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第十七話 ミケガサキの英雄〜明真武勇伝〜

今回の話はやたら長いです


松下明真について僕が知る限りを話しておこう。


松下明真は名前こそ平凡であるが、その実、名家の跡取り息子であった。

富より古来の伝統と家訓を重んじる名高い武家の血統の家だったらしい。


それが反面教師となったのか、社会に出る頃には既にチャランポランな男となっていたようだ。

しかし、その全てがいい加減な男ではない。根は誠実で真面目なのだと、フォローしておこう。

ただチャラいだけの男と財閥令嬢であらせられるあの気高い由香子様が付き合うはずもないし。


明真さんは正義感…いや、親切心と責任感が人一倍強い。そして世間知らずだ。尚且つ馬鹿で無鉄砲。

頼まれたらそれ以上の事をやってのける。お節介とも言うだろう。

また、世間知らず故に問題を起こす事も多少あった。


だから、今回を含む大方の問題はこの人が原因と言っても過言ではない。


繰り返すが、松下明真という男は、馬鹿で無鉄砲、おまけに世間知らずだ。

しかし、根は真面目で誠実で、親切心の塊の様な人である。


何より、人一倍責任感が強かった。


だから、彼が発端となった問題の全ては、彼自身の手により解決している。



…これは、後に英雄としてその名を馳せる父、松下明真の最期の話。



****



ミケガサキ王国祀帝暦一七二六年。緑濃月初旬。


緑濃月には珍しく曇天の空が広がっている。

体に纏わり付く様な生温い風が肌を舐めては去っていく。


城の外から国内を一望出来る寂れた丘の上。

昔は色とりどりの花が咲き乱れる憩いの場であったが最早、その面影は過去のものとなり、いつしか謀反者の墓地となった。

今では誰も足を運ぶ事のない荒れ地と化し、沢山の十字架が並ぶ。


ぽとり…と、すっかり短くなった煙草の一部が灰となって落ちた。


「すまねぇな…。誰が引っ掛かったか知らないが、地獄で罪を償っとけよ」


禁煙してから、一度も吸う事の無かった煙草に、こうして火を点すのは何年ぶりだろうか。

追悼代わりに吹かした煙草の煙は、涙と一緒に流れて行く。最後の煙草が灰に還った。


……………。

…………。


「償っとけよじゃねぇぇ!もう少し無罪の人間が裁かれるところだったぞっ!?」

「げふぅっ!!」


僕の跳び膝蹴りが明真さんの背中に命中する。


「ちょっ、危ねっ…!

こ、康太君…。オジサン、もう少しで落ちちゃうところだったよ!?」

「僕はもう少しで死ぬところだったよっ!実の息子に何て事してくれるんだ」

「実の…、息子?ま、まさか、康太君…」


戦慄の表情を浮かべ、明真さんは僕の肩を掴んだ。


「柾木ちゃんと俺の子だったのか!?」


「違ぇぇぇっ!!」

「えっ?違うの?」


馬鹿だ!僕以上の馬鹿だった!


「断じて違うっ!つか、由香子さんと息子がありながら、不倫か!?」

「まさかぁ〜。俺の心は淡水の様に透き通おり、海の様に広いんだぞ?」

「唯の水溜まりだろっ!?しかも、そこまで言うんだったら心の深さも言えよ!」

「池の様に深くでも良かったんだか、それだと透き通らないからなぁ…」

「どうでも良い上に、中途半端な深さだな!?」


様子を見る限り、半信半疑と言ったところか。


そんな場違いな下らない事を言い争っていた僕等だったが、次の瞬間、そうも行かなくなった。


…日が差したのだ。


夏の照り付ける様なじりじりと来る熱を放ちつつも、春の様な明るさと暖かさが頭上に浮かんでいるのが分かる。

それは豆電球の様に、曇天の空を晴天に変えた。


「あ、明真さん…。アレ…」


城の上空。

雲の間に割り込む様にそれは浮かんでいた。


「ったく、とんでもないのを造ったなぁ…!!」


初めて見る、明真さんの怯えと静かな激昂。


空に浮かぶ、偽の太陽。

それは死を表す静かな静寂でもなければ、生を表す力強い鼓動も感じられない。姿の見えない者が、後ろをつけて来るような気味悪さと嫌悪感に鳥肌が立った。手には脂汗が浮かび、背中や額からは冷汗が流れる。息をするのも忘れる程、それの存在に畏怖し、圧倒されていた。


