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第五話 魔の霊山 前編


冬は、良くも悪くも終わりの季節だ。

人々はまだ見ぬ新たな季節を夢見、この絶冬を忘れようとする。


辺りは静まり返り、まるで自分以外の生命が眠りについてしまったように思えてならない。


今取り残されるのは、少年にとって、とても辛い事だった。


溜め息代わりに吐いた吐息は、直ぐに夜闇に紛れて消えてしまう。

それを嘲笑うかのように木枯らしが吹き抜け、天から降り行く雪氷がその刃を突き立てる。


深夜故に、気温は氷点下に達していた。

建ち並ぶ家々は死に絶えたように暗い影を落とす。


少年は、ぶるりと身を震わすと手を擦り自らの吐息で温めようと試みるも、手は既に寒さで凍傷を起こし、赤く腫れ上がっていた。


一際強い風が吹き抜け、少年の体温を奪っていく。


少年は凍り付いた前髪を払い、一枚しか無い生地の厚い毛布で身体を締め付けるかの様に包み、屋根の縁にしがみつくと窓を覗き込んだ。


部屋は暗く、何の物音もしない。恐らく皆、寝てしまったのだと確信する。


窓も扉も固く閉ざされていた。


少年は夜空を仰ぐ。

自嘲する様に、絶望に引き攣った笑みを浮かべた。


「あはははははっ!

鍵閉めた奴、誰っ!?」


少年の名は、田中優真。


どちらかと言えば青少年だが、身長故に少年と言っても差し支えないだろう。


自称永遠の十七歳。

今作品の主人公である。



…そして。



凍死寸前だった。



****


ミケガサキの冬は寒い。


海風が囲む様に連なる山々を越えられず、ミケガサキに立ち往生する為、冷気が篭るのだ。

山脈から吹く北風は冷たく日の光が弱いこの季節は、氷点下に達する事も多い。雨が降ることが少ない為、気温が低くとも、雪が降る事は滅多に無かった。

だが、一度降ればある程度は積もり、美しい白銀の世界に変わる。


春は山々が桜で色付くし、夏は……特に無いな。

秋は見事な紅葉が広がる。


…まぁ、田舎ならではの特典なのかな。

確かに綺麗で美しい。


だが。


「…誰が掃除すると思っているんだ、バカッー…わぷっ!」

「愚痴る暇あったら、手を動かせ。にしても、よく降ったな。城の修復が終わったかと思えばこれか」


カインが小さく溜め息を吐く。白い息が浮かんでは消えた。


うーん…、おかしいな?

今、僕が見ているのは幻なのか?


「えーと、僕の目が節穴じゃなければぐぇ!」

「元々、節穴だ。安心しろ」

「いや、安心要素がまるで無い…寧ろ、不安でしかないでぐぉ!?

…じゃなくてっ!カインも遊んでるじゃふぉっ!」


別に、語尾を間抜けさせるのがマイブームな訳じゃ無いからね?


雪球の襲来…いや、猛攻を受けてるだけだから。

カインが生み出す悪意の密度が非常に高いカッチカチの雪球をね。


全部顔面に当たるって、凄いな。プロの野球選手になれるぞ。


…僕、何かした?いや、普通に会話しただけだよね。そして作業を促しただけだよね?

何が気に障ったのかな?

存在か?

僕の存在なのか?


「あー…、丁度良いところに的があったからな。

それ、もう一発。…次は眼球を貰う。そら、新しいお目だ」

「同じ玉同士だからって、代わりにはならないよ!?そんな腹黒い球じゃ失明しかしないから!

…というか、カインに何が起こった!?

捨て台詞が、悪役じゃないか!

