第八話 髪型+虹色=悪魔
ファァァァーーーーン!!
もう、この音の説明や歓声の内容説明は不要だろう。前に説明したし。
只今、先程始まった第一回戦目の真最中。
…と言っても、敵の姿はまだ見えない。
つか、魔王と勇者が二人揃ってるのに一回戦からって酷くないか?
ゲームでいう、旅に出始めの頃、勝負を挑まれた時に出された相手の敵が伝説の敵だったくらいの衝撃じゃね?
何、僕等そんな弱っちく見えるのかな。
…まぁ、一回戦なんて楽勝だろうと高を括っていた時だ。
ようやく鉄格子の扉が上がり、対戦相手が現れた。
「ハゲかな?アフロかな?リーゼントかな?パンチパーマかなっ!?」
雪ちゃん、何がそんなに君をパンチパーマ狂信者に変えているんだい?
終に、向こう側の鉄格子の扉が上がる。
さて、以上の条件に当て嵌まる人が出て来るか否か。…まぁ、どちらにせよ、あいつらは初回らへんで当たるだろ。見るからに弱そうだったし。
「あっ、出て来たよ!」
「なっ…、あれはっ!」
緊張が一気に吹っ飛ぶ。
やはり、やって来たのはあの不良達。
赤のライオンヘア、橙のボブ、黄のリーゼント、黄緑の七三分け、青のパンチパーマ、水の坊主、紫のおかっぱ。
髪型も髪色も個性的で、揃うと物凄いインパクトがあるな。
…ん?オールカラーの姿が見えないな。何処だろ?
「七人の愉快な髪型達って感じだね」
「優君、それじゃあ髪メインになっちゃうよ。…あれ?優君、まだ奥に何かいるっ!」
さりげなく、酷いっ!
まるで人外が出て来る様な言い方だなっ!
どうせ、こいつらの仲間何だから人でしょ!?
カツン、カツン…と靴音が会場に木霊する。
僕は現れた人物に対し、開いた口が塞がらなかった。付け加えるなら、顎が外れてもおかしくないくらいに驚いている。
「Ah〜、何?対戦相手ってこのガキ二人ィ?こいつらが、魔王と勇者なわけ?マジ、パネェんですけど!」
現れたのは、中年の親父。ダンサーみたいな格好で、グラサンをかけていた。
猫モドキよりはまだ若いが比較的渋い声。そして、アクセントと口調が独特だった。
別に、そんなのはどうでも良い。
「人外だっ!確かに人外だった!あれ絶対、スチールウール百パーセントアフロだろ!チリチリってレベルじゃねーぞ!つか、どうやって七色に染めた!?」
「Oh〜、そこの瓜坊。分かってねぇなぁ。アフロってのは、大切な物を毛先ごと包んで離さない活かした髪型なんだよ。まっ、大人の嗜みってやつ?ガキには理解できねェなぁ」
「パンチパーマはどうですかっ!?」
雪ちゃんが興奮気味に挙手する。アフロの視線が雪ちゃんを捉えた。
…うーん、頭叩けば治るかな?
「嬢ちゃん、パンチパーマファンかい?だが、あれは駄目だ。希望を包みきれず絶望に潰された悲しい髪型…。最近の奴はそういうのに惹かれるのか…パネェ!」
…お前の頭がな。色々な意味で。
「そんじゃ、レッツ・ショータイム!行くぜ、野郎共っ!」
アフロからまばゆいばかりの閃光がほとばしる。
発火か?発火したのか!?やっぱりスチールウールだったのか!?
直後、凄まじい魔力が爆風となって襲った。
咄嗟に杖を出すと、一振りする。
すると、杖の装飾である真っ赤な玉が光り、魔力を吸い取った。
「Oh〜!魔力を吸うとは、面白い杖持ってるじゃんよ!」
魔力で舞い上がった土埃が視界を遮る。
指が鳴り、突風が吹き荒れる。土埃がようやく晴れた時、そこにいたのは、人では無かった。
「僕の希望と憧れを返せ、馬鹿ぁーーー!!!
そんなギャプなんて嬉しくも何ともねーよっ!」
山羊の角、赤い瞳、強靭な身体。
オカルトの書物の挿絵に描かれている『悪魔』そのものだった。
「悪魔がアフロとかパンチパーマなんて絶対嫌だ!…フレディ、あれ本物?」
影からフレディが姿を現して、前に立つ八人の悪魔を見て厳しい顔をした。
そして溜め息を吐く。
「残念ながら、本物のようです…。お気持ち、分からないでもありませんが…。しかし、彼等が何故このような所に…?あれでも、大罪を司る悪魔なんですよ、彼等。中でも、あの真ん中のは大物です」
「…悪魔ってことは、大総統と同じってことだよね。まさか、大総統より偉い?」
「…さぁ?悪魔は好戦的ですが、内輪揉めはしませんから、強さは計りかねます…。偉いかどうかは分かりませんが、強さは互角やもしれません…」
や・め・て!
