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第十五話 暗転

今回、主人公はログアウト


月が沈み、太陽が昇る。

膝を折ったまま微動だにしない優真を四人は不思議そうに観察していた。


『何の変化も起きないな。目を開けたまま寝ているわけではないようだ』

「一目瞭然ですよ。姫様、何かお感じになりますか?」

「…いいえ。死んだ状態だけれど、完全ではないわ。魂が無いの。その変わり、優真様の持つその宝石な異様な気が…。人の感情かしら?」


ノワールは優真の身体を気遣いながらそっと装飾を覗く。

表面は鮮明で上品な赤は奥に行くほど赤黒く染まってゆく。その様は血潮の様に思えた。拳程はあるであろう宝石の大きさには、生命の力強さを感じる。


…心臓をモチーフにしたのかしら?

いくら宝石が沢山採れる国だとしても、こんな大きな宝石を手に入れるのは余程苦労したでしょうに。


装飾品の一部として加工された宝石。その輝きは依然として失われていない。

意を決して、そっと触れてみる。



「…生温かい」



元々熱があり、冷めた?

いいえ、違う。まるで息を吹き返した様な…。


「成程…。また要らぬ世話を焼いた様ですね…。

まぁ、無意識なんでしょうが面倒な事を…」


フレディがひょっこりと覗き込み、納得した様に溜め息を吐く。


「分かったのは良いですが…、背丈からはみ出たその大鎌をどうするつもりで?」

「いえいえ…。何も彼女に危害を…というわけでは無いので、ご安全を…。

…単に魂が抜けている様ですので、これでサックリと殺ってしまおうかと思いまして…」

「アレは身内にも命を狙われていましたか。『沈黙の書』との契約というのも悩みの種ですね」


最早、敵意を隠そうとしないノーイに、フレディはやれやれ…と肩を竦める。


「あっ、別に一時的なものですよ…?一旦、死に還す事によって魂を身体に引き戻すという荒療治です…。我等が知恵の悪魔と契約しているので彼に死はありませんから、いざという時に…ということで…」

「先の『第一次新資源戦争』。貴方達悪魔が無駄な悪知恵を吹き込み、初代勇者を唆しさえしなければ、マフィネスも少女神も助かったでしょうに。契約者を堕落させ、混沌を生む…。今回も貴方達が仕組んだ事なのではありませんか?」

『ノーイ、止めなさい。確かにそれもあったかもしれない。だが、先の戦争も、今の争いも私の責任だ。

…書の悪魔に唆されたが、初代勇者は、明真は自らの命で責任をとった。私もその覚悟で挑まねばならぬ問題なのだ。

しかし、フレディよ。優真の身に何が起こったというのだ?』


吉田魔王様の問いに、フレディは業とらしく、おや…と驚きの声を漏らす。


「確かに…。魂が抜けるという前例はありませんから、分からないのも無理はありませんね…。しかし、貴方はこの『能力』をよくご存知のはずだ…。そこの記述でしか当時を知らない愚かな竜紛いとは違って…。人より歳をとっておきながら、現場にいないとは…。好き勝手に妄想を膨らませて、おめでたい奴ですね…」


