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第十四話 口は災いの素


「解せぬ」


「俺も解せねぇな。空から降って来るのは、無き王国の末裔の美少女のはずだぞ?マジ、期待して損した。…後輩の魂がふわふわ降って来られても困るんだがなぁ。

つか、何だ。俺に伝説の秘宝を探せと?ランプと食料をバッグに詰め込んで、家出しろと?何だ、最終的には怪盗になれと言うのか?」


廃屋と言われても仕方がない、荒れ果てた研究室。煙草の煙が視界を悪くし、換気もしていない様なので空気も淀んでいる。


「…山崎先輩。色々混ぜて話膨らませても、僕、元ネタ知らないんで無駄ですよ」

「…雑魚が。いや、カスか?」


おい。

何で二次元を知らないだけでカス呼ばわりなんだ?

…つか、根本的な話。何でアンタが居るんだ。


山崎マサキ。

マサキの漢字は知らない。面識も昔、何度か会った程度だ。

まだ覚えていたとは驚きだが、事情が事情故に、僕の事を知らない住民は居ないかもしれない。

歳は確か…、僕より大分上のはず。

同じ高校の元留年生…つまり、僕や岸辺の大先輩に当たる人で、卒業することなく都会に逃げたから留年は進行形。

彼は唯一、三嘉ヶ崎を離れた人物だった。

そして、一度も三嘉ヶ崎に戻っては来なかったとのマサキ武勇伝が語り継がれているが…。


「山崎先輩。都会の縦社会の一員になるんじゃなかったんですか?」

「いやー、宣言して一歩出たは良いが、忘れ物に気付いて取りに来た時だったからなぁ。あはは、三嘉ヶ崎からは出たけど都会には行ってないなぁ。忘れ物取りに帰ったわ」

「…別に大した物じゃないでしょうに」


自分で言っておきながら、ちょっとへこんだ。

ゲーマーとゲームは揃ってこそでしょうがっ!

恐らく、忘れ物とは当日地味に流行していたゲーム『勇者撲滅』。

取りに来たついでにプレイした結果、こちらの世界へってところに違いない。


「今、何時ですか?分かりませんよね?分かるわけありませんよね?」

「先輩に払うべき敬意を払えっての。それ以前に宿代払え」


山崎先輩は傷んで茶色になりつつあるボサボサの髪を乱暴に掻きむしると、ずれ落ちた眼鏡をかけ直す。それから壁に掛かった無数の紙を見つめた。


「祀帝暦一七二五年の緑桜月みたいだな。いやー、此処に来て随分経ったな」感嘆したように呟く山崎先輩を無視して思い耽る。


緑桜月とは、春の終わりの月。

祀帝暦一七二五年と言われても、こちらの暦は全く知らない。


後に『第一次新資源戦争』と呼ばれる戦争が起こったのが、祀帝暦一七二五年の緑濃月…つまり、緑桜月の次の月。


因みに、こっちのミケガサキの月日は向こうとは多少異なる。

四季としては大差ないが、呼び方と日数が違う。

例えば、夏を六月から八月とするなら、ミケガサキの場合、初夏を表す『緑濃月』と夏の終わり頃の『焔淡月』の二つを夏…つまり、一季を二月に分けるのである。

その代わり、日数は長い。確か、一月の平均が六十日くらいだったかな。


「しかし、魂だけとは。それがお前の能力か?」

「山崎先輩にも、能力があるんですか?…良い意味で」

「名誉棄損で訴えるぞ、馬鹿。あのなぁ、こっち側の世界に来た奴は、程度の差こそあれ、ある程度の能力を得る。能力の程度によって難易度が変わり、低い奴程、向こうの三嘉ヶ崎に戻りやすいってわけ。

知り合いは、自由に鍵を開ける事が出来る能力だったかな。与えられた職業は、『盗人』。

能力つーのは、職業に比例することが多い。その分、メリット、デメリットがあるわけだ」


その話は初耳だな。

陽一郎さんでも知り得ていない情報だ。

僕も陽一郎さんも特殊プレイヤーだし、普通のプレイヤーとの関わる機会など無きに等しかったのだから仕方が無い。


しかし、自らを少女神と名乗る少女セシリアに連れられ、七年前に魂だけタイムスリップし、この山崎先輩の所へ行き着いたのは何か意味があるのだろうか?

