第十九話 ミイラ取りがミイラに
「…陽一郎さんが?参謀だから城の征圧は任されないと思うけど…?」
「えぇ、その通りです…。しかし、彼は別に命じられて城を征圧したのではありません…」
そう言って、フレディはもう一度城を仰ぎ見る。
「貴方が死んだと思われたのです…。実際、仮死状態でしたので、ある意味正しい判断と言えるでしょう…」
その言葉が示す意味を理解しあぐねている僕は、首を傾げる。
「つまり、どういう事…?」
見兼ねたノワールが、代わりに説明してくれた。
「その…、優真様が仮死状態になられて数分後、陽一郎様が起こしになられたのですわ」
一旦、言葉を切って僕の顔を覗き込むノワールは、言いにくそうに、怒らないでくれますか?と不安そうに問う。
「別に…良いけど…」
安堵の息を吐き、やはり申し訳なさそうに…。
「その…、いつもの悪ふざけで…」
「うん」
ちらりと僕の顔を見て、意を決した様に言う。
「お葬式の準備を…」
「!!?」
「も、勿論、いつもの悪ふざけですわ!私は反対でしたが、ノーイとフレディが有頂天に…」
「二人とも、そんなにはしゃいでたの!?」
僕が二人を見ると、罰が悪そうに視線を逸らす。
確信犯だ。悪ふざけでもマジで喜んだよ、こいつら。
「その時、陽一郎様がその光景を目の当たりにして発狂を…。全部破壊し尽くすと吐き捨て、城へと向かって行きました。旗が上がったのはそれから数十分後の事ですわ」
「そりゃ、発狂したくもなるでしょ。手塩をかけて育てた愛息子が死体になってるんだから。
…しかし、完全に悪役じゃないか。魔王もビックリだよ。勇者より魔王に向いてるんじゃないのかな。
何にせよ、父が仕出かした失態は子が責任を取るべきだよね。どうしよう?」
「「取り敢えず、切腹で」」
「お前等がな」
****
「こちら、田中優真。現在城下街です、どーぞ」
日差しも少し弱まってきたに昼過ぎの頃。
人気の無い城下に、およそ縦横百センチ、高さ五十メートル程の四角い所々下地の薄い茶色が目立つ迷彩柄の箱がもそもそと動いていた。前には小さな二つの穴が空いている。
これが密偵専用の秘密機材の一つ。恐らく、世界に唯一つしかないだろう。
内部は特殊加工が施してあり、薄暗い内部には仄かな明かりが灯っている。
勿論、壁が厚いので明かりが外に漏れる事はない。
例外があるとするならば、前に開いた小さな穴のみ。今は昼過ぎ。内部がどれ程明るかろうと気付かれる事はない。万が一の事があったとしても、穴の少し上に取り付けられた黒い布がカーテンとなり、光が漏れる事はなくなるのだ。
さらに通信・映像記録機能が搭載されており、特殊な周波で連絡を取る為、逆探知は不可能。更に相手の連絡を妨害する事も可能である。
操縦者は一人。操作は至って簡単であるが、移動速度が遅いのがたまに傷だ。
………………………。
「人間、ダンボール一つであそこまで盛り上がれる生き物なんですね。哀れを通り越して同情します」
携帯型モニターから様子を見ていたノーイは静かに呟いた。
『優真、街の様子はどうなっている?温度は?』
「少し厚いけど、風があるから丁度良いかも。でも、もうちょっと通気性があっても良いよね」
『誰も、箱内の状況報告は聞いていないぞ』
「ちょっと待ってて。今、木陰で休憩中」
『真面目にやりなさい』
時折吹き抜けるつむじ風や砂埃が雑音を生じているのだろう。時折、魔法陣から雑音が響く。
携帯型モニター故、画質は荒い。街の様子を見ようとも画面切替をした所で映るのは屋根と青空。
