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第二十一話 死の精霊


「よしっ、二人逃げましたねっ!てっきり、怪我人と子供を逃がすと思いましたが、あなた方にも何らかの考えあっての事っ。異論はありませんっ!それどころか手間が掛からなくて好都合ですっ!」


二人が出て行った窓を見てフィートは、はしゃぐ子供の様に無邪気に笑う。


「…彼女、騎士なのに鎧を着ていないのが気になりますね…」

「ほら、鎧は重いし、ある程度の丈が無いと着れないでしょう?チビには重過ぎる代物ですし、サイズが無いんですよ。身長の伸びにも悪影響を及ぼすでしょうし」


はしゃぐフィートの後ろでは、仕返しと言わんばかりにノーイとフレディがひそひそとシンデレラの継母と義姉の様に陰口を叩く。


「聞こえてますよっ、そこの二人っ!これだから男は宇宙一のクズなんですっ!不潔です!変態です!同じ空気を共有したくないですっ!

…なので此処は一気に決めさせていただきますよっ!」


子供の様に頬を膨らませて憤慨するフィートは、片手を後ろに突き出した。

すると、ぐにゃりと空間が歪み、彼女の片手…いや、片腕を飲み込む。


「よっと…」


ぬかるみから手を抜く様に力いっぱい片腕を引けば、彼女が手に持っていたのはバズーカ砲。

それを片手で軽々しく持つと銃口を雪達に向けた。


「では、早速っ!」


躊躇う事なく引き金は引かれ、轟音と共に弾は雪達の元へと飛んでいく。

そして、家を揺さ振る様な大きな爆発が起こった。

煙が辺りを覆い、開いたままの窓から抜けていく。


「…まずは二人っ!案外、呆気なく片付きましたね!さて、残りは三人…」


片手でガッツポーズを決めると、バズーカ砲を下ろしたフィートの背後、巨大な大鎌を構えたフレディが煙から浮かび上がる様に表れた。


「いいえ…、まだ五人ですよ…」


フィートはその声に素早く反応し、フレディと距離を取るため猫の様な身のこなしで体を半転させると背後へ飛び退くが、フレディの容赦無い蹴りが腹に当たり吹っ飛ぶ。

そのフレディの背後では、腰を抜かしたノーイが、ノワールの手を借りて立ち上がっていた。


「流石、姫様!助かりました。ありがとうございます」

「ノーイ、お願いだから銃口を向けられたくらいで動転して動けなくなるのはお止めなさい。二人の面倒は見るけれど、貴方の面倒までは見ませんわよ?」


ノワールが指を鳴らすと、目に見えない程の薄い膜が溶ける様に辺りの景色が変わる。先程の煙が嘘の様に晴れた。何処も不変の姿をさらす中、膜が無くなってから一番顕著な変化は、天井だった。先程のバズーカ攻撃により、天井には大きな穴が空いており、ぱらぱらと細かなコンクリートの破片が振って来る。

フレディの蹴りにより廊下まで吹っ飛ばされたフィートは、ゆっくりと身を起こす。細かな天井の破片が滑り落ちていった。


「幻術っ…!ぐぁっ!」

「貴女…、空間変異の魔術使いですか…。中々稀有な高度魔術ですね…」


フィートが動けない様、腹を踏んで動きを制し、尚且つ鎌を彼女の首に当て行いながらフレディは言う。

空間変異と言う聞き慣れない単語にノワールは首を傾げた。


「ノーイ、空間変異の魔術とはなんですの?聞き覚えの無い術ですわ」

「姫様がご存知ないのも無理はないでしょう。古来より我々が普段使う魔術は、基礎魔術…則ち、火や水、風といった自然の力を取り入れたものです。

我々はともかく、昔はまだ人類に『魔法陣』という画期的な代物がない時代でしたから、自然界に住まう精霊の力を借りて遣り繰りしていました。人は己が持つ魔力を具現化する方法は知りませんでしたが、精霊と意志を疎通させる程強大な魔力を秘めていました。

また、彼等は陣無しで、その力を無意識の内に使いこなしていたのです。

…と言っても、真に精霊を見ることができ、言葉を交わせる者はそうはいませんでしたね。我々は彼等を『言霊使い』と呼んでいました」

「昔には魔法陣が無かったのですね。優真様の世界と同じですわ。でも、優真様の世界には魔法そのものが存在しないんでしたっけ…」


腕を組み、片手で頬杖をつきながらノワールは呟く。その呟きを、ノーイは首を振って否定した。


「魔法の存在しない世界など有り得ません。彼等の世界でいう超能力も一種の魔術ですし。これもまた、魔法陣を用いない特殊な魔術ですね。先程の言霊使いとはまた異なる例でしょう。ただ、向こうの世界はそう言った力を感知しにくい環境なのやもしれません。

