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第十三話 王の過ち

すっかり夜闇に溶け込んでいるミケガサキ城を見る。自宅から見る城は、明かりが漏れていなければ、その姿を闇に消してしまいそうだ。


季節は春の終わり頃。

初夏に近付きつつあるが、まだ少し肌寒い。

これもまた、ミケガサキ特有の魔力の流れによる気候変動の一種だそうだ。

窓を閉め、しっかりカーテンで覆う。


あれが、秘密利にミリュニス王国と友好を築いている決定的な証拠…ねぇ。


…些か、乱暴過ぎる解釈の様な気がするけど、理由なんて別に何でもいいのだろう。要するに、ミケガサキを巻き込む合理的な訳があればいいだけで。


確かに、友好関係を築いた国同士はお互い、自国を象徴する品を贈るらしいけどさ。…城は、流石に贈らないでしょ。名産じゃあるまいし。


ミリュニス王国と聞いたら何を思い浮かべますか?


…そうですね、城です。


無理があるよー。

暴論過ぎるよねー。


だったら、ラグドはどうなるのさ。ミケガサキ王国の象徴にして国産の元勇者、陽一郎さんが居ますよー。友好の派遣の可能性ありですよー。


「寧ろ、そっちの方が合理的だと思わないっ!?少なくとも、城よりはマシな理由だよ」

『…一体、何の話だ?』

「気にすることはありません。姫様、お体の具合は大丈夫ですか?」

「心配しないで、ノーイ。…少し喉が渇いたわ。何か飲み物を持って来てくれるかしら?」


えっ?何で僕等が自宅に居るのかって?

理由はただ一つ。会議の邪魔だから。

凄いね。本来、城の主である吉田魔王様もとい、国王を追い出したよ。ミリュニス国民は良くて、国王は駄目なんだね。

王室で会議を開くのかな?じゃないと僕等を追い出した説明がつかないけど。

…会議の為の使用であり、決して、休憩室目的で僕等を邪魔者扱いしてないよね?大丈夫だよね?