どうやら、陣の構成を誤ってしまったようだ。こうなってしまっては、唯一、穴…いや、彼の目に直結して届く映像を頼りにするしかない。
箱の内部に形成された陣からも音声や通信は可能で、万が一の時の為に通信用補聴器もあるが、やはりこれも携帯型故に脆い。
少し間が空いて、軽い雑音と共に連絡が入った。
「人気は無いかな…。魔力の残滓みたいのを感じるけど。ゾンビさんの姿は今のところ無し。ゾンビさんにでも連れてかれたのかな?」
『そうか…。念のため近くの民家を覗いてくれ』
ガサゴソと移動音が響き、やがて止まった。近くの家に着いた様だ。
ピンポーンッ…。
「…おい、田中。何でインターホン押した?」
「いや、最低限の礼儀は必要かなって…」
「脳みそはゾンビと同レベルの様ですね」
「どんなに雑音が混じってても鮮明に聞こえる貶し言葉をありがとう」
その時、ガチャッ…とドアが開く。
通信用の魔法陣から噛み殺した様なくぐもった悲鳴が聞こえた。
それもそのはず、画面に映ったのはゾンビの顔で、それが画面いっぱいに映っているのだから、これを目の前で見ている彼は失神してもおかしくないだろう。
「ぎャ?」
ゾンビは不思議そうに目の前に置かれた迷彩柄の箱を見ていた。有り得ない角度まで首を捻り、観察を続けている。
「…………………ヮン」
ガタンと映像が揺れる。
勿論、操縦者が跳ねた為に起こった揺れだ。
「…いや、流石に無理があるだろ…」
「千年にも及ぶ今までの私の知能と記憶を以ってしても、長方形で迷彩柄の犬には未だ出会った事がありませんよ…」
画面を食い入る様に見ていた二人は溜め息を吐きながら脱力していた。
その間にも、操縦者は無駄な抵抗を続け、今だヮン、ヮン…と棒読みしながらもガタガタと揺れている。
「がギァァァッ!!」
突然、ゾンビが奇声じみた大声を上げた。すると、何処からともかくゾンビがわらわらと出て来る。そのまま箱を取り囲んだ。
「僕は完全に包囲されているッ!!」
「知ってる」
「見れば分かりますよ」
画面を見ながら淡々と言う二人を余所に、ゾンビ達はジリジリと箱に近付いて行く。
「見てるなら助けてっ!!」
「「無理」」」
「だよね!」
そのままゾンビの手が伸びて、箱を掴む。
その時、白い光が目眩しの様に辺りを照らしたかと思うと、映像が街から別の場所へと変わった。
『優真、どうした?』
「『瞬間移動の陣』で城の表門まで飛んだ。今から城内に入るところ」
『そんな堂々と入って大丈夫なのか…?』
「選択肢は唯一つだよ、吉田魔王様。今、僕は連行されている」
『結局、捕まったんだな。飛んだというより、飛ばされたが正しいんじゃないか?』
「何はともあれ、手っ取り早く城内に入れるんだ。結果オーライだよっと…」
目を閉じたらしく、画面が真っ暗になる。
バキッ…、ドゴッ…と打撃音だけが暗くなった画面から聞こえてくる。
「ある意味、悲鳴より達が悪いな」
「彼、武道を嗜んでいましたっけ?」
顔を青くして言う岸辺に、ノーイが尋ねる。
「…やろうと思えば出来る子だからな、田中は。唯、やらないだけで。今のだって、多分、陽一郎さんのを見様見真似にやっただけだろうし…。くそー、また鍛えなきゃな」
「ふふっ…。素直じゃないだけで良き理解者であり、ライバルなんですわね、岸辺さんは」
ノワールが微笑みながら言うと、岸辺は照れた様に頭を掻き、そっぽを向きながら言う。
「頭じゃとても太刀打ち出来ないからな。田中って実は物凄い奴なんだぜ?」