それは暫く空中に浮いていたが、次には物凄いスピードで隕石の様に禍々しい魔力を纏いながら何処かへ飛んで行く。


「なっ…、一体、何処に…」

「何処にって…そりゃ、マフィネス王国だろうよ。しかし、あんだけのエネルギーじゃ、土地ごと消滅しかねねぇな…。証拠隠滅の為だろうが、恐ろしい事を考えるもんだ。

ははっ、凄いな…。膝が笑って一歩も動けねぇ。勇者ながら情けない」


その場に力無く座り込む明真さん同様に、僕もその場にへたり込む。


「同感。僕も何やってんだろ、素直に見送ってる場合じゃないのに」


まぁ、勇者じゃなくて魔王だから、魔王として他者に侵略される事を嘆くべきなのか、人畜非道なこの行いを喜ぶべきなのか、はたまた一般人として悲しむべきなのか微妙な立場だが。


「さっきの…、地下の研究所で見た巨大な心臓だよな…。あんなもの、一体、どうやって動かしてるんだろ?」

「柾木ちゃんから聞いたことあるが、あれも一種の『魔力魂』らしい。

意思を持った巨大エネルギー資源とかなんとか。

動力は単純かつ一方的。

ほら、他国に長いこといるとさ、実家とかに帰りたくなんねぇ?」


適当に頷いて先を促すが、主に学校と家を拠点とし、外出しない僕には無縁のものである。


「つまりそういう訳だ。実感が湧かねぇならアレを炭酸水だと思え。振れば中で膨張し、蓋を開けた時に飛び出すだろ?その膨張を『感情』とするなら、いざ蓋を開ければ勝手に国に帰る」

「つまり、ホームシックエネルギーなのか」

「…いやいや、そうとも言えるが、言い方ってもんがあるだろ。せめて感情エネルギーにしとけ」


呆れながら言う明真さんの遥か遠くの方から、猛々しい喚声と悲鳴が飛び交う。見えもしないそれを一瞥すると、僕の顔を見た。

よっこらしょ…と土埃を払い落としながら明真さんは立ち上がる。


上空では雷鳴が轟き、降り出した大雨が地を穿つ。


「んじゃ、行ってくる」


明真さんは太陽の様な笑みを浮かべてそう言った。

昔と変わらないがっしりとした大きな手が僕の頭を乱暴に撫でる。

そして、器用にも足で陣を地面に描きながら喋り出した。


「此処に来る前な、家の有り金を全部持ってゲームを買いに行った」


知ってるよ。元の原因はそれから始まったから。

ゲームは初耳だけど。


「そりゃ凄い。一体、いくつ買う気だったんだ」

「ゲームなんて一度もやったことも買ったこともないからなぁ…。

…で、俺達のガキの頃、発売当日から人気があったゲームを買ったんだ」


そこから先は容易に想像出来る。

家の全財産を持ったままゲームをプレイ、おいでませミケガサキとなったに違いない。


「誕生日プレゼントだと、きちんと包装して貰って家に帰ったんだ」


待て待て。

誕生日プレゼント?


