第四話 ミケガサキの行方
何故か据わった目付きで、陽一郎さんが前へ出た。
雪ちゃんは意を決した眼差しで、陽一郎さんと対峙する。
な、何だこの雰囲気…。
というか、迫力?
「私、決めました」
一拍置いて、雪ちゃんは言う。
「優君をお嫁にも…」
「あげません」
断るの早っ!
そして、何か昼ドラ展開になってる!
「ケチっ」
「僕がそう簡単に、はいそうですかと言うわけないでしょう?駄目、絶対」
止めよう、不毛な争い。
っていうか雪ちゃん。
仮にもその気なら、義父に当たる人にケチとか言わないのっ!
「つまり、花嫁修行をしろと言う…」
「優真君は黙ってる」
「はい…」
「嫁姑戦争ですね…。大丈夫ですか、影の王」
「今、凄く切実に癒しが欲しい…。猫モドキに会いたい…、戯れたい…」
「どうやら重症ですね…。心中お察しします…」
僕等は揃って溜息を吐く。その時、バタバタと駆け足が聞こえ、部屋に誰かが入って来た。
「ちょっと待って下さいっ!」
ノワールが息を切らしながら、陽一郎さん達に詰め寄る。
あー、また争いが過激になるよ。
誰か止めてー。
「全く…。何を争っているかと思えば、そんなことですか。会議はどうしたのです?」
「ノーイさん、ちょうど良いところに。あの人達止めてくれない?」
『まぁまぁ。たまには良いじゃないか。このところ休む間もなかったのだから。息抜きくらい、させてやりなさい』
ぽんっと吉田魔王様が僕の肩を叩く。
まぁ、この人の言うことも一理あるけど、国の行く末を決めるかもしれない大事な会議を放って置ける理由にはならない。
大体、疑惑を掛けられている真っ最中…。
「あああああっーー!!!」
「どうした!?」
いきなり叫んだ僕に、カインが驚いた様に目を見開きながら聞き返す。
「…すっかり忘れてた。
慣れって恐ろしい」
「だから何がだ?」
「お忘れですか…?カイン・ベリアル。先程までの議題の論点を…」
フレディが短く溜息を吐くと同時に、ノーイさんの顔も蒼白になる。
どうやら、気付いた様だ。…大丈夫かな?お顔真っ白だけど。
「私としたことが、気付かないなんて…。ノーイ・フランクリン、一生の不覚っ…!」
『すまん、ノーイ…。何故そんなにも思い悩むのか心当たりがないのだが…。
この場に居てはまずかったか?』
少し戸惑う様に吉田魔王様はノーイさんに尋ねる。
まずいも何も、存在自体が確信犯だ。
「ご自分のあだ名を思い出して下さい。
はぁ…。また一悶着起こるな、これは…」
『…成程。そう言えば、私が『魔王』だったな。すっかり忘れてた』
あはははは!ミケガサキ、オワタ。
終了のお知らせが僕には聞こえるぜ。
「何処の世界の吉田さんもおっちょこちょいだなぁ。仕事中はしっかりしてるのに何でだろうね?」
「多分、反動だと思います…。家は完全にカカア天下ですよ」
「へぇ…、意外。てっきり亭主関白かと思ってた。
けど、吉田さんの場合上手く行きそうだよね。
案外、亭主関白だけどカカア天下にしようと気遣ったりするかもね?」
「うーん、どうだろう?
お父さんはそう言うけど、どっちもどっちらしいの。…お母さんはドジっ子だけど、お父さんを労おうと家事は頑張ってたらしいし、お父さんはお父さんで、お母さんの失態を影で片付けてたって言ってたから…一応、カカア天下なのかなぁって…」
「「違う…、それは夫婦円満だ…」」
思わず僕と陽一郎さんが呟く。
雪ちゃんは、そうかな?と小首を傾げた。
「優君の家はどっち?」
「あー…、カカオ殿下?いや、カカオ王国かな?」
「…優真君、カカアね。
それじゃあ唯の甘い家庭になっちゃうよ。
そうだなぁ、カカア・マリーアント・ワネットかな…?」
「それ良い線行ってるよ、陽一郎さん。後もう一押し求む」
「カカア付ければ何でも良いって問題じゃありませんよ?二人とも」
そんなことを言い合っていると、カインが咳ばらいをして短い現実逃避を終わらせた。
「…何でも良いから本題に戻んぞ。予想以上に険悪な雰囲気だ。いい加減に気付け、お前ら」
「あらまぁ…怖いわね、奥様。皆様、更年期かしら?」
「あら、奥様。ご存知なくて?大人というのは格差社会を好み、自らその身を投じるMなのよ?