「これは…。随分、殺風景な冷蔵庫ですね。買い出しに行かねば」

『調理機具も充実しているとは言い難いな』

「魔王の家と言えども、お父様の様に城の様な造りにはなっていないんですね。心外です…」


うん。他人の家を物色したい気持ちは良く分かる。

いくら僕の家だからって、堂々とやるなよ。


「君達、少しは慎めよ。仮にも他人の家だぞ」

『我が城だって、お前達からすれば他人の家だが?別に気にはしないが、随分と我が物顔で踏み荒らしていると思うがな』


ほらみろ。吉田魔王様、怒ってらっしゃるよ。

休憩室目的で使ってみろ、僕が叩き出してやる。


覚悟しろ、ミケガサキ兵。…お前等など十秒で猫の餌だ。


「そういえば、勇者の姿が見えませんでしたね。一緒に出掛けたのではなかったのですか?」

「あー…ちょっと、色々あってね?知り合いの家に居るんだよ」


困った様に頭を掻く僕に、ノワールが指差す。


「…あら?優真様、その手の怪我はどうなさったのですか?」

「色々…あって、ね?」

『何か、悩んでいるようだが…相談に乗るぞ』


相談に乗るも何も、君達が原因なんだけど。


「じゃあ、参考程度に。…もし、他国が攻めてきたらどうする?」

「そんなの、防衛戦をするに決まっているじゃありませんか」

「…いや、それはそうなんだけど。もし、防衛戦が巧を成すっていうのかな…?つまり、形勢逆転って感じになったとするなら、そしたらさ、敵の人をどうするかと思って…」


三人の顔を窺い見る。

ノワールは、唯一僕と一緒に召喚されたあの白いソファーの背もたれの部分に腰掛けながら、小首を傾げて言う。


「そんなの、決まってますよ。優真様。捕虜にして、後に元の国に帰します。当たり前でしょう?」

「そ、そうか…。そうだよね、うん。あぁ、飲み物だっけ?そこの引き出しに緑茶の茶葉が入ってたと思うけど…」

「引き出しに…ですか…?緑茶の…、茶葉が?」


ノーイさんが、まるで人外の生物を見るような目で、僕を見た。

そして引き出しを開け、安堵の息を吐くと、袋を取り出しす。


「あぁ、良かった。ちゃんと袋に入っていましたか。なんだ、てっきり…」


いや、流石の僕も、引き出しに茶葉を敷き詰める様なことはしない。 そう心の中で呟きながら、一旦、内容を整理する。


キーナの言うことを疑う訳じゃないが、僕個人的にはこの人達がそんな『暴虐』と呼ぶに至るまで捕虜を虐げる人達ではないと思っている。実際、何の反応も示さなかったのがその証拠だ。

…もしかしたら、あの姫達は洗脳か何かでミリュニス王国に恨みを持つ誰かの手で、作為的にそう思い込まされているだけという可能性だって…。


『先の新資源戦争。第一次資源戦争とも呼ぶべきか。マフィネス王国に対して、確かに我々は『暴虐』と言っても過言ではない事を強いた』

「そうだよね…って、マジで!?」

『マジだ。それを聞きたかったのだろう?二人なら買い出しに行った。まぁ、大方、気を使ったのだろう。何せ、まだ二人がいない頃の話だからな』


事の始まりは、マフィネス王国国王とその妃の行方不明だった。

マフィネス王国の国王は、才能はともかく、研究者として研究を積み重ね、永久資源開発に明け暮れていたのだそうだ。

特に同じ志を持つミリュニス王国先代国王…つまり、吉田さんの父親と仲が良いらしく、研究成果を発表しあう仲だとか。

そんな国王にして研究者である彼の所在が不明となるのもよくある事で、特に気にする者はいなかったが、王妃までとなると、流石に不穏を感じずにはいられなかった様だ。


『表向きはマフィネス王国の新資源略奪となっているが、それは違う。…お前の持つ『沈黙の書』に、父は目をつけた。そして完成させた。永久資源ではないが、新資源をな。マフィネス王国の王と王妃を素材にして、出来たのだ。父は当然の如く狂喜した。そして何を思ったのか知らないが、それをマフィネス王国に文と共に友好の証として贈り付けたのだ。だから、あの戦争は起こって当然だった。周囲も既知の二人の仲をこんな形で裏切られるとは予想外だっただろう。

彼等は新資源が欲しくて攻め入ったのではない。仇を取りに来たのだ』

「ちょっと、待って。アイゼル達の話では、その…先代国王は『沈黙の書』との契約に失敗してるのに、何故『魔力魂』が…」


いつだったか、あの蝙蝠達が言った言葉を思い出す。

『二人目は、勇者でない唯の男。素質が無い為に命を落とし、その息子が我々とはまた違う方法を用いて混沌を世界に生んだ』


多少違うかもしれないが、確かそんな感じだ。

つまり、先代国王は契約に失敗して命を落としたのではないのか?


『寧ろ逆だ。契約失敗によって、命の半分を奪われた父だったが、それが彼に思わぬインスピレーションを与える事となってしまったのだ。…そう、人の命。彼はそれを永久資源に変える方法を模索し、ついに完成させてしまった。永久資源ではないが、新資源を。マフィネス王国の王と王妃を素材にな。彼はそれを隠して『新資源』として公表し、研究者として多大な評価を受けた。純粋に研究を愛した研究者が、富と名誉に溺れる様は醜い以外の何者でもない。

そして、彼は気付いた。これはまだ、未完であると。だから、文と共に友好の証として贈ったのだ。王と王妃を素材に作ったこの未完の魔力魂をな。

向こうが戦いを仕向ける様に…向かってきたマフィネス国民を完成品の素材とするためにな。

そして、多くのマフィネス国民は未完の資源となり、父は自らが悲願の完成した新資源『魔力魂』となった…息子の手によって』


つまり、各国に出回った新資源『魔力魂』とは、ミリュニス先代国王がマフィネス国民を犠牲に作り出したものということか。

なら、アイゼル達が言った『その息子が我々とはまた違う方法を用いて混沌を世界に生んだ』とはどういう事だ?