第一、僕は『少女神』の存在すら知らない。

女神が誕生する前の話なのかな?けど、女神の歴史は深く、代々受け継がれてきた的な事を言ってたし…。単に、呼び方の問題なのかもしれない。


……………。

…………。

……いや、由香子さんや、夢に出て来る失礼極まりない女神様は、『少女神』と呼ぶには少々お歳を召されていると思うけどな。

それとも、幼少期を『少女神』。更年期を『女神』と歳によって呼び方を変えるのかもしれない。


うん、それなら物凄く納得がいく。


とにかく。過去の話も大変興味深くはあるが、此処に時間を割く余裕がない。


「…って事で、『器』と城への交通費、食費、お小遣プリーズ」

「俺は母ちゃんかっての。『器』はともかく、後は自分で何とかしろ。

…大丈夫だ。此処の住民は一万円以内なら盗られても水に流す。食料なら、適当に家の前で死んだふりをすると良い。そうすれば、一週間分のタダ飯にありつけるからな。

最終手段は口説き落とす。…狙うなら、第十区以内が良いだろう。

相手によるが、高確率で、一生働かなくて済む結構リッチなヒモ生活に素敵なジョブチェンジだ」

「そんな苦肉のジョブチェンジは望んでないので、遠慮しておきます」


僕の肩を掴み、真顔で説得する先輩の手を払う。


つか、ジョブチェンジと言うより、ジョブアウトだ。職務放棄とも言うか。


……ん?僕も『魔王』だけど、職務を全うしてない気がする。

同類なのか?これと?


…………………。


「嫌だぁぁぁぁ!!」

「煩せぇぇぇぇ!!ご近所迷惑だろうがっ!」

「煩っいわねぇぇぇっ!!二日酔いだから、黙れって言ってるでしょうがぁぁ!マサキ、黙らないと追い出すわよっ!?

ご近所迷惑も何も、半径三百メートル、誰もいないでしょうがっ!!」


正直、あんたの声が一番煩い。


短いベージュ色の髪に、真っ赤な唇。白衣の裾をはためかせながら、ヒールの靴で研究室の扉を蹴破ってきたのは、見知らぬ女性。

山崎先輩が最終手段を駆使して、手に入れた高収入の女性かな?


「この人、山崎先輩が口説…」


僕が言い終わらない内に、女性は早足で山崎先輩に歩み寄ると、思いっ切り急所を蹴った。

山崎が苦悶の声を上げて、急所を押さえながら、埃が積もった床を転げ回る。


「うじ虫が…」


女性はそう低く呟き、害虫を見るような目で山崎先輩を見下すと回転椅子に腰掛け、煙草に火を付ける。


うん。先輩の口の悪さは此処から来たな。


「…あら。マサキ〜、また新しい幽霊?私、柾木蓮。こいつとはマサキ同士なのよ。

さっき、口説くとか何とか言ってたけど、違うわよ?こいつ、土下座して私に頼み込んだから、哀れんで一緒に住まわせてるだけ。同じマサキだし、研究仲間で目的も同じだから。

