第二十八話 召喚?形成?結果は幽霊
残暑もようやく影も形もなくなったある秋の朝方。
悲鳴…というよりか奇声が響き渡り、近くの鳥達が驚いて飛び立つ。
「ちょ、ちょっ、ちょっと待て!落ち着こう?話し合おう!!」
「というか、あいつ等話せるのか!?」
「問題ないっ!一応、口があった!」
「そもそも、あれは本当に口なのか!?」
「知らんっ!」
「開き直んなっ!」
僕の背丈くらいまで生い茂る草木をかき分け、ひたすら走る。
時に後ろを振り返り、加速する。
走ってどれくらい経つだろうか?額には玉の様な汗が浮かび、走る振動により地面に吸収されて行く。
えっ、今、何をやっているかって?ちょっと早い持久走?
それだったらどんなに良い事か。
そうだなぁ…リアルな鬼ごっこってところかな?
ある意味、青春だね。…あっ、違う?
まぁ、毎度恒例のご挨拶ということで。
田中優真。状態異常『混乱』。装備、木の棒。主人公と、勇者やってます。
そんな優真と、愉快な仲間達を紹介しておこう。
カイン・ベリアル。状態異常『混乱』。装備、折れたというか、溶けた剣。
猫モドキ。状態異常『混乱』。装備(?)、羽根。
「何、アレ?というか、何で逃げてんの!?僕ら!?」
「そりゃ、アレだ!生理的に受け付けないのと、追いかけて来るからだなっ!」
「案外、フレンドリーかもよっ!?」
「なら、今すぐ立ち止まって餌食にでもなれっ」
何十回も後ろを振り向くが、状況は何一つとして変わらない。
ムンクの叫びの様な、ボロボロの黒い布を纏った幽霊が巨大な鎌を持って追いかけて来る。
そういや、何でこんな事態になっているんだっけ?
僕は、ふと憎々しいほど蒼い空を仰ぎ、思いに耽る。…要するに、現実逃避だけど。
****
早朝。
欠伸をしながら『移動の陣』で店から少し離れた人気の無い野原に来ていた。
「いやー、大収穫だったね。猫モドキ。後は、これが本物であることを祈ろう」
僕は地面に落ちていた木の棒を装備し、猫モドキはぎっしりと物が詰まった風呂敷を背に抱え、羽根を広げて僕の傍を飛んでいた。
何処に行って来たと聞かれると、非常に困るのだが敢えて答えるとすれば、闇市に行って来ました。
うん、いつぞやかに行った闇市ね。
こんな早朝だから、誰も気に留めないし、寝静まっていた。
誰も外に居ないの。ちょっと、怖かった。闇市国民もいないから余計に気味が悪かった。
何しに行って来たのか?
正直言うと、僕達ドロボーしてきた。あっ、良い子も悪い子も真似しないでね。
罪悪感も、もちろんあるよ?ほんの少し。
いやー、だって僕国内指名手配の悪人だよ?故意じゃないけど。だったら今更そこに盗難が加わっても問題ないよね?
「由香子様は後悔は役立たずだと言うし、後ろは振り向かないのが僕の主義だ。さて、やるか」
ごりごりと木の棒で陣を描いて行く。
猫モドキは、風呂敷包みを解き、陣の中央に物を並べて行く。
今描いている陣は、五連星陣と呼ばれる陣で、中央に小さな陣を一つ。それを囲むように三つの中くらいの陣を描き、さらに四方に一周り大きな陣を描く。
作業は十分程で終わった。
満足げな笑みを浮かべて陣の中心に立つ。
そして、自身の影から例の書を取り出し、最終確認。
「多分、大丈夫だと思う」
「二アッ!」
「あー、そうだね。武器が出来ると良いけど、絶対、吉田様関連の物が出て来るよね。
それはそれで楽しみだ。銅像とかだったら、店の前にでも置いておく?」
そんなことを笑いながら話し、小刀を取り出すと、肌に滑らせる。
黒い血が滴り、地面に…正確には陣に吸収される。
ワクワク。
だが、反応なし。
僕と猫モドキはオウムのように首を傾げる。
「量が足りなかった…とか?よし、もう一度…」
「よっ!こんな朝っぱらから何やってんだ…って、大丈夫か!?」
いきなり声を掛けてきたカインに、思わず手が滑り思ったより深い傷になってしまった。
あらら、大変。吉田様初登場以来の大量出血だ。こんなに切れ味良かったっけ?
