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第二十二話 逆転の一手


ガキンッ…と金属が砕ける音が砂漠に響く。


「くっ…!思ったより固いっ!」


エビの側面、足を狙った騎士隊長の一撃は剣が折れた事により失敗に終わった。銀の破片が光を反射しながら落ちていく。

エビの黒く丸い瞳が、騎士隊長を映す。


「マズいっ…!騎士隊長、早く離れろっ!」

「分かっているっ!」


エビが持つサソリの尻尾は彼女を射殺そうと高々て掲げられていた。

騎士隊長も何とか奴から距離を取ろうとするが、足場が砂だけあって、中々思うようにいかない様だ。

僕も触手をかわしながらエビに接近するが、僕など目もくれない。

それは騎士隊長が女性だからなのか、はたまた僕が余りにも小さく、眼中に入らないからか。


どちらにせよ、何と失礼なエビだろう。


「石さえあれば!石さえあれば!石さえあれば!」


そう呪詛の様に呟きながらエビの足元へと到達する。触手が迫って来ないところを見ると、どうやら足元まで触手が及ばない様だ。

しかし、油断していると無数の足にひかれることだろう。


「拳も、拳骨という立派な岩石だっ!」

「助言になってねぇよ!確かに威力は凄いけど!」


僕以外の人はねっ!


こんな時にボケている暇はないのは良く分かってる。唯一の武器である、剣が失われた今となっては、僕等に残された道は救助を待つしか他にない。それまで、この過酷な状況を如何にして生き延びるかが問題だ。例え、エビに追われていなくとも、この猛暑。一時間もすれば、脱水症状を引き起こす事間違い無し。

唯でさえ、こんな状況の中をこうして動き回っているのだから、きっと一時間も掛からずに脱水症状を引き起こすだろう。

とにもかくにも、先ずは打倒・エビである。


「石さえあれば!石さえあれば!石さえあればぁっ!」

「つべこべ言わずに、とっとと殴れっ!」

「いくら馬鹿な僕でも、殴ったら骨が砕ける事くらい分かってるっ!」

「お前は自分の拳と私の命…、どちらが大切なんだ!?」

「勿論、自分の拳っ!」

「良い度胸だ…。その首、必ず撥ねるっ!」


まぁ、甲殻を殴るのは嫌だと言っているだけ。流石の僕も骨粉砕は頂けない。


「けど、触手ならっ!」


標的を失い、無防備にうねる触手はまるでサンドバッグの様だ。

足を肩幅に開き、腕が伸び切るその瞬間に力を込め、呼吸を合わせる。突き出した拳は砲丸の様に唸りを上げた。

拳が当たった瞬間、ぐにょんっとコンニャクの様に弓なりの弧を画いて、前へ吹っ飛ぶ。バンジージャンプの紐の様に限界まで伸びると、再び大きくしなってから砂に埋もれた。


「うわっ!人肌!温い、温いっ!」


殴った触手は生暖かく、コンニャクの様な弾力があるものの、人の皮を何枚も重ねた様な厚みとスベスベ感があり、骨の無い腕に触れたかの様だ。


エビは前のめりに少しよろけた。騎士隊長を狙っていた尻尾は、本体がよろけたため、紙一重の差で砂を射た。騎士隊長は額に浮かんだ汗を拭うと、安堵の息を吐く。

エビは、折角の狩りを邪魔された事にご立腹なのか、奇声を上げながら上半身を持ち上げ、砂に埋もれた触手を取り出す。威嚇のつもりか知らないが、巨大な鋏を振り上げ、ガチガチと鳴らした。鋏の間から、毒々しい色の触手が覗く。

見たところ、それなりに数があるようだが、ヒゲっぽい触手の様にそう遠くまで伸びないらしい。


「…隊長。なんですか、あのチラリズム」

「カリスは、本来砂の中で暮らす。我々の様な粋の良い獲物はあの触手で締めて弱らせ、食らう様だ。因みに、あの触手も一種の毒を持つらしいのだが、詳しくは知らされていない。どちらにせよ、死には至らないと聞くな」

「煮え切らない奴だなー」


死なない毒か…。やられる側としては、いっその事、一思いに楽にしてくれた方が有り難いのだが、無理な様だ。


「…奴は本気を出した様だが、貴様、武器は持ってるか?」

「武器ね…。あの甲殻に勝てる武器があるならとっくに倒してる」


実は、ポケットの中に工作で使ったカッターがあるのだが、剣さえ砕けた甲殻に敵う代物ではないのは火を見るより明らか。

例え、補助魔法で強度を補強したところで、心許ない事に変わりは無い。


…結果論として、僕等は無防備になり、奴は本気出した。


「どーする?」

「逃げるしかないだろうな」


…………………………。


「…隊長」

「……分かってる」


う、動けねー!!


