第六話 魔の霊山 後編
男の子って、不思議な生き物だと思う。
窓の外。雪球を投げ合う男達を見た。
男の子は不思議だ。
時に優しく、がさつで、不器用。けど、女の子の前だと格好つけたがる。
「どうした?雪。さっきから窓の外ばかり見て」
「えっ、あぁ、ううん。またふざけてるなーって」
アンナさんの問いに曖昧に頷く。
また視線を窓の外に向けらた。
「あら、本当ですわね。男は、いくつになっても子供ですわ」
ノワールは楽しそうに微笑むと、優雅に紅茶を啜る。
ミケガサキに雪が降った。珍しい事ではあるが、こっちでは少し大変なのだ。
魔力が封じられて、魔法が使え無くなる。
だから、少しでも積もれば除雪をするのだ。
まだ日も完全に明けぬ頃、優真君達は除雪作業に駆り出され、私達女の子は暖かい部屋で『女子会』の真っ最中。
世間話に花を咲かせていたところだ。
「じゃあ、そろそろ本題へ移りましょうか!ズバリ、皆さん、好きな人はいますか!?」
メアリさんがずいっと身を乗り出して聞く。
ノワールは盛大に噎せた。
「い、いきなり何を…。それは勿論、優真様ですわ。優しくて、普段は頼りないけど、時に頼りがいあるってところが素敵ですわ」
「ノーイはどうなんだ?昔からのよしみだろう?」
アンナさんが意地悪な笑みを浮かべて問う。
ノワールはあっさり興味ありませんわと返した。
「…あら、残念。アンナ教官はやっぱり、カイン・ベリアルかしら?」
「さぁ、どうだろうな?実は優真狙いかもしれんぞ?」
ニヤリッと不敵な笑みを浮かべて、紅茶を啜るアンナさん。
皆の動きが一瞬にして固まった。
「え、えー!?だ、駄目ですわっ!アンナさんが本気を出したら誰も敵いませんわよ」
「優真君も隅に置けないわねー!あんなに女の子ぽいのにっ!憎いわ、あの子!また今度、女装でもさせちゃいましょう!」
ノワールは涙目でアンナさんに訴えかけ、メアリさんは涙を浮かべて笑う。
…って、え?女装?
「じょ、女装ってどういうことですかっ!?」
「あら、雪ちゃんも優真君狙い?」
「えっ、いや、その…」
「そうだな。さっきからずっと優真を目で追っているしな」
「ほ、ほら、あれですっ!何か危なっかしい感じだし…、母性本能っていうのかなっ?守ってあげたいな〜とかっ!」
私がそう言うと、皆はやけに納得した様に頷く。
「…確かに、そうだな」
「えぇ。合ってますわ」
「…にしても、今日は一段とカイン・ベリアルの機嫌が悪いですね?アンナ教官何か言ったんですか?」
優真君、さっきからずっと雪球投げられてる。
しかも、全部顔面ヒット。何か言ってるけど、聞いてもらえないみたい。
…あっ、目に当たった。
メアリさんの問い掛けに、アンナさんは、あぁ…と頷く。
「何でも、優真が全く墓参りにいかないのが不服の様だ。別人にしろ、仮にも母親と兄の姿なんだから、何らかの縁はある。
一度で良いから、行ってほしいんだろう。カインには理解出来んのだ。家族を亡くした奴にとって、今の優真の行動が。
だが、優真にも彼なりの考えがあるはずだし、私達とは違う境遇だが、だからと言ってその全てが幸せな訳でもないだろう?
だから、私は何も言わないよ。きっと、私達が口出し出来る事じゃない…とカインに言ったが、どうやら拗ねた様だな」
ミケガサキに来て、とても明るくなった優真君。
男の子の生き方って、コロコロ変わるものなのかな?
本当に男の子って、不思議な生き物だ。
特に貴方は、人一倍。
窓の向こうで、何故か叱られている優君を見て、私は静かに微笑んだ。
****
風が吹いて、細かな氷片を運び去っていった。
鼓膜を震わす様な小さな地響きが小刻みに響く。
それは次第に轟音へと変わった。
「ぎゃああああっ!!」
雪山で最も恐ろしいもの。それは露出…いや、雪男でもなければ雪女でもない。
『自然現象』…即ち、雪崩である。
「自然現象というか、貴方が故意に発生させたんですよね…」
「雪山がこんな繊細だと思わなかったんだっ!