「それは…。頭じゃ誰も敵わない程の馬鹿という意味ですか?友という肩書きを持ちながら案外、酷いですね」
「違うっ!どうしてそうなる?」
「岸辺、お前…。まさか、キング・オブ・馬鹿の座を狙っていたのか!?」
「…少しでもお前を褒めてやろうと思った過去の俺を殴りたい」
****
真っ黒い城壁をくぐり抜けて、巨大な門が耳障りな音を奏でながら開く。
城内は兵士はおろか、ゾンビ一体も見当たらなく、静寂が広がっていた。
「誰もいない…。ちょっと確かめるか」
奇妙と言うべき静寂に、顔をしかめた優真はいつの間に取り出したのか、彼の手には漆黒の杖が握られていた。それを前に突き出し、床を叩く。
カツンッ…と小気味よい音が響き、床に巨大な陣が形成される。しかし、次の瞬間、乾いた音と共に硝子の破片の様に陣が光の欠片となって砕け散った。
それを合図とするかの様に辺り一帯の空間が歪んだ。やがて、渦の様に一点の空間に吸い込まれて行く。
無論、その場に居るモノ全てが対象となっているらしく、成す術も無く吸い込まれて行った。
………………………。
……………………。
「…砂漠?」
燃え盛る太陽の真下に広がる広大な灼熱の大地。
此処へ飛ばされて数分と経っていないが、既に額には汗が浮かんでいる。
日を充分過ぎる程浴びた赤茶色の砂は靴越しからでも焼ける様に熱い。まるで鉄板の上に立っている様だ。日差しは肌を射る様に容赦なく降り注ぐ。
空間転移にしてはあまりにも規模が大きく、幻術にしてはやけにリアルだ。
「…やっと来たか、溝鼠。どうやら、目は完治したようだな」
短い金髪に透き通る様な白い肌。教官に似た凛々しい声。
姿に覚えはないが、その声には聞き覚えがあった。何より、容姿に似合わぬ殺気を身体が覚えている。
そう、ラグド王国第一騎士団騎士隊長……。
確か…………………。
えっと………………。
「…お名前をお伺いしても…?」
「ラグド王国第一騎士団騎士隊長アンネ・ドルイド。貴様を殺す騎士の名だ」
「はぁ…、そうですか。此処は…?」
「…『罠』。『魔眼』でも見破れぬのも無理はない。ランクSの領土に仕掛けられる事が多い空間転移型固有結界の一種。貴様の様な害を成す者が足を踏み入れると作動し、飛ばされ死ぬまで出ることは不可能とされる」
つまり、此処は巧妙に造り上げられた幻術の空間ではなく、本当の砂漠ということか。
空間転移型固有結界とは、その空間に足を踏み入れた他者をランダムに別の僻地へと飛ばし、そこに閉じ込める結界魔術。
空間転移型固有結界には幾つか種類があるらしいが、これは結構質の悪い部類に入る。
「なぁ、田中…」
「ん?」
通信機から岸辺が怖ず怖ずと言う。
「つまりは…、そこに居るその人も見事に引っ掛かったって事だよな?」
「……………………。」
「……………………。」
互いに目が合ったまま、沈黙が襲う。
「…あのさ、岸辺」
「おう」
「何で、空気読めないの?」
通信機から、うっ…と詰まった様な声が漏れる。
「僕だって気付いてたさ。でも、この人は武装王国の最強騎士様なんだよ?その場にいないお前が言うのは簡単だ。だが、この人のプライドは?僕の命はどうなる?その禁句を口にしてみろ、この魔術無効の灼熱地獄でか弱い僕は斬り殺されるぞ!?」
常に殺気を纏っているこの人が『罠』に引っ掛からない訳がない。恐らく、僕が城へ来ると踏んで先に来たのであろう。しかし、無慈悲にも『罠』、作動。
ミイラ取りがミイラにとはよく言ったものだ。まさにこの状況。さぞ、独りで寂しかっただろう。やけに饒舌なのは、安心したからなのかな。