「家族の為と思って買ったんだが、協力プレイや対戦は無理らしい。

カートとか何とかパーティーとかにすれば良かったと今でも後悔中だ」

「後悔するなら、もっとマシな事を後悔してくれ」


つか、人の誕生日プレゼントを本人より先に勝手にやるか?普通。


暫くの間の後、父は唐突に話し出す。


「お前の、優真の名の由来は『真の優しさ』だと言ったのを覚えているか?名は体を表す。我が息子ながらその通りの男に育ったな。だが…」


父は僕の肩を先程とは比べものにならないくらいの力で掴んだ。


「自分を偽るのは止めろ。生まれた事に、この世に生を受けた事を誇りに思い、堂々と今を精一杯生きろ。最後の最後まで足掻け」


一呼吸置いて、最後に、といつもと変わらぬ、太陽の様に明るい笑顔で言う。


「祝い遅れたが、おめでとう、優真」


やはり、世間知らずというか、ズレている。

そのせいなのか、はたまた単なる照れか、素直に喜べない。


「何処の世界に三歳の子にゲームを贈る奴がいるんだよ、馬鹿」

「はははっ!良いじゃねえか、将来の楽しみということで。酒と一緒だ」

「遠過ぎるだろ」


そんな僕の発言を笑い飛ばしながら明真さんは僕の頭に手を置く。

てっきり、またぐしゃぐしゃと撫でられるのかと思い身構えたが、予想の遥か上を行かれた。


「入魂っ!!」

「誰の魂を!?」


成程。頭に手を置いたのは僕が動かない様に固定するためか。


明真さんの渾身の一撃が胸部にヒットする。

ミシッ…胸骨が軋む音が聞こえた気がした。

多分、空耳ではない。


「はははっ、喜べ。一生分の誕プレだ」

「まさかの愛の鞭!?」


明真さんは本気とも冗談とも取れる快活な笑い声をあげながら説明を始めた。


「今のお前は未来から魂だけ飛ばされたようだが、今の時点で、お前の魂はこの過去の時間軸にも存在している。

つまり、この時間軸でのお前はまだ三嘉ヶ崎に住む三歳児であり、ゲームをプレイしていない。しかし、此処にはその魂が存在する。本来なら、お前の魂は未来に還り、この…お前から言えば過去の時間軸からお前に関わる全ての記憶が抹消される。

今、お前にあげた俺の特殊能力『干渉』によって、お前の魂は此処と向こうの三嘉ヶ崎に同時『干渉』している状態だ。

だが、それでは、三嘉ヶ崎にいる三歳児の優真と今、此処にいる優真、そしてミケガサキの何処かで生きているミケガサキ版優真の三つの魂が存在し、矛盾が生じる。

なのでゲームは、その矛盾を解消しようとミケガサキに存在するミケガサキ版優真を消すしかない。

つまり、取り敢えず理不尽な死を向かえないという生涯一生一応安心の保険をプレゼントした訳だ」

「あー…、それはつまり、三嘉ヶ崎にいる内は有効だけどさ、こっちに来たんじゃ意味ないよね」


成程。僕だけ『リンク切れ』の理由はこれか。


明真さんは軽くショック受けた様で無言で一度、手を組んで伸びる。


「いやー、久しぶりに楽しかった。まさか、此処で息子に会えるとは思わなかった。人生ってのは、何が起こるか分からないな」


ふと、曇天から雨天に変わった空を仰ぎ、懐かしむ様にしみじみと明真さんは言った。


「血は繋がってなくても、人から与えられたものは、ちゃんと受け継がれる。

もし、お前が俺等のそれを受け継いでくれたなら幸いだ。…また、立派に育ってくれた事を嬉しく思う、誇りに思う。

…そんじゃ、優真」


明真さんはもう一度優しく頭を撫でると、軽く胸を叩く。そしてひらりと片手を上に挙げた。

これから戦地に赴くというより、何処かに散歩に出掛ける様な感じで。


「行っていきます」


陣が光り、姿が薄らいでいく。


「行ってらっしゃい」


明真さんには遠く及ばないぎこちない笑みを浮かべて手を振った。


「父さん」


父は暫く呆気に取られていたが、次には少し涙ぐみながら破顔する。


「おう!」


涙なのか、雨水なのかは分からない。雫が落ちて、地に染み渡った。


****


『…あれで、良かったのか?』

「おうよ」


雨水が影に波紋を生む。

それは時に蠢き、変幻自在に形を変える。


雨音を掻き消す程の轟音と悲鳴が歩みを進める度に大きくなっていく。


ミケガサキ第百十七区。

最下級の貧困層で、孤児や浪人、時に他国や自国の罪人が身を潜めている事も珍しくない。

しかし、百以降の区域は地盤が脆く、周期的に来る地震により跡形も無く崩れ去る為、消して安全な地区ではない。

百区と九十九区を隔てる巨大な壁があり、その中央に特殊な鉄で作られた扉が唯一の区域を移動可能にする出入口だった。

本来、魔術の知恵を持つ一般階級者にとっては魔術防止策を施していない唯の壁など意味のないものだが、魔術知識のない…当然、魔術の使えない者は身分を証明する国籍と金がないと百区域から出るは不可能。