しかし、そういった環境の中でも超能力者や言霊使いなど、内に強大な魔力を秘め、無意識のうちに使いこなす者もいます。あの馬鹿もその一人ですね」

「…あの馬鹿って、優真様のことですの?確かに優真様は強い魔力と霊感を持っていますが、ノーイがいう程の強大な力ではなくてよ?契約した私でさえ、特にそれ程の力を感じたことはないもの」

「それは、あの馬鹿がそれを無意識の内に封じているからです。姫様がこうして『器』を手にしていなくとも、具現化出来るということは今まで無かったでしょう?あの馬鹿と契約してから貴女は実体を持った。それはあの馬鹿の力によるものなのですよ。

先程、超能力を例にあげましたが、他にも色々あります。例えば、ピアノや歌の演奏を聴き、自然と涙が出るような感銘を受けたとしましょう。それも魔力の成す業なのですよ。

魔力を無意識のうちに、声や楽器の音に混ぜ合わせ、変換させるなど、陣の要らない魔術は日常生活などに有り触れているのです。

しかし、彼等はそれを知り得ない。それはあの馬鹿も同じです。驚くべきは彼が自らの力を自覚し、封じている事。この世界の住民である我々にとっては多少の習練を積めば可能な事ですが、魔術に関して何の知識もない素人が成せる程簡単なものではありません。仮にその知識があったとしても、難しいでしょうね」


あぁ、長話が過ぎましたとノーイは咳ばらいし、話を変えた。


「…空間変異の魔術を話すその前に、姫様達が知る魔術の歴史というのは、主に『魔法陣』が生み出され、自然界が持つ魔力と自身の魔力を融合させ具現化させる事が可能となり、やがては戦闘や私生活に応用していったというのが始まりとされていますね。

身の周りに有り触れている自然の力は体に馴染み、学問を習う頃になれば、基礎魔術は程度の差こそあれ誰でも使う事が出来るでしょう」


ノワールがこほんっと態とらしく咳ばらいをする。ノーイは頭を掻きながら苦笑を浮かべて話を戻した。


「どうにも興味をそそられると、つい長話になってしまいますね。すいません。何せ、千年にも及ぶ知識を閃かす機会なんてそうそうないものですから。

…さて、此処からが本題です。我々が使う基礎並びに補助魔術はある程度の知識と経験、また発想があれば誰だって新たな魔術を生み出す事が可能な訳です。誰でも基礎が出来ているのだから、それを応用すればいい。

しかし、そのどちらにも当て嵌まらない魔術が、この様な空間変異等と言った魔術なんですよ。

この魔術はそうとう高度な魔術で、陣で形成するならば『魔眼』でもない限り、まず使える者はいないでしょう」

「つまり、全く未知の領域というわけですわね。確かに、一を二を生み出すのは簡単ですが、零から一を生み出すのは至難の業。それ程、陣の構成が複雑ですの?」

「…勿論、それもありますが、そもそもこの空間変異の魔術は陣を必要としない魔術なんです。我々プラチニオンでさえ、この魔術がどういった仕組みでつくられているのか知りません。補助系の魔術も、所詮は基礎魔術紛いです。基礎魔術に少し手を加えたものが前に習えと言わんばかりに

一体誰がそんな魔術を魔法陣で構成可能にしたか分かりませんが、陣を構成する際にその空間変異の魔術の構成を文字…データ化する必要があります。容量や知力において成功する者は極稀。私も久しぶりに見ましたよ」

「この馬鹿娘は、陣を使っていません…。つまり、仕組みを知っているということに他ならない…。

しかし、この馬鹿娘に如何なる素養があったとしても、馬鹿に成せる業ではありません…。陣が不要な魔術でも構成を理解しないと発動は不可能。ラグドは魔武器だけでなく、こう言った記憶の分野にも関心があった様ですね…。それも、女王だから成せる業なのでしょう…」

「記憶…?一体、どういうですの?」

「ラグドは代々、女性が王となっていました…。

近年は魔武器に力を注いでいる様ですが、その昔はクローン技術や新魔術開発に力を入れていましてね…。まぁ、被験体ならいくらでもいますから、その発展は著しかったですよ…。