少なくとも、ミケガサキで起こった新資源騒動の根本的原因は先代国王が作り出した未完の『魔力魂』が引き金といえるだろう。

吉田魔力様は、『混沌』と呼ぶに足る事を起こしていないのではないか?

しかし、生んだということには、過去形であり、既に成されたという事だ。


「吉田魔王様は、何で『魔王』の振りなんてしたの?」

『曲がりなりも、父親だ。父の不名誉…何より、自分の仕出かしたことが怖かった。『魔力魂』が人を材料に…マフィネス国民を材料に作られたなど言える訳がなかった。しかし、攻め入ったマフィネス国の国民が何日も帰らないなど、不審に思うだろう。しかも、向こうには父の送った文もある。各国に知れ渡るのも時間の問題だ。

私はそれを恐れた。…私は『魔王』を装い、手紙を燃やす為だけにマフィネス王国を襲い、向こうの略奪説をでっちあげた。

私は、最低な男だ。…私は真実を知ってなお、父が成した偉業を誇らしいとさえ思っていた。人を材料にすることには抵抗はある。だが、同じ志を持っている研究者を材料にして、何が悪い?双方、誇るべき事だとさえ思っていた。私はそう思っていた自分が恥ずかしい…!

だから、私はお前が情けを掛ける様な相手ではない。汚点を隠す為、非道な行いをした殺すに値する人間だ』


うーん…。吉田魔王様は、人間じゃなくて、魔族だよね。


まだ『混沌』と呼ぶには至らない気がするけど…。

とにかく、何とかすべきなのは分かった。


『マフィネス王国の国民に会ったのだろう?私を殺す手立てでも教えられたか?』


規模は貴方の想定外。

何と、何の因果かミケガサキも巻き込まれたよ。

そう、何故か無関係のミケガサキも巻き込まれたんだよね。

私怨にしては規模が大き過ぎる。二ヵ国同時略奪ってねぇ?余程、腕に自身があるらしい。


「そうなんだけど…。真逆の事を頼まれてね。復讐を止めてくれだと。マフィネス王国の姫様の影武者さんから頼まれた」

『それは、それは…。随分と優しい影武者さんが居たものだ。…引き受けたのか?』

「ううん、断った。…で、雪ちゃん達に怒られた。

…だってさ、僕等が口出し出来る問題じゃないじゃない。復讐って悪いよねってだけじゃ、止める理由にはならないよ?確かに悪いんだろうけどさ、無知な奴が本気で復讐しようとしている奴を止めるなんて、遊び半分な行為だと思わない?」


まぁ、それ以前に『国宝』を探さなければならないのだ。正直、他人を手伝っている場合ではないというのが本音である。

これが、近々ミケガサキを襲うであろう災厄から守る唯一の手立てなのだ。


…しかし、最早、何が災厄かさえ僕にはよく分からなくなってきた。今の状況が一番の災厄の気がするのは気のせいなのかな?


少なくとも二ヵ国に狙われている事は確か。ある国は復讐に燃えて、すっかり戦闘モードに。ある国は武器の生産国で軍事国家でもある。両国の共通点を上げるならば、どちらも非常に好戦的だということだ。


頼むから、手を組まないでくれ。誰も勝てない。


幸い、ラグドの女王様は共闘を好むタイプではない。どちらかと言えば、自分の群れだけを率いる狼の様な性格のはずだ。共闘など、彼女のプライドが許すはずない…と信じてる。


