第十六話 愚挙
見掛けは柾木、中身は田中。只今ピンチです。
何故かって?
「迷子だからさ〜」
そして、恐ろしい事に誰も通らナッシングッ!これでは道も聞けやしない。
恐らく会議なのだろう。
緑濃月の何れかには、この国の一部の領土を戦場とした大規模な新資源戦争が始まるのだから。
しかし、僅か五分で逸れるとは思わなかった。
とにかく、道を聞いて合流せねば。
「…ん?」
『迷子集合所』
そんなプレートが目に留まる。取り敢えず、いい歳した若者が頼るべき場所では無いのだが、背に腹は変えられない。側の木製の大扉を開く。
…大丈夫。世話になると言っても道を聞くだけだ。
「たのもー」
ギィィ…と鈍い音を軋ませながら扉が開いた。
その場に居た全員が僕を凝視する。
はい、全員。
マッチョですね!
…………。
聞けねー!!
聞ける雰囲気じゃねぇ!
泣くわっ!
迷子、号泣だよっ!
これはどっち!?
迷子か!?それとも保護者なのか!?
どっちも嫌だなっ!!
「おうおう、何だ?道場破りとは今時珍しいな!
ミケガサキが誇る騎士団に喧嘩売るとは見上げたもんだ」
「いや、ちょっ、あの…。そこのプレート見て来たんですけど…」
「あぁ…あれ、嘘。幼児がこんな大扉開けるわけねぇだろ。ノックしても金具が付いてるわけじゃねぇし、力の弱い奴が戸を叩いてもこんな分厚い扉だ。音が通るはず無い。
今は俺達騎士団の休憩所だ」
「成程…。あの、僕、別に道場破りに来たんじゃなくて、道聞きに来たんですけど…。柾木さん達が何処に行ったのか知りませんか?」
マサキ。あの研究家の…。こいつ、仲間か?
疑惑。悪意。
それらの視線が僕を射る。どうやら柾木さん達の評価は相当悪い様だ。
戦争の火種。それ故の然るべき評価か。
「ん?何で、そう思ったんだ…?」
思わぬ解答に至り、惚ける僕に、騎士団の一人が名案を思い付いたとばかりに声を上げた。
「お前、地下の研究所に行きたいんだろ?そこでだ。此処に居る俺達を全員倒したら教えてやろう。もし負けたら…」
「負けたら…?」
ポンッ…と僕の肩に手を置き、白い歯を見せて騎士団の人は陽気に笑う。
「今日から君も騎士団の一員だ」
「予想外にデメリットがでかいっ!」
釣り合わないよっ!
あれ?道を聞くのって、こんな危険を伴うものだっけ?違うよね?
「まぁ、落ち着け。これじゃあ、お互いに対等とは言えない。そこでだな、魔術の使用を一切禁じるってルールを特別に課してやろう」
「落ち着けるかっ!僕へのデメリットしか増えてねぇよ!?」
「しゃあねぇな…。なら、打撃系の陣か召喚を一回だけ許可してやろう」
この人、さっきからえらく上から目線だな!?
「よし…。なら、今『召喚』するか」
「良いだろう」
だ・か・ら、別にお前に許可求めてないっつーの!
正直、僕の本来の身体では無い為、魔力があってもれを全て享受するには器が小さいので、本来の半分の力しか出せない。
別に身長の問題ではなく、器の容量の問題である。
騎士団の人達の興味津々と言わんばかりの視線を浴びながら陣を描く。
頼む。
頼むから、戦力になる奴をお願いします…。
それでは、いざ。
「『召喚』っ!!」
大部屋を白い光が満たす。それが消え去った時、僕の前にいたものとは…。
「耳…?」
無論、人ではない。ウサギのだ。
足元を見れば、小さな茶色の物体がうずくまって、楽しそうに耳を伸縮させていた。
「テンマデトドクミミナガ子ウサギ…?」
詳しいことはフレディが知っていると思うが、子供時は随分小さいんだな。耳は長いけど。
「成程…。そういう使い方もあり、か…」
勝手に一人で納得する僕に騎士団が狼狽える。
当然と言えば当然か。
少なからず、メリケンサックとか竹刀とかが出て来ると思っていたに違いない。暫く呆気に取られていた騎士達であったが、次の瞬間には狩人の様な目で手をボキボキと鳴らして戦闘モードに入っていた。
「ほぉ…。随分、舐められたもんじゃねぇか。覚悟は出来てるん…」
「如意棒っ!」
「最後まで聞けよっ。唯の耳だろ!それ!」
ミミナガ子ウサギの耳が前に勢い良く伸びて、屈強な騎士達を突き飛ばす。
突き飛ばされた騎士達はドミノ倒しの様に倒れて行った。
よし、前の奴らは全員戦闘不能だな。
しかし、子ウサギで良かった。成体になれば城の壁を容易に突き抜ける程の威力があるから、悪気は無くとも人の体を貫くなど容易いだろう。
「うさ耳を凶器にするとは…。流石、柾木の仲間だけあるな。
…さぁて、そんな事をして動物愛護団体が黙っているかな?」
ドヤ顔だけど、低いっ!!頼る対象があまりにも低過ぎるっ!