どうやらその渦中に巻き込まれてしまったようね」
「お前ら…、全世界の大人に謝れ。つーか、お前らも成人してるだろ」
カインが呆れながら、頭を叩いた。
「まさかお前らがゲロるとは思わなかったが、クククッ…丁度良い!王、誰から殺れば良いっ!?」
「グラン、お止めなさい。…今回の目的は違うでしょう?
とにかく、ミケガサキが魔王と手を組んでいることが分かれば良いの」
「…アンタ達の目的は何だ?」
トーズさんが静かに聞く。まるで低く威嚇する忠犬の様に。
女王は広げていた扇をパタンと閉じた。それで僕を指す。
その目は勝者が弱者を見下す様な優越感と、小馬鹿にする様な悠然とした笑みが浮かんでいた。
「同盟破棄、並びに盟約の撤廃。
…まさか、文句は無いわよね?魔王となんか誰も手を組みたくはないもの。
悪の手先なんて嫌よ。
もう一度言うわ。異論、無いわね?」
「…しかしっ!」
カインが声を荒げる。
女王はそんなカインを一瞥すると、グランに目配せをした。
グランが動き出す前に、僕は一歩前に出た。
「分かった。承諾する」
すると、足元に大きな黄金の陣が浮かび上がり、光の粉となる。
「うふふっ、聞き分けが良いのは良いことよ。
別にいきなりドンパチやろうとか、そんな美しくないやり方はしないわ。
今まで通り、奪いたい領土を襲う。それで良いじゃない?お互いの為に。それじゃあ精々足掻いてね?小さな魔王様っ!
…陽一郎、帰るわよ」
「それじゃあ、またね。優真君」
陽一郎さんが足元に素早く陣を形成させる。
ラグドの三人の姿はたちまち見えなくなった。
「はぁ…、何かゴメン」
「こうなった以上、仕方ないだろう。寧ろ、被害は最小限に済んだと言っても過言じゃない。
…あいつらが関わると疲れるな。とにかく、お前はアゼルギス片付けろ」
「はーい。アゼルギス、ありがとね。『送還』」
ダグラス騎士隊長はいつの間にか姿を消し、トーズさんは、暫く途方に暮れていた。
「…こうなったら洗いざらい説明してもらいますからね。覚悟して置いて下さい」
恨めしそうにそう吐き捨てると、部屋を後にする。
何だかんだで、皆良い人だなぁと思わず感嘆してしまう。
責めるべき事、責めるべき人を咎めないのだから。
「…優君、叱られれば良いっていう問題じゃないよ。きっと」
雪ちゃんがひょこっと肩越しから顔を覗かせる。
「皆、優君を信頼してるから。だから、優君の判断に…出した答えに文句なんか言わない。だって、何だかんだで優君が一番ミケガサキの事を考えてるって、分かってるから」
ふふっと女王とは対照的な笑みを浮かべて微笑む。
そんなこと無いよと言ったものの、何となく照れ臭くなって顔を背けた。
うん、絶対無い。
その要素が一つもない。
皆、邪険に扱うもん。
一皮剥けば、アグレッシブな奴らだもん。
そうだ、絶対に無いな。
有り得ない。
「とにかく、さっさと復興しないと始まらないよね。あー、面倒臭い」
よくよく考えれば、問題は山積みになる一方で、何一つ解決していない。
国も壊れたままだし、国民に何と説明しようか。
「取りあえず、女神かな。やっぱり…。国の統率者がいないことにはどうにもなぁ…。問題は国民か。どう説明しよう?」
ぶつぶつと呟く僕の姿を、皆が温かい目で見つめているのも気付かずに。
「おっ!終わったか!なら話は早い!飲むぞ!」
物凄い勢いでダグラス隊長が突っ走って来た。
後ろから教官を含む騎士団の人達が駆けて来る。
「…はぁ、騒がしくなりますね。これからも」
『まぁ、良いじゃないか。これはこれで。さぁ、宴の支度でもするか。腕によりをかけて作ってやろう』
おぉーー!と歓喜の声が上がる。
「騎士団も帰ってきたし、そんなに心配しなくてもやっていけるさ」
カインが背を叩いた。
僕は、咳込みながらも軽く頷く。
「飲んで飲んで、明日の復興に備えるぞー!ガハハハハッ」
…うん、当てにしないでおこう。
今回、パソコンがぶっ壊れまして、携帯での執筆になりました。暫くは投稿に時間が掛かりますが、此処までお読み下さりありがとうございます。次回は多分はっちゃけます!