「…出会った時点でそれは避けられないと思いますが?」
「よく考えろ、田中。美人に斬り殺されるんだ、男冥利に尽きるじゃねぇか」
「その場にいないから言えるんだって!!」
「ほぅ…?私じゃ不服と言う訳か?」
肌を射るような日差しさえ可愛いと思える様なドスの利いた声と、熱風よりも強い殺気が背後から襲って来る。
「……滅相もございません…」
そう、その場にいないからこの怖さは誰も分かってくれない。
『優真、今から城に向かい解除を試みるから何とか頑張りなさい』
「ふっ…。そう簡単に行かせると思うか?」
ピンポーンッ…。
通信機越しから、微かにインターホンの鳴る音が聞こえた。
「居留守は駄目ですっ!大人しく、開けなさいっ」
「ゾンビ同レベ馬鹿第三号ですね」
ノーイさんの小馬鹿にした声が届く。
「なん…だと…?」
「えっ…?」
神話だったかに登場する蛇女ゴーゴンさながらに髪を逆立て、怒気を表わにするラグド騎士隊長。
「妹を馬鹿にしたな…?」
「いや…、僕じゃなくて、ノーイさんが…」
耳の通信機を指差すが、怒りが収まる訳もなく…。
「その罪、万死に値するっ…!」
思ったより、罪、重いっ!
剣を引き抜き、足場が砂と思わせぬ程の俊敏な動きで長剣を構え、切り掛かって来る。
「そうか…。これが噂のシスコン!?」
「死ねっ!」
避けようにも足場が悪かった。砂に足を取られ、うまく動けない。
騎士隊長が僕に切り掛かろうとした時だ。
突如、爆発が起こった。一斉に砂埃が上がる。それにより巻き起こった熱風と砂嵐が僕等を襲う。
「なっ…!?」
「シャアアアアアアッ!!」
灼熱の大地の砂場から突如現れたのは、巨大で真っ赤なザリガニとサソリを足して二で割ったような謎の生物。大半はザリガニで、尻尾だけはサソリの尾という良い所取りな生物だ。
口元には触手なのか知らないが、長いウネウネとなびくヒゲがある。
「何処かでお会いしましたかっ!?」
「っ…!!?お前、知り合いかっ!?」
「知り合いに似ている気が…」
あぁ、そうだ。三大珍味の奴らに似てるんだ。似たような外見だもんなぁ。デカイし。
「何…?こいつはカリス。砂漠の狩人の異名を持つエビだ」
「エビっ!?海に老けると書く奴の事ですか!?」
「おかしな奴だ。他に何がいると言う?如何にも茹で上がったエビの様な色だろう?」
「茹で上がったエビは、こんな毒々しい赤色じゃなくて、もっと美味しそうな色付きです!」
「お前、本当のエビを食べた事がないのか…?」
「エビに本当も嘘もねぇよっ!」
「キシャアアアアアッ!!」
エビ…もとい、カリスは無数の足を素早く動かしてこちらへ向かって来る。巨体だけあって、あっという間に距離は縮まった。
長いサソリの様な尻尾が、僕等を射殺さんとばかりにまるで鋭い槍の様に向かって来る。
お互いに間一髪の所でそれを避けるとカリスから距離を取った。
「…田中、大変な状況の中悪いが、一つ良いか?」
「ん?何っ!?」
「いや、お前等の意見の食い違いについてだ。まぁ、無理もない話なんだが、お前の想像するエビは、回転寿司で回ってる海老な。赤と白のシマシマの身のやつだろ?」
「まぁ…、そうだね」
「向こうの女騎士隊長の言ってるエビは、デカいエビ」
「…つまり?」
「ロブスターって言ってもお前、知らねぇだろ?…ほら、料理番組に出て来る馬鹿デカイ奴。つまり、アレな訳だ」
「…岸辺」
「ん?」
「だから、何?」
暫くの無言の後、通信が途絶えた。
感想等ありましたらどーぞ!




