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第七話 Going to the hell again

……ッ!


………アッ!


ギュアアアッ…!


悲しく、切実な声が聞こえた。

あやす様にさすっても、止む気配はない。


「…おい、お前の腹はマンドラゴラでも住み着いてるのか?一体、どうしたらそんな悲痛な腹の虫が鳴くんだ」

「だってー、お腹空いたんだから仕方がないじゃん。やっぱ、素人が登山なんてするもんじゃないなぁ」


「「…ほぉ、登山?」」


魔城大広間。

今朝降り積もった雪の除積作業を終え、朝食が出来るまでの間雑談をしていたのだが、あまりの空腹に口が滑った。

カインと教官がその言葉に反応し、僕の方を向く。


…気のせいかな?

寒気と殺気を感じるのは、きっと風邪を引いたからに違いない。


結局、鍵を閉めた犯人は分からず仕舞いだし、この事件は迷宮入りだな。だが、こっちは中々そうも行かなさそう。


「趣味が登山なもので」

「…ほぉ、初耳だな。人間らしい趣味があったのか。で、何の山に登ったんだ?」


ねぇ、人間らしい趣味って何かなっ!?

むしろ、人間らしくない趣味って何!?


…あれか?もしかして『魔王』?何、僕の趣味って『魔王』だと思われてる!?どんな趣味だよ!?『魔王』が趣味の人なんて全世界に一人も存在しねーよっ!つか、『魔王』って職業じゃないの?


…いや、それはそれで問題か。


僕が自問自答しているうちに、吉田魔王様達が朝食を運んできた。


各自、空いている席に好き勝手座るのだが、皆、どうして僕の周りに密集するかな?ピクニック気分?食後の運動は集団リンチですか?温かいけど、逃げれないじゃん。折角、逃げるに最適のポジションを陣取ってたのに。


「あれ?おじさ…ごほっ、オズさんは?」

「おじさんが帰って来ましたよー」

「ニア」


やけに『おじさん』を強調させてオズさんが大広間に姿を現した。


「雪に降られてしまいまして、予定より遅くなってしまいました」

「ニアッ」


猫モドキが勢い良く僕の所へと駆け寄ってきた。

毛は氷の様に冷たくなっている。

ノワール曰く、プラチニオンは寒さに弱いらしく、余りに弱すぎるプラチニオンは冬眠するらしい。

最近姿が見えないと思ったら、オズさんのところにいたのか。

あの部屋、城唯一の暖房があるからな。オジ…オズさんは『石化の呪い』で、その痛みは寒さで悪化するらしい。だから暖房の部屋を手配されたのだ。


「遅れてしまいましたね、申し訳ございません」

「いや、今運んできたところだ。…墓参りか?」

「えぇ。誰かさんの代わりに私が毎日行かなければ、寂しいでしょう?」


うわー、ナチュラルに嫌味言ってきたっ!

流石、ミケガサキ版陽一郎っ!腹黒もご健在だ。


…まぁ、言われるのも仕方ないが。


「すみません」

「誰も、君だとは言ってませんよ。女神様方もあなたが来たんじゃ寝苦しいでしょう?…勿論、冗談ですが」

「あー、全くと良いほど正論だから大丈夫です」


野菜スープを啜りながら言うと、ノワールが気を遣ったようにおずおずと尋ねてきた。


「…その、優真様は行かないのですか?」

「うん」

「確かに他人ですが、家族に縁がある人なのでしょう?」

「そだね。でも、違う」

「?」

「家族だけど、そう思われてない。墓参りなんてあの人達にとっては、死ぬより最も酷い屈辱だ。

…流石に、僕もそれを曝す様な事はしたくない。家族だからね。まっ、そう思うくらいの屈辱なら許されるでしょ」


薪の爆ぜる音が響き、外はしんしんと雪が降る。

つまり、誰も喋らない。


…何、この空気。何なの、この状況。せめて笑い飛ばしても良いからリアクションがほしかった。


誰かに話題振ってみるか。


「…って事で、どう思う?雪ちゃん!」

「で」

「で?」


まさかの聞き返し!?

