第三十四話 異世界の三種の神器=武器=パン?
『三種の神器』。
神より与えられし、至高の物であり、古来より皇位の印として歴代の天皇が受け継いだとされる三つの宝物。
八咫鏡、天叢雲剣。そして、八尺瓊勾玉。
三嘉ヶ崎を含む一般知識として、この神器があるのはご存知だと思う。
ならば、ゲーム界においての三種の神器とは何か?
勇者の形見とか、魔王の形見とか、魔王撃破のクリア記念で貰えるあの武器とか?
「否、それはパンである。byヒューマン」
「人間ですか…?」
「いや、ちょっとミスった。あー、ド忘れ。あれだよ、重力の人。あれ?全然違うかも…。
まぁ、何にせよ人間には違いないんだし良いか。そんなことより、この赤い稲妻。何とかならないの?」
パンでガードしながら僕等は壁の隅に寄る。
恐らく触れた瞬間に僕等は新資源へと望まずの転生を果たすだろう。
「何処かにある魔力魂を壊さない限り無理ですわ。というか、パンで防げるものなんですのね。
ちょっと意外ですわ」
「イースト菌の力は偉大だね。…だが、この八咫鏡こと、レーズンパンもそろそろ限界の様だ。
八尺瓊勾玉こと、あんパンを君に授けておこう」
「優真様…何か生き生きしてらっしゃいますね。子供みたい」
くすくすと笑うノワールに、僕はむっとした表情で返す。
「いーの。まだ子供なの、僕は。十七歳をまだまだ謳歌しきれてないんだ」
「自分の存在が母に認められるまで?それとも、誰かに甘えられるその時まで?」
ノワールが意地悪く微笑む。
うーむ。これでも一応ピンチ的な状況なんだけどな。この子に限らず、ミケガサキ住民にはシリアス精神が欠けてると思う。
「本っ当、君って意地悪だよね」
「それが『死の夜』の特権ですわ。…よく、断りましたね。優真様」
「…ごめん、よく聞こえなかった」
トンっとノワールが僕の背中にもたれかかる。
温かくも冷たくも無かった。…かと言って、ぬるくもないのだが。いや、そう言う問題じゃないか。
「優真様の心は、いつだって空っぽですね」
「奴は大変な物を奪って行きました。…私の心です!
きゃあ、心が空き巣に入られ、ハートを撃ち抜かれたようだわ。まさしく、恋のスナイパー…がくっ。ジェニー、しっかりするんだ!ジェニー!
…ノワール、そろそろツッコミが欲しいんだけど?ジェニーって誰だよとか、そんなんで良いから」
「あら、ごめんなさい。続きが気になって」
仏の顔も三度までというが、いつまでもこの状況だと僕が困るな。
僕は自らの影に手を突っ込み、『沈黙の書』を取りだす。
そしてノワールに八咫鏡こと、レーズンパンを放った。
「ノワール、パス。…食べないでよ。後で大変な目に遭うから。ちょっと、時間稼いで。直ぐ終わらせるから」
「良いですけど…いくらなんでも、そこまで食い意地はってませんよ」
そんなノワールの言葉は、集中した僕の耳には届いていない。
書を開いた瞬間から魔力が身体から静電気の様に迸る。
あと、一時間零秒…。
「―-―っ…!!」
無意識に、何だかよく分からない呪文を唱える。何処の言葉でもない気がした。
吐息は統合され、音となり、声となる。
初めて聞いた言葉のだが、昔から知ってたような、…既視感というべきだろうか。それに似た感覚というより錯覚が襲う。
辺りが静まり返り、暗闇が支配する。
声も、外の轟音も聞こえない。世界の全て音を拒絶してしまったかの様に静かだ。
「優真様、しっかり!」
「…ノワール?赤い稲妻は?消えた?」
「…覚えてないんですか?…あの、こんなこと言うのは非常に失礼ですが、あまり書の力に頼らない方が良いですよ。そして、やり過ぎですわ」
はぁ…とノワールが溜息をつく。
