第二十七話 説明しよう
一難あって、夜。
救急箱を抱えたまま仁王立ちして待つ教官に説教付きの手当てを受けてから、風呂に入る。
部屋に戻る途中、ふと思い立ち、陣を思い描く。目の前に鏡が現れた。
つい、いつもの癖で、背伸びしながら鏡を見てしまう。
そこには普通の何処にでもいるようなパジャマ姿の青少年が映っていた。
「身長伸びないかなぁ」
『無理だね』
ぐにゃりと鏡に映る僕が歪んだ笑みを浮かべる。
それを見て、僕は長い溜息をついた。
その反応が面白くなかったのか、鏡の中の僕は渋面を浮かべた。
うーん、僕そんな顔したこと無いから流石に様になってないな。
「僕が言えることじゃないかもだけど、君たちは自重と言う言葉を知っているかな?」
もう一度、短い溜息。
幽霊が見えて毎日騒動に巻き込まれる主人公の如く、恨めしく鏡を見る。
それをあざ笑うかのように、答えとして黒い手がぺたぺたと鏡に映る僕の前に現れた。
思わず尻もちをついた僕に、通りかかった猫モドキが不審者を見る様な目で見て鼻で笑う。
そして通り過ぎて行く。
うわー、猫に馬鹿にされたよ。
「…仮にしても、この契約に期限あるの?」
『んー、生きてる間は有効。仮なら寿命を迎えれば地獄に堕ちることはない。まぁ、本契約しても地獄には堕ちないけど』
「そりゃ良かった。何にせよ、もう死ぬのは懲り懲りだ」
返事はない。唯の鏡の様だ。
『つまりは、一回死んだのか』
「何言ってんの。それで悪徳高利貸しの様に契約押し付けてきたのは…」
そっちでしょ。という言葉は、唾と共に呑み込まれた。
鏡には、気まずそうに相手の言葉を待つ僕の顔と、恐らくはお見舞いに行く途中だったと思われる皆様方の堂々たる顔触れが映っている。
罪人の如く、教官とカインに挟まれ連行された。
吉田魔王様とノーイさんが先に僕の部屋へ上がる。
消えゆく陣には、まだ人が映っている。
鏡に映った僕は、とても楽しそうに口元を歪めていた。
「…と言っても、何処から話せば良いのやら」
「もちろん、全部ですわ。優真様」
いつもは味方をしてくれる筈のノワールも、引き攣った笑みを浮かべて僕を見てる。
ドアは完全に立ち塞がれ、円を描く様に中心に座る僕を皆が囲む。
僕は息を大きく吸い、吐き出す。
そして、いつもはしない様な真剣な面持ちで話し始めた。
「今の僕は…そう、幽霊みたいなもので、この姿は魂の残滓というべきかもしれない」
「本当に死んだのか?」
カインの問いに、僕はゆっくりと頷く。
「あぁ。実は僕、前世の僕の未練を消し、成仏する為にいる浮遊霊みたいなもので、此処に召喚されたのは偶然ではないのかもしれないし、そうでなくないのかもしれない」
「どっちかにしろよという突っ込みは置いておくとして、何で死んだんだ?お前の前世とは一体…」
組んでいた腕を解き、僕はしっかりを前を見据えた。
「実は僕…」
「実は…?」
ごくりと唾を呑み、一呼吸置く。
「実は、僕…前世はミジン…ぐぁっ!」
教官の蹴りが脳天に直撃する。
一番のオチが台無しじゃないか。
カインはと言えば、状況が呑み込めておらず、口をはの字にしていたが教官の蹴りを食らった僕を見て現実に引き戻されたらしく、怒りに拳をぷるぷると震わせている。
「結論の前に、僕がノワールの身代わりになって死んだのは皆納得してるよね?」
「まぁ…実感はないが」
「結論から言えば、僕も何で生き帰れたのか不思議なんだよね。だから、こいつらに聞いてみよう」
僕は立ち上がると、自分の影に手を置く。
床に触れる筈の手は、そのまま影に呑みこまれる。
影から手を戻した時、その手には例の如く黒い本が握られていた。
『まさかと思うが、契約したのか…』
「あれ、知り合い?そういや、何時ぞやかにこの本見て、眉間に皺寄せてたもんね。
まぁ、結論から言わせてもらうと、この本が助けてくれたんだよ。仮契約とか高利貸し並みに達の悪いものを結ばされたけど」
「唯の本じゃないか」
カインがじろじろと本を見る。ノーイさんは気味の悪いものを見るかのような目つきで本を見ていた。
「『悪魔の知恵』、『禁書』…色々、呼び名があるらしいけど、一応『沈黙の書』って僕は呼んでる」
その場の空気がいきなり変わる。
口調と声色一つで、こんなにシリアスになったことが、かつてあっただろうか。
多分、無い。
『契約が出来たということは…そうか、悪運強いな』
「褒め言葉と受け取っておこう。別に、僕としては不満はないんだよ。最初から」
「…何やら不穏な空気を感じるんだが…?」
「あっ、大丈夫。唯の演出だから。ほら、たまにはシリアスがあった方が良いじゃん。
僕が『沈黙の書』の主を召喚する力はまだないから何とも説明しづらいけど、とにかく僕は一回死んで、復活するには仮契約が必要だった。たったそれだけの話」
簡単にまとめて終わらそうとする僕に、ノーイさんが呆れた様な声で言う。
「勇者が悪の力に頼ってどうするんですか」
「その点においては多分問題ない。…と思う。良いじゃん、黒魔術が使える主人公。憧れない?
…そう言えば、『召喚』を補強する魔具とかないの?雪ちゃんにだって勇者の剣があるんだよ?
僕にだって僕専用の武器があっても良い頃だと思うんだけど。…あぁ、ちゃんと『送還』出来る奴ね」
「優真様、『送還』は召喚主であれば、誰でも可能ですよ?」
「いや…反抗が起きてね。還ってくれなかった。あいつら踏ん張って耐えたんだよ!?出来るの、そんなこと!?」
必死になって言う僕に、教官は無言で一発殴る。
「そういうことなら、自分で作ればいい。…そんな事より、もっとも大切な事を忘れていないか?」
大切な事…?
にしても、何故そんなに怒っているのかな?教官。
僕、貴女の機嫌を損ねる様な自爆行為しました?
「あー、魔力魂のこととか?」
「それもあるが、今はもっと優先させるべきことがあるだろう」
カイン達も首を傾げている。
僕にも分からんよ。
「………ギブ」
「明後日に何が起こる?」
明後日…ねぇ…。
「皇子達のご来店…が起こりますね…まさか、大切な事ってそんなこと?」「最重要事項だ。あんな奴らと同じ空気を吸うこと自体おかしいと思わんのか、お前は!?」
「まぁ…そうかもしれませんけど。そこは我慢して下さい」
そういや、そんな約束をしたなーとか無責任な事を思いながら、ふと思う。
いつもの展開から行くとさ。
絶対、それだけじゃ済まないよね?
次回からはもっとはっちゃける予定。