騎士なんだから、自分の腕を頼ろうよ!
せめて、『この一撃を受けてなお立っていられるか』くらいのカッコイイ台詞を言おう!?それじゃあ唯のチクリ魔だぞ!?
「…そのミミナガウサギ。白はいるのか?」
「えっ?白?多分いると思うけど…?」
真顔で聞いてくる騎士に、何故かと問う。
まさか、戦争での武器にするとか?
「昨日、柾木が現れてな。大量の絹や布を独占されたんだ…。カーテンから何まで例外なくだ」
「へ、へぇ…。それは災難だったね」
何故か半泣きになった騎士達は闘うのを止めてその場に座り込む。
「もうすぐ、戦争が始まるだろ?だから…」
例外なくって事は、包帯まで持っていかれたのか。
確かにそれは困るな。
てか、完全に柾木さんが政権握ってると言っても過言じゃない。
研究家より女神に向いているんじゃないのか?
「白旗代わりにでもしようかと思って…」
「相手の不安しか煽れねぇよっ!!」
「つまりそれは戦意喪失になるってことだな!?」
「そのポジティブ精神を此処で発揮するなぁぁ!」
不安だっ!ミケガサキの未来が物凄く不安だっ!
第一、仮にミミナガウサギ白旗にしたとしよう。
戦いの最中、それを掲げる事態になったとして…。
「僕だったら、何故こんな国に攻め込んだのか一生後悔するよ。ドッキリ大成功かっての。…で、地下の研究所とやらは何処?柾木さんにも布を返すよう説得してみるから。
てか、そんな調子で戦えるの?」
「さぁな。なんせ、戦争とは無縁の生活してたしな。いつ始まってもおかしくない均衡状態でも、明真が居てくれて良かったよ。魔王を倒したら元の世界に帰ると言っていたが、まさか魔王が自滅するとは誰も予想しなかったな。
しかし、明真もあの霊山を登るとは…」
成程。あの霊山にあった白骨魔王の相手は明真さんだった訳か。
向こうが自分で命を落とした以上、勇者の役目は終わってしまう。
つまり、明真さんはお役御免ということで、三嘉ヶ崎に還れる唯一の手段を逃したという訳だ。
「もう、今日から緑濃月だろ?何が起こっても覚悟は出来てるつもりだが…」
「何なら、柾木さんに武器の交渉もしようか?どうなるか知らないけど…。
って、え?緑濃月?まだ、緑桜月じゃないの?」
「あ、あぁ。それ、去年の暦じゃないか?しかし、今のは本当かっ!?じゃあ、頼んだ!地下の研究所は突き当たりを右に曲がって奥の階段を下るといい。…くれぐれも気をつけろよ」
野太い歓声が上がる。そのまま大勢の騎士に見送られながら、僕は地下の研究所へと向かった。
ふと思い、騎士の一人に尋ねる。
「少女神って…?」
ひんやりと冷たい地下の空気は少し埃っぽいし、微かに嫌な臭いがする。それは地下へ下りるごとにどんどん増して行った。階段を全て下りた時には、袖で鼻を覆う程になっていた。
地獄の門を彷彿とさせる重苦しい鉄の大扉の隙間から臭いが漏れている様だ。
『新資源開発研究所』
と彫られたプレートが壁に取り付けてある。
地下の研究所というのは此処で間違いないようだ。
「むぅ…、見えない」
鉄の大扉の隙間は本当に僅かで、辛うじて床の一部が見えるだけ。
次の瞬間、言葉では言い表せない嫌な音がしたかと思うと、床に黒い液体がべっとりと付いていた。
その瞬間だけ、まるで溜まっていた何かが弾け出た様な魔力魂特有の波長が電撃の様に肌を伝う。
やや遅れて悪臭が香ってきた。
『これが、火種…』
鉄の大扉に半透明の白く華奢な手が添えられる。
「少女神、セシリア?」
僕の曖昧な言い方に、虚ろな瞳の少女は同じ曖昧な笑みを浮かべた。
「君は…。少女神とは一体…」
『これからが、全てだよ。これから見せるのが、全てなんだよ』
子をあやす母親の様にセシリアは言う。
その姿はまるで蜃気楼の様に儚い。
鉄の大扉が少し開く。
と言っても、元々錆びていたのか、ギィィィ…という音が響いた。扉の先にいた人物達が弾かれた様にこちらを見る。
