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第四十話 罪の清算


「勇者に剣で貫かれてなお、生きているとは…。魔王というよりは化物ですね、彼方…」

「お誉めの言葉として頂戴しておくよ」


引き攣った笑みを浮かべて、ミハエル何とかは言う。


そんなこと言われてもねー、そうだからしょうがないじゃんとは流石に言えない。

僕、そこまでKYじゃないから。…懐かしいね、この言葉。


「というか、化物より魔王の方が強くない?」

「知るか、そんな事。それより…どうするんだ、これから。まぁ、選択肢は一つだろうが」


カインが至って真面目な口調で言う。

どうやら突っ込んでいる暇はないようだ。


「…逃がしはしませんよ?我がラグド王国がこのミケガサキを滅ぼすまでは。

魔王を倒したとなれば、後々有利に立てますからね。どちらにせよ、こんなに倒壊してしまった国、建て直すのも不可能でしょう。唯一の権力ともいうべき女神と勇者はもういないんですから」

「勇者はどうかなぁー…。案外、これからバンバン来ちゃうかもよ?」

「減らず口を…」


ミハエルは腰に差してある剣を引き抜くと、僕に向ける。

あー、僕も剣の一つや二つ持つべきなのか?


そう思っていた僕の前に、皆が立ちふさがる。

うん、物凄く嬉しいんだけどさ。皆、そろそろ恥を知ろう?


「皆、お気持ちは大っ変嬉しい。だが、武器を変えて出直してくれ」


折れたパンとかパンとかパンとか真顔で構えながら目の前に立たないでほしい。

シュール過ぎて笑っちゃう。


「しょうがないだろ、武器がこれしかないんだから」

「はいはい。皆、疲れてるんだから、休んだ休んだ。僕の代わりに女神様達見といて」

「優真様の方が遥かに重症ですが?寧ろ休んで下さい!」


そうこう言っているうちに、剣を構えたミハエル何とかが突進してきた。

意外に早い。教官といい勝負だ。


手を差し出す。黒い霧が集まり、黒い本が現れる。

ノーイさんと吉田魔王様は何かを悟ったのか、カインとノワールを僕から離した。


「何をするか知りませんが、読む暇など与えませんよっ!」


ですよねー!けど、それは困るんです。…昔の僕ならね。


「本は読む為だけのものじゃないと証明してやるよっ!」


「…やけに強気だが、大丈夫なのか?」

『さぁ…』


カイン達が遠くからそんな事を呟く。

さりげなく酷いな、お前ら。少しは信用してくれても良いんじゃないの?


「戯言をっ…!」

剣が僕目掛けて近付いて来る。

こう言う時こそ、本を使うのだ。


ザクッ…といい音がして、剣が刺さる。

流石早さが凄いだけに、深く刺さったな。そう簡単には抜けなさそうだ。いやー、危ない危ない…。


「本に差した…だと?くっ、抜けん!」

「馬ー鹿、馬ー鹿!本の分厚さ舐めんなよ!こうしてやる、えいっ」


バキッと鈍い音が響き、剣が中心から折れた。

遠くからカイン達が溜息を吐く。


『低レベルな争いだな』

「…いつもの事だから良いんじゃないか?それより、『沈黙の書』が受けたダメージはお前も受けるんじゃなかったのか?」


「その点については、色々あって大丈夫になった。さて、ミハエル何とか。降参するなら今の内だよ」

「残念ですが、彼方は我が王国が何に秀でているかお忘れなご様子。思い知りなさいっ」


ミハエルは魔力を脚に集め地を蹴ると、僕から距離を取る。

そして『瞬間移動の陣』で、辛うじて僕の目に見える場所へ移動した。

その魔力に反応したのか、剣が光った。


うーん、何かヤバい感じ。


「…もしかして、爆発?」

「馬鹿っ、さっさと逃げろっ!」


君等もねーと言う暇なく派手な爆音がして、黒煙が辺りに立ち込める。


「…案外、あっけないですね。しかし、これで最終兵器を出す手間が省けた…」


ほぅ…とミハエルは息を吐く。

そして辺りを注意深く見渡す。だが、煙が邪魔で見えそうもない。果たしてこれは煙なのか?

