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第二十話 前門の虎、後門の狼


ミケガサキ、田中宅。


凄まじい轟音と共に砂埃が舞う。廊下一体が砂埃で白く染まった。

ドタドタと慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、廊下とリビングを隔てるドアが吹っ飛ぶ。


「けほっ…、こほっ…!!ふぅ…、やっと開きました…。あぁっ!やっぱり居るじゃないですかっ!」


長い黒髪を後ろで左右二つに結んだ童顔の少女は嬉しそうに笑う。

ドアを吹き飛ばしたその手には、その白くきめ細やかな手に似つかわしくないメリケンサックが握られていた。


「ラグド王国第一騎士団副長フィート・アイネスっ!お城には行ってくださいっ!でも姉様の所へは行かせませんっ!」

「…それだと、姉様が助かりませんが?」

「えぇっ!?そ、そうなんですかっ!?それは困りました…。じゃあ、二人だけ行かせてあげますから、残りは死体で連れて行きますっ!」


メリケンサックを構え、フィートは戦闘態勢に入る。ノーイも皆に下がるよう片手で制す。しかし、一人だけその制止を振り切って幽鬼の様に前へ歩み出る者がいた。


岸辺である。


ツゥ…、ツゥ…と通信回線の切れる音が虚しく響く。彼は老人の様なふらふらと覚束ない足取りでフィートに近寄った。


「さな…え…?」


「ちょっ…、吉田魔王様!そっちの様子見せて!今すぐっ!」


優真の声が予備の通信機から聞こえてきた。かなり焦っているのか彼にしては珍しく切羽詰まった声だ。


『分かった。しかし、そっちは大丈夫なのか…?』

「どーでも良いから早くっ!」


気迫に押されて、たじたじとしながらも吉田魔王様は陣を形成する。


「う〜ん…、僕の知ってる頃の早苗ちゃんより成長してるかなぁ。面影ある。

しかし、あのちっちゃい副長がミケガサキ版早苗ちゃんとはね…。とにかく、そこのシスコン馬鹿をこっちまで引っ張って来て。岸辺は妹が絡むと、この上なく足手まといだから。二人は逃がしてくれるんでしょ?」

『仮に私と岸辺君が逃げたとしよう。相手は第一騎士団の副隊長だぞ?ノーイとノワールを信用していない訳じゃないが、非戦闘員の雪や皇子もいる。二人を庇いながら戦うのは荷が重いだろう』

「大丈夫、戦闘員は二人じゃない。三人だ」


フィート・アイネスが近寄って来た岸辺にメリケンサックで殴り掛かる。

第一騎士団副隊長だけあって、如何なる動きにも無駄や隙がない。

魂が抜けた様に呆けたまま突っ立つ岸辺の影が突如伸びたかと思うと、巨大な漆黒の鎌が飛び出した。

フィートは片足でステップを踏むと瞬時に岸辺から離れる。


「今回は、珍しくフレディがやる気だからね」


「この前の屈辱、晴らさせて頂きます…」

「それなら姉様に晴らすのが筋じゃあないですかっ!」

「馬鹿娘、よく考えなさい…。ラグドの騎士隊長は影の王と一戦を交える事を望んでおり、私の存在など眼中にない…。姉に比べて遥かに力の劣る貴女を倒せば私はそれで満足なのです…」

「最悪最低ですっ、この男っ!根暗ですっ!」


フレディとフィートのやり取りを尻目に、ノーイは吉田魔王様に話かけた。


「…さぁ、今の内に早く城へ向かって下さい」

『分かった。くれぐれも無理はするんじゃないぞ。終わったら城に来なさい。ノワールも分かったな?』

「はい、お父様。くれぐれもお気を付けて下さい」

『あぁ、ありがとう。岸辺君、行くぞ』

「あ、あぁ…」


未練がましく何度も後ろを振り向く岸辺を気にしながら吉田魔王達は家を後にした。


…………………………。


「影の王…。これもまた、『バグ』の一種ですね…」


影を通してフレディが話し掛けてくる。

影を通しての会話なので、わざわざ岸辺達がいなくなるまで待たなくてもいいと思うのだが、その気持ちは分からないでもない。


「向こうの早苗ちゃんは、もう死んでる。なのにミケガサキ版早苗ちゃんが生きてるって事は、『リンク』に『バグ』が生じているって事か…。前々から思ってたけど、一体誰が此処と向こうを結ぶ『リンク』システムを成功させたんだろう?神様かな?」