気を害したのだろう。フレディは珍しく饒舌になっている。

何も言い返さないノーイをノワールが庇う様にフレディを窘めた。


「貴方の言う事も一理ありますわ。私達はその時、現状にいませんでしたから、記述で述べられている事しか知り得ない。

しかし、それは罵られる対象にはならないでしょう?」

「勿論です…。今のは私のささやかな『嫌がらせ』ですから…。ご気分を害されたなら失礼…。以後、互いに相手の気を害する言動は控えましょう…。

さて、偽の魔王様…。そろそろ解答をお聞かせ願いたいのですが…」


ソファーに腰掛け、考え込んでいた吉田魔王様は小さく首を振る。


『先程、この能力を私が知っていると言ったな。しかし、私が見てきたどの能力にも当て嵌まらない。

そもそも能力は職業によって偏りはするが、個々の性格によって大いに異なる。私が彼の能力を知るはずがない』

「ご尤もな意見ではありますが、少々常識に囚われ過ぎかと…。貴方は知ってるはずがないと無意識に否定している…。

しかし、向こうの世界から来る者達の能力は、未知数かつ無制限…。いくら持とうと何ら不思議ではないと思いますが…?」

『しかし、そうだとしても有り得ない。何故、優真があの能力を…』


頭を抱え唸る吉田魔王に、ノワールが心配そうにコップに水を汲んで来ると差し出した。

ノワールから水を貰い、一気に飲み干すと溜め息を吐く。


「この能力は『召喚』が物語っていますよね…。しかしこの能力、貴方も察しての通り、元々は初代勇者、明真の『特殊能力』。

貴方もさぞ疑問に思った事でしょう…。似た能力と片付けるにはあまりにも酷似し過ぎた力だと…。

初代勇者、明真の特殊能力『干渉』…。どんな者も彼を前にすれば警戒を解き、心を打ち明ける…。それが彼の特殊能力…。

今となっては影の王の『特殊能力』の一つですね…。彼が置き土産として、影の王に受け継がせたものです…」

『有り得ない…。明真が何故、優真に…』


混乱したように頭を抱える吉田魔王様を悲痛な面持ちで二人は見た。

此処まで言われれば誰であろうと大方想像がつく。


「田中優真が松下明真の息子だからですよ…」

『有り得ない…。しかし、そうだとするなら随分似てない親子だな…』


皮肉げに言う吉田魔王様を前に、貴方に言われても何の説得力もないですがね…とフレディは呟く。


「血の繋がりは無いですから似てないのも無理はありません…。だからこそ明真はこの能力を託した…。

何れ大きくなり、こちらの世界に迷い込む時、力になれるようにと…。

影の王の魂は今、『第一次戦争』が起こる直前の月に『干渉』しているでしょうね…。果して、念願の父との再会をどう感じるのでしょうか…?」


遠い目をして語るフレディに、ノーイが遠慮がちに問う。


「なら、彼の能力とは何なのですか…?」

「影の王が持つ能力は三つ…。どれも『特殊能力』です…。と言っても、そういうには多少の誤差が生じるでしょうが…。

一つは明真の『干渉』。二つは能力とは少し異質ですが、二代目魔王の『魂の継承』とでも申しましょうか…。そして三つが彼の特殊能力…」


指を一本づつ伸ばして説明するフレディは一呼吸置くと、三本目の指を伸ばす。


****


夜が明けた。

流石に夏が近いだけあって紙の様に薄いこの布でも十分事足りる。

部屋の至る所で寝転がる子供達に布をかけて周りながら、梯子を使わずに下へ飛び降りた。

ミシッ…と不安な音がしたが、幸い床は抜けずに済んだ。


「危ねぇ、危ねぇ。梯子も早く直さねぇとな。チビ達が真似る。床も抜ける」


ボサボサになった白髪を掻きながら、髪紐を探す。

昨夜チビ達に盗られたままだったので何処かに隠されている可能性が高い。


「岸辺君、おはよう。もうすぐ朝ご飯出来るから」

「お、おぉ…。つか、雪。お前…まさかと思うが、食材全部使った?」


うん?と首を傾げる雪。

焜炉で火に掛けたれた大鍋を覗けば、色とりどりの野菜が煮立っている。

