾は肉を突き破って外界へと顔を覗かせていた。

驚愕に目を見開いた隊長の口から血が吐き出される。そう簡単に砂中へは行かせないという意思表示かは知らないが、サソリの尾は彼女の体を浮かせていた。


視線を戻す。半分程砂に埋もれているが、燃え盛る炎の塊はまだそこにあった。


「…有り得ない」


ぽつりと呟く。その拍子に砂が少し口の中へ入った。しかし、今はそんなことどうでもいい。


軽ければ砂に埋もれる時間は遅く、重ければ早い。

僕や隊長の何倍もある奴ならばとっくのとうに砂中に埋もれてるはずなのだ。


恐る恐る、視線は赤い尾を辿っていく。


「…ぅわっ!!」


視界が急速に目まぐるしく変わった。いきなり体が砂中に沈んだかと思うと、浮かび上がり、視界は一瞬だけ青空を映す。

ほんの少しの浮遊の後、一気に砂へ叩き付けられた。そして宙吊りにされる。


嘲る様に見下す主犯の姿に僕は引き攣った笑みを浮かべた。


そこには、一回り程でかくなったエビの姿がある。


成程、脱皮して難を逃れたか…。エビの癖に中々やるな。


「ちょっ、お客さん。脱皮ででかくなるなんてズルいじゃないですか」


何だよ、それ。お前、脱皮ででかくなれるのか?

僕も脱衣は出来るけど、脱皮は無理だな。


問答無用とばかりに砂に叩きつけられる。砂に叩き付けられた衝撃で通信機がこぼれ落ちて、二度目に叩き付けられた衝撃で通信機は無惨に大破した。

吉田魔王様曰く、少しばかり壊れても音を拾ってくれるらしいが、果たしてこれが少しの域に入るのか謎である。

叩き付けられては放り投げられるそれを何回か繰り替えされ微動だに出来ない僕に、エビは満足そうにハサミを鳴らす。

例の如く、あの奇妙な色の触手が覗いた。


ふむ、絶体絶命のピンチってか?

嫌だな、魔王の癖にエビに負けるのか。こんな、中ボスの手下と同レベの奴に?中間らへんの道路で草むらから飛び出す様などーでもいいモンスターに負けるのか、僕よ。


進化とか出来ないかな?

無理だよね。

でも、奴は脱皮という名の進化を果たしたぞ。

僕には何が出来るかな。うーん、…退化?


