第三話 修羅場
どうする?
どうしてみる!?
退散か?
退散しかないよねっ!?
残って僕に、何のメリットがあるというのか。
いるだけで恥の上塗り…。ミケガサキのデメリット貢献しそうだ。
現に超貢献してるけどっ。
「彼が噂の勇者か?」
いいえ、『勇者』だと思っていた『魔王』です。
噂の指名手配犯なら間違いないけど。
「噂…とは?」
カインが窺う様に尋ねる。
「…ご存知なくて?
私の命に背いた野犬共の言うことには、四代勇者がそこのマヌケを刺し殺した途端、姿が消えたと…。
つまり、一部を除き、歴代勇者と同様に本来の『役目』を終えたということではないのかしら?」
由香子さんに良く似た性格の女帝…いや、女性は羽根の付いた扇を取り出すと、優雅に扇ぐ。
「…お言葉を返すようですが、仮にそうだとして、そもそも何故ラグドがミケガサキを攻めるのです?
あの日、攻め込んで来た騎手は言いました。
王の命だと。
我が国と結びし、同盟を拒否なさるおつもりで?」
カインの目が据わる。
怒っているのが、一目で分かった。
すげぇな、女帝相手に。
闇討ちされても助けられないぞ?
「…それに、彼が『魔王』だとしても。
彼はミケガサキを救いました。それは紛れも無い事実です。
『魔王』だろうが、馬鹿だろうが、救った事に変わりはない。
彼は…優真は、この国の…このミケガサキの『救世主』だっ!馬鹿だがなっ!」
カインめ、言ってくれるじゃないか。
闇討ち?全身全霊で迎え撃ってやんよっ!
…だが、馬鹿は余計だったな、馬鹿は!
第一、何で二回言う?
大事な所でしたか?
アンダーラインの二重線を引いたって、テストには出ないんだよ?
「がっははは!立ち聞きは趣味ではないが、聞かせてもらったぞ!カインよっ」
突如、扉を蹴破って乱入してきたのは、紛れも無くダグラス騎手隊長。
少し遅れて二人が駆け付けてきた。
「ダグラス隊長、いつお戻りにっ!?」
「さっきだっ」
カインは目を丸くして驚き、各国の人達も動揺を隠し切れていない。
うーん、何でも良いけど、隊長は理解してくれたみたいだ。
取り敢えず、危機は去ったのかな?
「彼が、この国を救った?」
「はい」
「つまり、彼はミケガサキの英雄だと?」
「…えぇ」
「なのに、『魔王』?」
「……多分」
カインっー!
声が小さくなってきてるよー!!
回答に自信も無くなってきてるよー!
「…ふむ。そうか。
がはははっ!有り得んっ!」
成程、馬鹿だ!
こいつの頭を信用した僕が馬鹿だった!
元々馬鹿だけどっ!
「第一、証拠は何処だ?
自分が魔王だと証明出来るのかっ!?」
「…なら、ご覧にいれて差し上げましょう」
ラグドの全身マント野郎がぼそりと呟いた。
ズドンッ…と一発。
ハゲ頭…じゃなくて、何かが中心を貫いた感覚。
視線を下げると、剣が胸を貫いている。
痛くないし、何か刺さった程度の違和感なのだが、周りの反応は少し青ざめている様にも見えた。
だが、不思議と血は出ていない。
僕が首を傾げると、フレディが小さく、幻術です…と耳打ちした。
成程、『魔眼』のおかげで中途半端に幻術に掛かっているわけか。
「…というか、陽一郎さんだよね。声」
「声というか、陽一郎さんだよ、優真君」
パサリと被っていたフードをめくり、顔を晒す。
見慣れた顔が現れた。
「…フレディ、何でこの人此処にいるの?
仮にも、元勇者でしょ」
「伝えそびれましたが…、影の王に伝えたかったことは、そのことです…」
「…アリなの?」
「ナシです…。本来なら。つまり、『バグ』が発生しているようですね」
『バグ』とは、ゲームの改竄、データミスによる欠陥が引き起こす通常なら有り得ないことが起こる事。
先程言ったように、故意にゲームの改竄をし、『バグ』らせる人もいる。
「何で?」
「…お忘れですか?
影の王は一度死に、その魂は通称『みけがさき』へと飛ばされました。
ゲーム盤から降りた彼方はそれでも『ミケガサキ』へ帰りたいと願った。
だから、我等が大総統が、わざわざ『みけがさき』を改竄して、彼方の『ミケガサキ』へ戻してあげたのでしょう?