そう、煙というよりは余りにも濃い。日の光さえ遮断しているかのようだ。


訓練で特化された五感で、暗闇でも目が効くはずだ。なのに何故見えない?

焦りを覚え、ミハエルは陣を形成する。しかし、何の反応もない。


「危ないな、もう少しで皆も巻き込まれちゃうところだったじゃないか」


暗闇から声が聞こえてきた。

ミハエルは自嘲を浮かべる。魔王ともあろう者が、あんな猫騙し染みた玩具で死ぬはずがないと。


「空間固定ですか…。成程、流石ですね」

「今度こそ、お誉めの言葉として頂戴しておくよ。

闇討ちは趣味じゃないけど、これ以上危険に晒されるのは困る。皆の為にも、僕の為にも、ね…。

それじゃあ、さよなら」


何の感情も含まれていない声色。

詠唱が暗闇に響く。


それが止んだ時。

身体のありとあらゆる感覚が遮断された。


『…何処が闇討ちなんだ?』


笑いを含んだ楽しそうな声色が聞こえて来る。幾重にも重なった深く暗い声。


「いやー、流石にさ、空間ごと君を潰しますとは言えないじゃない。だから闇討ちってことで。知らない方が良い事って、世の中にはたくさんあるよ?…さっきから楽しそうだね、大総統」