火を見るより明らかっ!
読書でずっと引きこもって出て来ない様な草食系悪魔と、見るからに筋肉ムキムキの肉食系悪魔なんて歴然だろっ!
知識で乗り越えられる程、簡単な世の中じゃないの!現実はもっとシビアなの!
「優君、さっきから誰と話してるの?」
ちょんちょんっと背中を突いて雪ちゃんが問う。
あぁ、そっか。会ったことないか。
「こちら、フレディ。死霊だけど、昇格したから今は死喰い人。名前もその時にフレディになったんだよ。命名したの僕なんだ。…成り行きだけど」
「??」
雪ちゃんは完全にはてなマークを浮かべて僕を見ている。
そんな難しい話じゃないけどな…?
「恐らく、彼女は私が見えていませんよ…」
「え?魔力はあるよ?」
「魔力でなく、霊力が足りないのです。まぁ、向こうの人間ですし、仕方ないでしょう。…流石に、あれくらいの悪魔だと、人にも感知出来ますが…。…要するに、肉体があればいいのです。私が大総統から頂いた『器』は人の肉体とは少し違うので、彼女には見えないのでしょう…」
「成程。…フレディの『器』ってどうなってるのさ?見るからに人だけど…」
「正確には、あなたの様に大総統と契約した者の『残り』を造り変えているのです…。欲しいのは魂であって、肉体は不要ですから…」
無言で頷くと、手短に雪ちゃんに説明する。
七つの大罪。
それは暴食、貪欲、嫉妬、怠惰、傲慢、色欲、憤怒とされる。
人間の大罪とされる罪で、それを司る悪魔が、あの七人らしい。
最も、フレディの話によれば大罪を司る悪魔は多く、言わば所属を表すものらしい。
中でも七つの大罪を司る悪魔の力は絶大で、下級といえども苦戦を強いられるとの事だ。
因みに、僕等が知る様なルシファーや、アスモデウスなどが七つの大罪の最高位にして、最も力の強い七大悪魔という事らしい。
「…そっか。という事は、あの人達の髪色って、七つの大罪を表した色だったんだね!」
「いやー、黄色とか黄緑とか分からなくね?めちゃくちゃ暖色系じゃん。大罪に不釣り合いな色だろ」
「きっと、イメージカラーって奴だよ!ほら、憤怒って聞いたら赤ってイメージあるし、きっと怠惰とか、傲慢とかっ」
…思うんだが、雪ちゃん、さっきから物凄くあいつらのフォローしてね?
別に良いけど…。
「…にしても、影の王が見たトサカレインボーは何処へ?姿が見当たりませんが…」
「Ah〜、あいつなら止めたよ。世代交代ってやつ?弱肉強食つーか、シビアなのよ、こっちも。
…で、始めちゃって良いわけ?」
「そちらが不戦勝で負けるっていう選択肢は?ほら、こっちには年頃のか弱い女勇者が居るし、第一、武器も…」
「その点なら大丈夫だよ、優君。さっき武器屋から盗って…ううん、拝借して来たから」
今、盗って来たって!
盗って来たって言おうとしたよね!?
そう言いながら、雪ちゃんは腰のホルダーに下げていた剣を引き抜く。
戦闘体勢は万全の様だ。
やれやれ…、こういうところは誰に似たんだろうね?…絶対吉田さんだな。
「…けど、八対一は無謀でしょ」
しかも、囲まれてるし。
妙に威圧感あるし…。
審判コールが鳴った瞬間に終わるぞ。
「始めっ!」
空気読め、審判っ!
「…今回は、二組しかエントリーがなかった為、勝った方に掛け金配分の一部と魔王の首、勇者の剣を贈呈致します。
ルールにつきましては一組十人まで。…尚、赤いラインから出たら、その選手は不参加とさせていただきます。どちらか一人が残っていれば勝ちとなります。
まぁ、相手の戦闘不能も同様となりますが。
お客様はどちらが勝つか予想して頂き、お好きな方に掛け金を。勝った方がより多くの金額を手に入れる事が出来ます…掛け金が多ければ多い程ね」
待って!
勝手に贈呈するなよ、僕の首っ!
つか、始めてからルール説明しないで!