もしかして、朝苦手?光駄目な…ぎゃあああっ!」


僕の絶叫がミケガサキに木霊する。


行き交う人々はああ、またかと呆れの混じった微笑を浮かべては通り過ぎて行った。


会議から一週間。

僕が『魔王』だと公表しても、誰も責めなかった。


まぁ、『魔王』らしくない魔王だからね。


目の前に映る真っ青な青空から目を背ける様に瞼を閉じる。

嘆き代わりに、溜め息を一つ。


「…やっぱ、『魔王』足るもの、魔王魔王してなきゃ駄目かな?」


漏れたのはあまりにも小さな独白。

その呟きに答えるかの様に足元の影に波紋が浮かんでは元に戻った。


まるで、呆れたような溜め息の様に。


「思ったんだけど、何で除雪作業なんてやるの?そこまで積もってないよね」

『あぁ、そうか。知らないのか。今、何でも良いから魔法を使いなさい』


吉田魔王様が驚いた様に目を見開いてから、静かに言う。

僕は頷くと、『召喚の陣』を形成させる。

しかし、陣は発動するどころか形成さえしなかった。何度やっても、陣を変えても結果は同じ。


「…この雪のせい?」

「正確には、霊山だな。あそこにそびえ立つ二つの山があるだろう?ミケガサキを連なる山々の中でも一際目立つ。双星山と名付けられていて、初代魔王はあそこの山頂に建つ廃れた神殿に住んでいたという話もある。

双星山を漂う霧も、今なお魔王の独自の霊力の残り香だと言われているな。

丁度あの山の位置が東北。風もあの霊山を通って来るから死の精霊の息吹だとか…。まぁ、東北は鬼門だ。縁起が良くない上に、魔王まで住んでたとなったら、誰も気味悪がって近付かないだろうよ。実際、雪に限らず、あの山を越えて来る雨雲…つまり雨も魔力を封じる力があるからな」

『まだ、主な原因は解っていないが、恐らくそうだろうと言われている。

私だって研究者。一度で良いから調査してみたいものだ』

「えっ?登らないの?」

「はぁ…。魔法が使えない上に、資源も枯渇し、固形燃料など頼りならないでしょう…?流石の我々もあの上空まで跳べませんよ…。寒いの嫌ですし…」


ノーイさんが嫌そうに首を振った。

口調もフレディっぽくなっているが、触らぬ神に祟り無し。言わないでおこう。


つまり、前人未踏の山というわけか。

確かに登には熟練のアルピニストでも難しい程の傾斜だ。針山っぽいな。


へぇー、ふーん、成程。


「…良いこと思い付いちゃたぐはっ!もうっ、何度も何度も何度も、雪玉投げんなよっ」


お返しと言わんばかりに、雪を掴んで玉にすると思いっ切り投げる。


もちろん、体力テスト以外でボールを投げたことが無いわけで、コントロールは皆無だ。

そんな僕の投げた雪球は、吉田魔王様の顔面に打ち当った。


勿論、子供心に投げた球を笑って許せる程、この三十路の気は長くない。


『馬鹿共、そこに直れ』


いくら霊山の魔力で魔法が封じられようと、『召喚』は可能だな。

故意では無いにしろ、僕は確かに『魔王』を召喚してしまった。

さぁ、次は故意に『勇者』を召喚したいんだけど、誰が止めてくれないかな?


****


「…で、一体何を思い付いたんですか…?」


魔城の二階奥。

一応、僕の部屋となっている。


辺りが寝静まる頃合いを見計らって、窓から外へと抜け出した。


「『ジャックと豆の木』って話、知ってる?庭に豆を植えたら天まで伸びたって有名なお伽話」

「まさか…それを『召喚』なさるおつもりで…?」


フレディの驚嘆の呟きに、僕は肩を竦めて首を振る。不思議そうにフレディは僕を見た。


「それこそまさかだ。登り切る筋力、体力、自信共に無い。

そこで、僕はある仮説を立てた。そしてそれが起こりうるか吟味したところ、可能だったわけ。除雪もしたけど、深夜からまた雪模様だから今しかない」

「如何なる魔法も、霊山の前では無効となりますよ…?」

「まぁ、見てなって。今に分かるさ。…『召喚』」


魔眼で陣を形成する。

白い輝きの中から現れたのは三大珍味の一匹。いや、一羽か。


「…テンマデトドクミミナガウサギですか…?」


「その通り。図鑑で読んだけど、ミミナガウサギの耳は伸縮可能。

そこで、耳を短くしてもらって、僕がそのてっぺんにしがみつく。で、耳を長くしてもらって、霊山の頂上に着いたら棒高跳びみたいにして飛ぶ。ってことで、ゴー」


僕の掛け声と共に耳が伸びる。

パンッと乾いた音と共に、長年溜まっていたストレスを発散するかの如く、物凄い速さで伸びた。


つか、マッハ超えた?


