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第九話 春はうららか。散るのは血飛沫?


「…影の王、目潰しされましたけど、どうします…?助けないのですか…?」


重苦しい暗闇が、軽くなった気がした。

笑ったのかもしれない。


『アレが何故、影の王と呼ばれるか、分かるか?』


いくつもの重低音が響く。

馬鹿にしているような、楽しんでるような、何処か卑しむ様ないくつもの音。

それが、『知恵の悪魔』の声にして感情だった。


「分かりません…」

『影を統べる王。なら、王とは何だ?』

「はぁ…。国の最高統治者ですかね…」

『なら、その最高統治者になれば、誰も文句一つ言わずについて来るのか?』

「自分の利害に一致すればついて行きますけど…」


嘲笑の様な音が響く。

愉快だと言わんばかりの長い音だ。


『利害か…。狡く、愚かしく、滑稽で聡い奴だ。死霊と言うより道化だな』

「…お褒めいただき、有り難き光栄にございます。

ですが、貴方が思う程、狡賢くはないでしょう。今のは私の野心であり、それ以上でもそれ以下でもありません…。所詮は思うだけなのです」

『…言わずとも、見れば分かる。死霊など、半端者に過ぎぬ。昇る事も堕ちる事もままならなかった自殺者の御霊。その成れの果てが死霊。所詮、その程度の器なのだ。

…話を戻すぞ。王とは則ち器量の問題だ。英雄に強靭かつ聡明な者達が集まる様に、けして一人で物事が成り立つ事はない。敵を討つ騎士やを守る盾となる魔術師が必要だ。我々はその騎士に過ぎない』

「貴方からその様なお言葉が出るとは思いもしませんでした…」

『茶化すな。だから、我々が出る幕ではない。

人の域を越えた力を持つアレが、二十数年も無事でいられたか不思議でならなかったが、此処に来てよく分かった。…アレも立派な人間だ』


もう一度、長い音が響く。今度は、笑っている様だった。

いや、好奇心だろうか。

これから何が起こるか楽しみでしょうがないという様子だ。


『影とは、常に共にある。光り輝くところには、深い深淵の闇があり、楽園があるように奈落がある。私達が居るように、その天敵も然り。

…もし、人が光ならば、影は闇に違いない』

「何をおっしゃりたいのですか…?」

『簡単な事。人が正義の塊だとするなら、こぼれ落ちた影は悪意の塊。だが、全てがそうではないだろう?人間とは。綺麗事を並べようと、血に手を染めようと平等にあるのさ。なら、影には何がある?何が宿る?全てが平等なら、影も平等にあるはずだと思わないか?もしそうなら、偏った人間の影というのはどうなんだろうな?』


どうやら、それが言いたかった様だ。

何処か確信に満ちたその声に頷く事しか出来ない。

そっと溜め息を吐く。


何の音も聞こえない。

唯、空を切るような、闇が駆ける足音を聞いた様な気がした。



****


………………。

……………。

…………。



『勇者よ、目覚めなさい。遂に、時が来たのです』


いや、知らないし。

僕、魔王だから関係ない。雪ちゃんに頼んで。


『…勇者・魔王優真』


…どっちかにしよう?ややこしいから。

それじゃ、苗字が勇者で魔王優真が名前じゃん。


…あれ?反対かな?どっちにせよ、魔王優真だ。勇者付ければ良いって問題でもないし。


『勇者・魔王・優真』


三分割されちゃったよ。

そういう問題?違うよね?嫌がらせに来たの?早急に帰れよ。


『…目覚めよ、ニート』


…目覚めてないから、大丈夫。まだその域には達してない。


『目覚めてるドM、いいから聞け』


僕、褒められて伸びる子だものっ!貶されて伸びる子じゃない…と思いたい。


『…良いか、よく聞け。勇者・魔王・ニート・ドM優真よ。ミケガサキに危機が迫っています。少し先の未来ですが、そう遠くはないでしょう。貴方は私を…女神を探し、国宝を集めるのです。それが貴方を…このミケガサキを必ずや救うこととなるでしょう』


よく分からないけど、殺意高鳴る素晴らしく素敵なミドルネームをどうもありがとう。

…後で十倍にして返す。


『貴方も分かっていると思いますが、バグが発生したということは、あらゆる面において不利になります。だから、これを授けましょう。どう扱うも貴方次第。…どうか、貴方に祝福が有らん事を』