「はぁぁぁっ!」
向かって来る悪魔に対し、雪ちゃんは拳を握ると地面を叩く。
たちまち盛り上がったかと思えば、地割れが起こり、意思を持ったかの様に悪魔に襲い掛かる。
アフロレインボーは、にやりと笑うと、雪ちゃんに襲い掛かった。それに対し、剣で素早くそれを防ぐ。
…この子、丸腰でも大丈夫なくらい、たくましいな。流石、吉田さんの娘。
さて、僕も応戦するとしますか。
七つの大罪と反する七つの美徳を司る天使を『召喚』出来ればこっちにも勝機はあるはず。
だが、いつも通りの『召喚』で呼び出せるのか?
仮にも僕は、知恵の悪魔と契約した立場だしなぁ。
「まぁ、何とかなるか。天使なんて贅沢は無理でも、アレに対抗出来る人材なら何とでもなるでしょ…っと」
次々と来る悪魔達の攻撃を避けるも、一発でも当たれば身体ごと吹っ飛ぶのが分かる。
雪ちゃんはアフロレインボーの相手に忙しいみたいだし、僕が何とかするしかないか。
幸い、赤いラインから出してしまえばこっちのもの。勝ったも同然だ。
その時悪魔が動き出した。…先手必勝という訳か。
「やっぱり、そう簡単に陣の形成を許すはずないか。流石に動きながらじゃ、形成しにくいしなぁ」
今、僕が扱える魔法は補助系に過ぎない。
今まで、それで何とかやり繰り出来たものの、今回ばかりはそれが通用するほど甘く無いようだ。
「フレディ、時間稼ぎ出来る?」
「どうするんですか?」
次々に繰り出される攻撃を何とか避けながら、溜め息を吐く。
「…ちょっと、『知恵』を借りてくる」
「成程、せめてもう少し人数がほしいんですが…」
お互いに渋々だったので、妥協することにし、杖で自身の影を叩く。
『知恵の悪魔』と契約している為、彼の使役する下級程度の者なら陣無しでも召喚出来る。
影から次々に死霊が飛び出しては、会場内をふわふわと飛び交った。
軽くトラウマになりそうな光景だが、そんな気持ちの余裕は無い。
カンッ、カンッ…。
地を二度叩き、僕の周りと会場に巨大な陣を形成させる。
『知恵』を借りてから陣を形成するんじゃ間に合わないからだ。
無数に流れる膨大な知識の中から、どれか一つを掴み取らなければならないのだが、蜃気楼の様に直ぐに消えてしまう。
掴み損ねれば、一からやり直さなければならないが、そこまで化け物じみた魔力は持ち合わせていない。
一回が限度だ。
恐らく、発動後はしばらく動けないだろう。
「………」
目を閉じ、意識を集中させる。たったそれだけで、頭の中を、遥か彼方から来る無数の光の粒が縦横無尽に流れては消えていく。
これが『知恵』だ。
しかし、これはそのほんの一部にも満たない。
『知恵の悪魔』の集めた『知恵』とは、それ程までに膨大なのである。
何かを包む様に手を合わせた。そして開く。
淡い燐光を放つ、小さな光の粒が収まっていた。
「…あの瓜坊、『魔眼』持ちだけでなく、『知恵の悪魔』と契約までしてんのかよ。マジ、パネェガキだな…。ふーん」
アフロレインボーが七人の悪魔を取り囲む膨大な数の死霊を眺めながら呟く。
「…はぁぁぁっ!」
「おっと…、危ねぇな。悪いが嬢ちゃん、もう飽きた」
「えっ…!?」
ピンっと指が鳴る。
気付いた時には既に遅く、見えない力によって身体が宙に吹っ飛ばされていた。
そのまま強かに壁に激突する。
「あらら…。影の王、そろそろヤバいですよ…って、あの人、私達を巻き込む気ですかっ…!?退却!全員退却っ!」
咄嗟に感じた膨大な魔力の流れ。
それは陣に行き渡り、完全なる形成が行われようとしていた。
掃除機に吸引されるが如く凄まじい勢いで皆、影に戻っていく。
最後の一人が影に飛び込んだその直後。
静かに瞳が開かれる。
その口が何かを言った。
咄嗟に陣が光ったかと思うと、黒い光の柱が建った。会場はその光に呑まれる。やがて、徐々に光の柱は収縮し、弾けて消えた。
その場にへたり込み、会場を見渡す。
静まり返る会場は、何一つ変わっていない。
姿を消した七人の悪魔を除いて。
…ん?七人?
「優君、危ないっ!」
なら、後一人残ってる?
雪ちゃんの声。
一体、何が……。
相手は何処に?
視界が真っ黒になる。
…潰れる音を、聞いた気がした。
「ぎゃああああっ!!」
「…出過ぎた芽は早めに潰すに限るでしょ」