向こうの世界を改竄するということは、多かれ少なかれこちらにも非が及ぶと考えるのが妥当です…」
「やっぱり、『バグ』ったか…。うーん、結構深刻に考えた方がいい?」
「今のところは何とも言えませんね…。『バグ』の度合いがどの程度か、測りかねます。
…ですが、元の発生源は、本来『みけがさき』に居る筈の無い人物が居た事でしょうか?」
フレディは静かに陽一郎さんを見た。
大丈夫なのか?この状況。血気盛んな奴らが集まってるけど、修羅場にはならないよね?
「…さっきから話を聞いていれば、『バグ』?『みけがさき』?一体何の事を話してるんだ?」
カインが焦った様に、僕に問う。
周りも、心なしか睨む様に僕を見ている。
「…まぁまぁ、後で話すから落ち着いて。
こんな事を話す為に集まった訳じゃないんだから。
首脳会議なんでしょ?
本題に入ったら?」
「…それもそうね。
さっき、そこの騎士隊長候補が言ったように、私達はお互いに同盟を結んでいる」
舐める様な視線で、ラグドの女王は一同を見回す。
「『新資源』は、ミケガサキが押収し、後に我々同盟国に分けると言っていたけど、野犬達の話では女神は本来分け与えるべき『新資源』を生物兵器に変え、独占していた。
きっと私達が攻め入らなければ、ラグド王国がミケガサキの領土になっていたかもしれないのよ?
先に裏切ったのは、ミケガサキの方じゃないのかしら?」
「そ、それは…」
カインが言い淀む。
まぁ、当たらずとも遠からずって感じだから、言い返せないのも無理ない。
「…それなら、貴女方は何が望みですか?」
トーズさんが言うと、ラグドの女王はそれを待っていたかのように微笑んだ。
「お互いに、守る気が無いのなら、要らないわよね。今まで通り、自らの力で奪う方が、性に合ってると思わない?」
「つまり、戦争をしろと?」
「…人聞きが悪いわね。攻め入られたくなければ、守りを固めれば良いだけの話よ」
この人、由香子さんと同じ守護霊が憑いてる。
間違いない。
それとも、この人自身が由香子さんの生まれ変わりとか?
有り得る。
寧ろ、納得。
「…あの〜、フェラの国王様はさっきから黙ってますけど…」
石像の様に眉間に皺を寄せ、目と口を閉ざしたフェラ国王。
お付きの隊長達も、さっきから黙ったままだ。
「あー、優真。放って置いてくれ。多分、寝てる」
「この状況で!?
…まぁ、良いか。平和が一番だよね。
此処は穏便に、話し合うのが一番だ。
つまり、ラグドは『新資源』が欲しいわけだ。
で、良いんだよね、陽一郎さん」
「僕はどうでもいいけどね」
つまりは、『新資源』さえあれば良い。
なら、出せば良い。
「…ということで、『召喚』」
辺りが白く輝く。
そして、黒く染まった。
赤い雷が室内を駆ける。
『ギャアアア…!!!』
「あああああっ!!!」
カインが魔力魂に負けず劣らずの悲鳴と言うか、奇声を上げた。
「な、何でこいつが…」
「国交回復にお一つ、如何なものかと…」
「悪意の塊しか出来ないぞ?」
「…これが、女神が作った生物兵器…」
「流石、優真君。何でもアリだね。
…これはさ、戦闘体勢って受けとって良いんだよね?」
「えー…?」
「そうですね。魔王が国交に傷を付ける為の策でしょう。きっと、こいつが新資源を隠し持っているに違いありません。此処は共闘といきましょう」
あれ?
あれっ!?
何、この状況。
逆効果だった!?
カイン、弁解頼むっ。
僕がカインを見ると、カインも困惑したように辺りを見ている。
「カイン、あなたはどちらの味方なのですか?」
トーズさんが、カインを睨む。
「…えっと、じゃあ、手伝います…」
この裏切り者ー!
どうする?
これ以上魔力消耗するのは面倒だ。
けど、やらなきゃ、やられそうだし…。
けど、この状況を打破してくれる人物が果しているのか?