エビは僕等の頭上で勝ち誇った様に鋏を鳴らす。触手がうねうねとじれったくしなっていた。


お前じゃないっ!

お前に恐れ戦いている訳じゃないっ!エビの癖に勝ち誇るなよっ!


「な、何これ!?蟻地獄っ!?」


足元…いや、辺り一帯の砂が下へ沈んでいく。まるで蟻地獄の様だ。

足元をがっちりと掴まれているかの様に全く身動きが取れない。もし、この状況で体勢を崩す事があれば、間違いなくやられることだろう。嫌らしい事に、どうやらエビはその瞬間を狙っている様だ。


僕の言葉に隊長は首を振って否定した。


「違う。此処は砂時計の様な仕組みになっている。つまり、この砂の下には空洞があり、一定時間を過ぎると砂上にいる我々は下の空洞に落ちるという訳だ。仕切りが無くなったからな。原理としては、『ろ過』と言った方が分かりやすいか?」


『ろ過』とは、また懐かしい単語が出て来たな。

確か、液体や気体を細かい孔のある物質に通して、混じっている固体を取り除くことだったと思ったけど。こしとるとも言うかな。


この砂漠、時間帯によっては、地盤が緩むらしい。

まるでミケガサキの第百番以降の区域と似たような地盤だ。ミケガサキ南部とフェアを隔てる砂漠と聞いたけど、地盤の方はどうなんだろう。

…そういえば、ミケガサキ王国は外界の地盤が脆いと聞くが、他の国はあまりそういった話を聞かない。

国自体が移動出来るミリュニスは別だけど。


「落ちるのは、当然、奴も同じ。だが…」


隊長の言わんとしている事は分かる。

エビにはあの長い触手や尻尾があるのだ。

正直、此処で決着を着けねば身の安全は確保出来ないだろう。


ズンッ…と大地が揺れた。砂の落下速度が増す。


「うわっ…」


あまりの揺れに尻餅を着いた。そこからズブズブと砂に浸かって行く。


「…わっ、わっ!ちょ、ちょっと待って!タンマ、タンマっ!」必死に砂中で手をばたつかせる。すると、鋭い痛みが手の平に走った。

石…?いや、そんなはず無いか。尖っていて、平べったい。硝子の様な…。


「……っ!隊長、僕の右腕抜くの手伝って!」

「…よし」


隊長が何とか身を伸ばし、僕の右腕を引っ張る。女とは思えない程力強い。

そのまま、意図も簡単に右腕は引っ張り出された。


ゴキッ…。


「ああああっ!肩がっ、肩がっ、肩がぁっ!」


あまりの勢いに、肩が悲鳴を上げる。肩が外れなかったのが不幸中の幸いか。


「腕は無事に抜けたんだ。感謝してほしいくらいだな」

「…あ、ありがとうございました」


此処で下手に歯向かえば、次は首が埋まるだろう。


引っこ抜かれた右腕が掴んだ物。握った手を開けば、太陽の光を浴びてキラキラと光る銀の欠片。そう、隊長の剣の一部である。

鈍く光るそれは、僕の笑みを曖昧に映す。


「…それが、武器になるとでも?」

「あぁ、勿論。でも、これじゃ駄目だ」


包む様に両手で軽く握り、また手を開く。そこには鏡の様に磨き抜かれた破片が一つ。

騎士隊長は目を見開き、驚嘆の息を吐く。


「魔術…。だが…」

「補助なら使えるみたい。隊長、腕っ節には自信ある?」

「受けて立つ」


互いに不敵に微笑んだ。

僕は、手の平に乗せた破片を『魔眼』で倍の大きさに変える。

倍というには多少…いや、大いに語弊があるが、とにかく巨大化させた。それを隊長に支えてもらう。

そして、光をより吸収出来る様に補助魔術で補強てしおいた。


「無理ではないが…、大き過ぎるのでは?」

「大きくないと無理かな。それとも、やっぱり重い?魔術でもう少し軽量化出来るけど…」


僕の言葉に隊長は気を害した様だ。ムッとしながら、いらんとだけ返す。


此処…砂漠での太陽は、僕等の世界などとは原理が違う様なので成功するかも分からない。

だいいち、これから行う『実験』が本当に可能かどうかも曖昧だ。

まぁ、実例があるんだし。原理が違くとも、魔力が存在するんだから何とかなってほしい。


「これをどうすれば良いのだ?」


エビとの距離、見えるが計り知れず。

結構、離れてるから問題ないだろう。


「…うーん、もうそろそろ良い頃かな…。ちょっと傾けてくれる?」


エビめ、丸焼きにしてくれる。


****


「一体、田中は何をしようとしているんだ?」


城へ向かう道中、そんな二人の会話を聞いていた岸辺は首を捻る。


『太陽、鏡…そして距離。恐らく、熱光線をやるつもりだろう』

「…熱光線?あー、あれか?虫眼鏡の注意事項にあるやつ。ざっくり言うと、燃えるアレ」

『燃える…アレ?ざっくり過ぎて伝わらないんだが。熱光線。太陽の反射光…要するに、対象物に太陽の像を結ばせることで、引き起こされる発火現象だな。我々の世界でも、実際に戦争で用いられた記録がある』


