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第十八話 征圧


………………………。


明真さんと別れてから意識が暗闇に呑まれた。一筋の閃光が走り、知恵の悪魔を通しての『その後』が浮かび上がる。

やがて回想は終りを告げ、頭の中に浮かんでいた記憶の景色が朧げになり、また真っ暗闇に戻った。突如、巻き起こった光の渦が意識を飲み込む。

激しい目眩がする。それと吐き気。まるで全身を強く揺さ振れている様な、一つのものを無理矢理引き剥がす様な感じだ。

やがて、意識は導かれる様にして渦の中心へと吸い込まれて行った。


…………………………。

………………………。


そっと目を開けてみる。

見慣れた部屋が広がっていた。安堵の息を漏らし、視線を国宝から戻した。


『……………。』

「……………。」

「……………。」

「……………。」


まさかのノーリアクションっ!

還って来て早々空気重っ!自宅にいるのに、何か居づらいっ!


「………………あ」


ノワールが僕の存在に気付く。唇から漏れた吐息に吉田魔王様達が僕の方をちらりと見た。


目が死んでるよ!!?

皆、僕が帰って来るの、そんなに嫌だった!?

しかし、僕はこんな事でめげたりしません。現状打破は会話あるのみ!レッツ、トーキング!!


「…ぁの、色々あって過去に行ってたんだ。心配かけてゴメン」


さぁ、渾身の第一球!はたして誰が取る!?


「はぁ…、そうですか…。ご無事で何より…」

「…………あ、うん。ありがとう…」


……………。

…………………。


ノーイぃぃぃぃっ!!!


止めないで!会話のキャチボールを止めないで!

せめて、何か突っ込めよ!ツッコミ所満載だぞ!?

お前の心配なんかしてないとか、心配なんかしてないとか、心配なんかしてないとか!!

普通に心配されたから、思わず普通に返事しちゃっただろうが!

…正直、ちょっと嬉しかったよ!


しかし。


『……………。』

「……………。」

「……………。」


振り出しに戻ったぁぁ!!


誰か、誰でも良いから、この空気を変えられる勇者はいないのか!?

堪え難い沈黙を破ったのはやはり、この男。


「ご無事の帰還なによりです、影の王…」


するりと影から現れたのは勿論、フレディだ。彼に会うのも何だか久しぶりの様な気がする。こっちじゃ、そう時間は経って無いようだけど。


「フレディ、何この空気?僕、還って来ちゃ駄目だった?」

「そうですね。……いえ、そうとも言えるかもしれないという意味ですよ…」


こいつ、ハッキリと肯定しやがった…。


僕の考えを読んだのか空気を読んだのか知らないが、気不味そうに頭を掻く。

そして苦し紛れにこう言った。

「影の王、朗報です…」

「君の本音に勝る朗報は多分無いよ」

「岸辺太郎と吉田雪が負傷したようですね…」

「何処が朗報!?」


フレディは、溜め息を吐きながら残念そうに言う。


「奇しくも一命を取り留めた様です…」

「二人に何か恨みでもあるの!?」


勿論、冗談ですが…と真顔で言って退けたフレディは一度影に手を突っ込むと、引き上げる。

引き上げられたそれは突然の出来事に受け身も取らず派手に床に尻餅をつく。少し呻いてから、キッ…とフレディを睨みつけた。


「ぶ、無礼者めっ…!父上に言いつけ……うん?」


そいつの碧眼が僕に向けられる。次の瞬間には、気が緩んだのか顔を歪めて泣きながらこちらへ突進して来た。

何だかんだ言っても、やっぱり子供なんだなぁとか感心しながら迎え撃つ構えを取る。


「うわぁぁん!!下僕友人っ!!」

「どっちにもなった覚えはねぇよ!」

「身長低いな、お前ー!!」

「そこに直れ、クソガキ。背が伸びることの尊さを思い知らせてやる」


そんなこんなのやり取りを経て、僕の膝にへばり付き泣きじゃくる子供…フェラ皇子はしゃくりながらも事の次第を話してくれた。


フェラ皇子が落ち着くまでに、フレディが同じ方法で岸辺達を引っ張り上げ、床に寝かせていた。…勿論、皇子ほど手荒くはない。

二人の治療は『沈黙の書』のアリアという治癒専門の魔族が施してくれていたらしく、雪ちゃんの腹部、岸辺の背中の刺し傷から血は出ていなかった。

彼女曰く、二人共急所は外れていたものの、出血があまりにも多かった為、暫くは安静とのこと。意識もそのうち回復するらしい。


「何時ほどの事だった忘れた。多分、首脳会議が終わって数日後の事だと思う。マフィネス王国を名乗る大使が我が城に来た。詳しくは知らないが、首脳会議がフェラ王国で行われているから来たというような事を言っていたな」