私も向こうから来たのよ。向こうの三嘉ヶ崎から。

あっ、『器』なら調度良いのがあるわ。マサキ、運ぶの手伝ってちょうだい。さっさと行くわよ」


カカア天下だ…。

同じマサキでも格が違う。完全に統一…いや、制圧されている。

単に山崎先輩がヘタレなだけかもしれないけど。


何だか、性格がより強固になった教官と、ヘタレ度が増したカインみたいだな。見てて微笑ましい。

見てるだけなら、微笑ましいけど、実際には…嫌、かな。

とりあえず自己紹介をし、大まかな説明をする。


「よしっ、アンタにはこの『器』をあげようっ!扱いに気をつけなっ!」


暫くして柾木さんが持って来たのは、十代くらいの男の子の『器』。言い方を変えるなら死体だろう。

そもそも『器』とは、魂を収めるもので、元々は神様を降ろす為のものらしい。生者の肉体は拒絶が起きる為、死者の身体を使う様になったのが由来とか。


「…この人は?」

「柾木康太。私の弟。つい先日、事故でね…」


悲しそうに目を伏せる柾木さんに、山崎先輩がその肩を支える。


「…まさか、あれで死ぬなんてな」

「けど、あの子も本望だと思うわ。あぁしてる時が一番楽しそうだったもの」


つまり、趣味の最中の事故で命を落としたのか…。

一体、どんな趣味を…。


「まさか、バナナの皮に滑って、頭を強打して死ぬなんて…」

「どんな趣味だ!?」

「バナナの皮を見つけたら全力で滑りに行く…。それがあの子の趣味よ。いえ、性かしら」

「絶対、死んでも死に切れない!」

「…因みに、骨身に染み付いたその趣味だけは、例え誰が入ろうとバナナの皮を見付ければ全力で滑りに行くわ」

「色々と可哀相な子だなっ!?」


とにかく、無いよりはマシなので、借りる事に。

どうか道端にバナナの皮が転がってない事を祈ろう。まぁ、朝バナナダイエットが流行しているわけじゃあるまいし、そうそう道端に落ちてるわけないか。


今は少女神と資源戦争に纏わる原因を探る事に専念しよう。

先程言ったように、資源戦争が始まったのが緑濃月の半ばと聞く。

それをあえてこの季節に送ったということは、マフィネス王国に怨まれる事となる根本的な理由がこの戦争にあるからなのかな。


「柾木さん、新資源って知ってます?」

「…新資源?あら、随分情報通なのね。まだミケガサキでも秘匿情報なのに。…興味、ある?」

「物凄く」

「オーケー。ならついて来て。開発者に会わせてあげる」


何処か嬉しそうに柾木さんは不敵な笑みを浮かべ、蹴破って来たドアを、立て付け悪いんじゃない〜?開け難いわよ?と文句を言いながらもう一度蹴破って外へ出た。


うーん。立て付けが悪いのは柾木さんの蹴りのせいだと思うのだが。


「良かったな、蓮に気に入られて。アイツ、気に入らない奴には容赦ないからなぁ…」


ボリボリと頭を掻きながら言う山崎先輩は、柾木さんが蹴破ったドアを律儀にも直している。


「ところで、何処へ向かうんですか?」

「んー?そりゃ、ミケガサキ城だろ。運が良けりゃ、勇者や少女神にも会えるんじゃないか?」


少女神。

その言葉が、頭の中で繰り返し流れる。


「山崎先輩、少女神って…」

「二人共〜、さっさと行くわよっ!」


遠くから柾木さんの声が聞こえてきた。

山崎先輩が大声で返し、小走りに柾木さんの所へ駆け寄る。


聞きそびれた。まぁ、仕方ない。後で聞けば良いか。そう思い、二人の後を追い駆ける。その足が三歩で止まった。


「バナナのダンジョン!?」


一メートルに一個バナナの皮が設置されている。

嫌がらせか?


もし、柾木康太が自らセッティングし、滑っていたなら…むしろ、今まで頭を強打して死なない方が奇跡だと思う。


そう思っている内に、身体は既にスタートの構え。

この構え…。陸上部がよくやってるクラーチングスタートだっけ?

全力疾走する気だよね〜?全力で走って滑るつもりだよね〜。


「康太は陸上部でな、走りは早いぞ。百メートル七秒前半だ。康太曰く、早ければ早い程良いらしい」

「止めて、その無駄な行為への活かし方っ!この世で一番の勿体ない行為だから!」


彼は滑るのが楽しかったのか、滑って頭を打ち付けるのが楽しかったのか…。

まぁ、事の真相を今知ったところで、走り出した以上なす術がない。手遅れだ。つまり、潔く滑れということである。

しかし、この構造からして負の連鎖になるんじゃなかろうか?気のせい?