だって、魔王の山だよ?耐久ありそうじゃんっ!」
後ろを振り向けば、白い濁流。
雪の粒が粗い為、速度は何とか走って逃げられるほどだ。
しかし、纏わり付く様に沈み込む雪に足を取られ、走り難い事この上ない。
さらに急な斜面が、先へ進む事を容易に阻む。
「…第一、何で下り坂じゃなくて上りなの。キツイんだけど。体力が限界に達してるんだけど」
そう。
噴水の様に下から雪が押し上げて来るのだ。
流石、魔王の住んでいた山だけある。勇者対策は万全ということか。
「…思ったんだけど、初代勇者はどうやって倒したんだろうね?誰も登れなかったんでしょ?」
「噂では、自力で登ったらしいですよ…。最早、人の域を越してます…。霊長類の最終進化系ですね…」
「おいおい、人の域を越してるどころの騒ぎじゃないな…。
霊長類って昔の猿じゃん。いくら原人並みの奴でも、ミケガサキを含む世界の勇者で救世主なんだから、可哀相でしょ」
「一応、人も含むんですよ?最低限の人権は守ってます…。
おや、あれが神殿じゃありませんか…?」
フレディが指差す先には、神々が住まうような厳めしい神殿ではなく、豪華な雪の城が建っていた。
「…嘆けば良いのか喜べば良いのか微妙だな。とりあえず、暖房が望めない現状を嘆いてみようか?」
「まっ、神殿なんて建てていたら凍死は確実でしょう…。山小屋よりはマシですね…」
文句を言いながらも、雪の城へと足を踏み入れる。
いつの間にか雪崩は止み、辺りは死んだ様に静まり返っていた。
別世界へ足を踏み入れたかの様な異様な静けさ。
辺りを見回していたフレディがぽつりと呟く。
「どうやら、先程の変態共は城の番人。魔王が城を守らせる為に作った雪人形と言ったところでしょうか?微かながらに、魔力の残滓が残ってますね…。
ですが、我々が手を下すまでも無く、あれは弱り切っていました…。この城も、時間の問題かもしれません…」
「成程。けど、一つだけ訂正。あの雪人形達は、城の護衛じゃない。あの場所から此処まで結構時間あるし…」
城の中は思っていたよりも冷え込んでいる。
荒れた様子は無く、時間が止まっているかの様に何一つ変わっていなかった。
内部はそこまで複雑な構造ではなく、寧ろシンプル。長い廊下の奥には王室と思われる大部屋があり、絵に描いた様な氷の美しい装飾で彩られている。
「寒っ…!本当にこんなところに住んでたの!?
明日を迎えられるかも分からないけ寒さだ。冬眠が永眠になるよ」
「影の王、あれを…。床から地下が見えますよ。何かありますね…。地下に続く階段は何処でしょうか…?」
「一番ベタなのはベッドの下だけどね」
ごそごそとフレディがベッドを退かす。
そして親指を立てた。
「…ビンゴです」
「マジ…?」
氷の階段を下りれば、気温は更に低くなる。
フレディによれば、ベッドは誰かが動かした形跡があったらしい。
つまり、僕らの前に誰かが来ていたようだ。
まぁ、来客なんて初代原人勇者くらいしかいないだろうけど。
「ほぅ…。これは…」
フレディが驚嘆の声を上げる。
階段を下りれば、大広間があり、その中心に王座があった。
上から来る光が、かろうじて中央を照らしている。
その朽ちた王座に座る白骨は、恐らく初代魔王。
「損傷はありませんね…。凍死でしょう…。恐らく、初代勇者が来た時にはもう…」
いくら人離れした魔力の持ち主だろうと一皮剥けば、ゲームが好きな一般市民。勇者しか殺せないという設定はない。
…少なくとも、今はまだ。
「雪人形は城の護衛じゃなくて、主の護衛だったんだね。専門家じゃないから違うかもだけど、中学くらいか?」
「少々お待ちを…。ふむ、この硬さ…。味も悪くありません…。どうやら高一のようですね…しかし、学校には行かなかったみたいです。引きこもりですね。そこそこ金のある家庭で、一日中ゲーム三昧。
そして『魔王』になり、死を恐れる余り、この霊山に篭って暮らしていた様ですよ。『勇者』が召喚されたことを知り、万策尽きて選んだ手段がこの様です。
この者の怯えが痛い程伝わって来ますよ…。余程、死が恐ろしかったのですね…」
コリコリと骨を噛みながらフレディが言う。
死喰い人、また死霊は人の亡骸を糧とし、喰らう事によってその記憶を読むことが出来る。
この食事の時だけ、つくづく僕は思う。
フレディも大総統の仲間なんだなぁって。
…いや、別に偏見とかじゃないよ?
「高一なんて、まだまだやりたいことが沢山あっただろうね。なのに、いきなり飛ばされて、『魔王』扱いされたあげくに『勇者』が此処に来たとなれば、どんな死にたがりも諦めが付くし、凍死は寒いけど痛くはないでしょ。少なくとも、刺されて死ぬよりは。
…あれ?これ何?」
丁度、心臓の部分に何か赤い玉がある。
導くかの様に先程から光っているのだ。
「おや、『魔力魂』の結晶ですね…。流石、魔王だけあって、一人でこの大きさとは中々ですよ…」
「やっぱ、大総統に献上した方がいい?」
「お守り代わりに持っていてはどうです…?同じ魔王同士ご利益があるかもしれませんよ…」
フレディから魔力魂の結晶を受け取る。
魔王ユウマは『魔力魂の結晶』を手に入れた!
魔王ユウマは『魔力魂の結晶』を投げた!
割れた!
何か出て来た!