そんなどうでもいいことに思考が働く。


奇妙な色の触手が僕の首を絞める。

感覚が遮断されているから痛みを感じない。何だか不思議だな。


視線を巡らす。

今だ突き刺されたままの隊長がいた。腕は垂れ下がり、血が滴っている。

気絶しているのか、死んでしまったか知らないが、微動だにしない。


隊長、頑張れ。ちっちゃな副長が帰りを待ってるぞ。ラグド最強の騎士がエビなんかにやられていいのか。…まぁ、人の事は言えないけど。


何でだろう。

このエビの真っ黒な目の、その眼差しが怖い。この首を絞められる息詰まった感覚が怖い。

知らず、体が瘧の様に震える。手が、触手を掴んだ。じわりと黒い染みの様なものが広がる。


エビの目は、怒りを露わにしていた。

エビの眼で、昔を思い出すってのも嫌だけど。

僕は納得する。


由香子さんの眼差しに似てるんだ。あの人の、あの日の感触と同じなんだ。

朦朧となった意識が呼び起こす、トラウマという過去を。


『…だからっ、アンタは死ねっ』


通信機から、そんな母の声が聞こえる。幻聴のくせにやけにはっきりと。

耳元で叫ばれているようなその感覚に鳥肌が立ち、視界が濁った。


『アンタなんか…、アンタんか、死ねば良かったのに…』


理由はどうであれ。


半狂乱の母を誰が止めたか僕は知らない。

…結果、僕は生き延びて、由香子さんは僕を殺し損ねた。


本人亡き今、その目が、その感触がこうして再び僕の前に現れた。


「…あは」


掠れた笑い声が漏れる。

由香子さんの執念なのか、これは。そうだとしたら凄いなぁ。


「あはははは」


実際には掠れた息した出ないのだが、心境的にはそんな感じ。


もう、おかしくてたまらない。


ボテッと隊長の体が砂上に放り捨てられる。

サソリの尻尾は血を掃う様に旋回して、僕の目の前に現れた。


アンタがまだ僕を否定するなら、僕もアンタを拒絶してやる。


だらりと垂れ下がった腕がポケットに触れ、カッターを取り出す。

キリリリと音を立て、カッターの刃が覗いた。

切れ味の確認で、左腕に突き立てる。


うん、悪くない。


すっかり血で黒くなった刃先を触手に突き立てる。

真っ赤な血が吹き出た。


「あはははははははははっ」


やっと分かった。

僕、あの人、嫌いなんだ。


…………………………。

………………………。


『あはははははははははっ』


通信機から、場違いな笑い声が聞こえて来る。

困惑する魔王様を余所に、俺は通信機を引ったくると田中に呼び掛けるが応答はなかった。

どうやら、途中で聞こえたあの激しいノイズは、通信機が損傷した音だったのだろう。


「これは…ヤバいな…」


青を通り越し、茜に染まった空の下。

爪を噛みながら呟き、眼前に迫る城を見上げた。

背景が茜色だけあって、ドラキュラが住む古城の様な雰囲気があった。しかし、街の風景込みで見てみればCG加工して無理矢理背景に溶け込ませた様な違和感が滲み出ている。


『一体、何がどうヤバいというんだ?』

「何って…、田中の精神状態に決まってるだろ。しくったな、陽一郎さんのケー番聞いとくべきだった…。魔王様、陽一郎さんのケー番知ってるか?」ズボンのポケットから携帯を取り出し、操作をしながら魔王様に問う。


陽一郎殿の、電話番号…。確か、前に『携帯』という通信機器かかってきた時のあの数式の事だろうか等と呟きながら魔王様は手を差し出した。


『岸辺君、それを少し貸して貰えないか?』

「え、まぁ、良いけど…」


携帯を渡すと、魔王様は数字を入力する。

彼は通話ボタンを押すと、通話中という表示が番号の上に表示され、内蔵スピーカーからトゥルルル…と音が鳴る。


携帯使えるのかと二つの意味で感嘆しながらも、魔王様の行動を見守る。


暫くして、音が止んだ。代わりに声が聞こえて来る


「もしもし…」

『…その声、私か。久しいな』


少しの沈黙があり、向こうの私が自分に言い聞かせるように声を上げた。


「向こうの、俺…か。そういえば、まだ名乗ってなかった。吉田誠だ」

『吉田誠か。私は、よ……』


危うく、吉田魔王様と言いかけたのだろう。魔王様は口をつぐむ。


「よ?」


『私は……………………………………………………』


その有り余り過ぎる余白はあまりにも単純かつ理解不能な回答を導き出す。


「忘れんだな、魔王様。自分の名前」

『長いのでな…。ノーイが覚えているから問題無い。魔王として世間には通っていたからすっかり忘れてしまった』

「忘れるか?自分の名前って」

「何だ…、最近見かけないと思ったら、太郎もそっちに居るのか。何か用でもあるのか?娘は嫁がせないぞ?」


からかう様な言い分に、顔が赤くなるのを感じた。魔王様の手から電話を奪う。


「違っ…!陽一郎さんのケー番知ってるだろ!?いいから言ってくれ、急いでんだよ」

「ははっ、それが恋人の父親に対する口の聞き方か。優真の方がまだ良いな」

「分かりましたから、とっとと電話番号をお教え下さいませっ」


ははははっと軽快に笑い、若者の青春を弄ばされながら電話番号を伝えられた。礼を言って、電話を切る。


「はぁ〜…、これだから三十路の話し相手は嫌なんだよ。次は陽一郎さんか…」

『私が言えることではないかもしれないが色々、大変だな…』


俺は気が重いと言わんばかりに重い溜め息を吐くと、番号を入力した。

またトゥルルル…と音が鳴る。


「岸辺君だね?状況は分かってるから、大丈夫」

「いや、…って、え?あの前々から思ってテレパシーでもあるんですか?」


あはははっと軽快に笑う声が電話から聞こえて来る。相変わらず陽一郎さんは笑っていたが、否定はしなかった。

三十路になると性悪になるのだろうか。

そう思うと、将来が急に不安になってる。


「これでも一応勇者だったからね。…関係ないか。

あの状態の優真君は大変だからね。今、皆でそっちに向かってるけど暫くかかるかな。何だか知らないけど気流が乱れてる見たいで。ねっ、猫モドキ」


ニアッと携帯越しから猫モドキの声がした。

俺は眉にシワを寄せ、怪訝な顔をする。


「猫…?」

「いや、猫モドキだよ。岸辺君。まぁ、それはともかくとして。

君の方が城に最も近く、いち早く優真君を止められる立場にある。

あの子の持つ特殊能力が何か僕にも分かり兼ねるけど『魔王』に選ばれるくらいだ、あの子の気分一つで本当にミケガサキどころか世界が崩壊してもおかしくない。僕の長年の経験上、彼にはそれだけの力が備わってるんじゃないかな。