僕等がいた塔の最上階の部屋は半分ほど瓦礫が吹っ飛んでおり、国をぐるりと見渡せそうだ。
「あー…。まぁ、良い…かな?こっちだって、好きで書に頼っているわけではないんだけど。
だったら未来の猫ロボに頼りきりの、のび助はどうなってしまうんだ」
「書を使い過ぎた者は皆、碌な事になってませんよ。…地獄に堕ちます。あるいは…」
「残念ながら正統後継者と言うか、ちゃんと素質がありますからご心配なく…。久しぶりですね、『死の夜』…と、影の王」
いつの間にか空中に浮いていたフレディは、軽やかに僕らの前に降り立った。
ノワールは少し警戒したように一歩退く。
僕としては、何かおまけみたいに挨拶されたのが引っかかったが、不問としよう。
「あっ、フレディだ。仕事お疲れ様」
「いえいえ…、まだ終わってないんですけど。一時間切ったので」
「ずっと気になってるんだけど、何のカウントダウンなのこれ?」
その問いに、フレディは空を仰いだ。
そして、何か思いついた様にこちらを見る。
「…えっと、新世界の幕開けですかね?」
「…石油王に俺はなれる?」
「石油はとっくの昔に無くなりましたわよ、優真様」
そういや、そうだった。
とりあえず僕等は崩れかかった城の塔から脱出した。
「あっ…カイン達置いて来ちゃった」
ぽんっと柏手を打つ。
すると、後ろで物音がしたかと思うと、頭に衝撃が走る。
「何が置いて来ちゃっただ。…で、一体誰のせいで俺達を置いて行く羽目になり、誰のせいで城があんなに崩れてんだ?」
「はははっ、分かってるのに聞く?それ…。いやぁ、僕なんだけど、僕もよく分からないから、ノワールに子細は聞いてね。そうだ、パン、役に立った?」
「聞くところは其処なのか?…悔しいが、凄く役立った」
心底悔しそうに頷くカインをドヤ顔で見返し、今後の事を振ってみる。
「…で、この状況はどう止めたら良い?簡単には止めてくれないよね、多分。はい、意見出してー」
「この前のアレ…やればいいじゃないか」
意見は案外あっさり出た。
つまり、教官曰く、いつぞやにやった『魔人大戦争』を起こせということらしい。
もう誰が悪だか分からないじゃないか。
というより、明らか僕が悪にされるじゃないか。…いや、もうされてるか。
「…いや、それは最後の最後にしよう。今はちょっと…。とにかく、行動あるのみだ!」
「で、どうするんですか?」
ノーイさんが訊ねる。
僕は静かに頷く。
「とりあえず、安全な所に逃げる」
「………………。」
沈黙が訪れる。
アレ?てっきり、そんな場所ねぇよ!みたいな感じで皆に蹴られることを期待…いや、覚悟してたんだけど。予想外の反応だ。
「はぁ…。いや、お前がヘタレなのは分かってるし、馬鹿なのは尚更よく知ってる。
怒気を越して呆れたよ、俺は」
「雪が戦っているんだ。助けようとかそういう精神はないのか、貴様には」
「…最低ですわ」
……まさかの言葉の暴力を振るってきましたわ、こいつら。
「いや、何と言うか…、マジ、すみません…」
「よく頑張りましたよ、王…」
フレディに慰められながら、僕等は吉田雪の元へと向かう。
ふと思いつき、後ろを振り返った。
フレディがどうかしましたか…と怪訝そうな顔を浮かべる。
「…いや、女神由香子様は無事なのかなって。城、あんな状態だけど。まぁ、あの人しぶとそうだし大丈夫か」
「そうですね…」
フレディに背を押され、僕は崩壊しかけた城を後にし、皆の背を追う。
フレディはもう一度後ろを振り向き、口の端を吊りあげる。
「あと、三十分四十四秒…」
「ん?何か言った?」
「いえ…、ほら、置いて行かれますよ。行きましょう?」