「…って、ええええ!?」
「いや、驚きたいのは私の方なんですけど…。投げますか?普通…」
魔力魂の結晶から出て来たのは、真っ黒の胎児。
成長がまだ十分でなく、目が黒かった。
「いきなり投げたのは悪かった。
『魔力魂』って、魔力の結晶でもあると同時に、意思の塊でもあるでしょ?
だから割らないと、この人の魂が報われないよ。
それにしても、この胎児は一体…」
僕がそう言った時、胎児の目がバチリと開く。
その瞳は赤く、その瞳孔は細かった。
「影の王、耳を塞いで下さいっ…」
フレディが影に戻って行く姿を横目に、耳を塞ぐ。
次の瞬間、『魔力魂の意思』に負けず劣らずの奇声が上がった。
氷に反響し、瞬く間にヒビが入ったかと思えば、轟音をたてて崩れてく。
胎児は一頻り奇声じみた産声を上げると、大きな赤い目を動かし、僕を見た。
氷片が降り注ぐ城の中、白くなりつつある視界が捉えたそれは確かかどうかも怪しいが。
その胎児は、僕を見て笑った気がする。
赤子特有の無垢ではなく、醜悪な笑みが脳裏に焼き付いて離れなかった。
気付いた時には、何故か城の前で倒れていた。
そして今に至る訳。
「…貴方は本当に変なモノに好かれますね…。
しかし、アレは死んだ訳ではありません…。って、大丈夫ですか…?」
「その話は、とりあえず後っ!この状況が大丈夫に見える!?このままじゃ初代の二の舞になるよ!
因みに、魔王が先に死んだ場合、勇者って元の世界に帰れるの?」
「いえ…?どんな理由であれ、使命を果たさなかった事に変わりありませんから二度と帰れませんよ?だから、初代は自分に出来る限りの事をしたのです。魔王が先に死んでいなければ、『資源戦争』終結は不可能だったでしょう…」
フレディの話を聞く限り、勇者の歴史はまだ浅い。
まぁ、陽一郎さんが子供の頃開発・販売したゲームだし、当然か。
僕らがプレイしているのは言わばリメイク版。
対応機種を大幅に増やしただけのソフトだ。
今ではパソコン、携帯、ゲームでも出来る様になり、絶大な支持率を誇る。
しかし会社名、また、それらしき建物を見たことがなかった。
ミケガサキが関連している以上、開発源は間違いなく三嘉ヶ崎っ子による犯行。三嘉ヶ崎以外に会社を設立しても意味がない上に、半田舎育ちの三嘉ヶ崎市民が都会に出て成功するとは考え難い。
「…なんて、何を考えているんだ。違うだろ、今は現状の打破」
「あれ?優真君…。こんな夜中に…大丈夫?」
一階の窓が開き、雪ちゃんが顔を覗かせる。
「言っておくけど、夜ばいじゃないから。単に山登りに行った帰りだからね」
「大丈夫、優君が小心者なのは周囲も既知の事実だよ」
「いや…、何処も大丈夫じゃないし。雪ちゃんに手を出したら吉田さんに殺されるじゃん。一応、恩あるし…、仇で返す事はしたくないの。あーそうじゃなくて…。むー、ツッコミは難しいなぁ」
「あはははっ!冗談だよ、冗談っ!ほら、入らないの?」
お邪魔しますと掛け声をあげ、靴を脱いであがると笑われてしまった。
何だ?雪ちゃんの家は土足主義なのか?
あれ、おかしいな。吉田さんは純日本文化愛好家のはずだけど。
家訓は英国式なのか?
まぁ、僕がやっても紳士にはなれないどころか、悪ガキだ。土足で家内を踏み荒らせみたいな。
…あっ、良い子も悪い子も真似しないでね?
「おーい、優君。どうしたの?ぼけーっとして」
「そんなの、いつもの事だよ。こんな夜中まで起きてるなんて、女の子は結構気にするんじゃないの?
それとも、ホームシック?」
「私、服はこだわるけど肌はこだわらない派なの。
そもそも、オシャレにはあんまり興味ないし。
昔から人形遊びより、野球とかチャンバラとか、そういう遊びが好き。
けど、一人娘だからお父さんの前ではそれらしく振る舞ってたんだよ?
ホームシックとまではいかないけど、ちょっと物思いに耽っていただけ。自分で選んだんだし、悔いのない様に生きたいの」
「凄いね、雪ちゃんは。僕には無理だなぁ、自分の事で精一杯だもん。選んだは良いけど後悔だってしてるし、迷惑もかけてる。どうりでモテない訳だよ。優柔不断だし…って今の、笑うところなんだけど」
「優君、何か疲れてる?その、精神的に。若者特有のフレッシュ感がありませぬぞ」
「第一、その口調の方にフレッシュ感を感じられないんだけど。…二十歳過ぎれば、みずみずしさなんて酸味しか増さないよ。三十路になれば悪臭に変化」
じゃあねと適当に会話を終らせて部屋を後にする。
廊下は完全に冷え切っていたが、外の気温に比べれば可愛いな。
そのまま自分の借り部屋のドアに手を掛ける。
…鍵が掛かっていた。