あと…」


陽一郎さんは、少し声のトーンを落として言う。


「どうやら、動き出したみたいだよ」


凄い眺めだと陽一郎殿は苦笑混じりに呟いた。


「動き出した…って何がですか?」


俺の問いに、陽一郎さんは少し間を空ける。

辺りの様子を見たのかもしれない。


「ほら、写ってる?テレビ電話に切り替えたから画面見てくれるかな」


画面に映った映像に、危うく携帯を落としそうになった。隣で見ていた魔王様が息を呑む。


携帯のスピーカーから、ヒュォォォ…と上空の風音が鳴り、時折、雲らしき白い影が画面を横切る。

その合間からミケガサキ王国全土の様子が窺えた。

アマチュア模型の様に小さくなった家々が建ち並ぶ。やはり、人がいない様で電気が漏れていない。

街は眠ったようにしんと静まり返り、夕闇に浸蝕されていく様は不気味としか言いようがなかった。


『ミケガサキの東西南北に設置される外門の周り…。成程、そういう事か』


魔王様が納得したように神妙に頷く。

東西南北、それぞれの端に目を向ければ、赤と黄色の光の様なものが見えた。


「あれは…鎧?」

『あぁ。我々五ヶ国は、みなそれぞれ『国色』というものが定められている。要は、その国のイメージカラーというのか。

国旗や鎧、また不思議な事に魔力の性質というのも、その『国色』が関わっているという説も最近では有力視されているな。

『国色』にはそれぞれ意味がある。まぁ、それは追い追い話すとして、あの色の鎧はラグドとフェラだな。確かに、領土を奪うなら今が絶好の機会だ』

「いや、確かに国民は居ねーみたいだけどよ。でもそう簡単に領土って奪えるもんなのか?

国土は国の領土で、国民がそれを所有して…つまり、その家みたいな感じに、各々個人の領土があって、所有権はその人にあるわけだろ?国民がいない方が、返って都合が悪いんじゃねぇの?」

「残念ながら、そうでもないんだよ。所有者の不在イコール相手の不戦勝みたいなものなんだ。手間がかからないから寧ろ良いんだよね。ざっくり言うなら、場所取りと同じ…って覚えておいても支障はないんじゃない?

だから所有者は自分達で守ったり、国に申請すれば、金額によるけど兵士だって警備にあたってくれる。つまり、相手が襲って来て負け、領土を取られても自己責任な訳だよ」

「じゃ、じゃあ…、仮に国に人がいなかったりしたら…?」

「国土全域略奪されるね。仮に、魔城にミリュニス国民だけでなく、ミケガサキ国民全員が居たとしよう。老若男女全てね。さて、皆戦えるかな?」

『仮に…ではなく、実際の間違いだろう?

無理だろうな。向こうは戦闘経験豊富な騎士の軍勢に対し、こちらは数百ばかりの騎士を含む一般人。

だから優真を正気に戻させ早めに手を打ちたいのだろう?』


まっね、と陽一郎さんは小さく肩を竦め、おどけてみせる。


「…僕のせいで大量虐殺なんてものが起こったら、いくら僕でも後味悪いし、後悔するさ。別に、それ目的で城を乗っ取ったつもりもないからね」


画面が一瞬だけ明るくなった。花火の様な乾いた音が響く。


「開戦のようだね。全く、国民がいないと分かっているのにわざわざ上げるかな…。嫌な奴らだ、ああいう意地悪な大人にはなりたくたいな」


手遅れだと思います。


陽一郎さんの呟きの直後、凄まじい轟音が鼓膜を震わす。

不意に通話が切れた。

勿論、電波状況など関係ない。


何かが起きて、通話が切れた。先程の轟音が関与していることは間違いない。

事は一刻を争う様だ。


田中が正気に戻ったところで何とかなるかは分からないが、やれる事は出来るだけやろう。


魔王様の制止も聞かず、物陰から表門の前に飛び出した。見張りのゾンビが俺を一斉に見る。


諦めたのか、魔王様も姿を現した。


「…魔王様、戦えるか?」

『一時とはいえ、魔王を騙った…。この程度なら造作もないと信じたい』

「強気なのか弱気なのか分からないけど、虚仮威しでないと信じている」


魔王様が俺の方を見た。お前はどうすると視線で問われる。


「…俺は、牽制を試みる」

『………お互い、頑張ろう』


諦めた様に、魔王様は呟いた。俺は聞こえなかった振りをする。


紫に染まりつつある茜色の空。その上空では、赤い星が輝いていた。何だか知らないけど気流が乱れてる見たいで。ねっ、猫モドキ」


ニアッと携帯越しから猫モドキの声がした。

俺は眉にシワを寄せ、怪訝な顔をする。


「猫…?」

「いや、猫モドキだよ。岸辺君。まぁ、それはともかくとして。

君の方が城に最も近く、いち早く優真君を止められる立場にある。

あの子の持つ特殊能力が何か僕にも分かり兼ねるけど『魔王』に選ばれるくらいだ、あの子の気分一つで本当にミケガサキどころか世界が崩壊してもおかしくない。僕の長年の経験上、彼にはそれだけの力が備わってるんじゃないかな。