お世話にも、大きさがバラバラで余り美味そうには見えなかった。

野菜置場を覗けば、案の定空っぽで、貯めてあった食材全て調理されてしまった様だ。


「子供達沢山いるし、お腹も空かせてるでしょ?それに、何時リーナちゃんが言っていたマフィネスの人が来るか分からないし、沢山食べて力を付けた方が良いかと思って」

「此処には踏み込んで来ないでほしいが。関係のない子供達を巻き込みたくはないし…」

「なに、痴話喧嘩?何でも良いけど、あの馬鹿にぃは何処?」


いつの間にか降りて来たのか、キーナが側に立っていた。昨日より大分落ち着いた様だ。


「馬鹿にぃ…田中の事か?復讐を止めるつもりは無いからと帰ったぞ」

「えぇ〜。田中のにーちゃん帰ったの?つまんねぇ〜」


一人、また一人と子供達が降りて来る。

優真がいないと知ると、口々に文句を言って寝床や、顔を洗いに流し場に散って行く。


「類は友を呼ぶらしいが、何処の子供ガキに需要あるよな、あいつ。

…で、キーナ。田中に何か用でもあったのか?」

「ちょ、ちょっと…野暮用よっ!岸辺、次はあいつ、何時来るの?」

「さぁ…、分からないな。そういや、リーナの姿が見えないが、何処に行ったのか聞いてるか?」


キーナは驚いた様に目を見開くと、首を振る。

リーナがキーナに行き先を伝えないなんて今までに無いことだ。

キーナも腕を組んで考え込んでる。


「岸辺君、子供達を一カ所に集めて。来たよ…」

「来たって何が?…おい、チビ共、二階でじっとしてろよっ!覗いたらブッ殺すっ!」


いきなりの罵声にビビる事なく、子供達は未だ不満を愚痴りながら渋々二階へ上がっていく。

キーナは二階へ行かず、じっと戸を睨んでいた。


奇妙で居心地の悪くなる沈黙が続く。


…やはり何も起きない。気のせいだと声を掛けようとした時、戸が乱暴にこじ開けられた。衝撃で壁の一部が粉砕する。


「随分埃っぽい場所だ…。そして、随分殺気立ってるね…?お嬢さん」


砂埃と共に現れた人物。

その人物の登場に、その場にいた全員が目を見張り、声を漏らす。


「嘘だろ…?何でお前が…」


にこりとその人物は微笑んだ。頬に手を添えるかの様に、人質と思われる男の子の首筋に短剣を添えて。

刃物さえなければ、普通に上流階級の品の良いお嬢様の様だ。


ふふっとリーナは心底楽しそうに短剣を構える。

金髪碧眼の少年は、小さな悲鳴を上げた。


「あの子、闇市の住人じゃないよね?明らかに身なりが違う…。一体、何処の…」

「俺が知るわけないだろ?普通に巻き込まれた部外者か、田中の知り合いの一人になるんだろうなぁ」

「お前等、あの男の知り合いかっ!?丁度良かった。助けろ、愚民共っ!助けないと色々と大変な事になるぞ!」


これまた随分と頭が高いガキが居たもんだ。

どうやら田中の知り合いの様だが、録な知り合いがいないな。


「くすくす…、人質は別に死んでたって良いんですけど、生きてないと交渉が成立しないんです。まぁ、成立しない場合は、貴方には切り刻まれるしか選択の余地がないんですが…」


リーナの言葉に、少年の顔が青ざめる。蒼白になると言った方が正しいか。

完全に顔から血の気が引いていた。


「なっ…。フェラ王国第一皇子を亡き者にするなど、どういう事か分かっているのかっ!?」

「えぇ、勿論。しかし、困りました…。まだ了承がとれていないんですよ。

なので、こちらの方々と遊ぶ事にしましょう」


いつものリーナと明らかに纏う雰囲気、話す口調が違う。

キーナを見ると、恐怖に身を竦ませていた。


「二重人格…。しかも、嗜好殺戮快楽主義者と見た。キーナ、リーナは昔からこの症状が表れる事があったか?」

「医者の話では過度のストレスが原因だって…。たまにああなる事があって、最初の頃は動物だった…。次第にエスカレートしていって…。だから、姫の地位を継いだのは私で、リーナは影武者に…」