身分証明どころか無一文である最下級の貧困層で暮らす孤児等には地盤が崩れる恐れのない第百以前の区域に移動する手段はなく、ただその時を待つしかないのだ。


恐らく、他国の兵を此処で閉じ込め、後は地震で土地の崩壊と一緒に巻き込むつもりだろう。

同じ力無き国民と共に。


「百以降の区域の住民など国民にあらず、か…。此処も他に負けず劣らず酷い国だよなぁ?大ちゃん」

『………で、あれで良かったのかと聞いている』

「だから、良かったと言っているだろ?いくら知恵の悪魔と言えど、人の心に関しては無知なんだなぁ。

あの子が俺を『父さん』と呼んだんだぞ!?親冥利に尽きる話じゃねぇか。

いやぁ、今まで他人行儀でしかなかったからなぁ…。父さんは嬉しい…、嬉しいぞ、我が息子よ!」


有頂天とはまさにこの事だと知恵の悪魔、呼称大総統こと大ちゃんは静かに溜め息を吐く。影の水面が小さく揺れた。


「心残りがあるとすればなぁ…」

『ん?』


明真が片手を横に伸ばすと黒い塊が影から飛び出し、漆黒の巨大な斧に形を変えるとその手に収まった。


「…優真も、俺が死んだ後何年か後にお前と契約するんだろ?

現に、優真はあの沈黙の書特製の『トラップ』に対して無傷で帰ってきたのが何よりの証拠だ。あれは同族には無効だからな。別に大ちゃん達に対してどうこういうわけじゃないけどさ、親として心配、不安に思う訳よっ!」


向かって来る兵に対して、斧を振り上げ地を叩く。

斧の切っ先から生み出された衝撃波が地を穿ち、兵を襲った。


「いやぁ、雨だと駄目だな。地面がぬかるんで威力が全然だ。唯の泥かけだな。相手の命中率しか下がらんわ」


眼前に迫って来る黒い鎧の兵を困ったように見据えてながら、斧を肩に担ぐ。


「こうなったら、一気に片を着けるしかないよな。

明らかに俺、不利よ?

…ってな訳で大ちゃん」

『何だ?』


名案を思いついたとばかりに柏手を打ち、兵を指差す明真に、知恵の悪魔はどうせ、録でもない考えに違いないと鼻で笑った。


「あれを全部喰って手駒にしよう!」


『勇者が吐く台詞とは到底思えないが?外道とは言わないが、とんだ邪道だな。…丁重にお断りだ』

「何で?」

『不味い』


きっぱりと言い放つ知恵の悪魔に、今度は明真が呆れた様に溜め息を吐く。


「好き嫌いは良くないぞ、大ちゃん。それでも知恵の悪魔か?」

『煩い、関係なかろう。これでも知恵の悪魔だ。美食家なんだ、不味いものは喰わん』

「大丈夫だ。百人に一人くらい美味いのがいるだろうから、そいつ等を喰おう!」

『…その案を捨てる気はないのだな?』

「誰だって自分が可愛いっ!」

『ほぅ?つまり、全部私に押し付け、自分は高見の見物か。

…良かろう。いっぺん死ね』

「悪魔がストレートに悪意を伝えるなよ」


そう言いつつも襲って来る兵達を殴り倒す。

明真は契約することは出来たものの、魔力があっても霊力が無いために死霊を使役することは出来ない。

魔王を倒し損ね、今ではその力まで衰えつつある状態で数千といる兵達を相手にするのは不可能だった。


「アンナぁぁっ!!」


子供の叫び声がすぐ近くから聞こえてきた。

見れば、焼け残った廃材に隠れていたのであろう子供の二人うち一人が斬られ、もう一人の子供が今まさに斬られようとしている。


「ちっ…!」


肩に担いでいた斧を即座に投げ飛ばす。

斧は見事に兵に当たり、真っ赤な血を流して倒れた。その隙に襲い掛かってきた複数の兵の剣が刺さり、鋭い痛みが全身を襲った。動きが鈍る。

それでも力任せに剣を引っこ抜くと、兵達を吹っ飛ばす。


「あ、あの、あああ、あのぅ…」

「ん?あぁ、大丈夫だったか?こら、男が泣くんじゃない。

…嬢ちゃんの方は大丈夫か?」

「わ、わがりまぜん…」


駆け寄って来た赤毛の男の子は、先程斬られた金髪の女の子を背負い、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、首を振る。