多分、僕の体が普通だったら大変な事になっていただろう。

人には耐えられないよ、この速さ。


お陰で、僅か一分足らずで山頂付近へ。


さて、耳高跳びは成功するんだろうか。

どちらもやったことないんだよね。そもそもやり方知らないし。


「…まっ、何とかなるでしょ」

「一つ言っておきますが、余りに勢いが強すぎると山脈以外の地面に激突する恐れがあるので気をつけて下さいね…?ある種、耳高跳びには違いないでしょうが…、着地後はミンチに華麗なる転生を遂げますね…。大丈夫ですか?震えてますよ…?」

「む、武者震いだからっ!もしくは、ほら、寒いからかな!?ははははっ!こ、怖いなんて思ってないよ?…よし、ミミナガウサギ。お願いします」

「同じ哺乳類と言えど、人より知能の劣る生き物に任せちゃうんですね…?その脳みそ、最早、蟹味噌に劣る屑ですよ…」

「あれっ!?聞き間違い?かつて無い暴言を吐かれた気がする!下剋上なの!?カインといい、僕、何かした!?」

「まさか…。最上級の褒め言葉です…」


うん、落ち着こう。ポジティブに考えてみよう。


きっとあれだ。鳥と比べられなかっただけマシだ。


そう言ってる間にも、耳は少しずつ後ろへ下がっていく。

そして、十五度位まで下がったとき、ピタリと止まった。


おっ、何か良いんじゃないか?


フレディが小さく舌打ちしたが、うん、聞かなかったことにしよう。


突如、風が吹き、ぶるりと巨体が震えた。


「ミミナガウサギー、大丈夫ー?」


声が聞こえているかは知らないが…、いや、耳に近いし、聞こえてるか。

とりあえず、声を掛けてみる。


「へ」

「…へ?」


思いも寄らぬ返事に、僕が首を傾げた時だ。


「へくしゅんっ!」


爆音が山に轟く。

耳はくしゃみの衝撃で、一気に九十度にしなり、元に戻った。


「…!!?」


叫ぶ間もなく、僕は隕石の様に一直線に吹っ飛ぶ。

星になってもおかしくないくらいの勢いで。


そのまま目的の山を越え、お隣りの山に激突する。


あー、危なかった。

この山のお陰で、ミンチは免れたよ。


「…いってぇ。しかし、よく無事だったな、僕」

「これから無事で済まなくなりそうですがね…」


僕は無言で、激突した物体に触れる。

温かく柔らかい。毛布の様な毛だ。


恐る恐る振り向く。


そして。



「…変態?」



「…に変わり無いでしょうが、違います。雪男ですよ…。ビッグフットというんでしたか…?」

「都市伝説…じゃないな。カナダだったかの伝説の生き物じゃないか。

えー、此処、日本だよ?何で雪女じゃないの?」

「駄々をこねられても困ります…と言ってる間に、物凄く憤慨しているご様子。逃げるが得策ですね…」


全身を覆う毛布の様な毛が針の様に逆立っている。


僕達は二三歩後ろに下がった。

その背に何か冷たいものが触れる。


「わーい、絶世の美女」

「喜んでる場合じゃありません…。私達の人生が終わりを迎えますよ…?」


そんなこと言われても、進路も退路も塞がれているんだもの。

どーしよーもない。


だが、活路は塞がれてないみたいなんで、強行突破と行こうか。


手を真横に伸ばす。

使い慣れた鎌が現れた。


ん?…鎌?


「…お忘れですか?杖を出したところで、魔法は無効です…」

「成程。…それじゃ、行くとしますか」


僕はふと、考える。

勢いで来たものの、何か目的があるわけじゃない。

第一、帰れるかどうかも怪しい。


あっ、でも初代魔王が住んでいた神殿があるらしいってカインが言ってたよね?

けど、誰も登ったことがないんでしょ?

…そもそも、どっちの山に住んでいたかも分からないし。


………。

…………。


…だ、大丈夫。

例え何も無くとも、霊山なんだ。何かしらあるさ。


どっちかの山に神殿があって、もう一つの山には別荘があるかもしれないし。


だって、ほら。

本物か分からないけど、雪男みたいな変態と、雪女みたいな美女が居るくらいだからね?


はっちゃけるとか言っておきながら、殆ど山の話で申し訳ありません。一応後編に続きます

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