第一章終話 お帰りなさい
頬や、腕に掠り傷が次々と付いて行く。既に脇腹や腕には抉れた様な深い傷があった。
流石の僕も、疲労により一歩も動けないでいる。
『魔力魂の意志』といえば、千をも超えるであろう魔弾の的となり、苦悶の叫びをあげている。
頭上では赤い稲妻が轟き、いつ僕の元へ落ちて来ても不思議ではない。
ギャアァァァァァァァ…………!!!!
一際大きな悲鳴が響く。
先程とは比べ物にならないくらいの声量。そして、心を掻き毟るかのような、聞く者全てを発狂させかねない悲痛な悲鳴だ。
何なら、地上で苦悶の叫び声が聞こえてきた。
よくよく目を凝らして見てみると、主にラグド兵が苦悶の叫びをあげて地にのた打ち回っている。
吉田魔王様やカイン、教官も頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「最終形態ってところかな?それなら、最初からベストを尽くしてほしいよ。疲れてんのに頑張っても逆転なんて無理でしょって、いつも思うんだよね。全く、付き合わされるこっちの身にもなってほしいとおもわない?倒したぞーって舞い上がってる最中さ、見苦しく反撃して来てさ。しかも、意外にしぶといから倒されそうになって、女神とか覚醒とかして倒すんだよ?
…すっごく恥ずかしいよね。舞い上がってた俺ら、何?みたいな。
例えるなら、ラストだと思って、一番狙って全力でダッシュしたけど、実はもう二週くらいあって結局、ビリになるっていう…。…以上、優真君の独り言でしたー」
うん、誰も聞いてねぇ。
酷いな、せめてツッコミ入れてほしかった。
『どうやら、私達には効き目が無いみたいね?私は、元が魔力魂であるから。彼方は…』
意地の悪い笑みを浮かべてソルトは、僕を見た。
正確には、僕の身体に生々しく残る傷口を。
『人間じゃないから、当たり前ね』
腕、脇腹共に深く抉られた傷口。そこからは、ただ黒い血が流れるのみ。
そう。骨も、肉も、臓腑も全て、存在しない。四次元の様に果てしない暗闇が存在するだけ。
つまりは、空っぽなのだ。
「空っぽの器…か」
そう呟いた僕の直ぐ横を何か赤い光の玉が横切って行った。
魔力による魔弾ではない。それは次々と地上から『魔力魂の意志』の元へと吸い込まれて行く。
「『魔力魂』か?…あーあ、強制的に捲き上げてる訳か。悲鳴を聞いた奴らの命奪って」
『ついでに言うなら、魔力と人の意志。その源である生命は深い関わりがあるわ。魔力そのものが意志を持ち、強姦の様に生命そのものの意志を支配してしまえば、可能の業よ』
下からは悲鳴など、色々な叫びが聞こえては消えて行く。
つまりは、今苦しんでいるカインや教官達も例外ではなく、その危険性があると言う事か。
「ははははっ…。それは、困るなぁ」
僕の表情を見て、ソルトは意地の悪い笑みの様なものを浮かべた。
今、僕はどんな表情をしているのだろう?
