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第三十六話 三嘉ヶ崎…?

『ゲームオーバー』


暗い部屋を、小型テレビの明かりだけが照らす。

暗い画面に赤い文字。地の底から響く様な重苦しい音楽が鳴っている。


うーむ、これで二度目のゲームオーバーか…。

僕は、パッケージを手に取り、もう一度説明書を読み直す。

まぁ、そんなことしても攻略なんてできないだろうけど。


「おーい、優真ー!起きろー、朝だぞー」


階段を上がって来る音が聞こえ、ドアが開く。

顔を覗かせた兄は怪訝そうな顔をし、思い溜息を吐いた。


「夜通しで、ゲームか…。そんなんで、大学卒業できるのか?第一、彼女だって出来ないぞ」

「別に要りませんよーだ。そんなことより、今何時?」


兄はずかずかと部屋へ入って来て、カーテンを開けた。

部屋に光が差し込む。


「九時二十三分。早くしないと大変な事になるぞ。今日は昼からだろ?それじゃ、先行ってるからな。

…あぁ、明けましておめでとう。とっくに正月は終わったが…」

「…あけおめ、ことよろ」


去り際に頭を叩いて、兄は大学へと向かった。

僕もいそいそと着替えて、リュックを背負うと部屋を後にした。

階段を下りると、母由香子が上機嫌で弁当を大事そうに抱えて待っている。


あぁ、一歩遅かった。

無事、今日と言う日を終えられるのかが、たまらなく不安だ。…人生そのものが終わる気がする。


「明けましておめでとう、優真。これ、おせち。頑張って作ったのよ。味わって食べてね。行ってらっしゃい。帰る時はメールしてね?」

「随分前だけど…明けましておめでとうございます。じゃ、逝ってきます」

「字が違うわよ、優真」


玄関の靴棚の上に飾られた父の写真に手を合わせ、小声で近々そっちに行くかもしれませんと挨拶しておく。

父、明真(あすま)は僕が三歳くらいの時に行方を眩ました。

現在も行方不明中なのだが、ウチでは死人扱いである。まぁ、母の酸味の効いた冗談なのだが。

…たまに、供え物までしてあるけど。恐らく、多分、冗談だ。ちょっと酸味の効き過ぎた。


さてさて、どうやってあのゲームをクリアするか。

そんな事を考えながら駅目指して歩く。

曲がり角を曲がった時、ドンっと何かにぶつかって尻もちをつく。


何これ、ラブコメ?


「あっ、優真君。大丈夫?」

「あー…、雪ちゃんか。あけましておめでとう」


吉田雪。黒髪の綺麗なそう、美少女といって差し支えない気品溢れる女子である。

お隣さんであり、同い年であるが、けして幼馴染では無い。僕等は引っ越してきたからね。五、六年前ほどに。


「…そんなに慌ててどしたの?」

「えっ…ほら、絵具忘れちゃって…」

「今日は美術専攻者は室内でデッサン練習だよ?」

「あっ…そうだったわねっ。…その、優真君、良かったら一緒に行かない?」


それが目的でわざわざ待機していたわけか。…いや、考え過ぎだな。

雪ちゃんとは同じ大学である。

といっても、此処三嘉ヶ崎は都会と田舎の中間的都市であり、広い様で狭い。

市街地を抜ければ森だし、大学は二校しかない。田舎というには店は充実しており、活気がある。

…引っ越したと言っても、都内であり、三嘉ヶ崎生まれ、三嘉ヶ崎育ちな僕は実のところ都会を知らない。いや、どうでもいいけど。だってさ、変に充実してるから良いかなって。

不自由も、便利さも中途半端なこの都市は、何だかんだで居心地がいい。

…他の所行ったこと無いから知らないけどね。

今まで通り、朝起きて大学へ行き、バイトをして七時くらいに帰宅し、ゲームをする。


ニートすれすれかも知れない生活を送る。

その一日は、きっとこれからも変わらないと思う。


変わり映えのないつまらねー人生だな。ゲーム好きなら、冒険の一つや二つ、しても良いんじゃねぇの?