「うーん…。こりゃ、確かに恨まれるかな。柾木さーん、物事には程度ってものがあるんですけど」
地下の研究所は思ったより広かった。
教会の大聖堂くらい広いんじゃないだろうか。
研究所というわりには研究器具は無く、壁を囲む様に設置された棚に、フラスコやら怪しげな液体の入った瓶が飾りの様に置かれていた。
床には人一人が通れる間隔で一列に寝かされた人が並んでいた。息は既に無い。白い上質の絹の布が顔にかけられているが、どれも血で汚れている。
あまりに酷いものは、ミイラの様に全身が包帯で覆われていた。
ミケガサキとは異なる魔力が微かに感じ取れた。
それらを一瞥してから、視線を前に戻す。
一人はばつが悪そうに目を逸らし、一人は余裕の笑みで敵を迎え撃つかのような悠然とした態度でいる。
一人は困惑顔で僕を見ていた。
その後ろの背景には、巨大な赤く透明な心臓が鼓動を刻んでいる。
三人の後ろ、心臓の手前には祭壇があり、三人の隙間から白く細長い手が力無くだらりと垂れ下がっているのが見えた。
それを彩るかのように赤い血が流れていく。
壁の至るところに血が飛び散っており、よく見れば何かの陣が形成されていた。恐らく、この臭いを抑える陣だろう。
「程度ね…。これは、国の為なの。まぁ、だからと言って、許される事ではないのは百も承知よ。…で、どうする?今なら、魔力魂の加工がタダで見れるわよ?」
「結構です。夢と希望と未来溢れる僕に、これ以上トラウマを増やさないでいただきたい。
明真さんの姿が見えないけど、一緒じゃなかったんですか?」
僕の問いに柾木はつまらなそうに溜め息を吐く。
「あなたと同じ。途中ではぐれちゃった。
…多分、始まったんじゃないかしら?血相を変えて走って行ったわよ」
「えっ?観たい番組でもあったのかな…」
「天然の馬鹿なのか、お前は」
「山崎先輩。それを言うなら天然ボケ、もしくは渾身のボケにして下さい。
あと、知らないオジサンを勝手に拾うなと言っておきましょう」
「捨て猫の類…なのか?私は」
「猫にも劣る畜生は少し黙って下さい」
辛口だな、と言葉に出さず口パクで呟く新資源開発者は拗ねた様にそっぽを向いた。
「新資源戦争。跡形も無く消えたマフィネスの国土と少女神と呼ばれる存在。
でも、一つ違ってました。…少女神セシリア。僕は、彼女を国の象徴する女神の呼称だと思ってたんです。でも、誰も知らなかった。なら、彼女は誰か?何者なのか?」
先程、騎士の一人に聞いてみたところ、少女神という単語を一度も聞いたことがないと言う。
「彼女は…」
「国の『人柱』よ」
柾木が横にずれた。
祭壇に横たわる少女の姿が露わとなる。
人の面影も残さない見るも無残な姿になっていた。
「これは確かに悪い事よ。ねぇ、優真くん。昨日の晩御飯は何だった?…私達は喉が渇けば水を飲み、お腹が空けば物を食べる。野菜とか、肉とか、魚をね。けど、野菜しか食べ続けてもタンパク質は造られない。だから牛や鳥を殺し、その肉を食す。それは、誰かの命を絶って自らの糧にする…つまり、生きる為よ。
さて、これは悪い事かしら?」
「勿論、悪い事です。だから、感謝するんでしょう?命を分けてもらう。だから今を生きる。生きれる。そのことに感謝する。
貴女達は違う。国の為と言いながら背徳行為を正当化している貴女達はね。
ミケガサキに留まらず、各国は友好の印として、その国の象徴となるものを贈る風習がありますよね。
何故、マフィネスがミリュニスのみならずミケガサキを襲うのか?それは、少女神と呼ばれる少女、セシリアが鍵だった。
本来、魔力は国によって波長が違い、当然性質も異なる。新資源『魔力魂』は、魔力と生命の結晶体。均等でなきゃ、結晶化しない繊細な代物です。また、『器』の技量によって大きさも個人差があり、結晶化しても使い物にならない物も少なからずあったはず。
だから、貴方の父…ミリュニス国王は実験に実験を重ね、悪魔の知恵…『沈黙の書』に頼った。