「首脳会議って毎年周期的に各国で開かれるんでしょ?」


カインの話では、フェラ、ミケガサキ、ミリュニス、ラグド、マフィネスと毎年の開催国順が決まっていたらしい。マフィネスが亡国し、ミリュニスが魔に堕ちた今では、フェラ、ミケガサキ、ラグドの順となっている。

フェラにやって来たその大使は例年と同じに数えてフェラに来たということだろうが、恐らく態とだ。


「父上が事情を話すと、大使の奴らは事の次第を全て話した。…しかし、奴らの事情など我が国が知った事ではない。時間の浪費だ。まぁ、下賎な輩の企みなど知りたくもないがな。父上が同盟を拒むと、この僕を人質にしたのだ」

「しかし、同盟を組むにしろ、何が目的で組むのでしょう?」

「何やら巨大な施設を造るとか何とか言っていたぞ。あのラグドまで同盟を結んだ様子だったから何か良からぬ事を企てているに違いない」


やっぱり、ラグドとも手を組んでいたか。まぁ、勇者と魔王と偽魔王の二ヵ国に対し、お金と魔術とナルシストだけなんて不安でしかないよね。

それにしても、巨大な施設か…。巨大な、施設…。施設…。施設。


「ああああああっ!!」

「どうしたんですか?騒々しい。無駄な二酸化炭素を排出しないでくれませんか?室内が汚染されます」


ノーイさんの辛辣なツッコミを無視し、その場で足踏みする。すると、煩いと言わんばかりに影が揺れた。…いきなり地団駄踏みを出した僕に対する皆の信頼も大きく揺れているが。


「働け、野郎共!馬車馬の如く働いて働きまくって、休憩して再度働いて、草の根掻き分けて、引ったくてでも『国宝』を探すんだ!」


ビシッと明後日の方を指差しながら叫ぶと、至る所の影から死霊達が飛び出して行く。そのまま窓ガラスを破壊して表へ出て行ったがまぁ良いとしよう。


「話が見えませんよ、一から説明してください」

「頼まれる、探す、見付ける、止める!!」

「邪魔者は…?」

「息の根を…、止める!!」

「流石、影の王…。それでこそ我等が主です…」


皆、拳を高々と掲げて熱く宣言する僕と一人拍手喝采で盛り上がるフレディについて行けず、途方に暮れている。


『盛り上がっているところ悪いが、ちゃんと一から説明してくれ』


掻きむしったのであろうやや乱れた髪型のまま、顔を手で覆う様にして吉田魔王様は疲れた様に溜め息を吐いた。


よし、何だかんだで皆、目に光が戻ったぞ。

僕が事の次第を話して聞かせると、吉田魔王様は露骨に顔をしかめた。

何か言いたそうに口を開閉させるが、結局出て来たのは苛立ち混じりの深く重い溜め息。


「因みに、確証はあるんですか?」

「新資源騒動の時に、ラグドが襲って来たでしょ?あいつら、どさくさに紛れて『魔力魂』回収して行ったみたいなんだよね。

今回、ラグドと手を組むって事は戦闘面での補助強化もあると思う。目には目を歯には歯をっていうから、一応身構えた方が良いんじゃない?まぁ、それを造るかどうかは分からないし、造り方も分からないから確かな確証は無いよ。

…どちらにせよ国宝は集めないと」


恐らく、マフィネスが造ろうとしているのは、自国を滅ぼした新資源の応用、感情エネルギーを利用した核に並ぶ負の兵器。

アレが来たら間違いなく、土地ごと跡形もなく吹っ飛ぶ。

見た所、地下の研究所は必要最低限の専門機具が揃っていたが、ミケガサキ政府はあまりそういう研究事に感心がなくあまり投資していなかったご様子。柾木さんも金が無いだの狭いだの愚痴っていたが、設備・資金不足であれだけの完成度というのは、あの人達が本当に天才だったからなんだろうと密かに感心する。


『…一つ、聞いて良いか?』

「ん、何?」

『何故、怒らない?』


少しの間が空いた。勿論、今の発言に対する理解に掛かった空白である。


「明真さんの事?」

『あぁ。…父親なんだろう?』

「そうだよ。でも、何で?」


平然と答える僕に、吉田魔王様は少しうろたえた。

一二歩後退る。


『な、何でと言われても…私達にも責任があることは確かだ』

「責任はあるかもしれないけど、明真さんの事とは関係ないよ。無関係でもないけど…。明真さんは自分の責任を取っただけ。誰も悪くない。あの人は…、父は曲がった事が嫌いなの、吉田魔王様も知ってるでしょ?」

『なら、せめて一言言わせてほしい。すまなかった…』

「別に…。もう過ぎた事だよ」


………………………。


折角、シラけた空気が改善されつつあったのに、何て事してくれるんだ!空気読め、吉田魔王様!