僕の話、そんなにつまらなかったのかな?

雪ちゃん、案外えげつないっ。


「で、でー…デートに行こう!」

「別に良いけど、そんな流れあったっけ?顔、赤いけど大丈夫?」



そんなわけで、午後。

雪は止み、太陽が顔を覗かせる。辺りはまだ雪が残り、除雪に追われる人々がちらほら見えた。

木は色とりどりの小さな玉に彩られ、家は飾りが目立つ。

ミケガサキにもクリスマスが存在するのかと感心して見ていた。


「ミケガサキにもクリスマスの風習があるんだね」

「ううん、これは『復興祭』の準備なの。アンナさん達が…あっー!」

「ど、どうしたの?」


いきなり叫んだ雪ちゃんは皆からの視線を受けながらも、手を振って赤くなった顔を隠そうとする。


「えっ、あの、うん!此処は止めよう!除雪の邪魔だしっ!楽しみは取っておかなきゃねっ!優君、行きたいところある!?」

「えー、そうだなぁ。デートで行くような場所じゃないし、かなり物騒だけど…行く?」


あたふたしていた雪ちゃんの動きが一瞬止まった。


やっぱり駄目だよねと思っていると、雪ちゃんの顔がダルマの様に真っ赤に変わる。


「で、デートだと思ってくれてたんだ…」

「ん?何か言った?」

「ううん!それじゃあ行こう!」


何処か嬉しそうに笑う雪ちゃんに首を傾げながらも、手を取ると走り出す。

直後に起こる拍手喝采に送られながら僕達は城下街を後にした。


「流石、優真様…。天然タラシというか、落としのプロですわ」

「素なのか策なのか分からないところが怖いな」

「寧ろ、計算上の行いの方が怖いだろ」


…雪ちゃんが叫んだ理由が、この三人とサプライズ用の雪像を見付けたからなのだが、今の僕が知る由もない。


****


「うわぁ…!心霊写真、何枚取れるだろっ!?」


前にもそんな台詞を言った気がする。

まぁ、今回言ったのは雪ちゃんだけど。


やって来たのは『闇市』。実に半年ぶりになるのが、やはり何一つ変わっていなかった。


「雪ちゃん、此処来るの初めて?」


いや、通い詰める方がおかしいか。


「うん。ミケガサキにもこんな場所があるんだねー。異国に迷いこんだみたい!…切り裂きジャックの街って、きっとこんな感じだよね。お父さんにも送ってあげよっ」


嬉しそうに携帯のカメラで撮りまくる雪ちゃん。


僕も吉田魔王様とノワールを撮らせてもらって、吉田さんに送った気がする。

陽一郎さんにも送りたかったけど、あの人機械音痴だからな。通話も最近やっと出来る様になった程だ。


「優君は何で此処に来たことがあるの?」

「『勇者の形見』を探してて、それで此処にあるっていうから来た。それで、前の勇者が雪ちゃんだって知ったんだよ。そういえば、吉田魔王様とノワールを『召喚』したのも此処だな。何か懐かしいね。…あの時ばかりは、大量出血で死ぬかと思ったよ」