ずっと笑い声の様な空間の震えが伝わって来る。

何処からか生温かい風が吹き、長くなった髪を揺らす。


何故か書の力を使うと伸びるんだよね、髪が。その方が悪っぽいからかな。まぁ、背が伸びてるから文句は無いけど。


そして手に持っていた本を閉じる。

パタンッ…と小さな音が一つ。それが合図の様に、元の場所へと戻った。

どうやら僕の姿も元に戻っているようだ。せめて身長だけはそのままにしてほしかったな。


「馬鹿っ、さっさと逃げろ…って、何とも無いな?ナルシスも見当たらないし、何処行ったんだ?」

「まぁ、居なくなったらそれはそれで良いじゃん。一件落着っと…」


流石に、空間の中に閉じ込めて潰しちゃったとは言えないし。


指先から炎を出し、書を燃やす。

パキバキと燃えているが、灰は出ない。


『燃やして良いのか?』

「それが約束だから、叶えてあげなくちゃ。それが条件だ」


完全に炎に呑まれた書を、自身の影に落とす。

それは地面に当たることなく、影にゆっくりと吸収されて行った。


「…さてと、どう立て直してみる?」

「この状況の事か?それとも、国?…あるいは両方?」


やや面倒な調子でカインが返す。

辺りには上司(?)を失って尚闘志を燃やすラグドの皆々様。いや、上司失ったんだから当たり前か。


「けど、正直面倒」

「答えになってませんよ」


ノーイさんが近付いて来て隣に並ぶ。吉田魔王様もオズさんもノワールも教官も笑みとか、泣き顔とか、色々な表情を浮かべて側に立っていた。


「そこで、一つ。提案が」

「最初からそれを言いたかったんなら、さっさとしろ。ほら、ハチの巣にされるぞ?」


銃やら何やらを構えたラグド兵が狼の様な鋭い目つきで睨んでいる。

今にも撃ちそうだなとかそんな事を考えながら、言った。


「『魔人大戦争』でなんとかなるかな?」


皆さま、覚えていらっしゃるでしょうか。

いつかのあの、無茶苦茶な一活召喚です。


『成程。…止められる自信は?』

「それは、この争いのこと?それとも魔人大戦争?」


吉田魔王様の問いに恍ける僕だったが、ノーイさんが真顔で答えた。

「両方に決まっています」

「…何でも良いが、早くやった方が良さそうだ。今にも撃ちそうだぞ」

「はーい。それじゃあ、出来るだけ離れた方が良いかもって…無理だね。まぁ、大丈夫でしょ。人数は減らしておこう」


静かに目を閉じる。

それだけで何か視えない力が働きかけるのが分かる。


「我、ファウストの王。暗黒の使者、破壊の限りを尽くす者。美しき貴女、我が盟約の友よ、我が声に答えよ…」

「詠唱ということは、この前の比じゃないと思うが…本当に大丈夫なのか?」


巨大な魔方陣が足元を中心に形成される。

黒く光ったかと思うと、黒い光の柱が空を裂く。

辺りは暗闇に包まれ、兵士達は戸惑いの表情を浮かべて辺りを見ていた。


「これは……。違う」

「何が違うんだ?召喚に失敗したのか?」


僕は暗闇に包まれた空を仰ぐ。カイン達もつられて上を見た。


「確かに召喚したけど、これは僕が召喚した相手じゃないよ。どういう事だ…?」

『この感じ…魔力魂の魔力と似ている…。人の魔力と生命の混じった歪な魔力…。まさか思うが、魔力魂が独自の意思を持ったのか?』

「ちょっと待て、何でそうなるんだ?訳が分からない」


戸惑いの表情を浮かべるカインに、ノワールが説明した。

「『魔力魂』というのは、前にも行ったかも知れませんが、人の生命と魔力を結晶化した代物です。

そして、女神はそれを悪用し、多くの人を犠牲に魔力魂を造りました。

ある特定の場所で多くの生命が失われれば、当然その場所に、人の残す感情によって膨大な力が生みだされるんです。一時的なものですが…。『魔力魂』は言わば人の想い…魂の結晶。

私達は人の生命を犠牲にしたくはないので流出を拒んだのです。一人につき一つ。中には結晶にならないでそのまま命を落す者もいました。

女神の場合、複数に一つを造っていた様です。複数の意思が統合し、もしこの場に溜まる犠牲になった人々の想いに反応し、共鳴したのならば…。意思を持つまでになっても不思議じゃありません。元は、意思がある唯の、人間だったんですから…」


空が裂ける音。その間から甲高い悲鳴が聞こえてきた。

赤い光が稲妻の様に轟く。


その裂け目から真っ赤な目が覗く。

ぎょろぎょろと蠢き、僕等に視線を固定する。



ギャァァァァァァァァァァァーーーーーーーー…!!!!



地を震わす悲痛な叫び声。

あまりの声量と悲痛さに、ノワールや教官が耳を塞ぐ。


「…何と言うか、ラグドの兵を追いかえせそうな雰囲気だけどさ、こっちにも火の粉が飛んできそうだね?」

「明らか、巻き込まれるだろうな。何が起こるか知らないが…」


呑気に呟く僕に、カインが真剣に返す。

一方、吉田魔王様とノーイさん達は沈んだ表情でうつむいている。


『これが、私達のしたことへの代償なのかもしれないな…』

ぽつりとそんな事を呟く。


勇者でない唯の男。素質が無い為に、命を落とし、その息子が我々とはまた違う方法を用いて混沌を世界に生んだ。


もし、ヘブライ達の言う混沌が『魔力魂』で、その息子というのが吉田魔王様なら色々と辻褄が合うな。

なら、素質が無い為命を落としたのは吉田さんのお父さんということか。

三嘉ヶ崎の吉田さんはどうだったんだろう?…確かめる術はもう無いけど。


「だったらさ、清算すれば良い。赦されない罪なんて多分、無いよ。僕はそう信じてる。

…流石に僕一人じゃ、これはキツそうだ。皆、手伝って」

「「当たり前だ」」


教官とカインが声を揃えて言い、僕の前に立つ。

ノワールも静かに隣に寄り添い、オズさんもさり気なく側に寄ってくれた。ノーイさんは呆れたように僕を見ているが、その顔には笑みが浮かんでいる。吉田魔王様は暫く呆気に取られていたが、観念した様に首をすくめて笑う。


「あはははっ、皆で戦えばお化けなんて怖くないっ!」

「…要するに、怖い訳だな?」

「……正直、夢に出て来そうなほど怖いんだけど」

そろそろ『新資源騒動編』も終盤でございます。

長くなりましたが、お読み下さりありがとうございます。

全体的な話はまだまだ続きます。

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