『ギャァァァァァッ…………!!!』
『魔力魂の意志』がもう一度、奇声を発した。
ギョロリと大きな一つ目が僕を見下す。
雷鳴が轟いたかと思うと、赤い稲妻が、僕の直ぐ横に落ちた。
かと思えば、すぐに次の雷が地上に降り注いでいく。
空から槍という例えがあるが、まさにこんな状況だろうか。
下から一際大きな悲鳴が聞こえて途絶えの繰り返し。それを嘲笑うかの様に『魔力魂の意志』は三日月に歪む。
別に、僕が手を下さずともこのまま事が進めば自然消滅を果たすだろう。
だが、それでは色々と困るのだ。
溜息を一つ吐き、前に手を伸ばす。
黒い光の粒子が集まって、杖に変わった。
そう。手を下さずとも、相手は虫の息。だが、それを悠長に待てる程、人は忍耐強くない。
そうなれば、一人残らず魔力魂へと転生するだろう。
だが、こいつを倒すにしても、それは中々骨の折れる事だ。
フレディ達、下級中級の死霊達なら、擦り傷の一つ付けられただけでも上出来だろう。
ヴァルベルの様な大総統お付きの使用人なら、一人二人召喚しておけば片付くだろうが、生憎そんな力は残されていない。
残るは一人。
こうなったら、賭けるしかない。
「孤高の貴方、我が盟約の主よ。古き書の悪魔、貪欲なまでに知恵を求める愚者よ。
楽園の鍵を持って、参ります。私は、ソロモン。知恵の王。森羅万象を司る賢者」
興味深そうな表情を浮かべ、ソルトが舐めまわす様に僕を見ている。
その口が、数回動いた。
『死ぬわよ』
動きから察するに、そんなところか。
ふふん、僕を舐めてもらっちゃ困る。一体僕が何度死の淵を垣間見てきたと思っているんだ。
それにしても、何か期待してるのかな?
「今、その門を開き、新たな罪人に裁きの手発を整えましょう。『終極審判』」
辺りが黒一色に染まる。
誰も見えない。何も感じない。
『どういうこと?知恵の悪魔…書の主を呼んだんじゃないの?』
「今の僕に、そんな力残ってないよ。それに、皆の居る所で大総統何て召喚したら皆お陀仏だって。
…かと言って上級悪魔達を召喚する力もないし、下級悪魔、死霊は呼び出せても手も足も出せないでしょう?」
ソルトは呆れと侮蔑を込めた目で僕を見た。
どうみても僕は、庶民だぞ?所持金僅かなのに、高価な買い物をする人なんて何処にもいないさ。
低コスト、高確率。
その何が悪いと言うんだ。
買えない物は買えないし、召喚出来ないものは出来ない。
『それより、此処は何処なの?魔力魂の意志はどうなったの?』
「それを今から、裁くんだよ」
ザンッ…!と鈍い音が鳴る。
ソルトの両足が切り落とされ、体勢を崩したソルトはそのまま倒れた。
「…これより、罪人に裁きを下す」
漆黒の闇の中、僕の赤い瞳だけが不気味に光る。
ソルトの両脇に死霊が立つ。右にフレディが大鎌を持って立ち、もう一人の死霊がソルトの首に鎌を突き付けていた。
『終極審判』
人は人生が終わると、天国と地獄のどちらかに行く。
だが生きているが、この世の理に反する行いをする者等は行きながらにしてこの『終極審判』を受けなければならない。
つまりは、レッドカードというわけだ。勿論、三回忠告はする。だが、一向に直らない者は強制的に送られるのだ。
えっ、僕も十分反してるだって?
否定はしないけど…。というか、出来ないね。事実だし。
『優真、どういうこと?裁くのは、あの大きな目玉であり私じゃないわ。仮にそうだとしても、私達は血の契約をしてしまっているのよ?』
自覚が無い嘘。彼女は気付いていない。何も知らない。知る必要は多分ない。
「その点については問題ないから、大丈夫。だから君は静かに眠ると良い。可哀想な嘘つきさん」
ザンッ…と鈍い音がして、首が撥ねた。驚愕に歪んだまま、ころころと転がる。
人工知能をご存じだろうか?記憶・推論・判断・学習など、人間の知的機能を代行出来る代物だ。
コンピューターも、これがあるからこそ可能な事で、ありとあらゆる身の回りの電脳器具に使用される。
ゲームにも当然ながら使用される。お気づきだろうか?
此処は『ミケガサキ』。誰かが作り出したゲームの世界。
もしかしたら、元からあるのかもしれないし、それを誰かが悪用したのかもしれない。
だが、何にせよ盛り上げる役がいなければゲームは面白みに欠ける。また、スト―リがそう安易にならない様に進行役も必要だ。
人工知能の代わりであり進行役。それが、人の意志の塊である『魔力魂』。
本人は知る由もない。神から言い渡された運命とでも言うべきだろうか。
それが自分の意志で行動していると思っていても、実はすでに決まっていた事だったとは。
そういえば、陽一郎さん。転生がどうたら言ってたけど、前の僕はどうだったんだろう?