よく見れば、女の子の方は目から血を流していた。

剣先が目を抉る様にして当たったのか、閉ざされた両目のうち、左目は陥没している。


「おいおい、泣いてちゃ嬢ちゃんを守れないぜ。

君、名前は?」

「か、カイン・ベリアル…」

「おう、カインか。そっちの嬢ちゃんは?」

「あ、アンナ…」


よしよしとカインの頭を撫でると、辺りを見回した。視覚は頼りにならなくとも聴覚がある。意識を集中させると数千の足音がこちらへ向かって来るのが聞こえてきた。


「貴方は、き、騎士の人ですか…?」

「おう。ミケガサキの騎士にして勇者、松下明真だ。なぁ、カイン。此処で会ったのも何かの縁、一つ頼まれてくれねぇか?」


明真は笑うが、少し寂しそうな笑みだった。


「無理な頼みかもしれない。騎士になって、勇者を守っちゃくれないだろうか?…そして、そう遠くない未来、いつか必ず訪れるであろう俺の息子の力になってほしい」


明真は真剣な目でカインを見る。対してカインは視線をさ迷わせた。


「で、でも…、騎士なんて…」


その視線が金髪の少女、アンナを映し、唇を噛み締めると共に拳を強く握る。


「アンナ、助かり、ますか…?騎士になれば、僕が、アンナを守れますか?」

「約束だ。必ず助ける。

カイン、お前は強い子だ。大丈夫、必ず守れるよ。

…じゃあ、交渉成立だ。アンナお嬢さん、何か異論でもあるか?」


ゆらりと立ち上がり、目から血を流しながらもアンナは明真を睨みつける。

明らかに殺気立っていた。


「あるっ!」


少女は吠えた。

髪を振り乱しながら叫ぶその様は金の獣の様だ。


「カインが騎士になるというのなら、私だって…、なって見せる!

勇者!片目じゃ、カインを…カインを守れない…。側にいれない…。何とかならいのか…」


泣きたくなるのを堪えながらアンナは言う。

最初の様な迫力はなかったものの、強い思いが伝わって来る。


「はっはっはっ!随分、男勝りな嬢ちゃんだな!カイン、尻にひかれない様、気をつけろよ」


カインはただ茫然と口を開けていた。


「…で、どうなんだ?何とかなるのか!?」

「俺が施せる処置は一つ。知恵の悪魔の目の模造品レプリカを『義眼』にする方法だけだ。

…だが、代償はでかいぞ?上級魔法はまず使えなくなる。魔力の大半が義眼に行くからだ。体質も変わる。仮にも悪魔の目を入れるんだ。人間離れした力を得る事になるだろう。騎士になりたいなら、己の腕のみ。仮に騎士になれたとしても生きるか死ぬかの戦いだ。絶対の安らぎはないぞ…?嬢ちゃん、それでも騎士になるのか…?」

