第二話 三大珍味の大奮闘記?
さて、ボケようか、開き直ろうか。それとも素直に認める?いや、弁解という手もあるな。
そう考えていた僕を余所に、ゼリア参謀長が懐から拳銃を取り出す。その銃口を僕に向けた。
パンッ!
銃声が轟き、僕の直ぐ脇を銃弾が過ぎる。
「はい、分かります。よーいどんの合図ですね?ゼリーさんっ」
僕はとにかく走り出した。
後ろから殺気が、迸っているのを感じる。横ではダグラスが大声で腹を抱えて笑っていた。
あーあ、今日だけは問題を起こさないようにしようって心がけてたのに…。
何これ、僕のせい?まぁ、後半はぼくのせいだけど。
…根本的に悪いのはあいつらと自重という言葉を知らない参謀長のせいだよね?
自業自得だよね、色々な意味で。
「と、とにかく近くの部屋でも転がり込むか!?」
「近くの部屋ですか…。曲がり角の直ぐはどうでしょう?死角なので、意外に見つかりませんよ…」
フレディが申し訳なさそうに言って、曲がり角を指さす。
後ろを振り向くと、騎士の二人が追いかけて来ていた。だが、ゼリーさん…間違えた。
ゼリア参謀長は追ってどころか、銃撃もして来ない。
「小賢しい…」
ゼリア参謀長は青筋を額に浮かべそう呟くと、銃をしまう。
おっ、諦めたかっ?よし、後は二人を撒くだけ……ん?
急に騎士の二人が追うのを止め、自分の大剣や、魔方陣で構成した障壁で背後を守っている。
その視線の先を見てみた。
ボウッ…とゼリア参謀長の前に陣が形成される。陣に触れ、自分を囲むように指を宙に滑らせていく。
すると、一つの陣が二つになり、二つの陣が四つにといった具合に、どんどん増えて行くではないか。
というか、あの動きっ…!!
「何か格闘家っぽくね!?ほら、今にも何か気合球が出そうな雰囲気じゃんっ」
「……えぇ、マジで殺されますよ。それ以上言うと」
「にしても、あの陣。二重構成じゃないみたいだけど?」
「…同じ業を同時に繰り出すには、銃ならば二丁必要でしょう?魔法陣も続け様に繰り出すのは『魔眼』でなければ成しえない業ですよ。普通の人間が陣を形成するには魔力があれば良いって問題じゃないんです。それなりの努力あってのものなんですよ…」
「わーい、僕、天才っ!」
「いきなり人名をゼラチン構成する奴が天才なわけないでしょうに…。
影の王。言っておきますけどあの陣、『連射の陣』と言われてて、彼方の所で言うマシンガンと同じです…」
そういう事は早めに言ってほしい。
途端にズドドドドドッ…と銃声に似た音が響き渡り、壁に弾痕を付けて行く。
「がはははっ、ゼリアの奴。相当キレているなっ」
「笑いごとじゃありませんよ。このままじゃ追えないじゃありませんか。どうします?応援を呼びますか?」
うーん、君達は何をしに来たのかな?実は城を壊しに来たとか?
ミケガサキの国交を遮断する気か。鎖国願望をお持ちですか、コノヤロー。
咄嗟に、『障壁の陣』で防いではみたが、走って逃げてたら今頃ハチの巣となっていただろう。
未だ眉間に皺を寄せながら、ゼリーさんは低く言う。
えっ、言い直さないのかって?案外気に行ったから、このままで。
いいじゃん、三十路であろうオジサンに愛着が湧くニックネームが付いたんだ。
嘆くことじゃない。寧ろ、喜ばしい事だよ?
「…逃げないのか、屑」
「心外だなぁ。僕は馬鹿だ」
「威張れる要素が一つもありませんが…?」
花を持たせるという言葉を知らないのか。
良いじゃないか、こんなところで出しゃばるくらい。…一応主人公だし。
とにかく此処は逃げるが先決だ。
後でカインとかに合流して、弁解してもらおう。
ということで、犠牲…いや、囮になれ。これから召喚する誰か。
僕はお前の屍を盾にして行くよ。
「案外、外道ですね。影の王…」
「誰だって、自分の命が最優先だ。『召喚』っ」
廊下が白い光に包まれる。
おや、いつもの吉田加齢…ごほんっ、黒い霧が漂ってないな。一体、誰を呼んだのやら。
「あっ、優真君。久し…」
「送・還っ!!」
「悪霊退散と言わんばかりに還しましたね。仮にも義理の父親でしょうに…。それに、あの人…」
「絶対、怒ってるって!無理無理、もっと何かマシな人いない!?」
良く見えなかったが、声でわかった。そして確信した。凄く、怒っていると。
という訳で、もう一度『召喚』を試みる。
頼む、陽一郎さん以外のこの場を打破してくれる人物よ、カモンッ!
