第三十二話 死体兵のささやかな夢
「『魔力魂』の力…思ったより強力ね。死なずの兵を造れるなんて…また徴兵令でも開始させようかしら…?ねぇ、偉大な研究者様の息子さん」
『何が目的か知らないが、そんなことをすれば必ずそれ相応の裁きが下る。…必ずだ』
『縛りの陣』により、動きを封じられ芋虫の様に床に這いずる。
自らの現状より、これから起こる無慈悲な行いに魔王は激昂していた。
女神はそれを物ともせず、笑みを浮かべる。
「うふふ…まぁ、何とでも負け惜しみを言えばいいわ。…さぁて、あのお馬鹿さんはいつ来るのかしら?早くしないと、可愛いお姫様が消えてしまうと言うのにね…!あぁ、そうなったらあの子はどんな表情を浮かべ、その心はどんな色に染まるのかしら?高みの見物と行きましょう?無力な魔王様」
そう言って女神は巨大水晶に映る『死の夜』の姿を見る。
そして、自らの腕にはめた血の様に赤黒いブレスネットを見た。
大きなワイングラスに並々を注がれた真っ赤なワインを高々と掲げ侮蔑を込めて言う。
「乾杯」
ワイングラスをひっくり返し、床に這う様にして女神を見上げる魔王に全てかかる。
「きっと、このワインの様に赤く、『死の夜』にあげたブレスネットより黒く、今の彼方の様に歪んだ瞳で笑死を見るに違いないわ。まぁ、刺客を全て倒せたらの話ですけれど!」
無力で優しい若き王は、唯、この無慈悲で残酷な女神を睨むことしか出来なかった。
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あと、三時間二分四秒…。
頭の中で誰かの声と、時計の針が動く音が木霊する。
一体、何のカウントダウンなんだ?
「…ハッピーニューイヤー?」
「大晦日は当分先だぞ。城内に入れたは良いが、皆が何処に幽閉されてるのか分かってんのか?」
ミケガサキ城内部。
廊下なのか、辺りは薄暗く、仄かな蝋燭の明かりで辛うじて足場が見える程度だ。
とりあえず、蝋燭を拝借し先を進む。
「それなら問題ない。ノワールにあげたブレスネットで辛うじて居場所が分かるよ。お化け屋敷とかダンジョンってこんな感じだよね。突き当たりでさ、お化けとかが…」
ぴたりと足を止める。カインが訝しそうに僕を見た。
ヤバい。自分でフラグ立たせてしまった…。
どうしよう、曲がり角。超怖い。
「戻る?」
「案外、後ろから来るかもしれんぞ」
「うわっ!止めろよ、そういうフラグ立たせんの!」
そして、遂に来ました。曲がり角。
「うわ、うわ、うわー…。後ろに誰も立たせんなよ?驚かさないでよ?よし、レッツ…」
ゴーと言おうとした時、白銀の光が煌めき、咄嗟に避けた頬に何かが通る。
続いて人影らしき物が飛び出してきた。
「曲がり角フラグ成立ぅうああああああああ!来んな!見んな!寄るな!触るな!成仏して天国行けよ!」
案外コメントが優しいなという突っ込みは無視してがむしゃらに拳を振るう。
それは何かに当たり、バキッ…というよりはドゴッ…と言う感じだろうか。
重い音が廊下に木霊した。
あっ、僕が殴った音なんだけどね。そしてカインを置いて一目散に先へ進む。
「おいおい、置いて行くなよ」
少し先へ進むと、灯りが完全に普及していて気味悪さの欠片もない廊下に変わる。
相手が追って来ないことを確認すると、僕は一息ついた。
「カインのせいでフラグ成立したじゃん」
「幽霊じゃ無かったぞ?よく見えなかったが、女だな。あれは。強化されたお前の加減無し拳なんて気絶して当然だ。もしかしたら、曲がり角でのドッキドキな出会いというアレをやろうとしてたのかもしれん。食パンくわえて、曲がり角待機。ベタな出会い展開としては王道じゃないか。女子の夢だぞ」
「マジで?それは…悪いことしたなぁ。カビたパンで良ければたくさんあるけど…お供えとお詫び代わりに置いておこうか。此処に」
「戻るのは断固拒否か。…まぁ、良いか。重要な事でもないし」
まぁ、当然あれが刺客の一人なんて知る由もない訳で。
カインが壁に手を着く。
ガコンッ…!
と言う音がして、壁の一部が凹んだ。
「「ん?」」
二人して顔を見合わせる。
「ガコンッ…って言ったけど…?」
「ダンジョンをこの状況に置きかえるとして、一番来てほしくないパターンは何だ?」
カインが言わんとすることを察し、先程走って来た道を振り向く。
予想違わず、大玉が転がって来た。
「誰だ、城をダンジョン風に造った奴」
「仕方がない。怨むなら好奇心旺盛な初代勇者を怨め。だが、良く作動したな。素人が作ったトラップだ。碌に稼働しないと思っていたが…」
「見ろ、カイン。自動じゃない。手動だ」
首を傾げるカインに、指さして教える。
本当にくだらないので『魔眼』などこんなところで使いたくないのだが、しょうがない。
『透かしの陣』で、玉を転がしている主犯を見せてやった。
「死体兵をこんなことに使うなよっ!」
「良いじゃないか。彼だって好きで転がしてるんだ。
そうか…。奴らがあの運動会の日、親じゃないのに必ず現れる『運動会の玉転がし』と恐れられた伝説の玉転がしオヤジトリオか…。噂では全ての小学校と幼稚園の運動会予定全てを把握しているらしい…。
見なよ、あの無駄のない動きと転がし慣れた手を。あれは素人が出来る業じゃない。熟練されたプロの業だ…」
「…唯のロリコンだろうが!もう勝手にしろっ!」
そう。三人ほどの死体兵が大玉転がしの様にせっせと玉を転がしている。
大変微笑ましいのだが、相手が相手故に引き攣った笑みしか出て来ない。
「彼等のやる気は相当だな…恐らく、僕等を倒せば年間行事に運動会を入れてやると言われたんだろう…。見ろ、闘志を燃やすあの眼差しを。その中に純粋な子供の様なキラキラとした目があるのを」
「すまん。俺には唯の骸骨にか見えん。…そんなに怖いなら何とかしろ。遅かれ早かれ、潰されるぞ俺達。こんな悠長に漫才してる暇無いだろ」
ちっ。ロマンの無い奴はこれだから困る。
まぁ、カインの言うことも一理あるので僕は指をパキンッと鳴らした。
「玉が来るなら床を消せば良いじゃない」
こうして、『運動会の玉転がし』の夢は儚く散ったのであった。
「なぁ、こんなところでぐずぐずしてないで、とっとと先に進まないか?」
カインの言葉に頷き、廊下を走っていく。
その時、頭の中で音が聞こえて、身体の隅々に反響する。
その響きに、不安を覚えずにはいられなかった。
カチリ…。
時計の針が一針動く。
あと、二時間十七分五十六秒…。