大きな溜め息を一つ。

吉田魔王様が苦笑を浮かべた。


『…色々、大変な様だな。頑張れ』

「ありがとう。吉田魔王様も死なないように頑張ってね」


もし、二ヵ国を潰すつもりなのなら、絶対に助けは必要なはずだ。だから、どちらかの国に何らかの行動を起こしてるにちがいない。

最悪のそのまた最悪な事態を想定すると、フェラ王国次第で状況が良くも悪くも一変する。そうなる前に手を打つ必要があるが、知るのが少々遅かったため、何とも言えない。


「吉田魔王様、カイン達に連絡取れる?事情の説明は後回しで、フェラ王国からの復興支援金の仕送りがどうなっているか聞いてもらえると助かる」

『成程…。マフィネス王国と手を組んでいるのなら、支援金が滞っているはずだと踏んでいる訳か。分かった、聞いてみよう』


そう言って頷くと、吉田魔王様は、床に陣を形成し始める。


「影の王…。お探しの品、お持ち致しました…。この国の宝は、随分と歪なのですね…」


見計らったかの様に、フレディが影から浮き上がる。その指には女神から授かっ指輪がはめられ、手には真っ赤なブローチが握られていた。

指輪の光は、ブローチを指し示している。正真正銘、本物の様だ。


両手で、それを受け取る。ブローチの装飾は金。真ん中には大きな赤い宝石が輝いている。ルビーにしては、色が少し暗いかな。しかし、これ程までに大きな宝石を見たことがない。今にも躍動しそうだった。


「影の王…、遠慮することはございません…。…どうぞ、触ってみては如何です…?」


フレディの言葉通りに、宝石に触れる。


「うわっ…!」


宝石は、妙に生暖かい。

そして何より、鼓動を打っていた。心臓の様に規則的にゆっくりと。


「…一種の『魔力魂』なのかな?今までのとは、随分違った波長を感じるけど」

「えぇ…。素材は同じですが、使う『部位』が違うのです…。

『その息子が我々とはまた違う方法を用いて混沌を世界に生んだ』…これが、彼が作った偉業にして異業。人間の臓器を素材に作った『魔力魂』なのです…。

我々は人の魔力とその生命で作りますから、波長が異なって当然でしょうね…。気をつけて下さいよ、影の王…。『混沌』は、貴方のその手の中…。それは、心臓を主なベースにして作っていますね…。この指輪は目玉といったところでしょうか…?…一体、誰を素材に作ったのでしょうね…?」


吉田魔王様が生んだ『混沌』。それが、ミケガサキの『国宝』となっているのだから、何かあったんだろうね。そう考えると、今回の復讐にミケガサキが絡むのも、必然という訳か。

恐らく、女神様は何か知っているんだろう。だから、わざわざ頼んだ訳で…。だが、吉田魔王様は父親を『魔力魂』に変えたというなら、この装飾品は吉田魔王父百パーセントということか。

けど、吉田魔王父百パーセントを装飾加工して貰ったところで、マフィネス王国の反感を買うとは思えないし、実の父親を加工して、他国にあげようとも思わないだろう。

…輿入れじゃあるまいし、他人の父親貰ってもなぁ。正直、嬉しくない。


「ややこしいな…。…君は一体誰なんだ?」


ブローチの宝石を指でなぞる。

死人に口無しと同じ様に、宝石は喋らない。

…少なくとも、そのはずなのだが。


『少女神、セシリア…』


見知らぬ、少女のか細い声が聞こえてきた。


「少女…神…、セシリア…」


そう、無意識に呟く。

目の前に少女が姿を現す。姿が半透明に透けていた。伸ばされた手は、小枝の様に細く白い。


そっと、その手を取る。


『優真、カイン達と連絡が取れた。資金の事だが…』


彼が床から顔を上げた時、そこには膝を折って頭をがくりと下げた優真の姿があった。

壊れた人形の様に微動だにしない。

ただ、包む様にしっかりと両手には真っ赤なブローチが輝いていた。

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