一際大きい陣を召喚の陣を形成する。
廊下が今一度白い光に満ち溢れた…かと思えば、瞬時に黒く染まった。
「ちょっ…、ハゲの王…あっ、すみません。噛みました。影の王っ…、陣が大き過ぎますっ!
何を召喚するつもりですかっ…!?」
「僕はまだ、禿げてねぇぇぇっ!!!…とにかく、陽一郎さん以外の何かっ」
陣の中心から赤い稲妻が迸る。
『ギャアァァ…』
「ぎゃあああああああああっーーーー!!」
いや、確かに打破出来るけど!
打破どころか、新資源まで生産してくれるけどっ!
「…ほら、言わんこっちゃない。折角出てきたんですし、叫ばしてあげましょうよ…」
「人にも成れるけど、人でもねぇだろっ!アレはっ!ってか、何で居るんだよッ!大総統何やってんのっ!?」
「いえ…アレは大総統が美味しく頂きましたよ…。
知らないんですか、大総統に食べられたモノは、手駒に出来るんです…」
ふむふむ、便利な機能だな。流石、知恵の悪魔。
俺の物は俺の物、お前の物は俺の物って胃袋なのか?
「…意味が分かりませんよ」
フレディが静かに溜息を吐く。
「魔力王になれるんじゃね?僕」
「その分、人口は激変しますが…?」
「折角手駒にしたんだし…、この際、人間じゃなくて色々な物を食べさせてみたら?意外に出来るかもよ?」
「鶏じゃないんですから、無理ですって…。
ほら、早く送還しないと、皆『魔力魂』になっちゃいますよ…」
「…………………『送還』」
「半分本気で『魔力魂』にするつもりでしたね…?」
辺りはまた白い光に包まれ、元の少し薄暗い廊下に戻る。
三人は、完全に僕を敵視していた。
殺気というか、闘争心なのかな?これ。明らかに、やる気満々ってのが、見て取れる。
まぁ、その内の一人は明らかに殺気だけど。
「いや、今ので敵視しない方がおかしいですよ…。とにかく、今は逃げる方が先決でしょう…」
「…三度目の正直とも言うし、後もう一回だけやってもいい?どうせ、もうこっちで誤解解くのは無理そうだし。ほら、案外弁解代わりになるものが来てくれるかもよ?」
「要するに、やりたいならやれば良いじゃないですか…」
「『召喚』っ…!!」
陣は先程の半分。
それをゼリーさん方式に則って、三分割してみた。
つまり、同時に三つ『召喚』してみましょうってこと。
まぁ、陣一つで二人召喚出来たこともあるから、そんなに必要なかったかもしれないが、まぁ良い。
「少し、大きいのでは…?ちゃんと、コントロール出来るんですか…?」
「……気合で」
三つの陣が同時に光った。
この際、人外でも何でも良い。…さぁ、何が来る!?
『……………』
『……………』
『……………』
「おーとっ!全員、無言だっ!ってか、何これ?虫っ!?でかっ!」
「虫だけに、無視ってことじゃないですか…?えぇ、すみません。つまらないですよね…。
というか、全部三大珍味じゃありませんか…」
へー、これが三大珍味ねぇ…。
真っ青なトンボに、真緑のムカデ…あっ、これが噂のグリアンか。最後は普通だな。巨大ウサギ…?