それこそ、正に英雄だ。
「…影の王、急がないとやられますよ」
「えー…?やっぱ、そうだよね…。はぁ…。
あの人、怒らせるのは今後止めよう…出来るだけ。
『召喚』…」
部屋が白く染まる。
さて、何が出る?
「…あれ?此処は…?」
「ゆ、雪ちゃん…!?」
長い黒髪に、睫毛。
女の子らしい清楚な服装で吉田雪が現れた。
正直、予想外です。
確かに『勇者』だから、打破出来るかもだけど…。
「…驚いたよ、僕でも『勇者』が召喚出来るなんて…」
「…どうやら、二代目が手を回した様ですね。
大総統は一体、何をお考えなのか…」
はぁ…と、フレディが重い溜息を吐く。
苦労人だな、フレディも。あっ、人じゃないか。
苦労霊?
「…ゆ、優真君…?」
雪ちゃんが、驚いた様に目を見開いて僕を見る。
信じられないと言わんばかりに両手で口を覆う。
…こういう仕草が可愛いんだよなぁ。
現代っ子には無い可愛さだよね。
僕の中の現代っ子の挨拶を思い浮かべる。
「あっ、優真じゃん!
マジ、懐かしっ!マジ、ぱねぇわ!」
と、肩を叩きながら言うに違いない。
ヤダー。ロマンが無い。
女子じゃないけどさ、男だって胸ときめく出会いを期待したりするんだよ?
えっ?
…現代っ子にしては古い?そんな挨拶をする子は、今の時代は、いないだって?
何だ、絶滅したのか。
三嘉ヶ崎には、まだ生き残りがいるけど。
何せ、発展と進出には無縁の都市だからね。
向上心が無い。
都会に憧れてるけど、それで終わり。
あー、けど、雪ちゃんがそうならなくて良かったよ。まぁ、吉田さんがさせないか。
「優真君…?本当に、優真君なの…?」
まるで、行方不明の息子が帰って来た時の母親のような、そんな口調だ。
雪ちゃんの温かい手が、頬に触れた。
消して温かいとは言えないその肌を何度か触り、確かめる。
雪ちゃんの目から大粒の涙が溢れ出した。
顔を僕の胸板に埋め、子供の様に泣きじゃくる。
カイン達は、暫く呆気に取られていたが、今は、温かい目で成り行きを見守っている。
何、こいつら!?
僕をどうしたいのさ?
敵にしたいのか、そうでないのか、はっきりしろっての!
困ったな。
この展開は、どうすれば良い?
「…うーん、改めて思うけど、身長が欲しいなぁ」
「そういう事なら、こうすれば良いじゃないですか…」
フレディが、パキンッ…と指を鳴らす。
一瞬、辺りが暗闇に包まれたが、直ぐに元に戻った。
その間に髪と身長が伸び、顔立ちが少しだけ凛々しくなる。
…自分で言うのも何だけどね。
うん、分かってる。
僕、超痛い子。
何故か、一定の書の力を使うと二十五歳の姿になるんだよね。
知恵の悪魔との本契約上の何かなんだろうけど。
では、何て声を掛けようか?
あんまり泣いてると、頬っぺた溶けちゃうぞ?
…いや、幼稚過ぎるな。
俺の胸の中で、好きなだけ泣けよ。
…最早、誰だ?
僕じゃないことは、確かだな。
「…優君の馬鹿っ!馬鹿、馬鹿ぁっ!」
ポカポカと軽い力でぶってくる。
か、可愛いー!
年下の妹を持った気分だ。…けど、ノワールいるしなぁ。
「えっと…、それについては反省してます…」
「本当に?」
「うん。だから、泣き止んで?…吉田さんに怒られちゃうからさ。
任意であれ、何であれ、折角、此処に来てくれたんだから、責任持って守らなきゃね。
大分、頼り無いけど…。
…僕の為に戻って来てくれたの?あー…何て言うか、そう、思って、良いのかな…?」
恥ずかしいぃぃー!!!
何か雪ちゃんまで、真っ赤になってるしっ!
「…つくづく思うが、天然タラシだな。あいつ」
「えぇ、最強の口説き魔ですね…。やはり血は争えませんか…。蛙の子は蛙です…」
フレディとカインがぼそぼそと小言を漏らす。
色々な意味で、波乱の展開となりそうだ。
…いつ、ミケガサキに平和が訪れるのかなぁ。
というか皆、首脳会議ってこと忘れてない?




