第十話 ラグド王国第一番騎士現る
「国際禁法第二十五条魔生物生成違反?…身に覚えがないんだけど」
「恐らく、これの事じゃないですか…?」
手の中ですっぽりと収まっている謎の生物を見る。
触った感じは、皮。体が上下に伸縮しているから寝ているのかな?たまに左右に小刻みに揺れてる。
…左右に揺れる?
上下は分かるけど、左右?いや、揺れるというか振動しているに近い。
「何というか、マッサージ機能搭載なのかな、こいつ…」
辺りもその異様さを感じ取ったのか、明ら様に動揺が伝わって来る。
ふーん。成程ね…。
これが爆発すると思っているらしい。実際はぐずってるだけなのにね。
馬鹿なの?死ぬの?
頼む、死ねとは言わない。一回で良いから再起不能になってくれ。
…同じ意味だがな。
「ギュァァア…」
完全にぐずり出したよ…。何が不満なんだろう?
「世論、政治経済、少子高齢化、税金、円高、世界平和…どれだと思う?」
「赤子が嘆くには、規模の大き過ぎる問題だと思いますよ…?」
まぁ、それもそうか。
「…にしても、この状況をどう打破してみる?」
「そうですね…、取り敢えず影の王は邪魔ですので、下がってください。邪魔ですので…」
確かに正論だけど!
二度言うなよ!大切な事だけど、言われ無くとも分かってるから!
僕だって、地味に傷付くんだよ?意外に繊細な心の持ち主だからね!?
「これぞ、本当の日陰者…」
「してやったりみたいな顔で言うなよっ!何も上手く無いからね!?」
それを掻き消す様な風が、直ぐ近くから巻き起こる。謎の生物が飛ばない様に手の中で潰れない様、包む。まぁ、多少潰れても戻るだろう。
うーん、何もしないというのも気が引けるし、何より暇だ。
こいつら、爆弾にビビるくらいだからラグド兵の中でも下っ端なんだろう。
何とか違反で僕を亡き者にするのが目的とは思えないし、そんな下級の奴らに葬られるのも魔王のプライドが許さない。
カイン達が僕を置いて…いや、見捨てて行くくらいだから、真の目的は建物か。なるべく僕を危険な目に遭わせて、カイン達をおびき寄せる作戦だったのだろうが、読みが甘い。
ふはははっ、残念だったな!…けど、ありがとう!
「フレディ、此処って何処?」
「ホスピタルです」
「…新手か?」
「何のです…?病院ですよ…。無駄に真顔にならずとも、一般常識ですよ。馬鹿の王」
「かつて無い侮辱だ!確かに間違ってないけど!王座に座る程の馬鹿でもないと思ってるよ!?
何が癪に触ったかな!?さっきのツッコミが気に入らなかったのかな!?」
確かに馬鹿だけど、仕方が無いじゃないか。
最初から日本語で言えよ。英語は分からないよ。だって、三嘉ヶ崎に外国人来ないから。
病院か…。ラグドは軍事国家。医療より武器に力を注ぐはず。戦力に力を入れるなら、前の様に訓練所を襲って領土と戦力潰しにかかるに違いない。
だが、今更病院を襲って仮に領土と医療技術を手に入れたところで意味があるかどうか。
領土は意味があるとして、何が狙いなのかが分からない。
とにかく、今はこの状況を何とかするのが先決か。
さて、僕も小規模な抵抗を試みるとしよう。
目指せ、無血会場。
まぁ、既にフレディが流血会場にしてると思うけど。それでは、ごほんっ…。
「貴様ら、此処でのさばるとは良い度胸だな!