そっと唇が、額に触れる。姿が見えないのを少し残念だと思ってしまった。

手に何かを握らされ、抱きしめられる。

母親の様な優しい温もりだった。


……………。

…………。

………。


「ん……」


恐らく、目覚めた。

あっ、ドMにじゃなくて、言葉通りの意味ね。

目潰しに遭ったんだから暗くて当然か。

生きているということは何とかなったのだろう、知らないけど。


辺りを探ろうと、手を動かす。しかし、指しか動きそうに無い。

何か握っている事に気が付いて拳を開くが、何を握っているのか見えない。形状は丸い。革紐の様な感触の部分があることから、ペンダントだろうと予測してみた。

先程の夢は唯の夢では無いようだ。よくある事だから別に驚かないが。


「…というか、そこに誰か居たりする?」

「うん、殆ど居るよ。おはよう、優真君」


何だろうな、容易にこの後の展開が予想出来るぞ。

…にしても皆、人が悪い。普通はもっと僕の生還を素直に喜ぶところだけど。気絶中にまた何かやらかしたのかな、僕。


「…一ヶ月と十九日」

「ん?」


右横からカインの声が聞こえてきた。かなり苛立っている様だ。


「季節は春」


その隣でノーイさんが淡々と言う。


…え、何?卒業式の予行練習?

つか、皆居るらしいけど、狭くないの?


「桜は散り頃」

「…花見を逃しました」


新手の降霊術なの、これ?何か召喚でもする気?

このノリにどう着いて行けば良いのかな!?


「無事ではありませんが、ご生還おめでとうございます、影の王…。一時はどうなる事やらと冷や冷やしましたよ…」

「…フレディ?丁度良かった、説明求む」

「はい…。影の王が気絶された直後、影の王の影の中から影が飛び出し、その影がアフロの影に入ったかと思いきや、アフロの身体から黒い槍の様なものが突き出し、戦闘不可能であろう手傷を負わせ戦闘不能にした後、影の王の影に戻ったのです…。

因みに、身体が動かないのは単に疲労によるものですから、ご安心を…」

「ややこしいっ!影が影で影!?つまり、大総統の仕業?」

「…いいえ。大総統は哲学的言い訳を並び立て、助けようとしませんでした」

「あー…成程。まぁ、そうだろうと思った。で、助けたのは誰?」

「…強いて言うならば、貴方自身ですよ、影の王。正確に言うなら、影の王の影ですが…」

「分かった。ややこしいから黙れ。要するに、僕の影が倒したんでしょ?

随分寝たみたいだけど、怪我とか無いの?…雪ちゃんは、無事?あっ、陽一郎さんも怪我とか虐められてない?」

「大丈夫、雪ちゃんも僕も無事だから。…そうだな、強いて言うなら、この人達から虐められてるかな?