結果は失敗に終わり、命を落とした国王ですが、貴方は彼の研究レポートから得た知識で、マフィネスの魔力性質に目を付けた。
…先程、友好の証として物を贈る風習があると言いましたが、その種類は千差万別。つまり、何でもありな訳です。
過去に、ミケガサキ上層部とマフィネス王国国王は何が原因かは知りませんが、火と油の関係だったらしく戦争が起きるではないかと真しやかに囁かれていましたが、事態に憂いた女神様が国交を結ぶ事で友好関係を築き上げたそうです。
しかし、当時のマフィネス王国はあまり身体の強い王族ではないらしく、力があっても、器がそれに伴わない程で寿命も短命が多く、王族の血統が途絶えるのもそう遠くないでしょう。
そこで、友好の証としてマフィネス王国とミケガサキ王国、両国の血を継いだ子を孕み、生まれた子を証としたのです。
元々、マフィネスは一夫多妻制。子を産めぬ王妃に代わり、側近を勤めていた女騎士との間に生まれた双子が第一王女となり、王妃の地位は女騎士のものと言っても過言じゃなかった。
しかし、国民の寵愛を受けている王妃ファンからの反感も多い。
だから、女神様が産んだ子をマフィネス王国王妃の子とし、ミケガサキでは神から授かった御子。尊き存在として讃える事を条件に国交は結ばれ、後に『少女神』と呼ばれる両国の血を継いだ少女、セシリアが誕生した。
ミケガサキ国民に彼女の存在が秘匿されているのは、そこの外道がマフィネス国民を使った新資源生産が行われていると知った勇者様が女神様にチクったから。しかし、皮肉な事に少女神はそんな外道に出会い、まさかその外道が自分の命を狙う外道だとは思わなかった。
少女神に近付く事が出来たそこの外道は、少女神を魔力魂に変えたって感じですかね、そこの外道」
「随分と嫌われている様だな…」
ミリュニス王国の若き国王は苦笑を浮かべた。
柾木さんが拍手を送る。
「まるで見てきたかの様な口ぶりね。…で、これからどうするの?」
「別にどうも。止めたいのは山々ですけど、無理なんで」
「あら、興冷めね」
僕は三人に背を向けると扉を開く。
ギィィィ…と音を響かせながら開いた扉の外には漆黒の世界が広がっていた。
後ろの三人が息を飲む。
「………何これ?」
出ていいのかな?
多分違うよね。出たら死ぬよね、これ。
呆然と立ちすくむ僕の足元に、何処からか紙が落ちてきた。何やら手紙の様だ。あまり綺麗とは言えない字な上に読みにくい。
「ごめ〜ん、闇市で手に入れた『罠』を勝手に設置しちゃった!万が一作動しても恨まないでね、てへ。明真より…。追記、出たら死ぬよ」
死ぬよじゃねぇぇぇ!!
そんなの自宅に設置しておけよっ!
そしてお前が死ねっ!
そう思っているうちに、扉から黒い手が伸びてきて引きずり込もうとしてくる。抵抗も虚しく、ずるずると扉に近づいて行った。
何か、何か打開策は書いてないのか!?
危うく破り捨てそうになった手紙を見ると、もう一枚あることに気付く。
藁にも縋る思いでもう一枚を読み上げた。
「拝啓、巻き添えを食らった君へ」
確信犯だっ!!
こいつ、最初から巻き込む気だったよ!
「さらば!」
さらばじゃねぇよ!
せめて、謝れよ!
体がズブズブと扉の中に吸い込まれ、半分まに達したと同時に悲鳴の様な音を響かせ扉はゆっくりと閉まっていく。
徐々に小さくなる視界の隅で、僕の手から滑り落ちた紙を山崎先輩が広い、読み上げた。
「何々…?追記、定員一名様だから、いざという時には誰かを犠牲にしてくれ!では、若者の青春に幸あらんことをっ!
…あー、何つーか、ドンマイ。地獄に行っても達者でな」
マジでかっ!!?
「つか、そういう大事な事は先に書けぇぇー!!」
僕の叫びも虚しく、一際大きな音を立てて扉は閉まったのだった。
更新遅くなりました、すみません…。感想、誤字脱字等ございましたら、お気軽にご連絡下さい。
次回はなるべく早く更新出来るよう頑張りますっ!