「…いいえ。単なる偶然ですよ。まぁ、人によってはその偶然の重なりを奇跡と呼び、神の所業とする…。此処はゲームの世界ではなく、前々にも言った通り、此処は元からある世界…。貴方達が考えもしない不思議な現象や奇跡と言った類のものが満ち溢れている…。此処の他にもそう言った世界があります…。

現に、貴方が前に行った『みけがさき』もその一種。ミケガサキと『リンク』した言わば、対の世界…。

『リンク』も使い方次第というわけなのでしょうか…」

「ミケガサキで死んだ三嘉ヶ崎のプレイヤーが還る場所か…。要は生命のリンクが問題な訳だ」

「お忘れですか…?此処と向こうを結ぶ一方的な『リンク』も問題でしょう…?そもそも、プレイヤーが無事に還る事が出来れば、『みけがさき』も不要な訳ですし…。バグが発生してしまっては、我々が予期せぬ事態がこれからも多々起こる可能性があるんでしょうね…」

「僕等からすれば、リンクのバグは視野に入れるべき厄介な問題だけど、神様…みたいな、このゲームを開発した誰かさんにとっては僕等の様なイレギュラーの方が厄介なんだろうね」

「ゲーム開発者ですか…。まぁ、此処と向こうを繋ぐリンクシステムの開発…いや、発見ですかね…。魔術の存在しない世界の住民が如何なる方法を用いてこの下らぬ独裁的なルールシステムを考えたのか…。興味はありますね…」


****


…………………………。

………………………。


フレディとの会話を終えた僕であるが、お互いそんな悠長に論議を語っている場合ではない。


只今僕は、広大な灼熱の砂漠でエビに追われるという珍体験を味わっている。

自業自得と言われれば、それまでだ。分かってる。

従来の勇者なら、自身に眠る強大な力が目覚め、敵を討つとか、仲間と力を合わせて立ち向かうとか、新しい美少女キャラクターが助けに来るなど胸躍るシチュエーションが待っているのであろうが、生憎、僕は魔王であり、勇者のお約束ともいうべき今の例は適用されない。

まぁ、僕の中にも世界を滅ぼす強大な力が眠っているのかもしれないが、今現在寝たきりのその力が目覚める様子は一向に無い。

仲間はいるし、今もこうして魔王救助に向かってくれている。

…間に合うかどうかは別だが。

最後の、主人公…主に勇者を助ける謎の美少女だとか美女。大抵、主人公とヒロインの三角関係の引き金となり、最終的に勇者一行の性格が対称的な人くっつくという正直、はた迷惑な恋の邪魔者ライバル

こちらは、今共に現状を分かち合っている敵国の最強美女騎士さんが当て嵌まるのかもしれないな。

確かに、男子なら喜ばない者はいないであろう格好良い系の巨乳美女。

二人きりという又とない状況だが、エビが邪魔だ。

主人公の首を狙う孤高の女剣士が強大な敵を相手に、主人公との共闘で恋心が芽生えるという展開もあるようだが、奴に芽生える感情は僕への闘争心であり、勝利の褒美は間違いなく僕の首だろう。

今も砂漠のエビを相手にお互いの利益上共闘を交わしているが、いつ寝返って命を取られるか気が気ではない。


「救助は壊滅的。過度の期待は禁物っと…。何度も試したけど、固有結界の中で使える魔術も補助系のみ。しかも、この砂…。魔力を吸収してる?」

「此処はミケガサキとフェラ、両国を隔てる大砂漠。距離がある上に、特殊な魔力分子からなる砂だ。大元は、あの太陽光を浴びて魔力分子に変化が表れたものとされている。

この砂はあの太陽光に含まれる魔力の吸収を行い、熱に変換している。太陽といっても、光自体は浴びたところで無温だ。しかし、太陽が纏う高エネルギーによって、太陽自体は高熱を帯びている。そのエネルギーが光となり、今もこの晴天の空が広がっている。太陽がなくならない限り、この砂漠に夜は来ない。どういう原理か知らないが、この砂漠は、そういう仕組みらしい。

砂によって吸収された魔力は、この砂漠の何処かに存在するオアシスを保つ為に使われるらしいが、誰も見たことが無いから真意は定かではないな」

「太陽が七つある気がするのは僕の気のせい?」

「実際には十。もし、あの太陽が一つだったのなら、砂がこんなにも熱を帯びる事はなく、熱害に苦しむ必要も無かっただろうな。

砂漠に近いミケガサキ南部の気候とフェラの気候はこの砂漠によって、年の乾期最も多く、尚且つ高温を記録している。唯でさえ、フェラ王国はこの砂漠に囲まれた国だ。その為、フェラでは熱を利用した資源の開発や、暑さに対する様々な魔術開発による基礎魔術の発展が著しいとされ、魔術における技術面での高い評価を得ている」


技術面における評価は良くても、性格面での評価は、『論外』だろうな。

しかし、あの国にイケメンや美女が多いのは、太陽光によるDNAの構造に変化が起きてるからなんじゃないだろうか?