猫モドキが心配そうに僕を見ている。大丈夫だよと声を掛けて陣を再度見た。
陣は一瞬光った。
そして、黒い粒子を発生させる。
「何、召喚するつもりなんだ?」
「いや、『召喚』じゃなくて、『形成』かな…。ほら、僕専用の武器、あった方が良いじゃん」
「案外、コントローラーが出てきたりしてな」
「間違いなく最強になるよ」
黒い粒子は煙へと変貌を遂げる。
綺麗だが、気味の悪い。そんな奇妙な感覚が鳥肌を起こす。
「おいおい、火の無い所に煙は立たずだぞ?」
「いや、そうなんだけどさ…。燃えてるわけじゃないし…」
何だろね?という言葉は、喉の奥に引っかかって出て来なかった。
猫モドキは羽根を広げ、宙に浮いている。
心なしか、その毛は逆立っていた。
陣から発生した粒子は、煙となり、音を発し始めた。
悲鳴の様な息苦しい音を。
まるで、唸り声の様な奇妙な音を。
そう、それは次第にはっきりし、完全な『声』を発していた。
粒子は煙となり、煙は、良く分からない生物になった。
僕の最も嫌う幽霊と言う名の死物に。
「ぎゃあああああ!!!」
悲鳴が秋晴れの空に響く。
「カ、カイン…!あれ、斬れる?どっちでもいいから退治してくれ」
「俺は陰陽師でも何でもないっての。まぁ…行って来るか」
ずかずかと幽霊に近付くカイン。
腰に差していた大剣を引き抜くと、幽霊にえいっと振りかざす。
空を斬る音がして、パキンッ…と金属が折れた乾いた音がした。
ゴポゴポと鍋の煮え立つ様な音がしたかと思うと、幽霊が活発に動き始める。
カインは暫く立ち止まっていたが、すぐさまこちらへ逃げて来る。大量の幽霊を引き連れて。
「こっち、来んなっー!!!」
「んなこと言ってる暇無いぞ!どーしてくれんだ!剣折れたというか、溶けたぞ!?」
ほれっと言いながら折れた剣を見せて来るカイン。
「あの幽霊が暖炉だとすると、お前のやった行為は火に薪をくべるという最悪な行為だったんだよ!」
「お前がやれって言ったんだろ!」
その時、僕らの前を何かが駆け抜けて行った。
飛行機雲の様に、光の軌跡が空に残像として残る。
「こんな、早朝から、流れ星…?」
「プラチニ、オンは、光の、早さで、飛べる、らしい!」
光の速さというか、光そのものじゃねぇかっ!
というか、必死だな!
「…見ろ。必死にも、なるぞ」
カインが後ろを見る。
僕もスピードを緩めない様に気を付けながらも振り向く。
そこには、曇り空になれそうなくらい無数の幽霊が追いかけて来ていた。
「何、あいつ等!雨でも降らす気!?それともテル坊志願者なのか!?」
「雨は雨でも血の雨だぞ…。鎌持ってる奴が、テル坊なんてなれる訳ないだろ。寧ろ、俺達がそうなるのかもしれない。そうだ、お前…『送還』やってみろ。あの陣から出てきたってことは、逆も然りだ」
「な、成程…。『送還』っ」
立ち止まって後ろを振り向く。
そして、全力で走りだした。
「反抗期じゃねーかっ!」
「何をどうしたらあんなものが出て来るんだ!?お前、一応は召喚主だろ」
「多分、契約が中途半端だから、奴らを拘束というか、従わすの、出来ません、みたいな、ことじゃないの?」
「じゃあ、ずっと走ってろってことか!?」
体力は既に限界に近い。
足が縺れて転ぶのも時間の問題だろう。
「おーっと、足が滑った!」
「は?…ってうわっ!」
なので、カインを囮にします。
死にたくないんで。大丈夫、君の死は無駄にならない。…はずだ。
足を引っ掛けてカインを転ばす。
見事にこけて、生い茂る草むらの中に姿が消える。
幽霊の内の一人がそれに気付いて草むらに姿を消した。
だが、残り何百という幽霊たちは僕目掛けて一直線でございます。
「ちっ…奴ら、よくもカインをっ!彼の無念は教官が晴らしてくれるぞ!…って、おわ!」
誰に向かって言ってるんだか分からないことを言っている最中に、僕まで倒れた。
別に足が縺れたとか、そういう理由でもなく、石ころにつまずいたわけでもない。
じゃあ、何か?
「いててて…何だよ、もうっ」
足首を誰かの手が掴んでいました。
でも、叫ばないよ。生だから。
「何だ、カインか。よく、無事だったね」
匍匐前進で進んできたカインは、何も答えない。
「さて、どうしようか。すっかり囲まれてしまったわけだけど…そろそろ手、離してくれない?
立てないんですけど…っうわああああああああ!!」
だって、いつものカインじゃないんですものー。
何か、いきなり死人チックになってますよ?
何それ、生きてんの?死んでるの?乗り移られてんの?
トリック・オア・トリート。何もあげないけど、カインを返しなさい。
「どっちでも良いけど、どっちかにしろよ!!怖いじゃないかっ」
まぁ、そんなわけで、次回に続く。