お見舞いに来たのに、ずっと拘束を解いてくれないんだ」


うーん、自業自得のような気もするが、義父だしな。見殺しは出来ない。

けど、誤解を解くとなると教官達が怒るし、何か問題を起こした時に困る。

かと言って、素直にラグドへ帰しても一生涯の安心は保証出来ない。


「はぁ…。カイン、陽一郎さん逃がしてあげて。何か問題起こしたら僕が責任とるから。陽一郎さんは寄り道せず、早急にラグドへ帰る。

…あっ、これ、お守りね。肌身離さず持ってて」


とりあえず、気配のする方へ投げる。

パシッという音がしたから多分、届いたはずだ。


「…ありがとう、大事するね。また来るよ」


目の前の気配が消える。

どうやら行ったらしい。長い息を吐き、ベッドにもたれ掛かる。いつの間にか肩に力が入っていた様だ。


「…一体、何を企ているんです?」

「別に、何も」

「あなたが何をしようが勝手ですが、ちゃんと心配する人が居ることを忘れないで下さい。

…次、姫様を泣かすことがあったら殺しますから、覚悟してくださいね」

「はーい…」

『というわけでだな、自白剤だ』

「何で、ナチュラルに自白剤っ!?」

「…往生際が悪いですよ。男に二言はないでしょう?」

「そもそも、飲むと言ってないっ!」

「魔王様、ささっとやって自白させましょう。カインはそいつ押さえといて下さい。はい、腕まくりますよ〜」


抵抗虚しく、さくさくと準備は進められ、後は注すだけ。

だが、中々刺す雰囲気が伝わって来ない。息を殺した様にじっと静まり返っている。


「おい、優真。何をどうしたら腕がこんな傷だらけになるんだ」

「…えーと、若気の至り?」

「よし、さっさか自白させるぞ!吉田魔王様、ぶっ注してくれ」


注射機が注さる直前にあの悲しい声が聞こえた。

焦燥感とも緊張感とも似た何かが沸き上がって来る。

…うーん、悪い予感しかしないぞ。


突如、爆発音が轟き、院内が揺れた。

外からは悲鳴が聞こえる。窓ガラスが割れた音がし、破片が飛んで来た。

気配が一つ消える。恐らく教官が飛び出して行ったのだろう。


「…影の王、マズイですよ…。ラグド兵が乗り込んできました。アレの魔力を感じますか…?近くにいるようです」

「アレって、どれだ?」


カインが、不思議そうに問う。フレディから、うっ…と小さな声が漏れた。


「えーと、雪山から突如飛来した悪のダークエンペラーJr.です…。特技は泣きわめく」

「…それは、アレか?」

「えぇ、アレです…」


……どれ?


「今、窓の外で特技の披露中です。防音・防弾ガラスなので声が聞こえないのでしょうね。しかし、面白いサンプルが手に入りそうですね」


未知の生物が、防音材に負けたぁぁっ!

誰か聞いてあげてよ、心からの叫びを!

がき大将のリサイタルよりはマシだよ、多分!


『あぁ、何としても手に入れたいな。そして育てるのだ。…フラスコの中で』

「ホムンクルスッ!?違うからね、多分!そんなことしたら虐待だからねっ!?育てるのは良いけど、虐めちゃ駄目だよ!?」


気配から伝わって来るよ。この研究者達の本気とやる気が。


「捕まえ、育てるのは結構ですが…、ラグド兵の存在を忘れてませんよね…。影の王は邪魔ですので、アレの相手でもしててください」

「粗雑っ!僕の扱いってそんななの!?」


周りの空気が張り詰めたと同時にらドアが乱暴に開け放たれる。


「お疲れ様でーす」

『先輩、後は頼みます』

「私達他の警護に回りますね」


沢山の気配が現れて、三つの気配が消えた。


………あれ?

……僕、囮にされた?


いや、ラグド兵がそんな、そんな敵をみすみす逃すなんて単純な失態を犯すはずがない…よね?


「奴ら、ナチュラルに去って行きましたよ。後ろにはアレが、前には槍兵が殺気立ていますけど、どうします?」


…どうしますって言われてもなぁ。


「こ、子供が見てるじゃないっ!…お母さん、あなた達をそんな風に育てた覚えはないわっ」

「随分、子沢山ですね…、奥様…」

「見てっ!震えているじゃないっ!…この子の瞳を見て!争いなんてしないでって言ってるのが分からないのっ!?」

「影の王…、目を覚まして下さい…。将来の夢は世界制服って顔に書いてありますよ。怯えの震えじゃありません。武者震いですよ、絶対…」


ラグド兵が完全に動揺している間に、手掴みで赤子を捕獲。

後ろからは何の気配もしないので、進路は無くとも退路はある。


「せぇのっ!」


飛び降りる。いや、飛び出す。がんっと窓枠に片足が引っ掛かり、随分格好悪い飛び降りだが、まぁ良いとしよう。


「…影の王っ!」


フレディの驚愕した声が聞こえて来る。


「此処は、一階ですよ」

「痛っ…。それを先に言えっ!」


土埃を払い落とし、辺りを見回す。見えないけど、気配は感じるからね。

一体、このスキルを何処で身につけたのやら。


一つ、二つ、三つ…。数え切れないな。


一歩踏み出す。先の尖った何かが顔に刺さりかけていたので退いた。

恐らく刃渡りは短い。この尖り具合からそう判断してみる。


「あっはっは!槍じゃねーか」

「えぇ…。いつもの、あのパターンです…」


「魔王田中優真。国際禁法第二十五条魔生物生成違反により処刑する」

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