「前の二つは分かるけど、ウサギは珍味に入るの?ウサギ肉って意外に食べられたりするけど…。珍味とは言わないんじゃ…?それとも、こっちではあまり食べられないとか?」
「あぁ、向こうの兎はサイズが小ぶりでしょう?ミケガサキでもそう言った小ぶり…いや、普通の兎はもちろん居ます。市販で売っている食用兎とか、普通にペットとして飼われていますよ。
この兎は見ての通り巨体で、捕まえるのが難しい割に、肉は左程美味しくはないのです。市販の小ぶり方が余程美味しいと言われていますね…。
だから、食べるのはあの大きく長い耳の皮と、目。食べると、長寿に成るそうですよ。まぁ、影の王には必要無いかもしれませんが…」
「成程、確かに珍味だ。どんな味がするのか知らないけど。
これ、三体召喚しなくても良かったな…。一体で何とかなりそう。ウサギなんて、耳が天井突き破ってるし。見てて痛々しいよ。あれじゃ動けないだろ。因みに、この兎は何て名前なの?」
僕は巨大兎を見る。
隣ではグリアンやら、トンボが縦横無尽に飛びまわっていた。
コントロールとか、不可能だろう。もう、良い。自由に動け。そして、その勢いで三人を倒すのだ。
騎士たちは果敢にもそいつらに立ち向かっている。当分は心配しなくて良さそうだ。
「確か、テンマデトドクミミナガ兎でしたよ…」
「そのまんまだなっ!?」
「耳の長さは、そうですねぇ…、彼方のところでいう東京タワーに匹敵するんじゃありませんか?」
「…ということは、この城を余裕で突き破ってるってこと?」
「えぇ。それはまさに、シュール以外の何者でもないでしょうね…。
晴天の下、魔城にそびえる二本の耳…。この国は一体何処へ向かうつもりなのでしょうか…と人々は思うに違いありません…」
とても楽しそうにフレディが笑う。
目は何処か虚空を見ていた。恐らく、そんな城の姿を妄想しているのだろう。
「送還送還送還送還っ!!そういうことは先に言えって!」
取りあえず、ムカデとウサギを送還する。
テンマデトドク…の居た場所を仰ぎみれば、案の定、二本の巨大な耳が突き刺さっていた場所から青空が覗いていた。
うわー、皆にどう説明しようか。
絶対怒られるだろうなー…。
その時僅かな風を感じ、突起に退く。
剣がその横を掠めた。
「おおっと…」
「ちょこまかちょこまかと…。指名手配犯めっ…よくもまぁ、ぬけぬけと我が城に入って来れたものだなっ!」
いや、君達の城じゃないし。ちゃんと、所有関係者に、裏口から入れてもらいましたよ。
鋭い斬撃と、止まぬ銃弾が僕を襲う。
ダグラス隊長の方を見てみれば、巨大トンボと格闘していた。
トンボの方は傷だらけで、目がチカチカと点滅している。
「…影の王、これじゃあキリがありません。とっとと逃げますよ。幸い、アゼルギスは最速のトンボ。因みに食べる個所は羽ですね…」
「よし、アゼルギス。乗せてー…うわっ」
凄い勢いで襟を掴まれ、身体が宙に浮いたかと思うと、目にも止まらぬ速さで廊下を疾走していく。
例えるなら、ジェットコースターくらいの速さだろうか。
そのまま廊下の曲がり角を突っ切り、一際大きな扉の前に突き進もうとしている。
待て待て待て、そこは一番行ってはマズイ場所じゃあないか?
各国の代表が集まっている部屋じゃないのか?
送還するにも、この勢いだと僕自身が扉を突き破りかねない。
「フレディ、どうするべき?」
「言い忘れてましたが、アイゼルの視力は凄まじく低く、碌に物が見えません…。
音で認識している程度です…。まぁ、良いじゃありませんか。いつもの展開ですよ…?」
そう言っている間に、扉は目前で。
轟音に近い音を立てて扉を突き破る。
そのまま無様に床に転がり、何処の壁かは知らないが、とにかく壁にぶち当たって止まった。
奇妙な物を見る様な、何とも言えない視線が一斉に僕に向けられる。
さて、どうしようか。ボケようか、開き直ろうか。弁解という手もあるけど。
とにかく、何らかのアクションを起こさなければならない気がするが。
その術を僕は知らない。
「えっと…、何て言うか…。ミケガサキへようこそ…お越し下さいました…かな…?」
その時の彼等の心情は如何ほどか。
突如扉を突き破り、床を転げ回った挙句、真っ青な巨大トンボが横たわる傍で、何か照れて、頭を掻きながらも挨拶をされる。
僕だったら、リアクションに困る…かな。
一般市民…もし、それが知り合いとか、親しい人物、またはそれが国交を結ぶ国のもてなしなら…そうだなぁ。
……絶交とか?