「…それにしても、勇者達は何で負傷しているのですか?」


そんな気不味い空気を払拭するようにノーイさんが口を開く。


「それは…」

「雪のは二重人格の偽リーナが、俺のはキーナがやった」


言い淀む皇子に、別の声が聞こえてきた。見れば、岸辺が起き上がっている。


「リーナって二重人格だったの?まぁそれはいいとして…。岸辺、何でお前がキーナに刺されるわけ?」

「リーナを刺そうとしたからな」

「珍しいね。岸辺が冷静さを欠かすなんて」


僕のその言葉に、岸辺は赤面を隠す様にそっぽを向いた。


「目の前で大事な女が刺されたんだぞ、発狂して当然だろ?…別に、す、好きとかそういうんじゃないからな?男たる者、女を守るのが当たり前だからだ」


成程…。残念ながら守れてないぞ?岸辺。

しかし、とんだ隠れツンデレがいたものだ。

つか、大事な女って今時の若者が使う言葉じゃないだろ。気障過ぎる。


「…別に何でも良いけど、誰もお前の恋慕なんかにキョーミねぇぞ?」

「田中の癖に生意気な…!いっづ…」


「僕が田中なら、お前だって岸辺だろ!」

「………………そうだな。…で?」

「…間違えた、太郎だ。太郎の癖に田中を馬鹿にするな!山田さん、佐藤さん、鈴木さんに並ぶ名字なんだぞ!」

「太郎だって例に用いられる名前だっての!いづっ…」

「学習しないバーカ」

「チビチビチビチビ…」


そんな低レベルの言い争いが五分程続いた時だ。


ピンポーンッ…と家のチャイムが鳴る。


「…誰だろ、カイン達かな?」

「面倒ですから、居留守を使いましょうよ…」


フレディが気怠そうに言うが、無論、そんな訳にいかない。

チェーンを外し、ドアを開ける。


「ウがァ……」

「●%◇@■&!!?」


自分でも訳の分からない言語が口から飛び出た。

いつぞやかの、パンの件がフラッシュバックする。

今回のゾンビは前の映画に出て来る様な、いかにも今墓場から出て来ましたって感じのゾンビより少し小綺麗なゾンビだった。

…どちらにせよ、ゾンビである事に変わりないが。


「何でピンポン?何で、ピンポン押したの!?何でピンポン…」

「落ち着いて下さい、影の王…。恐らく、中途半端に知能が残っているんでしょうね…」

「必要最低限の礼儀が残ったか!」


そう言っている間にも、ドアの開閉を巡る地味な開閉の攻防は続いていた。


「因みに、魔王の家は此処ではありません…。あちらのお城です…」

「グがッ」


ドアに掛かった力が抜け、パタンッ…と無事に閉まった。急いでチェーンを掛ける。


「ふぅ…。これで安全ですね…」


………………………。


「いや、カイン達が危なくね!?」

「平和に犠牲は付き物です…」

「否定出来ない自分が憎いっ!一応、カインに連絡した方が良いよね?危険が迫ってるんだし…。あの数と勢いじゃ征圧されかねないよ。あのゾンビは何処の回し者だろうね?唯でさえ今は裏はマフィネス、表はラグドが征圧せんと企んでるんだから」

「……………。」


そう長くない廊下を通り、リビングへとたどり着く。しかし、僕の悲鳴を聞いて何故誰も駆け付けてくれないのかな。


『……………。』

「……………。」

「……………。」

「……………。」


…何故、降り出しに戻る?しかも岸辺まで。


「影の王…、私は一つ謝らなければいけません…。私達がひた隠しにしていた極秘機密です…」

「極秘、機密…?」

「はい…。確かに影の王には還って来て欲しくありませんでした…。個人的に…」

「…空耳かな?」


何故なら…と静かにフレディは窓辺に歩み寄り、窓の外、城を仰ぎ見た。

それに習い、僕も視線を城へと移す。


「……………………。」


窓の外。

午後の日差しを浴び、黒光りするミケガサキ城。もとい、魔城。

その頂きにはためく国旗はプラチニオンを象徴とするミケガサキの旗ではなく、黒鷲を象徴とする金の刺繍が施された真っ赤な国旗。つまり、ラグドの紋様である。

例え紋章が無いとしても、こんな大変な時に攻め込むなんて空気を読まない行動を仕出かすのはこの国しかいない。


「ミケガサキ城は略奪されてしまいました…」

「僕がいない間に、一体何があったの!?首謀者…誰が城を!?」


あのカイン達を退けて城を乗っ取るなんて、ただ者じゃない。ラグドにそんな化物がいたとは…。


「今回のランクSの領土ミケガサキ城を征圧したのは…」

「したのは…?」


長い沈黙を破ってその名が告げられる。


「田中陽一郎です…」


それを聞いた途端、僕は膝から崩れ落ちた。

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