ならば、それ相応の覚悟があると見た!このアンナ・ベルディウスが相手をしてやろうっ!」
「なっ…!アンナ・ベルディウスだと!?思ったより早いな…。くそっ、一旦引くぞっ!」
わーい、見事に引っ掛かった。流石、下っ端。
「案外、潔く引きましたね…?」
「一応、あぶり出しとく?まだ隠れてるかもしれないし…」
杖を掴み、両手で持つ。
そのまま垂直に振り上げ、地を叩く。
カツンッ…と軽い音が響いた。
もう一度振り上げ、振り下ろす。
カンッ…と鋭い音が鳴り、水面に波紋が広がる様に魔力が行き渡る。
杖を中心に地は揺れ動き、木の葉は舞い散り、雲は千切れて消えた。
音の周波数によって人体に多大な影響をもたらす事があるなら、魔力でも同じ事が可能なはず。
魔力とは個人差があり、人柄を表れる。だから同じ国の出身でも些細な魔力のズレはあるし、他国なら周波がまるで違う。
きっと三嘉ヶ崎市民にも僅かながらの魔力はあるのだろうが、知ると知らないでは大いに違い、純心な子供には不思議な力があるとされるのは無意識ながらにも魔力の有無を体感しているからだ。だから、大人になると社会意識などの常識に囚われ、魔力を体感する事もままならなくなり、力は衰え、何も感じる事が出来無くなる…と吉田魔王様が言っていた気がする。
しかし、人は疎か、鼠一匹出て来ないとは…。
好戦的なラグドの波長は太鼓の様な荒々しさ。それを壊す様な対照な波長が出せれば苦労しないけど。
研究者じゃないからなぁ。やっぱり無理か。
「いいえ、あぶり出されましたよ、ラグドご自慢の猛者達が…」
「あっ、本当だ。けど、知らないな…。誰?」
木の葉を踏み締める乾いた音が鳴り響く。
こちらへ向かって来ている様だ。
「ラグド王国第一番騎士団騎士隊長アンネ・ドルイド」
「並びにっ、ラグド王国第一番騎士団副長フィート・アイネスっ!」
ふむ。一番騎士団か…。
「…回れー、右っ!」
「はいっ!」
「そのまま前進っ!」
「はいっ!…って、それじゃ意味ないじゃないですかっ!」
「隊良し、武器良し、不足無しっ!さぁ、帰れっ」
「…それは困るな。我々はお前の様な強者と闘う為にわざわざ出向いたんだ。その気がないなら、力ずくでも戦わせてやる」
気配より、殺気が強く伝わって来る。
動けば肌が切れる様な明確な殺意。見るより明らかな殺意に、顔が綻ぶ。
その余韻に浸る暇無く、体を突き飛ばされる。
数メートル先の気配が目前まで来ていて、少し遅れて金属音が聞こえた。
恐らく、アンネ・ドルイドが先攻し、フレディがそれを阻止したのだろう。
しかし、相手が悪すぎる。よりにもよって、第一番騎士団隊長と副長?
神様は余程僕が酷い目に遭うことをお望みの様だ。
杖を握り直す。謎の生物の苦情を無視してポケットに突っ込むと、構えた。
何か、何か打開策は無いのか?
説得は?いや、応じないだろう。やはり戦うしかないのか?
あー、無茶すると怒られるし…。けど、そんなことを言っている状況でもない。事態は一刻を争うというより、命を争うから。
「あぁ…、駄目だ。お先真っ暗…ぁああああ!?」
「影の王っ…、気が散りますから黙って頂けませんか…」
怒気を含んだフレディの声が聞こえた。それを無視してポケットを探る。
…あ、あった。潰れた謎の生物…って違う。これじゃない。
再度、謎の生物を突っ込むと、ポケットを探る。
よし、あった…。
「…君達っ!特に小さい副長っ!」
「小さいは余計ですっ」
話を聞く気があるようで、凄まじい金属音が止んだ。殺気は感じない。とりあえず、今は。
「…影の王、一体、何を…」
息も切れ切れにフレディが言う。それが一戦交えた事による負傷の為か、単なる疲れなのかは不明だ。
僕は意を決して手を前に突き出した。もう片方の手を真横に伸ばし、最初に感じた気配の場所を指差しながら。
そして、静かに拳を開こうとした時だ。
「ギュァア…」
軽く、目眩を感じる。
声は何処からですか?…そうですね、拳から。
「キャッチ!アーンド、リリースッ!!」
田中優真、大きく振りかぶって今、投げたっ!…これは短いぞ!