資源枯渇に伴い、低コストの兵器が作られる中、自然エネルギーの利用だから、余計な資源を消費しなくて済むという理由で、良く用いられたのだ。

しかし、あまり効率が良くなかった為に、今では使われなくなった手段の一つである。


「…マジで?田中はそれをやろうとしているのか?」

『恐らくそうだろう。…しかし、良く知っていたな。先程、虫眼鏡がどうこう言っていたが、学校で習うのか?』


吉田魔王様の問いを、岸辺は即座に否定した。


「熱光線なんて習ったら、絶対悪用する奴がいるから習わねぇな。教科書の端っこに注意書きがしてある程度。俺は本当の馬鹿だが、田中は別。

まぁ、こーいう科学の入れ知恵は、大抵、キー先が喋ってんだろう。多分、田中が教科書の注意書きを見てキー先に聞いたんだろ」

『…ほぅ、成程。キー先とは?』

「俺の親父。岸辺は母方の姓。親父の姓は、紀井野。田中は、キー先って呼んでるからパクった。

キー先は、理専教師だから知ってるんじゃね?」


また、吉田魔王様が感嘆の息を吐く。そして、ポリポリと頭を掻きながら静かに呟いた。


『優真は、他人の優しさに生かされているんだな』


何処か、羨む様な独白。

そこには何の感情も込められてはいなかった。


岸辺には、彼がどの様な感情を持ってそれを吐いたかは分からない。

彼が分かること…いや、出来る事は一つだった。


「『人』っていう字は、お互いに支え合って成り立つ文字だとか、何処かの偉いセンコーが言ってた」


その意味を分かりあぐれている吉田魔王様は訝しげに岸辺を見る。


「吉田さ…じゃなくて、魔王様も、俺も、支え合って今こうして生きてる訳だ。田中も、こうして俺らが支えてやってるだろ?羨む事じゃないと思う」


何か言い足そうな吉田魔王様を見て、岸辺は表情を曇らせながら付け加える。


「それに、田中は誰かが支えてないと絶対ヤバい」

『…?』

「今の田中優真は、俺達に合わせた唯の猫かぶり。

色々あったの、田中にも。だから、羨む必要は無いって断言出来る。上手く言えないけど、当然なの」


暫く、沈黙が続いた。

走る息遣いだけが響く。


「要するに、馬鹿が付くほど繊細な奴なんだよ。

魔王様も捨て猫、犬が居たらほっとけないだろ?」

『…まぁ、そうだな』

「アレも同じ類。餌付けすれば、簡単に懐く。

だからさ、知らない人に飴貰ったら平気で着いて行くタイプだな。知り合いとしては、ヒジョーに心配なわけ」

『そ、そうか…』

「なっ?羨む方が馬鹿らしく思えるだろ?」

『別に、羨んだ訳では無いのだが…。白状するなら、少し、意外だった』


意外ねぇ…と岸辺は呟く。そして、何でと問う。


『頭も良い、性格も社交的だろう。少なくとも、相手に警戒心を与えさせない…誰とでも打ち解ける性格だと見たが…。

猫を被らなくても、十分、大丈夫ではないかと思ってな』

「駄目だな、魔王様。完全に田中マジックに嵌まってる」

『…た、田中マジック?』

聞き慣れない単語に、吉田魔王様は目を白黒させる。岸辺はこくりと頷いた。


「それは田中の十八番、田中マジックだ」


真剣に言う岸辺に、吉田魔王はふと思索に耽る。


本人の言う通り、本当の馬鹿と言うのは、あながち間違いでは無いようだと。


「田中は、そういう心理に長けている。つまり、どういう性格が万人にウケるかちゃんと理解してるわけ。確かに奴は頭が良い。だが奴の真の性格はこの上なくネガティブで、根暗だ」

「岸辺ー、ものすっごい僕の悪口言ってない?」


通信機から、気を害した様なふて腐れた優真の声が聞こえて来る。


「つか、何さ。田中マジックって。変な技名付けないでよ。岸辺はセンス悪いんだからさ」


呆れた様に優真は言って、溜め息を吐く。


『……………。』


君も同じだろうと吉田魔王様は口に出さず思った。

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