「関係ない!私はカインを守る!誰が立ちはだかろうと容赦しないっ!私が最強になれば良い話だ!私達の居場所は私達が作る!」


きっぱりと言い放つアンナに、明真は楽しそうに豪快に笑った。

手招きで二人を呼び寄せると二の腕で抱く。

その時には、明真の脇腹からは大量の血が流れ出ており、意識は朦朧とし、目は虚ろと化していた。

カインがそれに気付き、炎の光に照らされながらも白い顔の明真を見上げる。


「明真さん、大丈夫ですか…?」

「おう、大丈夫だ。それじゃあ、嬢ちゃん…。義眼を入れるぞ。覚悟は…いや、聞くまでもないか…」


影に手を入れ、取り出した黒い魔力で覆われた義眼をアンナの左目に嵌め込む。まるで吸い込まれるかの様にすっぽりと目の窪みに嵌まった義眼を確認すると、眼帯を掛ける。

アンナは義眼が嵌まると共に気絶し、その場に倒れ込む。それをカインが慌てて抱き抱えた。


「よし…、カイン、今からお前達を、城に送る…。多分、俺の名前を出せば匿ってくれるさ…。酷い国でも、そこまで腐ってねぇ。

…大丈夫、敵さんは此処で俺が食い止める。国の内部までは絶対に来ない」「あ、明真さんは…?逃げないんですか…?怪我、してるし、一人じゃ、勝ち目ありませんよ」


狼狽しながらも言うカインに、明真は小さく笑った。喋りながらも、その場に陣を描いていく。


「勇者だからな、俺にはこの国を守る義務がある…なんてこと、言えた義理じゃないんだが…。魔王を討ち損じるわ、息子のゲームを勝手にプレイして家族と離れ離れで会えなくなるわ、友人に余計な入れ知恵吹き込んで戦争に発展させるわ散々な目に遭ったり、遭わせたりしてるとんでもなく救い様のねぇ馬鹿勇者だからよ、国なんて大層なもんは守れねぇ…。

だが、この国にはな、いつか俺の息子が来るし、騎士団の友人達や、カインや嬢ちゃんが暮らしてるだろ?皆、俺からしてみれば大事な人で家族も同然だ。

だからな、逃げる訳にもいかないし、逃げるつもりも無い…。

だから、カイン。もし、俺の息子が此処に来たらな、俺の数々の失敗談と武勇伝をたらふく聞かせてやれ。あぁ…、本でも書きゃよかった。題名は『馬鹿は遺伝する』なんてしたら、きっとげんなりしながらも読むんだろうなぁ…」

「じゃあ、僕が息子さんに伝えますからっ!だから…だから…」


泣きながら言うカインに、明真は小さく頷いた。


「なら、頼む…。ありがとう、カイン。じゃあな」


カイン達の姿が光に消えて行くと同時に、地平線の向こうから黒い鎧を纏った兵達が向かって来る。

明真の姿を見つけると共に遠距離型の魔武器で襲ってきた。

どれも明真から外れたものの、後ろの壁に当たり、一部が崩れた。そこから閑静な住宅街が覗く。


「大ちゃんよ…、作戦変更だ」

『何だ?潔く投降か?』

「違う違う。松下明真の最期の悪あがき…。確かに霊力はないから死霊の使役は無理だ…。…だが、俺は知恵の悪魔の契約者だぞ…?最期くらいド派手に華を咲かせるとしようじゃないの」


ゆっくりと幽鬼の様に立ち上がった明真に、容赦無く銃弾や魔術が襲う。


銃弾などを浴びながらも、にやりと不敵な笑みを浮かべながら明真は自らの血で陣を形成した。


『贄の陣』と呼ばれる禁術を。


「…そんじゃ、大ちゃん。俺の代わりに息子とミケガサキをよろしく頼んむ。俺の最後の約束だ、破るなよ?」

『たわけが…』


陣は赤黒い光を放ち、明真の体は跡形もなく全て血と化す。

それを吸収した影が水の様に広がって行き、やがてそれは一つの形を成した。


『この姿に戻るのは実に千年ぶりか…』


幾重にも重なる重苦しい声がそれから発声られる。

空は暗黒に支配され、物音一つしない。風はいつしか止み、まるで時が止まったかのようだ。

見えない何かに押し潰される様な圧迫感が兵を襲う。中には白目を剥き、泡を吹いて気絶する者もいた。


「ま、まさか…。そ、その姿は…」


次の瞬間、二の句を継ごうとした兵が明真と同じ様に全て血となり、地に染み渡る。

周囲から悲鳴が上がった。それを楽しむ様に空気が震える。


『次は誰の番だ?くくくっ…そう恐れる事はない。皆一様に死ぬのだから。

それがお前達の避けられぬ神が与えし規則だ。

それがただ、不運な事に少しばかり早まっただけのこと。

最も…、一人くらい生かしておくのも悪くない。それもまた一興だ』


それを聞いた兵達は血相を変え、同士討ちを始める。数時間経ったのち、やがて最後に残った一人が仲間の血に黒の甲冑を赤く染め、目を血走りながら叫ぶ。

「や、約束通り、助けてくれっ…!」

『ふん…。思い上がるな、下等生物にんげんが。悪魔が約束など守る訳がなかろう?