何故、そう言った分野に力を入れたのか?もし、勢力の為であったならば、また違った未来になっていたでしょうね…。全ては『美貌』の為だったんです…」

「美貌、ですか…?」


いまいち、ピンと来ない返答にノワールはまたも小首を傾げる。


「記憶の継承や、新しい魔術、その継承も、全て女王の『美貌』を保つ為の人体実験による副産物…。

女とは恐ろしいですね…。まぁ、これも都市伝説の様に曖昧な噂でしたが、実物を見ると信憑性のあるものに変わります…。

要は、他人の記憶を移転させる技術を向こうは有すると言うことですよ…。しかし、拒絶反応が付き物ですから、適合者でなければ、他人の記憶を移されて正気を保てる人物など、まずいませんね…」


フレディは視線をフィートに戻す。フィートは唇を噛み、フレディを睨んだ。


「あなた達を倒して、任務を成功させてっ!私が姉様を助けて、私はっ…、私は姉様の所へ帰るんですっ!私からっ…、居場所を奪うなぁぁっ!!」

「くっ…!」


突如、フィートの腹を押さえていたフレディの足が、空間ごと飲み込まれる。

フレディは苦悶の表情を浮かべて、鎌で右足を断ち切った。血の代わりに黒い霧が湧き出ては消えていく。そんな状態だが、フレディは素早く間合いを取る。


「それで、避けたつもりですかっ!?」


鬼の様な形相を浮かべて、フィートはフレディを睨んだ。

フレディを飲み込む様に、彼の周りの空間が歪む。

まるで透明なゼリーに取り込まれる様だ。

フレディは体を捩らせたりしながら抵抗を試みるも、どんどん呑まれていく。

ノワールは驚愕の表情を浮かべ、口を両手で覆った。小さな悲鳴が漏れる。


「ノーイっ、どうにかならないのですか!?あのままでは…」

「姫様、お下がりください。私も『魔眼』さえあれば彼を救えるんですが…。しかし、まだ可能性はありますよ。空間変異の魔術は魔力を大量に消費します。神経を集中させ発動させる魔術ですから、恐らく彼女は今、動く事は不可能でしょう。倒すなら今しかありません。そうすれば…」