懐かしむ様に言う僕に、雪ちゃんが驚いて尋ねる。


「…戦ったの?」

「うん。ハゲと」

「ハゲ!?」


その時の僕は、遠い目で雪ちゃんに語っていたらしいかった。

どうやら、密かにトラウマになっていたようだ。

自業自得だけど、死にかけたことに変わりないし。


「へぇ…、大変だったね。けど、『魔王』って召喚出来るんだ…」

「まだ『魔眼』に慣れてなくて、手動で陣描いてた頃だったなぁ。けど、吉田魔王様は本当の『魔王』じゃないし…」

「けど、優君は私を『召喚』してくれたじゃない。

私も魔法は少しなら使えるけど、『召喚』は全然だったなぁ。だから、優君は本当に凄いと思う。

だって、『召喚』はお互いの意思が通じなきゃ出来ないから」


そもそも、『召喚』とは任意の相手を呼び出す陣なのだ。


如何なる才を持った魔術師も、居もしない彼女やテレビで見ただけ、名前を知っているだけの大統領を呼び出す事は出来ない。

なら、知り合いなら良いのかという問題じゃない。


『召喚』とは言わば、風に乗って微かに聞こえてる声に近い。


『召喚』においての基本にして、最も根本的な部分。

言わば、『共感』。または共有だろう。


いくら上手な演奏家であっても、気持ちがなければ客は心は動かされないし、同じ気持ちを共感できなければ、心は繋がらない。

呼び声に応える気がなければ、『召喚』は不可能。


「優君って、何かほっとけないよね。優君の場合、才能っていうか、本質って感じ」

「吉田魔王様もノワールもいい人だから、割と召喚しやすいんじゃない?…本当に何で魔王なんだろうね?もっと他にあると思うんだけど。あれだったら、ハゲの方が迫力あったよ。…まぁ、僕としては、アフロが良かったな」

「あははっ!私、リーゼントがいい!悪っぽい髪型の人、三嘉ヶ崎にはいないからね。岸辺君くらいかな?未成年の白髪染め」

「いやいや、飲酒じゃないし、自由でしょ。岸辺曰く自毛らしいし。

…あっ、パンチパーマとかも一度で良いからお目にかかりたいと思わない?」

「うん!大仏の写真と刑事ドラマでしか見たことないもんっ」

「大仏って、あれ、パンチパーマなの!?マジで!?」


年頃の若者の盛り上がる話題が悪っぽい髪型なのはどうかと思うが、良しとしよう。

話題提供したの僕だし。


「…ところで、雪ちゃん。勇者の剣見掛けないけど、ちゃんと持ってる?」

「それが、あの騒動以来見当たらないんだ。多分、優君を刺してそのまま置きっぱなし」


冷たい風が僕らの間を通り抜ける。


その時、複数の足音がこちらへ向かってきた。反射的に僕等は近くの物陰に身を潜める。


「兄貴ィ、本当ですかぃ?勇者の剣が『闘犬場コロシアム』の優勝賞品って話は?」

「あぁ、闇市の噂に嘘はねぇよ。だが、何でもあの争い後、無差別の領土争いが起こってるって言うじゃねぇか。もしかしたら、次は闇市を狙うんじゃないかっていう噂もある。

此処だけの話…、ルールが変わったらしい…。しかも最終決戦は、『魔王』が相手らしいぜっ!勇者の剣に魔王の首、一石二鳥で俺もミケガサキの英雄だ!」


話題が著しく変わりながらも、足音は遠ざかって行った。

雪ちゃんと二人で顔を見合わせる。


「「…大変だ」」


同時に呟いた言葉は、同じ響きを含んでいた。


「雪ちゃん、見たっ!?あの髪型っ!本家っ!絶対本家だ、あの人!」

「うんうんっ!見事なトサカ頭だったね!写真撮れば良かった…」

「見事な七色っ!少年の日の淡い夢と思い出を鮮明に髪色で表してたよっ!子分は赤だったから、あと六人はいるよね」


最早、心霊写真より髪型優先の若者なんて、絶滅希望種に認定されそうだ。

都会に出れば飽きるほどいるだろうが、広くて狭い三嘉ヶ崎住民に知れ渡ったら末の代までからかわれる。そんな末裔にまで継げられる羞恥など一生関わりたくない。


「第一、僕は此処に居るけど、誰かがガセネタ流してるのかな?」

「…じゃあ、一緒に出ようよ。勇者の剣もあるしそれに、あの人達がまた見れるよ!」


『勇者の剣』より、髪型優先か。

…確かに勇者だよ、この子は。



「どうする?アンナ」


ひっそりと二人の後をつけていたカインは、後ろを振り向き、問う。


「ミケガサキの将来がとても不安だな。

…まぁ、それはいいとして、私達は観客席の方で待機しよう。あの二人なら優勝は難しくないだろうが…色々と不安だ」

「何を仕出かすか予測出来ませんものね。…それに、何かと物騒な噂も広がっているようですし…」


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