案外僕も、決められたシナリオ道理の道を歩んでいるのかもしれない。
「随分、あっけない終わりでしたね…。何か、もっとこう…抵抗するかと思いましたよ…」
「そういう風に、決められてたのかもよ?」
「へ…?」
フレディが呆気にとられた顔で僕を見た。
暫く硬直していたが、被りを振るとそうですか…と呟く。
「何だか、疲れたよ…。もう、戻っても平気?」
「えぇ。無事、『魔力魂の意志』…贄は捧げられました。今宵の糧に、大総統も満足することでしょう…。お疲れさまでした…」
パズルのピ-スの様に、空間が剥がれて行く。
突如、光が弾けて、光の雨が地上に降り注ぐ。身体はいつの間にか元に戻っていた。
下から歓喜の声が上がる。
その声に少し安堵するとともに、身体から力が抜けて、落ちている様な浮遊感に捕らわれた…って、本当に落ちてるよ。あっ、当たり前か。さっきまで空の上に居たんだから。
受け身を取れば何とかなる?いや、高さから無理だな。それ以前に死なないから大丈夫じゃん。
けど、痛いの嫌だし。覚悟を決めて、僕は目を瞑った。
下から皆の声が聞こえて来る。
「全く、世話の焼ける人ですね…」
「ニアッ!」
ボスンッ…と、お世辞にも柔らかいと言えない感触。寧ろ堅い。
おそるおそる目を開けると、青空が広がっている。太陽が僕等を照らしていた。
ぬっと、いつもの姿に戻った猫モドキが僕の顔を舐める。
ノワールが膝枕をして、僕の髪を優しく梳く。
「あー…、助かった。ありがとう」
「今は休んで下さいな。…魔力魂の意志は、もう誰かを怨むことも、嘘を吐く必要もなくなりました。
優真様が救ってくれました。…ありがとうございます、優真様。きっと、彼女は楽になれましたわ」
「…僕は、誰も救ってないよ。けど、ありがとう…」
ノワールは何も言わなかった。ただ、黙って僕の髪を梳いていた。
ゆっくりと高度は下がり、やがて地面に着く。
カイン達が急いで僕等の傍に寄って来た。
地上ではラグド兵が声をあげ、心の底から喜んでいる。中には歌い出す者や、ダンスを踊る者も居た。
「おいおい、大丈夫か…?酷い怪我じゃないか」
その言葉にギクリとする。だって、僕の身体は人間の構造をしていない。傷口を見れば一目瞭然だ。
「怪我と言っても、見た限り骨折と擦り傷だろう。しかし、魔力の過剰消耗は危険だ。早く何処か休める場所を確保しなければな…。よく、頑張った。偉いぞ、優真」
その言葉に、ほっと…息を吐く。
どうやら、『魔力魂の意志』が大総統の糧となった御蔭で、僕の身体も傷が塞がる程度には回復したらしい。
吉田魔王様が笑いながら、僕の頭を撫でる。
皆が笑いながら会話をし、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら楽しそうに何かを言う。
あぁ、戻って来たんだ。本当に、僕は戻って来たんだ。
今更のように、そんな感覚が湧いてきた。涙が頬を伝う。
僕が捨てたモノはきっと無駄なんかじゃない。無駄になんかしない。
皆が、驚いた様に僕を見る。そして、一斉に言った。
良く分からないが。
「お帰りなさい」
そうだな、欲を言うとするなら。
良く分からないは、無しで言ってほしかった。
けど、まぁ良いか。皆…いや、ミケガサキらしい答えだから。
更新遅くなりましたすみません。何かこう、無理やり終わらせた感満載ですね。
『新資源騒動編』はそろそろ終わりますが、全体的な話はまだまだ続きます。
お気に入り登録並びに、評価ありがとうございます!これからも頑張りますね。
此処までお読み下さり、どうもありがとうございました。