あと…」


陽一郎さんは、少し声のトーンを落として言う。


「どうやら、動き出したみたいだよ」


凄い眺めだと陽一郎殿は苦笑混じりに呟いた。


「動き出した…って何がですか?」


俺の問いに、陽一郎さんは少し間を空ける。

辺りの様子を見たのかもしれない。


「ほら、写ってる?テレビ電話に切り替えたから画面見てくれるかな」


画面に映った映像に、危うく携帯を落としそうになった。隣で見ていた魔王様が息を呑む。


携帯のスピーカーから、ヒュォォォ…と上空の風音が鳴り、時折、雲らしき白い影が画面を横切る。

その合間からミケガサキ王国全土の様子が窺えた。

アマチュア模型の様に小さくなった家々が建ち並ぶ。やはり、人がいない様で電気が漏れていない。

街は眠ったようにしんと静まり返り、夕闇に浸蝕されていく様は不気味としか言いようがなかった。


『ミケガサキの東西南北に設置される外門の周り…。成程、そういう事か』


魔王様が納得したように神妙に頷く。

東西南北、それぞれの端に目を向ければ、赤と黄色の光の様なものが見えた。


「あれは…鎧?」

『あぁ。我々五ヶ国は、みなそれぞれ『国色』というものが定められている。要は、その国のイメージカラーというのか。

国旗や鎧、また不思議な事に魔力の性質というのも、その『国色』が関わっているという説も最近では有力視されているな。

『国色』にはそれぞれ意味がある。まぁ、それは追い追い話すとして、あの色の鎧はラグドとフェラだな。確かに、領土を奪うなら今が絶好の機会だ』

「いや、確かに国民は居ねーみたいだけどよ。でもそう簡単に領土って奪えるもんなのか?

国土は国の領土で、国民がそれを所有して…つまり、その家みたいな感じに、各々個人の領土があって、所有権はその人にあるわけだろ?国民がいない方が、返って都合が悪いんじゃねぇの?」

「残念ながら、そうでもないんだよ。所有者の不在イコール相手の不戦勝みたいなものなんだ。手間がかからないから寧ろ良いんだよね。ざっくり言うなら、場所取りと同じ…って覚えておいても支障はないんじゃない?

だから所有者は自分達で守ったり、国に申請すれば、金額によるけど兵士だって警備にあたってくれる。つまり、相手が襲って来て負け、領土を取られても自己責任な訳だよ」

「じゃ、じゃあ…、仮に国に人がいなかったりしたら…?」

「国土全域略奪されるね。仮に、魔城にミリュニス国民だけでなく、ミケガサキ国民全員が居たとしよう。老若男女全てね。さて、皆戦えるかな?」

『仮に…ではなく、実際の間違いだろう?

無理だろうな。向こうは戦闘経験豊富な騎士の軍勢に対し、こちらは数百ばかりの騎士を含む一般人。

だから優真を正気に戻させ早めに手を打ちたいのだろう?』


まっね、と陽一郎さんは小さく肩を竦め、おどけてみせる。


「…僕のせいで大量虐殺なんてものが起こったら、いくら僕でも後味悪いし、後悔するさ。別に、それ目的で城を乗っ取ったつもりもないからね」


画面が一瞬だけ明るくなった。花火の様な乾いた音が響く。


「開戦のようだね。全く、国民がいないと分かっているのにわざわざ上げるかな…。嫌な奴らだ、ああいう意地悪な大人にはなりたくたいな」


手遅れだと思います。


陽一郎さんの呟きの直後、凄まじい轟音が鼓膜を震わす。

不意に通話が切れた。

勿論、電波状況など関係ない。


何かが起きて、通話が切れた。先程の轟音が関与していることは間違いない。

事は一刻を争う様だ。


田中が正気に戻ったところで何とかなるかは分からないが、やれる事は出来るだけやろう。


魔王様の制止も聞かず、物陰から表門の前に飛び出した。見張りのゾンビが俺を一斉に見る。


諦めたのか、魔王様も姿を現した。


「…魔王様、戦えるか?」

『一時とはいえ、魔王を騙った…。この程度なら造作もないと信じたい』

「強気なのか弱気なのか分からないけど、虚仮威しでないと信じている」


魔王様が俺の方を見た。お前はどうすると視線で問われる。


「…俺は、牽制を試みる」

『………お互い、頑張ろう』


諦めた様に、魔王様は呟いた。俺は聞こえなかった振りをする。


紫に染まりつつある茜色の空。その上空では、赤い星が輝いていた。

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