過度のストレス…。

幼少の頃にそれを抱え込み過ぎると、自傷行為、また人格に大きな変化が表れやすい。

リーナの場合、二重人格と嗜好殺戮快楽者になったのか。抱え切れなくなったストレスを発散する為に、人格を分離し、他者に痛みを与える事で発散する。

近くにも似たような奴が一人いるが、あれは自傷行為なので一応無害だ。

少なくとも、自傷行為においてはだが。


「雪、取りあえずリーナから短剣取り上げるぞ」

「分かった。私が隙をつくるから、その間に岸辺君が取り上げてね」


リーナは人質の少年を手荒く壁ぎわに放ると、短剣を構えた。

今のリーナに隙は無い。

しかも、見たところだとかなり戦闘慣れしているな。人格のせいもあるかもしれないが、影武者としての訓練のせいもあるだろう。


ただ短剣を取り上げるだけじゃ、リーナの人格は戻らないだろう。しかし、短剣を取り上げなければこちらが返り打ちに遭う可能性も高い。


「雪、少し時間を稼いでくれないか?リーナのストレスが発散出来れば、恐らくは隙も生まれるかもしれない」

「…やってみるね。キーナちゃんは下がってて」


雪はいつの間に持って来ていたのか、大剣を構えていた。傍から見ていたが、どうにも緊張している様に思える。

手に汗が滲む様で、何度も柄の部分を擦っていた。


双方が片足を前へ出す。

それが合図の様に、目にも留まらぬ速さで動いたかと思うと、剣が交差し金属音と火花が飛ぶ。


体格といい、剣といい、雪に分があるはずだった。しかし、実際に押しているのはリーナの方だ。

始まって数分と経っていないが、雪の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。対照的にリーナは涼しい表情で剣を振るっていた。


見たところ、力は互角。

しかし何故こんなにも差があるのか?


「経験の差か…?」

「違う…。あの雪って子とリーナじゃ、多分、リーナが勝つ。経験も力も五分五分。ただ、リーナは人を斬る事に躊躇いがない。けどあの子は無意識にそれを避けてる…。だから勝てない」


確かに雪はただ剣を交えているだけの様だ。

それに比べ、リーナは的確に雪の急所を突こうとしている。


成程、雪には攻める意志が無い。その違いが表れているのか。


「…お嬢さん、随分と保守的な戦い方だね?まだかすり傷一つ付けられてない。そんなんじゃ、戦争では一番に死ぬ」

「くっ…。黙れっ」


力任せにリーナの短剣を押し退くと大剣を捨て、拳を振るう。

彼女は明らかに斬る事を避けていた。


「雪、一体…」


どうした?

そう声を掛けようとした時に、か細い声が聞こえて来た。


「私はただ、守りたかった…」

「斬るつもりなんて…」


雪の声。しかし、当の本人は戦いに没頭しており、そんな事を口にすらしていない。


「雪の、心の声…か?」

「商人の能力じゃないの?昔国に来た、流れの商人がそんな能力があるとか言ってたけど…」


キーナの言葉に頷くと、その声に耳を傾ける。

声は段々とか細くなっていく。耳を澄まさなければ、今にも途切れて消えてしまいそうだった。


「私は、優君を助けるつもりだったのに…」

「まさか、ああなるなんて…」

「もし書との契約がなかったら…」


言葉が途切れる。


目の前には、未だ争う二人の姿。今は雪が押している様だ。

しかし、その心は今にも消えてしまいそうで。


つまり、何らかの事情があって田中を雪が誤って斬ったと?

それで田中は一回死んで、蘇った…。


前々から人じゃねぇと思っていたけど、死も凌駕出来るとは流石だ。


「私が死ねば良かったんだ…」


雪は最後にそう言った。

突如、耳がザクッ…という異音を拾う。

飛び散った生暖かい液体が頬に当たる。

隣でキーナが上擦った様な悲鳴を上げた。


拭うと、手の甲には赤い血がべっとりと付いている。視界には、短剣が脇腹に突き刺さった雪の姿。


悲鳴とも怒声とも似つかぬ声を上げ、雪の捨てた大剣を拾い、切り掛かる。

短剣を手放したリーナは、人格が戻っているのか定かではないが驚愕の表情で俺を見た。


大剣がリーナ目掛けて振り上げられる。


一際大きな鈍い音。

頭が真っ白になる。

…いや、元々白いか。


赤い水溜まりが床を染め上げた。

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