第一、そんな約束をした覚えもない』

「くそがぁぁぁっ!」


完全に発狂した兵は剣を乱暴に振り回しながら襲い掛かる。


『そうだな、言ったことに責任は持つべきだ。向こうでは、有言実行と言うんだったか…』


そう言うと共に、兵は全身を業火に焼かれて苦悶の声をあげながら、灰となっていく。


『…ならば、お前も一様に死なねばならないよな。私が果たすべき約束であり、お前が守るべき約束だ。

まぁ、お前の愚行に敬意を払い、地獄業火に焼いてやっただけ有り難く思え』


灰が空へ舞うと共に雲の割れ目から光が差し始め、穏やかな風が吹き抜け、収まりつつも今だに燃えている廃材から火の粉を遠くへと運ぶ。


『また、いなくなってしまったな…』


空気に溶ける様に、溜め息に近い哀愁を帯びた重低音が響いた。

姿を変え、黒い霧状になると兵に突き刺さったままの明真の斧を贄の陣の中央に刺す。

声の主は日に溶ける様に徐々に姿を収縮していき、やがて一冊の分厚い古書がその場に落ちた。

風に吹かれて頁が捲れる。


『松下明真』と血で書かれたあまり綺麗とは言えないその文字を記した頁が、パタパタと風にはためく。飛んできた火の粉がその頁に当たり、灰となりながら空へ還った。

また風が吹き、パタン…と重く虚しい音を響かせ本が閉ざされた。


『さぁ、暫し眠ろう。次の契約者が現れる、その時まで…』


ざわざわと慰める様に本の影が揺らめく。やがて、自らの影に呑まれる様にして古書は闇に消える。



それから程なくして、誰一人として動くことのない戦場に沢山の金属が擦れる音が響く。それは血を吸い、赤く染まった大地を見て息をのんだ。


そして、くっきりと残った『贄の陣』に突き刺さった明真愛用の斧を見て全てを理解した様で、屈強な男達の血の気が引いていく。

中には嗚咽をあげ泣き叫ぶ者もいれば、くやしさのあまりその場に崩れ落ち、地を叩く者もいた。兵の一人が『贄の陣』に突き刺さったままの斧を引き抜き、乗ってきた馬に括り付けた。


周期的とはいえ、いつ起こるか分からない地震で命を落とす訳にはいかない。

勇者明真が命を懸けて被害を食い止めた今、一時的に脅威は退けられたものの、戦争が終わったわけではないのだから。


「一刻も早く帰還し、女神様にご報告しよう。皆、悲しむのは後だ。今俺達がするべきは明真が食い止めた被害を次は俺達が引き継ぐこと。

一刻も早く帰還し、女神様に終戦を早める様お願いしよう。そして勝敗の有無に関わらず、戦争が終わったら明真の偉業を俺達が国民の皆に伝えるのだ。

…さぁ、戻るぞ。ミケガサキの英雄が守った我等が国に」


筋肉質で精悍な顔立ちの青年はそう言うと馬に飛び乗った。手綱を引くと一目散に駆けていく。

それを見た兵が慌てて叫んだ。


「ダグラス、ミケガサキ城はそっちじゃないぞ!」


****


後に、第一次新資源戦争と呼ばれる一国を戦場とし、各国を様々な形で巻き込んだ大規模戦争は僅か一週間と経たない内に各国と協定を結ぶ事により終戦を迎える。

ミケガサキの歴史上、一番大規模で終戦が早く国民の死者が少なかった戦争として歴史に名を刻むが、その背景にはマフィネスの突然の亡国と、女神の交代、新たな魔王を名乗る存在の出現、また新資源『魔力魂』の存在の秘匿が深く関わっていた。

尚、ミケガサキ城の地下の研究所から研究者二名の変死体、並びに数多くのマフィネス王国民の死体が発見されるが、今もその事実は表沙汰にはなっていない。


終戦の後、騎士団の活躍により、後世までその偉業と名を轟かせたミケガサキの英雄、松下明真。


自らの命を懸け、ミケガサキを守り抜いた英雄の存在は今尚、国民の心に刻まれている。

前書きにも書いたとおり、とても長くなりましたね。読みずらくて申し訳ない。誤字脱字等あればご連絡下さると助かります

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