前にも言った通り、そう遠くは飛ばない。筋力無いから。
謎の生物は、直ぐに態勢を立て直し、ふわふわと浮かぶ。その瞳は何かを訴えていた。
「もしかして、お前も欲しいわけ?飴玉…」
「ギュアア」
もう一度ポケットを探り、飴玉を見せてやると、また手の平に乗って飴を凝視している。
というか、形が変形してるぞ、お前。まぁ、全部僕のせいだけど。
「わぁ…!飴ですかっ!?姉様っ、貰いましょうよっ」
「貰ったら大人しく帰れ。…って、え?姉様!?」
「ラグドは貧富の差が激しく、階級別なのです…。恐らく、彼女等は元孤児でしょうね…。姉妹と隠すのはその方がお互いに安全だからですね…?」
「あぁ。戦争が始まって、行き場も無い我々に課されたのが、ラグドの為に尽くす、その使命だった。
嫌だったが、食事もベッドもある。雨風も凌げる。放っても野垂れ死にだ。生きる為に必要だから、文句は言えない。…最も、隊員としての利用価値も無い者は実験台。生きる為に人を殺してきたが、ふふっ…随分高い所まで上ってきてしまったようだ。あれ程死に近い地面を恐れ、がむしゃらに殺してきた私が、もう天にも近い位置にいるのだな…。死ぬ時は、天出なく地に堕ちるだろう…。皮肉だな。せめて、妹だけでも天国に行けると良いが」
姉の憂いを孕むその言い草に気付かず、妹は夢中で飴を舐めている。宝石の様な綺麗な瞳で、とても幸せそうに…。
可哀相だと、同情をかけようとも、そんな口先だけの代物で慰められる程、甘くは無いだろう。
気持ちより実績だ。
嘆いたところで、何も変わらない。
「優真っ!」
「あっ、カイン達だ。おーい」
森からちらりと覗く気配。今頃になって駆け付けられてもなぁ…。
「仲間が来たか…。今日はこの飴に免じて退いてやろう。次はその瞳、治しておけよ」
さっきまでの愚痴は何処へやら。元々、好戦的な性格なのかもしれない。
「次…か」
「大量に飴持っておけば問題ないんじゃありませんか…?」
「それじゃあ、首脳会議と同じ結末になっても可笑しくないというか、二の舞になるから止めよう。
結局、何も解決しないで、問題だけが増えるから」
溜め息を吐く。何だか久々のような、そうでないような…。
「ギュア」
「ん?お礼?あはは、どう致しまして。人相怖いけど可愛い奴だなぁ。おいで。どうせ、行くところ無いだろう?一緒に行こう」
「ギュアアア」
一鳴きすると、また手の中に収まった。
カイン達も来た事だし、一件落着なのかな。
「…すまん、二人とも無事か?」
「僕は無事。フレディは大丈夫?」
「えぇ、手を抜かれまして何とか…。幸いにも無事です…」
『で、例の生物は何処なんだ?』
吉田魔王様がわくわくしながら尋ねる。僕はそっと手を出した。
「胎児ですね。恐らく、まだ成長段階でしょう。魔力測定が楽しみです」
『早く人間になりたいか?頑張って大きく立派になるんだぞ』
「赤子にはまだ難しいですって、その問題は…。
影の王…、この赤子の名はどうするんです…?」
「そうだなぁ、妖怪人間…」
「今直ぐに黙れ…。その先を言ったら鎌の錆にしてあげましょう…」
案外本気で言っている様なので、口をつぐむ。
すると、考え込んでいたのかは分からないが、ずっと黙っていたノーイさんが真面目な口調で言う。
「では、ホムンクルスという事で」
「誰か止めてあげて!彼の中の荒ぶる中二病をっ!つか、名前じゃなくて名称じゃねーか!」
「影の王、どちらも同じ意味ですよ…」
****
結局、謎の生物の名前はアダムに決定した。これが中二病範囲内なのかは判定のしにくいところである。
別にどうでも良いが。
因みに、吉田魔王様等に丁重に研究…いや、育てられるそうだ。
流石に病院も危ないので、魔城に身を置くことにしたのだが、僕としてはミケガサキ版の家に帰りたい一心だった。
城生活も悪くないのだが、庶民には豪華過ぎて、中々落ち着かない。
「ラグドの治安もどうにかしたいけど、他国の前にまず自国だ。女神を探せと言われてもなぁ…。手掛かりないし。残るは国宝か。明日、調べてみるかな」
「『バグ』についてはどうお考えですか…?」
影から声が発せられる。
フレディだ。
「何がどう『バグ』なのか分からないし…。もしかしたら、アダムもバグの一種かも知れない。少なくともその可能性はある。けど、それは僕も同じ。イレギュラーだからね?それに、ゲームにおいて最も怖いのは『バグ』じゃない」
「何ですか…?」
「簡単な話。ゲームシステムそのものだよ。
まぁ…、この世界においてはだけど」
影が黙る。どうやら解答を待っているようだ。
「『バグ』なんて、予想内でしょ。僕が恐れるべきは寧ろ…。まぁ、主旨がいまいちなゲームだし、楽しむ分には良いかなぁ?」
よっこいせと身を起こす。夜風はまだ冷たい。
窓枠に足をかける。
「何処へ…?」
「…ちょっと、仕事してくるね」
答えの代わりに、影に波紋が浮かぶ。
目を覆う包帯を外すと、一気に飛び降りた。