「そのバナナルートは城直通だ。安心しろ」

「安心要素、何処!?っていうか、他にもルートがあるのかっ?無駄な労力だな!つか、他の人に迷惑でしょうがッぁぁぁぁぁ…」


ガツンっ…と強かに頭を打ち付け、レッドカーペットならぬイエローカーペットを滑り行く。

レッドカーペットが大物専用なら、イエローカーペットは馬鹿専用だな。


「もう聞こえてないと思うが、他人に迷惑はかからないから大丈夫だ。半径三百メートル以内に民家は無いし、人通りも皆無。どのバナナルートも国民の安全を配慮しての特殊ルートだから被害は出ない」

「居ないのに説明しても無駄でしょ?私達も早く行くわよ。さっさと陣を形成するっ!」

「へいへい…」

「へいは一回っ!」

「HEY!」


この後、山崎先輩は蜂に刺されたかの如く、赤くパンパンに腫れた顔で登場することとなるが、それは少し先の話だ。


****


「あれ?山崎先輩は一緒じゃなかったんですか?」

「さぁ?今頃、不燃ゴミとして処理されてるんじゃないかしら?」


僕の居ない数十分の間に何があったんだろうか。

恐らく…それもかなり確信に近いのだが、どうせまた山崎先輩が口答えでもして返り討ちにあったに違いない。

僕が察するより早く、そう柾木さんの態度に表れていた。

馬鹿だなぁ、山崎先輩も。一緒に居て暫く経つだろうに、未だ学習しないとは。喧嘩するほど仲が良いと言うし、これはこれで問題無いのかな。


柾木さんはポケットから煙草を取り出すとイラついた様に火を点し、一服し始めた。むしゃくしゃすると煙草を吸う。吉田さんもそうだったけど、一種のストレス解消法なのだろうか?

なんせ、煙草というのは成人からであり、自称永遠の十七歳にとっては未知の世界である。

まぁそれは良いとして本題へ戻ろう。

柾木さんが裏門の手続きをしている間、沈黙に耐え兼ねた僕は山崎先輩に聞きそびれた事を柾木さんに聞いてることにした。


「柾木さん、少女神って何ですか?」


裏門の開閉手続きを終えた柾木さんは、吸っていた煙草を道端へ捨てると横目で僕を見た。


正直、怖い。

目が据わっていらっしゃる…。


「少女神…?あぁ…」

「マ・サ・キちゅわ〜んっ!」


柾木さんが続きを言おうと口を開きかけた時、場違いな声がそれを掻き消す。


一体、何処のナンパ師だ。いい大人が恥ずかしくないのか?親が泣くぞ。


「あら、勇者様じゃない。わざわざ出迎え…そんな訳ないか」


ドタドタという効果音が相応しい足音を響かせ、初代勇者が柾木さんの前で止まる。

その顔を見て、僕は凍り付いた。


「あ、あぁ…」


…あぁ、色んな意味で泣きたい。密かにこの人に憧れてたんだけどな。いや、どちらかと言えば好感か。

しかし、それも今日まで。最早、失望というより絶望だ。

しかし、この人が此処に来たということは…どういう事だ?

事情はさておき、この人に今の僕の状況を伝えても無駄…というか理解出来ないだろう。


「…ん?マサキちゃんの弟か。どうしたー?もしや、俺の男前ぷっりに感動でもしたか?」


むしろ絶望しました。

しかし、言ってしまった以上、何か繋げなくては。もし初対面なら名前は控えた方が良いかな?いくら勇者でも初代。秘匿にされている可能性も考えられなくはない。


「あ、あぁ…」


緑桜月だな。

何時か尋ねた時の山崎先輩の返事。しかし、使える要素が何処にも無い。


新資源戦争は緑濃月の半ば…。そうだ、夏で行こう!


「あ、あぁ…」


「おう、明真さんじゃねーか」


視界の端で、顔を一回り程腫らした山崎先輩の掛け声が耳に入る。


「あ、アイスクリームさんっ!」


…………。

………………!!?

誰!?アイスクリームさんって誰!?

違うよ?アイスクリームの話題に持って行こうとしたんだよ?これでも!


『…誰?』


三人がそう呟いては首を傾げる。挙げ句の果てに不思議そうに僕を見た。


…僕も知りたいよ。

あれか?この中に紛れている…いや、溶け込んでいるアイスクリームさんを見付けろと?


「なぁ、ゆう…」

「柾木さん。後、顔面に十発追加でお願いします」

「了ー解っ!!」


山崎先輩の抗議も虚しく、梅干しと成り果てた山崎先輩は暫く蟻に餌と勘違いされ、数匹の蟻がせわしなく動いていたそうな。めでたし、めでたし。




…まぁ、何もめでたくないけどね。

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