面は良くても性格に難ありというのが、唯一、あの国最大の欠点だろう。


「キシャアアアアッ!」


カリスは無数の触手を器用に動かし、僕等を射殺さんと躍起になっている。

触手に勢いはあっても、本体に勢いがないのは、やはりこいつもこの暑さに耐え切れないのだろうか。

いくら強固な甲殻があったとしても、足元まで甲殻は無い。あんなにデカイ図体なら、熱を浴びる面積は僕等の数倍だ。


「持久戦に持ち込んでみる?」

「体内の水分を全て蒸発させる気か、貴様…。我々とて、状態は奴と同じ。奴は確かに図体はデカイが、その分生命力は強い。

カリスの体内に流れる血はこの砂とはまた違った成分で出来ているらしく、熱さで蒸発する程やわな血ではない。

私に限らず、どの国の騎士も鎧を着るのは、単に国を識別する為だけではなく、この鎧は熱と砂による魔力吸収などの自身に害のある効果を抑える役割を果たしているからだ。…しかし、お前は良く無事でいられるな。普通ならとっくに体の水分は蒸発しているぞ。少なくとも、意識が朦朧としてもおかしくない」


感心したように目を丸くしながら、騎士隊長は言う。


「魔術で外界から得る体の感覚を一時的に麻痺させてるからね。こんな時に足元をふらつかせている場合じゃない。エビの動きが弱ってきた今が好機じゃない?僕がエビの注意を引き付ける。その隙に君は…殻は硬そうだから、足から攻めてくれ。

念のために聞くけど、あの尻尾に毒は?」

「安心しろ、刺されたところで、死ぬ要因は毒ではなく出血多量によるものだ。確かに尻尾に毒はあるが、死に至る程の殺傷能力はない。だが、何らかの後遺症は確実に残るだろうな」


安心出来る要素がない様な気がするのは気のせいだろうか。


「では、後は頼む。上手く囮になれよ」

「なるべく早くお願いしまーす」


まぁ、どんな巨体であれ、ラグド最強の騎士の手に掛かれば瞬殺だろう。

…問題はその後かもしれないな。


それにしても、囮をかって出たは良いものの、どうすれば奴の気をこちらへ向けれるのだろうか?

エビ相手に罵詈雑言を並べ立てたところで、奴がそれを理解出来る程の知性を兼ね備えた生命体であるのか謎である。

仮に、僕が奴の注意を引けなかったとする。それでも騎士隊長は一人で討伐するだろうが、当然、何故何もしなかったかを問われるに違いない。待ち受ける未来は瞬殺だ。

かと言って、僕が何らかの方法を用いて奴の気を上手く引けたとしよう。


その先に何があるか?

答えは、僕の死しかない。


「前門の虎後門の狼ってか…?確かに、進路も退路も断たれたよ」


うぅ…と呻きながら、恨みがましく迫って来るエビ…正確には触手を見る。

果敢にも、騎士隊長は剣を携え、カリスに向かって行っている。鎧を着ているとは思えないほど早い。

教官の様に、足に陣でも刻んでいるのだろうか。

そういえば、最近、カイン達に会っていない様な気がするな。


「とにかく、エビをどうにかしよう」


騎士隊長が向かった以上、僕も腹を括らなくてはならない。

何か投げるものはないかと地面を見るが、辺り一面砂だらけ。石ころ一つ無かった。仮にあったとしても、到底手で持てる代物ではないだろう。


「困ったな…」


相変わらずエビの触手は向かって来るし、騎士隊長は向かって行ってる。

僕も行動を起こすべきなのだが、何も出来ない。強いて言うなら、走る以外の選択肢しか残されていない。スタートダッシュの構えを取る。

大量の汗が滴り落ちて、直ぐに砂に吸収された。それでも至る所から新たに吹き出る汗が服にへばり付いて気持ちが悪い。

足場が砂場だから、何処まで早く走れるか分からないが、節足動物に負ける訳にはいかない。


「ふぅ…」


深呼吸を一回。体勢を前に傾ける。ザッ…と砂を捩る様に足を後ろへ下げた。


「…よし、行くか」


とりあえず、向かって来る触手を避けるところから始めてみよう。

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