…と余計なコメントを貰ったが、僕としてはこの状況に満足している。

だから変えるつもりもないし、また、それが続くことを願う。


「優真君、何考えてるの?」

「……んー、嫌いな物をどうやって残さず食べるか、とか?」

「鼻摘んで食べると味しないよ?」

「…マジか」


****


僕等の通う大学には、顔見知りな奴らがうじゃうじゃといる。

まぁ、どいつもこいつも、都会を夢見ない内気っ子だからしょうがない。

むしろ、東京とかへ上京した奴は英雄扱いだな。


雪ちゃんとは専門学科が違うので途中で別れた。

…お昼一緒に食べる約束をさせられて。


講堂の一番隅の場所が空いていたので座ると、同じタイミングで隣に人が座る。

僕は重い溜息を吐いた。


「明けまして終わりましょう。岸辺の人生」

「今年も終わりました。松下の頭脳」


岸辺太郎。

説明は以下省略だ。こいつの為に酸素を消費しなければならないなんて、非エコロジーだから。


「いや、存在が地球温暖化要因に言われる筋合いねぇし」

「何言ってんだ。俺、平和の象徴だから」

「…二人とも、仲良いわね。でもレベルが小学生」


扉から入って来た女講師がくすくすと笑って、講義を始めた。

僕らもノートやらを取り出して、ただひたすらにメモる。


そんなことを繰り返して、お昼になって、何だかんだで岸辺もついて来て三人で食べて、また授業を受けて一日の大半が終わった。

帰る支度をし、校門へと向かう。

ふと、冷たいものが当たり、空を仰いだ。


「うわ…。雪だ…」


曇天の空からは、白い光がゆっくりと舞い降りる。

そういや、降るって天気予報が言ってたな。


そう思いながら、僕は帰路へと着く。

そういや、そろそろ進路を決めなきゃな。大抵の人は、此処(みけがさき)で働くんだろうけ…どぅ。


ズルッと、見事にマンホールに滑る。

うわぉ。絵にかいた様な、見事な傾斜なんじゃないのか、今の僕。

世界はぐるりと一回転して、重力に引きづり込まれて。僕の頭は地面に激突した。


意識を手放す最中、偶然通りかかったのであろう女性が驚きと喜びの表情を浮かべて僕を見ていた。

…何と言うか。物凄く恥ずかしいんで、見ないで下さい。

マンホールに滑って、頭打って、気絶するとか…ありえないから。もう、二十二だよ?


****


「ほんと、馬鹿だな。お前」


「あら…残念ね。せっかくご馳走が頂けると思ったのに…。見た目より馬鹿じゃないみたいね」


『ドケチに何か用か、馬鹿勇者』


「来るのが遅いぞ、馬鹿者…」


「何ですか、やけに騒々しいと思ったら…。まだ居たのですか、勇者殿」


呆れた様な、安心した様な、意地悪さがにじみ出た様々な声、様々な言葉が浮かんでは消えて行く。

初めて聞いたはずだ。だが、懐かしい。…あぁ、そうか。思い出した。

それにしても、一つ言わせて貰って良いかな?


「皆して馬鹿って言うなよ」


がばりと身を起こす。

一瞬何処か分からなかったが、聞こえてきた声の主により、何処に居るのかが分かった。

「まぁまぁ…優君、大丈夫?派手に滑ってたわね。私、あんな漫画チックな豪快な滑り見たこと無いわっ。次はバナナの皮でお願いね」


柔らかな、聞いていて心地いい声。

吉田雪乃。雪ちゃんのお母さんである。ほわほわした人で、警戒心とかそういう言葉に無縁な人である。

何より天然ボケだ。


「……雪乃さん?生きてる?」

何度も目を擦り、さっき自分の自分の思考を疑う。

雪乃さんは気にする風でもなく、和やかな笑みを浮かべてぴんぴんよ~とガッツポーズをしていた。


辺りを見回す。ソファーから飛び起きて、窓を開けた。

子供達の笑い声、学校へと続く長い坂道、遠くに見える森。


「三嘉…ヶ崎…?」


僕はミケガサキに居た筈で、大学どころか、高校だって卒業して無い永遠の十七歳のはず。

雪乃さんだって、写真でしか知らない。雪ちゃんが生まれてすぐに亡くなったらしいから。


なのに僕はどうして此処に居て、どうして少し背が伸びて、普通の二十二歳になってるわけ?

畜生、どこのどいつだ!?身長に関しては感謝したい…!というか、一言で良いからお礼を言わせて下さい!


「優君。お兄さん、帰ってきたみたいよ。優君もお家帰らないと、閉め出されちゃうわっ」


ドアの隙間から兄の様子を窺う雪乃さん。

さては、『家政婦は見ちゃった』を見ましたね?そしてハマったでしょ。


「そんなに熱心に拓誠を見て…、嫉妬するぞ?」

「まぁ…!お帰りなさい、誠さん。駄目よ、私達は、その…ロミオとジュリエットだから…。嫉妬は良くないわ。ね…?許して?」


最早、意味不明。電波の領域です。

吉田さんは苦笑すると雪乃さんにキスをした。唇に。


こ、子供の目の前で…何て事をっ!いや、もう大人だけど!ベタ甘だな、吉田家。

家には無縁だよ、この光景。


「何だ、優真居たのか。どうした?」

「優君、マンホールよっ!私、初めてみたわっ!つるって!綺麗な斜めで、気絶したのっ」


嬉しそうに笑う雪乃さんと対照的に、僕の顔は青ざめる。

吉田さんが事を理解する前に脱兎の如く僕は逃げ出した。


無事に卒業し、三嘉ヶ崎で暮らす『僕』の記憶と、ミケガサキで暮らしていた『僕』の記憶は最早不安要素でしかない。狐に抓まれた様とはまさにこの事だ。


深呼吸一つ。

三嘉ヶ崎特有の甘い空気を肺一杯に吸い込み、吐き出す。


分かっているのは、僕は今大学生で、二十二歳であるということだ。

家の塀には、『松下』と書かれた表札がはめ込まれている。

『松下』は、由香子さんが陽一郎さんと結婚する前の名字だ。つまり、不明中の父である明真の名字。


だから、今の僕は田中優真でなく、松下優真。

ごく普通の、家庭に恵まれた大学生。何処にでもいる平凡な奴だ。


何故こうなったのか。考えれば考える程分からない。


とにかく僕は、ただいまと緊張で少し上ずった声で、住み慣れた松下優真の我が家へと帰ったのであった。

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