ノーイが腕を軽く振ると、袖からナイフが滑り落ちて来た。小手先で器用に一回転させ、構える。目でノワールに離れる様合図し、素早くフィートにナイフを投げ付けた。


彼女は動かない。


彼の誤った判断は、油断を招く。


動かないと思っていたフィートは素早くしゃがむと、ブーツの中から小型散弾銃を取り出し、安全装置を外す。向かって来るナイフを意図も簡単に避けると、撃った。

油断をしていたノーイは、当然、動ける体勢に入っていない。

それでも、隣に立っているノワールが彼の名を叫んだ時、ノーイの体は反射的にノワールを庇う様に彼女の前に立ち塞がった。


音が響く。


「あ、ああ…あああ…」


血の雨が降り注ぐ。

頬に付いた血を拭うことなく、血溜まりの中にノワールは膝から崩れ落ちた。

目の前に立つ男も倒れる。激しい血飛沫が上がった。ゴトンッ…と鈍い音がしたので、床に目を向ければ、首が転がっている。

後ろで悲鳴が上がった。


ノワールには、これが全て夢の中の出来事の様な気がした。


…この現実を、受け入れたくはなかった。

「あと…、三人」


そんな呟きが耳に留まるがどうでも良かった。考えることさえ億劫だった。


「姫様…、三人を連れて…お逃げ下さい…。私なら、大丈夫…。彼も、恐らくは無事でしょう…。

プラチニオンですから…、こんな鉛球でやられる様な事はございません…。私が時間を稼ぎます…。その隙に…」


ノーイの手が、ノワールの頬に触れる。

ノワールは、その手を取って軽く握った。


「私が…守ります…。だから、ノーイは、少しお休みなさい…」

「しかし…」


ノーイは狼狽えながら、ノワールを見る。

『死の夜』と呼ばれる彼女は、聖母の様な慈悲に溢れた微笑みを浮かべていた。涙で潤んだその瞳の奥には強い決意が滲んでいる。


しかし、実体化した今の彼女に人の御霊を吸う事など出来ない。精巧な幻術が限度なはずだ。


「ノーイ…、ごめんなさい…。守ってくれて、ありがとう」


ノワールはノーイの額にキスを落とす。

彼女の唇が触れた瞬間、ぞわりと背筋が凍った。

額に触れた唇は、死人の様にひんやりとした冷たさがある。まるで、魂を吸い取られている様だ。

ノワールは悲しそうに微笑んだ。そしてゆっくりと立ち上がり、悲しみとも怒りとも似つかない瞳でフィートを見据える。


「私は、負の感情から生まれし、万物の死を司る精霊…『死の夜ノワール』」


「死を…司る、精霊…?姫様が?しかし…」

「彼女は、死霊ではありません…。人工精霊です…。あの研究者は、父親の研究から、魔力魂を造り上げた際、魔力魂の持つ膨大な感情エネルギーにより人工精霊の生成に成功したのです…。まさに、偶然の産物…奇跡と言っても過言ではありません…。

ノワールが死の精霊であるように、魔力魂の意思は、生を司る人工精霊…。

私達の想像を遥かに超える感情エネルギーの余波は、二つに分散され、形を成し生と死を司る精霊を産んだのです…。彼女が『器』を必要としていたのは、その余りに強過ぎる力をセーブさせる為であり、また力を外界に漏らす事によって彼女が消滅しない様にする為です…。つまり、自身では力をコントロールすることは出来ない。器無しの霊体では無駄に力を消費し、周りを死に追いやるだけでなく、自身の存在さえも消滅に追いやってしまう…。

しかし、影の王の力により彼女は実体化することが出来、尚且つ自身の力をコントロールする事が可能となった…。まぁ、それも多少の制限を伴いますがね。彼女が今やろうとしていることは、自身を道連れにしてフィート・アイネスを葬ること…。

…貴女は、それで満足なんですか?ノワール」


フレディの問い掛けに、泣き笑いを浮かべ、ノワールは答えた。


「満足にみえます?私にだって、感情はありますわ。まだまだ恋だってしたいですし、お買い物やお茶会だって…。

でも、知らないんです…。生命を死に還す…。これしか、私には出来ない…。

死を司る精霊なのに、全く情けない話ですわっ…」


震える声で、それでも…とノワールは言葉を紡ぐ。


「守りたいんです…。私は…、私の愛すべき仲間を…その人達と過ごす日々を…守りたい…。

フィート・アイネス、私達は似た者同士ですね…。お互い、居場所が無くなる事に怯え、こうして牙を剥く…。

優真様なら、もっと上手くやれたのかもしれませんわね。あの人が私の心を溶かした様に、貴女達の悩みも痛みも、悲しみも全て労ってくれたなら…。そうしたら、私達、簡単に和解出来たのかもしれませんわ」


遠い目で、昔を懐かしむ様にノワールはくすりと微笑んだ。そのまま、フィートに歩み寄る。

そして、放心状態のまま、うわ言の様に、あと三人…と繰り返すフィートを抱き寄せた。

彼女達の周りの空間が少しずつ歪んで行く。


「姫様っ、お止め下さいっ…!姫様ぁぁぁっ!」


ノーイの叫びも虚しく、歪み始めた空間が、ゆっくりと二人を呑み込む。


その時だ。


「フィート、今日はやけに大人しいね」


二人を包む空間が、ゆっくりと二人から離していく。

「よ、陽一郎さん…」


一同がそれぞれの口調でその名を呼ぶ。呼ばれた本人は、不思議そうに首を傾げていた。


「皆してどうしたの?僕が家に帰って来るのが、そんなに変な事だった?」


「城に…、居たのでは…?」

「確かに居たけど…、やるべき事はやったからね。優真君の様子でも見に行こうとしたら、優真君共々『トラップ』に引っ掛かるし…。

…で、君に何とかしてもらおうと来てみたら、また随分と荒れ果ててるじゃないか」


それは家の状況か、それともフィートの精神状態か。もしくは両方なのかもしれない。

陽一郎はフィートの前まで歩み寄ると、ノワールを見た。静かに微笑むと視線を戻し、フィートの肩に手を置く。


「…君しか、お姉さんを救えない。そんな君が、今の状態でお姉さんを救えるのかい?果たして、そんな状態の君を見て、素直に喜んでくれるのかな?」

「姉様は…、喜びません…」

「分かってるじゃないか。なら、どうすれば良いか…分かるね?」


フィートの頭を撫でると、陽一郎は立ち上がり、手を叩いて皆に言い聞かせる。


「さぁ、一時休戦だ。皆で城に向かうよ。…異論は無いね?」

「…決闘の二次会は無しでお願いします…」


フレディは小さく溜め息を吐いた。

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